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新たな誓い

 幼い二人の誓いから八年の時が流れた。


 「それじゃあ仕事に行ってくるよ、マリアン」


 「お気をつけて行ってらっしゃいませ……今日はエミリオ様のお誕生日ですから、ご馳走を準備してお待ちしておりますわ」


 「楽しみにしてるよ、それじゃあ」


 あれから二人は皇宮から遠く離れた隣国側の辺境にある農村へとたどり着き、小さな家で暮らしていた。


 エミリオは今日の誕生日で成人を迎える十六歳に、誕生日の遅いマリアンは二十三歳になっていた。


 八年という歳月は、主君と臣下である二人の関係を一人の男と女に変えてしまうには十分すぎる時間であった。


 最初は親を亡くした姉弟として周囲に通し、エミリオもマリアンも出生を隠し人目を(はばか)りながらこっそりと、その暮らしは決して裕福なものではなかったが、二人は確かに幸せに暮らしていた。


 この八年の間の出来事をエミリオは振り返る。


 エミリオにとっては初めてとなる皇宮外での暮らし、それは彼の想像とは大きくかけ離れているものであった。


 口にする食べ物も、身に纏う衣服も、寝床の固さも、産まれた時から皇宮で暮らしてきたエミリオにとってそれは耐え難いものだったが、そのたびに自分はもう姓を持たないただのエミリオなのだ、と自らに言い聞かせて生きてきた。


 そしてもう一つ、厳しい生活の中でエミリオが心に決めていたことがある。


 それは自分が成人を迎えたら、マリアンに正式に婚姻を申し込むこと、それが正しく今日その日であった。


 二人の家からエミリオの働き口である場所の畑へはそう遠くない道のりである。子宝に恵まれなかった老夫婦が所有している畑で、夫の方が亡くなりいよいよ管理が行き届かなくなるというところに、偶然にも仕事を探していた幼き日のエミリオが立ち合わせた。


 道すがら一陣の風が吹く、元皇子であることが周囲に悟られることのないよう、長く伸ばしたエミリオの金色の前髪が揺れ、目元が露わになる。


 八年の間で少年は青年になった、背丈もマリアンより小さかったものが、今では優に追い越している。


 (もしもマリアンが求婚を受けいれてくれなかったら一体どうしよう……)


 仕事の最中、エミリオは一抹の不安を覚えていた。


 決してそんなことはないと思う自分もいるのだったが、臆病な自分がいるのもまた事実だった。


 再びこの八年の歳月にあったことを思い出す。厳しい生活環境に合ったのはお互い様で、しかしいついかなる時でもマリアンは優しく、そして不当な罰を皇帝に与えられたにも関わらず笑顔を絶やさず、慣れない暮らしに苦しむ自分を支え続けてくれたではないかと。


 そんなことをああでもない、こうでもない、と考えながらも、早く家に帰ってその想いを伝えたいエミリオはいつもより圧倒的な速度で仕事をこなしたのだった。


 仕事を終え、家に帰ったエミリオはマリアンの腕によりをかけた料理の数々を堪能していた。


 それらは決して裕福ではない二人の食生活事情の中では、年に一度のご馳走の数々だった。


 本当に自分の少ない稼ぎでうまくやりくりをしてくれているのだな、とエミリオは嬉しさと誇らしさを覚える。


 「マリアン、こんな豪勢な食事を本当にありがとう」


 「いいえエミリオ様……お口にあったでしょうか」


 問いを投げながらもマリアンは悪戯っぽい笑みを浮かべている。


 この八年の歳月でマリアンはエミリオの食事の好みなど熟知していた、この日のために準備は入念にしていたし、自信もあった。彼が必ず賛辞の言葉をくれるであろうことは長年の付き合いでわかっていた。


 「それはもう……今まで食べたものの中で一番美味しかったよ」


 エミリオもまた優しく微笑む、それを見てマリアンも先ほどの悪戯っぽい笑みから心底幸せそうな笑顔へとその表情を変えた。


 「……ところでマリアン、少し散歩についてきてくれるかい?」


 食後の紅茶を啜りながらエミリオが問うた。


 「喜んでお供いたしますわ……珍しいですわね、エミリオ様が食後にお散歩だなんて」


 見抜かれているな、とこの時エミリオは思った、このあと自分が婚姻を申し込むことも既に悟られているのではないかと。


 今まで聡明で気立ての良い彼女に対して隠し事なんてできた試しがなかった、そしてこれから先も自分のことならきっと彼女は何でも分かってしまうのだろうと。


 同時に果たして本当に彼女は喜んでくれるのだろうかとまたしても一抹の不安な気持ちを覚えたが、しかしすぐにその不安を振り払う。


幼いころから今までずっとマリアンは親身になって自分のことを支えてくれた、これからは主君と臣下ではなく対等な一人の人間同士として、自分もまた彼女のことを隣で支え続け、幸せにしてみせると考えを改める。


 散歩の道すがら二人はとりとめのないことを話していたが、道中エミリオはそう決意していた。


 「マリアン……この場所に初めて来た夜のことを覚えているかい?」


 目的地の小さな丘に立ちエミリオは口を開いた。そこは初めてこの辺境の村に降り立った日に二人が見つけた場所であった。


 「ええもちろん……忘れたことなどありませんわ、全てはここから始まったのですから……」


 そこは見晴らしがよく、この小さな村を一望できる場所であり、二人だけの八年間の始まりになった場所。


 「あの時の僕はまだ幼かった……世間のことなど何も知らず、皇宮でただぬるま湯に浸かっていただけのたった八歳の子供だった……」


 「しかしエミリオ様、あなたの輝かしい未来を奪ってしまったのはわたくしでーー」


 「違うよマリアン、俺は……私はね、ずっと自由になりたいと思っていたんだ。皇宮の中で、皇族として行く先を決められた人生ではなく、しがらみの無い自分だけの人生を歩いてみたかったんだよ」


 エミリオは微笑み、諭すように不安げな表情を浮かべるマリアンの手を取る。


 「君は私の未来を奪ったと言ったね、だけどそれは違うよマリアン。君は私に自由と未来をくれたんだ、愛する人を自由に愛せる未来をね」


 マリアンの瞳に涙が浮かぶ、それが悲しみによるものではないことをエミリオは知っていた。


 エミリオは片膝をつき、マリアンを見上げる。


 「もう私はあの頃の小さな子供じゃない……これからの未来も君に捧げ一生守り抜くと誓うよ。何があっても君のことを守ってみせる。だからマリアン……私と……結婚してくれ」


 その言葉を皮切りにマリアンの瞳からは大粒の涙が溢れた。


 あぁ、涙を流していても自分の愛する人は一等美しい、とこんな時分に不相応であると知りながらもエミリオはそんなことを考えていた。


 そしてマリアンは涙を流しながらも、幸せそうに恍惚(こうこつ)とした表情で答えた。


 「元よりこの身はエミリオ様……あなたの者でございます、こんなわたくしでよろしければ……謹んでお受けさせていただきますわ」


 愛し合う二人はその手を取り合った。


 その恋路を邪魔するものなどいるはずもないこの辺境の地の丘の上で、まるで祝福を捧げるかのように綺麗な星空の下に二人は口づけを交わした。

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