玉座奪還
「第六皇位継承者、エミリオ・ウル・マルクト様、ご入来」
宰相の男の声が皇宮内謁見の間に響き渡った。
今まで幾重にも繰り返してきた時間跳躍の旅の果て、エミリオはここが八年前のあの時であることを自覚する。
それは今まさに幼き日のエミリオがマリアンの追放処分を撤回させようと、皇帝に対して謁見を行おうとしているところであった。
エミリオは自身の体にどこか懐かしい感覚を覚えた、八年も前の子供の姿では幾分か体の感覚の勝手が違うからだ。
謁見の間の入り口に立つ八歳の少年、そして赤絨毯の続く果ての玉座に待つのは不敵な笑みを浮かべる父、皇帝グラスの姿。
エミリオは無言のまま、ただ堂々と玉座の前へその歩を進める、その姿を頭を垂れながら臣下の貴族たちは見送っていた。
「皇帝陛下、どうしてマリアンを追放されたのですか」
やがて玉座の前に辿り着いたエミリオは八年前と同じ問いを投げかけた。
しかしその実、姿形は八歳の少年であっても心は違う。幾重にも辛酸を舐め、度重なる苦しい時間跳躍の旅路の果てに、ここに確かな力を手に入れエミリオは玉座の前に帰ってきた。
「なぜだと……?そんなことを聞くためにお前は」
そんなことを露も知らない皇帝は過去と同じ返答をしたが、それをエミリオは遮った。彼には眼前の男の思考など分かりきっている、この日この時に皇帝からかけられた言葉を未来でエミリオが忘れた日はなかった。
「父上、次に貴方はこう言うのです、それは力がないと私が判断したからだと、そして力なきものの存在そのものが罪であると……」
「っ……!?」
皇帝はエミリオの言葉に動揺を露わにした。背の丈も、持つ力も、何もかもが自分より格下であるはずの八歳にしかならない目の前の少年が、毅然とした態度で立ち向かってくる様に、まるで自身の思考を読んだかのような物言いに。
「では父上、力とは一体なんなのでしょう。貴方は力を強者が持つものと説いた、弱者を倒し戦いに勝つためのものと定義した……しかしその考えは間違っているんですよ父上、そんな古い考えではこの世界は滅びてしまう」
「貴様っ……」
このとき陛下の御前で態度を急変させた皇子に対して、衛兵の騎士がその仇なすような態度にすぐさま腰の剣を抜刀したが、皇帝が右手を挙げるとそれを収めた。
エミリオは背の丈が自分よりも遥かに高い皇帝を見上げ、大胆にも笑みを浮かべてみせた。
「……真の力とはなにか、それは強者が弱者を虐げるためのものではない。大切な誰かを守るためにこそ使われるべきもの、陛下……私はそれをよく知っているんですよ」
エミリオは魔女から授かりし自身の力を思案する。目の前の皇帝はその魔法を弱者を倒すため、帝国に仇なす敵を倒すために使った。しかし真の強者たりえる自分は違う、その力は愛しい人を守るために使うものであると彼は長い時の旅の果てに知っていた。
「私が知っていることは他にもたくさんある、この国の行く末、あなたの死期、そして死の際の最期の願いも……父上、私はあなたよりも遥かに強い力を手に入れてここへ帰って来た」
皇帝はエミリオの言動から只ならぬ雰囲気を感じとっていた。この国で一番権力を持つ自分に対してこの態度、しかし彼が言わんとしていることに興味を引かれているのもまた事実だった。そしてなによりその瞳の中に、確かにかつての自分自身の姿を見た。
「貴様……まさかっ……」
「えぇ父上……私は未来からやってきました。この世界を……変えるために」
エミリオの言葉は、側近の衛兵以外の臣下たちには聞こえぬ声量であったが、それを聞いて発せられた皇帝の笑い声は謁見の間に大きく響き渡った。
「フ、フハハハハハハッ、エミリオよ……貴様……さては魔女に会ったな」
「そうです父上、あなたが幼少の頃に恋い焦がれた魔女の姫に私は会った……貴方が未来で死の間際、最期に会いたいと願った〝蒼〟の魔女に……」
魔女がエミリオに教えた皇帝の最期の願い、それは自身の死を魔女に看取ってもらうことであった。
それをエミリオが告げると皇帝は厳しい表情を崩し、遠くを見つめるような顔つきになる。
「そうか……全てはあの魔女の差し金であったか……フハハ、いいだろうエミリオ、貴様の願いは何だ、私は一体何をすればあの女に会えるというのだ」
(自分だけかつて愛した女と会いたいなどとは勝手な言い分を……しかしこいつには価値がある、簡単には死なせない、これからは政治の道具として俺のために馬車馬のごとく働いてもらう……)
「手始めに父上、まずはその玉座を明け渡して私に忠誠を誓ってもらいましょう。あなたの古いやり方では誰も救えない」
エミリオが毅然とした態度でそう言うと、皇帝は逡巡の後に玉座を離れその椅子を明け渡し、そしてエミリオの前に跪いた。
それは謁見の間にいる臣下たちには到底理解の及ばぬ行動であった、まだ子供の皇子に対して絶対皇帝と恐れられた男が頭を垂れて跪き、その玉座を譲っているさまを。
そしてエミリオはその身にはまだ大きな玉座へと深く腰掛け、呆気に取られている臣下たち貴族と兵士たちに向けて玉座から声高らかに宣言する。
「御覧の通り前皇帝グラスはその地位を退位した。そしてその意向に赴き、第三十三代皇帝にはこの私エミリオ・ウル・マルクトが即位する、この国は……私が変える!」
謁見の間は齢八歳の新皇帝の誕生に戸惑いながらも、それをせねば不敬と取られてしまうことを恐れた臣下たちの拍手の音で響き渡った。




