3話エド吾卵
「春江さんへのプレゼント、それは、ニューフェイスの物神、エド・吾卵くんでーすっ!!」
メフィストはそう言うと、客間のドアが勝手に開いて、サーモンピンクの大きな蝶ネクタイの青年が立っていました。
なんて事でしょう!客間のドアを開いて、お客様を迎えるのは、私の役目だと言うのに。
家守は急いでドアの前に立ち尽くす青年のもとへと向かいました。
「いらっしゃいませ。メフィスト様のお友達の方ですね?」
家守は急に増えた客のためのテーブルセッティングについて考えを巡らせながら青年に聞きました。
「はい。メフィスト様には先ほど、この近くで迷っている所を親切にしていただきました。」
と、青年は一度、言葉をきって少し考えました。それから、晴れやかに家守に笑い、
「そうですね。親切に道を教えてくださり、お話をしたのですから、メフィスト様は、お友達…と言っても良いのでしょうね。」
と、家守に言いました。
20代前半の人間の青年の姿をしている彼は、細身で家守より少し背の高い、
線の細い優しそうな美青年です。
「お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
家守は、メフィストのいい加減な性格を再認識しながら青年に聞きました。
どうも彼は、初めからの招待客のようです。
「エド・吾卵と申します。今年、100年を経て、物神となりました。
以後、宜しくお願いします。」
エドは、少し照れたようにはにかんだ笑顔で目を細める。
「失礼いたしました。吾卵さまですね?お待ちしておりました。どうぞ中へ。」
テーブルウエアの変更が無いことにほっとしながら家守は、春江のもとへ青年を誘いました。
春江は青年を歓迎しました。そして、メフィストを少し不満げに睨みました。
「全く、貴方は、いい加減だよ。エドさんは私の客人じゃないか。」
ふくれてそう言う春江を愛らしいなと思いながら、メフィストは目を細めました。
「いい加減…とは、人聞きが悪い。臨機応変、と、言ってください。リトル・レディ。
それに、彼は知らなくても我々は浅からぬ関係があるのですよ。」
と、メフィストはエドと並んで彼の肩を馴れ馴れしく右手で抱く。
「え?」
春江はメフィストを見、家守もメフィストの言動に興味を持ちました。
物神…ものがみとは、100年の年月を大切にされた品物が、魂を授かった精霊です。
今年、初めて魂を授かったエドに神様の知り合いなどいるはずもありません。
「我々は、文字の世界で繋がっているのです。
彼は、今から100年前…1922年に綺羅星のごとく誕生した文豪、江戸川乱歩の関係者で、私は、同じく1922年、この世を去って行く森鴎外の関係者なのですから。」
メフィストは、ドラマチックに高らかに言いましたが、春江と家守は、なお、混乱します。
1922年
亡くなった森鴎外と
小説家になる江戸川乱歩。
1922年の他に関係があるとは思えません。
「ちょっと待ってください。」
メフィストの台詞に家守がマッタをかけました。
「なんでしょう?」
メフィストは、楽しそうに家守の批判顔を受け止めました。
「江戸川乱歩さんは、1923年、大正12年の4月に『二銭銅貨』でデビューを果たします。1年、間違っていませんか?」
家守は、疑わしそうにメフィストを見つめながら、なら、なぜ、エドが夏至祭りに呼ばれたのかを疑問に思えました。
物神になるには100年を過ぎないとなれないのです。
しかし、メフィストは、そんな指摘に怯むどころか楽しげに両手を広げ、一瞬で客間を西洋の劇場へと変えてしまいました。