親子と人形と
「全能神…ゼウス……貴方が、私のお父さん?」
自らを父と名乗るジュリアスことゼウスに、神癒奈は固まる。
「そうだ、君は私の娘だ」
「でも、どうして……!」
聞きたい事は山ほどあった。何故自分の父親なのか、何故自分が奇跡の子として生まれたのか、何故、こうして自分の目の前で立っているのか。
「……君の考えている事は手に取るようにわかる。一つずつ順を追って話そう」
そうするとジュリアスはぱちっと指を鳴らし、目の前に机と二つの椅子を用意した。それに座るように神癒奈を促す。神癒奈は大人しく座り、同じく座ったジュリアスをじっと見る。
その視線に気付いた彼は、口を開いた。
「…どうして君の父親なのか、それは、正直に言えばただの偶然に過ぎない。たまたま世界の観測として赴いた極東の地で、君の母親、八尾乃に出会ったからだ」
「お母さんと…」
神癒奈は追憶の石回廊で見た母親の姿を思い出す。
「そこで私は数十の月日を過ごし、互いに親睦を深め、絆が生まれれば君の母と交わり、そして、1人の子を成した。それが君だ」
「私……」
神癒奈はジュリアスの瞳を見る。自分と同じ、青い瞳だ。自分のこの青い瞳は、どうやら彼の遺伝らしい。
「じゃあ何故…私は、奇跡の子って呼ばれて生まれたのですか?」
「……元来、焔月は殺生石の呪いを持ち、一族を継いできた。その呪いは誰にも解くことはできず、次代の子にも同じ呪いが継がれるはずだった。だが、私と君の母が交わり、娘に全能神の遺伝子が継がれた。その娘の身体は、遺伝子によって生命の炉心そのものとなり、その呪いは解かれることとなった」
ジュリアスは神癒奈の胸元に指を当てた。そこから感じられたのは、暖かな焔の感覚だった。
「そして君は神の子、奇跡の子として生まれ、神の力をその身に宿し、同時に神になる運命を背負ったのさ。…最も、私と同じ全能神になったのは驚きではあったが」
そう言うとジュリアスは神癒奈の頬に手を当てた。不思議な気分だった、目の前にいる神は初めて会う者の筈なのに、初めてでない、そんな感じがした。
「ならどうして…私とお母さんからは離れて…」
「…それは、全能神として、それ以上人の世に加担してはいけなかったからだ。私は全ての異世界を等しく、平等に見なければならない。君と同じように子を成した事は何度もあったが、それ以上加担する事はいずれもできなかった……そう、君の家族が死んだことにもだ」
ジュリアスは目を伏せてそう言う。彼は知っていた、自分の母親が死んだ事を。だが神癒奈は怒りを感じなかった。心の何処かで"そういうもの"と何故か理解をしていたからだ。
「…今君も思っただろう。神というのは傲慢で勝手な存在でね、君のようにお人好しなものではない。人の世に手を出すのも勝手、離れていくのも勝手、与えられた役目を果たし、人の世と平行を保ちつつ関わる、それが私達さ」
「じゃあ、何で私は…貴方と違って自由に動けてるんですか?」
「君は、確かに神ではある。だが我々のように無情の機械じみた感性を持っていない。君は神の子であると同時に狐の子だ。母親の人を思いやる感情も受け継いでいるのだよ」
ジュリアスは神癒奈の手を取り、握りしめた。
「君は……私達とは違う、私達のような、純粋で、傲慢で、機械的な神とは違う。君はこの異世界で何を見てきた?」
「沢山の、楽しい日々と、大切な人々と、不条理な現実です」
神癒奈はこれまでのことを思い返す。永戸と共にしてきた旅、四課で出会った大切な仲間達、そして、多くの人々が巻き込まれた悲しい出来事。それら全てが鮮明に思い出される。
「君は、それらをどうしたい?」
「私は、守りたいです。私の近くにあるものを、できるだけ沢山、誰も悲しまないように、みんなが笑って過ごせるように」
「ならば、戦い抜け、君にはその権利と義務がある」
そうしてジュリアスは彼女をまっすぐと見つめ、彼女を励ます。
「大丈夫、君は私の子であり、八尾乃の子だ。どんな逆境にも立ち向かえる強さがある。だから、自分を信じろ」
「はいっ」
ジュリアスの言葉に頷くと、神癒奈は頷いた。
「…ようこそ、神の世界へ、神癒奈、誓いの儀式は翌日行われる、今日はここでゆっくり休みなさい」
「はいっ!」
神癒奈はジュリアスの言われた通り、ここで休む事にした。ついでに、父親との対面、話したい事がたくさんあったので、そのことについても話すことにした…。
ーーー
(大天使ミカエル…一千年を過ごしてきて、会ったことはございませんが、その天使が直々に私に会いたいとは、一体どう言うことでしょうか)
フィアネリスも、神癒奈と同じように建物に入った。そこは、天使達が安らぐ憩いの場であった。天使達は楽しく話していたが、フィアネリスが入ってきた途端、しん…と静かになる。
「ねぇ…あの天使が…」
「そうそう…人殺しを勝手にしたって言う…」
「恐ろしいね……あんなのが熾天使だなんて」
(愚かですね……本当に)
天使達に嘲笑される中、フィアネリスはその空間を歩いていく。通路を歩き、1番奥の部屋に入ると、フィアネリスは立ち止まった。
「熾天使フィアネリス、ただいま戻りました。ミカエル様、いらっしゃりますでしょうか?」
フィアネリスは奥にいるであろうミカエルに話しかけた。
「ええ、ここにいますよ」
フィアネリスの声を聞いて、ミカエルは振り返り、フィアネリスに近づく、その顔を見た途端、フィアネリスは驚いた。
「な……私が、もう一人?」
そこに立っていたのは、フィアネリスと瓜二つの女性であった。ただ似ているのではない、翼から天輪まで、本当にそっくりそのまま写したような女性がそこに立っていた。
「あぁ、驚きましたか? ……いえ、驚いても仕方ないでしょうね、自分と同じ天使が目の前にいますもの」
「天使長ミカエル…何故、貴方は私と同じ姿なのですか」
目の前の出来事の理解を拒むフィアネリス、それを見たミカエルはその手を優しく取ると、目を閉じて、その質問に答えた。
「どうか、この話を受け入れてください。熾天使フィアネリス、貴方は、私を模して作られた天使、ラグナロクプロジェクトで生産された最強の決戦兵器、機械天使のプロトタイプなのです」
「は……⁉︎」
フィアネリスは告げられた真実に驚愕して手を振り払うと、一歩下がって吠えた。
「そんな、そんなバカな事がありません! 私が! 貴方を模して作られた天使⁉︎ 決戦兵器で機械天使のプロトタイプ⁉︎ そんなことある筈が……!」
そう言ってフィアネリスは現実逃避しようとした。だがその手を見て思い出す。あの日、友を失った時に流れた、白い血液とそこから見えた機械の体を。
「…貴方は気付いている筈、自分が普通の天使ではないことに、他の天使と、体の作りも命のあり方も違う事に」
「違う! 私は!」
【フィーネ……身体は違っても、君は同じ天使だよ、そんな、絶望したような顔をしないで】
ミカエルから告げられる真実を否定すると、彼女の脳裏にかつての記憶がフラッシュバックする。それでよろめいたフィアネリスは地面に落ちた。
「……貴方は、ただ、意志を持った機械の人形なんです」
「私が…人形?」
もう一度手を見てみる。すると、視界がざらつき、彼女の手が糸の垂らされた木彫りの人形のそれに見えた。
「貴方がここに引き戻されたのは、ラグナロクプロジェクトを決行した神々が、貴方がこれまでに得た膨大な戦闘データを回収する為、追放が解かれたのも、ただそれだけの為です」
「嘘です……こんな事、ある筈がありません」
フィアネリスはうわごとのように同じ言葉を繰り返す。彼女は目の前の真実を、自分が人形であった事を受け入れる事ができなかった。
「フィアネリス……私は、全ての天使の一同に代わって謝罪します。ごめんなさい」
ミカエルが謝罪をするが、現実を受け入れられないフィアネリスには…その声は聞こえなかった。
すると、部屋の中に別の天使が入ってきた。ゾロゾロと入ってきた天使達は、フィアネリスを取り囲む。
「これが例の個体ですか?」
「はい、彼女がそうです」
「確認しました。連れていきなさい」
力なく崩れ落ちたフィアネリスを、天使たちは持ち上げると、彼女を別の場所へ連れて行った。それを見送ったミカエルは、ポツリと呟く。
「本当は、自分の妹だって、言いたかったな。その方が、きっとあの子も幸せだったのに…けれど仕方ないですよね、これは、彼女にとっての試練なのだから」
後悔するように彼女は言うが、もうそこには、思っていた天使は、いなかった。




