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4話カール・フォン・コーゼル

メフィストは、華やかな白いタキシード姿で演場に立ち、両手を広げて話を始めました。


春江と家守とエドは丸テーブルに一緒に座りそれを見ていました。


「さて、今年、今夜の夏祭り…私が奉じます物語は、大衆活劇のスーパースター明智小五郎を産み出したる世紀の文豪江戸川乱歩先生の人生の転機から100年目。


大正11年の7月の事でございます。

時を同じくいたしまして、私、メフィスト フェレスを日本語のキャラクターとして世に解き放って下さった、森鴎外先生が肺結核のために、この世を旅立つのでございます。」

メフィストは、そう言って深々とおじきをしました。


「関係無いと思うのですが。それに、まだ、午後のお茶の時間です。」

と、家守は不機嫌に春江を見ます。

「まあ…いいじゃないか。西洋の物語を日本に紹介をした森鴎外さんが亡くなるのと、大衆小説として、冒険活劇で日本を沸かせることになる、江戸川乱歩の人生の分岐が重なるなんて、西洋妖怪にしては、なかなか渋いところをついてくるじゃないか。

まあ、お手並みを拝見しましょう。」

春江は、楽しそうに不敵な笑いを浮かべました。

家守は、その顔は、可愛らしい少女の姿には似合わないとため息を1つついて、諦めたようにメフィストの方へ視線を向けました。


メフィストは、帽子かけにアコーデオンをひかせ、

テーブルに飾られたバラの花を女優に変えると、椅子を物語の主人公の初老の男性にしました。


カール・フォン・コーゼル…そう名乗ったアメリカのドイツ移民の男性です。

「さて、この初老の紳士、名前をカールと申します。時代は進み、1930年代のお話です。

我が、日本での産みの親、鴎外先生も犯された肺結核。30年代ではまだまだ不治の病と呼ばれておりました。

フレミングは、この時、既に抗生物質を発見しておりましたが、ペニシリンとして肺結核の患者を救えるようになるのは、10年の歳月を待たねばなりません。

カールの病院に入院したマリアには、治療薬は間に合いませんでした。

マリアは結婚していましたが、不治の病に犯された妻を夫は見捨ててしまいます。」

メフィストがそう言うと、テーブルの女優はテーブルで倒れました。

そこに、カールを演じる男優が近づきます。


「薄幸の人妻に、カールは恋をします。

彼は、レントゲン技師で医者ではありませんでしたが、治療と称してマリアに近づきました。」

メフィストがそう言うと、男優は女優の手をとります。

「しかし、病はマリアを蝕み、やがて亡くなってしまいます。

悲しむカール。

彼は、マリアを見捨てた夫の変わりに霊廟をたて、彼女の墓を参りました。


やがて、季節がめぐり、カールは愛しいマリアが霊廟から自分を呼ぶ声を聞くのです。」

メフィストがそう叫び、男優はテーブルから倒れた女優を抱き抱えました。


「カールは、彼女を家に連れて帰りました。

そして、二人で暮らすことにするのです。」

メフィストがそう言うと、アコーデオンがロマンチックなワルツを奏で、男優は女優をお姫様だっこをしながら踊りました。


「素敵!!」

春江は、深紅のバラの花びらを舞い散らせながら踊る美しい西洋の男女の姿に思わず叫びました。

嬉しそうな春江の姿を家守は、目を細めて見つめました。

しかし、舞台の女優が、バラの花びらが舞い散るごとに朽ちて行くのに気がつくと、春江が悲しまないかと心配になりました。


アコーデオンがワルツを引き終わる頃、美しかった女優の髪はなくなり、瞳はただの空洞になっていました。

男優は嘆き、そして、引き出しから宝石を取り出すと、女優の空洞の目の穴に埋め込みました。

それから、絹糸を束ね、彼女のためにかつらを作り被せました。


アコーデオンは、どことなく切ない曲を奏で、メフィストは、二人の周りを踊ります。


「マリアの死体は朽ち始め、カールは生前の美しさを取り戻すかのように彼女の死体を飾ります。

溶けた瞳にドールアイ、しぼむ肌には漆喰と絹を張り、腐臭を香水で隠しました。」

メフィストがそう言うと、朽ちた女優の頭は絹で出来た深紅のバラに代わり、裂けたドレスにイバラと紫水晶が輝きます。


男優は、変わり果てた女優を抱き締めて踊ります。

それは、1930年代のアメリカの流行歌。

華やかで軽快なスウィングジャズ。


「しかし、カールの幸せは長くは続きません。

やがて、マリアの身内に知られて警察に逮捕されたのでした。」


メフィストは、寂しそうにそう言い、舞台は暗転。メフィストだけがスポットライトで輝きます。


「カールは、墓泥棒としてばつを受け、

物珍しさに、マリアの遺体は、一時、見世物にされ、そして、地中深く埋葬されました。

カールは、その後もマリアを思い、そして、一人、亡くなりました。」

メフィストは、寂しそうにそう言って自分も闇の中に消えて行きました。


「なんだか、寂しい話だね。」

春江は、ため息をつきました。

「お茶をお入れします。」

家守は、ただそう言って立ち上がりました。

「そうでしょうか?私は、彼女が羨ましいです。」

劇を見つめていたエドが春江に話しかけました。

「羨ましい?」

春江は、よくわからずにエドに聞き返しました。

「はい。なぜなら、マリアさんは、7年の年月を過ぎても心配してくれる親族に恵まれ、人々に惜しまれ、埋葬されたのですから。」

エドは、暗転する舞台を寂しそうに見つめた。


あなたには、いないの?

春江は、そう聞けずにしばらく、エドに付き合って暗い舞台を見つめていました。


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