機械の天使の夢
出撃前となり、フィアネリスは格納庫にて外装を装着すると各種装備のチェックを行う。そんな中、神癒奈がフィアネリスを見にきた。
「フィアネリスさん、大丈夫なんですか?」
「問題はありません、いつものように敵を殲滅してくるだけなので」
いつもの澄ました顔でフィアネリスは答える。緊張も何もないのか、非常に落ち着いていた。
「いつもフィアネリスさん落ち着いてますよね?」
「そうでもないですよ、貴方に助けられた時もありましたし、単に淡白なだけなので」
「そうですか? その割にはよく笑うように見えますけど」
「そうでしょうかね」
そう言われて、フィアネリスはふふふと笑った。状態は本当に万全のようだ。
「何も怖くないんですか?」
「勿論…とは言いたいところですが、戦いの時は私とて怖くもなります。命がかかっておりますゆえ。笑うのは、きっとその怖さを誤魔化すためでしょうね」
機器のチェックを終えると、ゆったりとした体勢でフィアネリスはリラックスする。
「貴方と出会った時のことを思い出しますよ、マスターを出迎えようかと思えば、違う方が風呂にいたのですから」
「そうですね、あの時は驚きました」
「そんな貴方が今では神様ですからね。偉くなった物です」
フィアネリスは神癒奈の頭を撫でると、彼女をじっと見る。
「誓いの儀式が行われるのでしょう? ここにいてもいいのですか?」
「いいんです、もうちょっと後だから時間はまだ空いてて」
「貴方は立派な全能神になるのですよ? こんな所で油を売ってる場合ではありません」
「それもそうですけどね」
えへへと笑う神癒奈を見て、フィアネリスは微笑む。すると、彼女は神癒奈にある事を話し始めた。
「もし……もしですよ? この戦いが終わって、貴方も儀式を終えて、互いに帰ってきたら、その時は、私が貴方の専属の守護天使になってあげてもよろしいですよ」
「なんでちょっと上から目線なんですか」
「貴方はおっちょこちょいで見てられないので」
バカにして…と神癒奈はフィアネリスの頬をつつく。だが、そんな彼女の姿も、フィアネリスには愛らしく見えた。
「…じゃあ、私はもう、行きますね」
「ええ、儀式、見れないのは残念ですが、綺麗に終わらせてきてくださいね」
「はいっ!」
そう言うと神癒奈はぺこりと頭を下げ、格納庫から去って行った。
「律儀なんですから」
神癒奈の姿を見送ると、フィアネリスは目を閉じて思い出にふける。それは、彼女がまだ見習い天使としてアカデミーにいた頃だった。
ーーー
見習い天使だった頃、アカデミーでは常に一人でいた。学業に関しては優秀で、成績は常にトップであったが、友達を作る事には興味がなく、暇があればいつも図書室に引きこもりっきりで本を読んでいた。
だがそんな彼女にも、慕ってくれる友人がいた。
「フィーネ、フィーネ!」
図書室で本を読んでいると、いつも窓の外から声をかけられた。窓の扉を開き、外を眺めると、見知った顔がいつも覗いてきた。
「また本を読んでる、いつも本ばかり読んでてつまんなくないの?」
「本はいいものですよ、人々が望んださまざまな物語や歴史を見ることができます」
「アカデミートップの成績の天使が図書室に篭りっぱなしの文学少女だって知られるとみんな軽蔑しちゃうよ」
「別にいいのです。友達には興味はありませんので」
またそう言う…と窓の外から翼で浮きながら友人は呟く。
「そう言う貴方こそ、外を飛んでばかりでよろしいのですか? レティリア」
「え? 外を飛ぶのは楽しいよ? 色んな世界を見て回れるし」
彼女の名前はレティリア、フィアネリスにとって唯一の友人で、アカデミーの変わり者だった。授業中でも、どこにいても常に空を飛ぶ事を考えていて、いつも図書室に籠るフィアネリスのことを気にかけていた。
「ねー、一緒に遊覧飛行に行こうよー?」
「この前も行ったじゃないですか」
「この前は北の雲海! 今日は西の方に行くから!」
そんな事を言っては毎度毎度フィアネリスを連れ出そうとした。彼女はその度に頑なに拒否をしていたのだが、結局、彼女に連れ出されては空を飛ぶことになっていた。
「空を飛ぶのって気持ちいいね! 天使に許された最高の娯楽だと思うの!」
「全く、いつも思うのですけれど、どうしてそこまで空に憧れるのでしょうか」
やれやれと微笑みながらフィアネリスはレティリアと一緒に飛ぶ。そんなレティリアはこう返してきた。
「空の上を飛んでると、いつも思うの、今日はどんな景色が見られるのかなって、私ね、色んな空の景色を見てみたいの」
「天界では、雲と海と空しか見えませんよ」
「ううん、天界だけじゃない、もっと色んな世界の空を飛びたいの、空だけじゃない、海の上や、地上の街、宇宙の星の海までも行ってね、ずーっと飛んでいたい、いつまでも、どこまでも」
そう言うとレティリアは楽しそうにくるりと回ると、フィアネリスに抱きついた。
「フィーネはどうしたい? どんな夢を持ちたい?」
「私は……」
フィアネリスは、夢なんて考えたことがなかった。ただ漠然と生き、時間ができれば本ばかりを読んでいた。それならば…とフィアネリスは考える。
「なら私は、色んな物語を知りたいです。古今東西にある英雄譚、日常、おとぎ話、どんな物でも構わない、色々な世界の、色々な物語を知りたいです」
「ふふっ、フィーネらしい」
くすりと笑うと、レティリアはフィアネリスの手を取って一緒に飛ぶ。
「じゃあ約束、フィーネは、私と一緒に色んな世界を見て、色んな物語を話そ? 学校を卒業したら、私達は守護天使になるかもしれない、でも、いつか一緒に、色んな世界を旅して、色んな話をしよう」
「……分かりました。その約束、覚えておきますよ」
それが、フィアネリスとレティリアがした、約束だった。その後、二人はアカデミーを首席と準首席で卒業、同じ熾天使となって、エデンの園の守護天使となった。
…そして、フィアネリスが地上に堕とされたあの事件で、レティリアは死んだ。
ーーー
「レティリア…」
フィアネリスは、もういない彼女の笑顔を思いだす。結局、彼女と一緒に色んな世界に行く約束は果たせなかった。彼女が最後に言おうとした頼みも分からずじまいだった。
《作戦時刻になりました。全天使、出撃準備に入ってください》
もう少し思い出にふけようかと思っていたが、ここで出撃の鐘が鳴る。フィアネリスはバイザーを下ろすと、両手に槍と盾を持つ。
そして、カタパルトデッキが動き、フィアネリスは出撃の態勢に入る。格納庫から運ばれ、カタパルトに到達すると、朝日に照らされる中、フィアネリスは折りたたんでいた翼を広げた。
カタパルトの射出装置が展開され、出撃準備が完了する。
『発進許可が降りました、それでは、ご武運を!』
管制官の声を聞くと、カタパルトのロックが外され、フィアネリスは大空の雲海へと飛び出される。
若き頃、彼女と一緒に飛んだ空を、フィアネリスは一筋の流星のように駆け抜けていく。他の天使達も遅れてやってきて、雲海の空に、天使達の編隊が組まれた。
「作戦内容は覚えてますね、皆さん、この戦い、必ず勝ちますよ」
作戦のリーダーであるミカエルが編隊の1番前に立ち、他の天使達を引っ張る。
そうしているうちに、敵の本拠地である研究棟が見える。すると、その研究棟から、大量の機械天使が飛び出してきた。
「全機! 戦闘開始!」
『了解!』
ミカエルのその宣言と共に、高い空の雲海で戦いが始まった。




