彼の仕事
ひょんな事から、英雄殺しと呼ばれる男、永戸と、九尾の狐の少女、神癒奈は一緒に旅をすることとなった。
その出会った翌日、良さげなところを見つけて一晩過ごした二人は、次なる目的へ向けて旅を始める
「それで、これから先はどうするんです?」
昨日のような、人外の如き強さの人間とまた戦う事になるであろうと、次はどんな者にあうのか少し怖気付きながらも、神癒奈は永戸に聞いた。
「次の仕事へ向かう、この近辺で頼まれてる仕事は残り二つほどって所だ。今から行くのは、そうだな、ちょっとした環境の調査だよ」
「調査? 人殺しとかはしないんです?」
「場合によってはするかもしれないが、今回は大丈夫だ、昨日ほど血生臭い仕事じゃない、ただ異変をちょっと調べるだけだよ」
昨日のような、人を殺す仕事にはならないと聞いて、神癒奈は少しほっとする。しかし、英雄殺しと呼ばれる者の仕事だ、どんなことをするのか、気は抜けない。
「でも、やっぱり、貴方と行くということは……その、戦いは避けられないんですよね?」
「そうだ、で、俺と一緒に来るなら、お前にも色々とその仕事を教えておかないといけない」
すると、永戸は歩きながら自分のやっている仕事について話を始めた。
「俺達は、各異世界を観察し、時に困った者の人助けを、時にそこで起きた不祥事を解決するという仕事をしているんだ、要は、世界の調停者だよ」
「異世界? 調停者?」
聞き慣れない言葉を聞いて神癒奈は頭にハテナを浮かべ、うーんとうなる。「あーそこからか」と呟くと、永戸はそれについて説明を始めた。
「異世界とは、自分がいるこの世界を含めて、星の数ほど存在する別の世界だよ、で、俺達が調停者と言って、こことは違うそんな色んな世界を見て回って、昨日みたいな奴がいたら戦うのが仕事だ」
「ちょっと信じられないけど……凄い仕事なんですね」
信じ難い話だが、だが、"自分の境遇"からして、納得できそうだと神癒奈は永戸の話に相槌を打つ。ここ以外にまだ色んな世界がある、そんな話を聞いて、彼女は、どんな世界があるのだろうと想像しながら歩く。
「まぁ今すぐに信じろとは言わない、俺と仕事をこなしていくうちに、自然と慣れるさ」
一度乗った船だ、慣れてもらわないと困るが、まぁちょっとややこしい仕事だから最初は気にするなと彼はフランクに対応する。
「そういえば、昨日の勇者……だったあれ、あのままにしていてよかったんですか? あれほど大きな怪物、放置しておいたら噂とかになるんじゃ……」
「大丈夫だ、今頃、俺と同じ奴らが動いて、事後処理に働いているだろう。村人達も記憶を消して処理され、元の生活に戻るはずだ。お前が狐だということも忘れてるだろう」
「記憶を消す⁉︎」
突然物騒なことを言い出した永戸に神癒奈は身を引く。記憶を消すとはいったいなんなのだ。そんな事後処理聞いたことない。
「あぁ、だってあんな化け物がいたとか、勇者が悪事を働いてたとか知ったらまともな暮らしはできないだろう? だから消す。あと、本来はあそこでお前も消される側だったから、そこの所しっかりと把握しておけよ」
「ふえぇ……」
案外、ついてきたのは正解だったかもと神癒奈はたじろぐ。恐怖と困惑が混じってるのか、尻尾がふるふると震えている。あんな恐ろしい怪物や、歪な性格の勇者を見て、記憶を消されたとしても毎晩夢に出てきそうだ。
「それで、調査って何を調べるんですか? 地質…とか、生態系とか、そういうのです?」
「そんな学者みたいな……ただまー生態系というのは正解だ、ここ最近、おかしな死に方をする生物が続出してるらしい、で、今回はそれを現地で調べて欲しいと。先に調査団も来てるらしいから、それと合流しろとな」
「はぇ〜、結構大掛かりなんですね」
これからたくさんの人と一緒に調査するのか、とちょっとワクワクしてしまう神癒奈。それに気づいてか、永戸は歯痒そうに言い直した。
「多分、思ってるほど生易しい仕事じゃないぞ、調査とは言え、俺に回ってきた仕事だからな、まず間違いなく、何かウラがある」
そう簡単にはいかないぞ、と釘を刺され、英雄殺しと呼ばれる者にそんな仕事を送ったのだ、と気づいた神癒奈は次の仕事に対して何をするか不安になる。
「やっぱり、人殺しとかするんじゃ……」
「さてね、それは、この先次第だろう」
これから先の事を心配する神癒奈と、飄々としながらも気は抜かない永戸、それぞれの想いを抱えながら、二人は、環境調査の現地へと向かった。
ーーーーー
2日ほどかけて、二人は調査団のキャンプに着いた。キャンプにはいくつものテントが立ってきて、調査団の隊員達があちこちで検査をしている。
「任務を与えられてきた調停者だ。これより調査活動に参加させてもらう。
テントの前にいる隊員に、永戸は身分を証明するものらしき何かの手帳を見せつける。
「はい、確かに確認しました。そちらの方は……」
「現地で雇ったアシスタントだ、構わない、通してくれ」
「はっ!」
大人しく後ろに立っていた神癒奈に、隊員は訝しむが、永戸がアシスタントと説明して、通してもらった。
日が落ちる前に何とかキャンプの中へは入れたが、時間はもう夕方になっていて、要件をさっさと済ませようと、二人は旅の疲労を抱えたまま、調査の状況を確認へと向かう。
「死体は、何かにズタズタに荒らされたような姿をしているんです、けども、何故か腐敗はしていない」
そう隊員に説明されて、テントの中に入ると、そこには、見るも無惨に引き裂かれた死体があった。
「っ……酷い」
あまりの姿に、思わず酷いと声をこぼしてしまう神癒奈だが、手袋をはめた永戸が死体に近づくと、しっかりと現実を直視せねばと覚悟を決め、彼女も近づいた。
「確かに、これは酷い……爪で荒らされたような死に方だな。でも、妙に綺麗だな」
ぐちゃりと内臓を手でかき分けながら永戸は言う。言われてみれば、死体は、食い荒らされたようにも見えない、何かの爪で引っ掻きまわされたような傷跡をしていた。
「これ、いつの死体だ」
「二週間ほど前に現地の人が発見されたものです」
「確かに……それ程前に見つかったものにしては新鮮すぎる」
ふむ、と首を傾げながら死体を見つめる永戸。
「……何か変わった特徴はないか?」
「今のところ、何も。ただ、これと同じような死体がいくつもあって、これからそれら全てを細胞検査していくつもりです」
隊員の話を聞いて、神癒奈はテントの横の設備を見た。彼女にはよくわからない機械がいくつも並んでいて、隊員達が、それぞれ内臓や肉を切り分けて機械の上に乗せていた。
「あの、私たちはどうすればいいんです?」
「この周辺でこれの原因となる要素を探して欲しい、これほどの死体があるのだから、犯人は近くにいるはずです」
どうやらこの死体を含む動物の死体は、このキャンプの周りで見つかっているものらしい。こうも立て続けに死体が出てるとなると、どうやら犯人はこの周辺で活動しているようだ。
「もう時間的にも遅いでしょう、旅の疲れもあるはずです、今日は向こうのテントで休み、明日から調査に加わってください」
「分かりました」
隊員からの提案に頷くと、神癒奈は先に寝床となるテントへと向かった。永戸もそれを追うように外へ向かうが、何か思うところがあるのか、死体を横目でチラリと見る。
「さて……鬼が出るか蛇が出るか」
せめて寝床を襲われない事だけは祈ろう、と思うと、永戸と明日に備え、ベッドのあるテントへと向かった。