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ヒトとキツネの異世界黙示録  作者: 遊戯九尾
第一章 絶望を知るヒトと希望を夢見るキツネ
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月明かり照らす道で

 巨大な怪物を倒し、一息つく男と神癒奈だが、勇者に襲われて逃げた女の人から騒ぎを聞きつけた村人達が、明かりを持って一斉にやってきた。


「勇者様が悪事を働いていると聞いてきてみれば、なんだこのでかい怪物は⁉︎」

「見たところ、これを傭兵の嬢ちゃんが片付けたとでもいうのか? それにしてはその格好はなんだ? まるで狐の獣人ではないか、となりには旅の詩人までいるし」

「勇者様のお仲間がここに倒れているぞ! にしてもひどい死に方だ……二人とも全身を丸焦げに焼かれていやがる。でも、とうの勇者様はいずこに? まさか、襲われたのを魔物を勇者と間違えたとでもいうのか?」

「っ! これは……その……」


 醜い巨大な怪物が倒れている姿と、その横に疲れて座りこむ男、そして狐としての姿をさらけだしている神癒奈を見て、村人達は困惑する。

 神癒奈は慌てて耳を隠し、場を取り繕おうとするが、こんなに大勢の人に見られたのだ、取り繕おうにも無理があると思い、どうしようもなくてそのまま萎縮してしまう。

 すると、男が口を開いた。


「こいつが、勇者だよ。いや、"勇者だった"」


 伝えるには少々信じられない真実を、男は重く圧のある言葉で伝える。それを聞いた村人たちは、ざわざわとどよめき始めた。


「こいつが……勇者様だって⁉︎ どう見ても化け物じゃないか!」

「確かに、見た目は怪物だが、少し前まではこいつは人間の姿をしていた、確かに勇者だったんだ」

「じゃあ何故……こんな姿に?」


 そう言われると男は黙り込む。こんな状態になった事は、どうやら男にも予想外だったらしく、村人から問いかけられると目を伏せた。


「じゃあ、傭兵の嬢ちゃんはなんでそんな格好をしてるんだ、その格好、普通の人間には見えないが、嬢ちゃんもまたこんな魔物のお仲間だっていうのか?」

「それは……」


 村人達から疑いの目を向けられ、神癒奈は黙り込んでしまう。人の身ではないことを隠していたのだ、こんな異常事態でお咎めなしになる訳がない。実際、神癒奈にとって、今までにこういうことは何度もあった。責められても何も言うことはできない。そう思って黙り込んでしまうが、するとここで男が再び口を開いた。


「どうだっていいだろう。コイツが魔物だろうとなんだろうと。ただ、コイツはさっき勇者サマからそこの女の人を助けてたし、魔物を倒したのもコイツだ、悪くいうには少し待った方がいいんじゃないか? な?」

「えぇ、えぇ! 確かに私はそこのお方に助けていただきました!」


 勇者とのやりとりを見ていたのか、男が村人から責められそうになっている神癒奈を庇うと、先程襲われていた女にちらりと目を見やる。それに対して女は、先の恐怖が抜けていないのか少し震えてはいるが、神癒奈に対して助けてもらったと村人達に伝えた。


「じゃあ……なんだ、まさか本当に勇者様は悪事を働いて、お二方が勇者様を……この怪物を倒したと言うのか?」

「そうだ。デタラメみたいな話だが、信じても、信じなくてもいい」


 そう言うと男は立ち上がり、そのまま村長に近づいた。


「この事は、できれば内密にして欲しい。勇者の汚点だ、騒ぎが広がって他の勇者の存在が危うくなったら困る」

「わかりました……あ、あなたは今からどうするのですか?」

「俺はこれからまた別のところへ歌を歌いにいくさ、吟遊詩人だからな」


 そう言って男は立ち去ろうとするが、緊張の糸が切れたのか、ふらっと倒れかけてしまう。なんとかこらえて再び立ち上がるも、足取りがおぼつかない。


「怪我をしたのではないのですか? 今夜はここで休んでくだされ」

「大丈夫、これくらいなんて事はない、それよりもその死体をなんとかした方がいい、多分後で"処理する奴ら"が来るから、それまでに、状況の整理や死体の移動とか、色々やっておけ」

「ははぁ…わかりました」


 村長に対して説明すると、男はそのまま背を向けて村を去っていく。何事もなく、そそくさと。


「…嘘つき」


 恨むようにそう呟く神癒奈。

 男は大丈夫と言ったが、神癒奈は嘘だと気づいていた。先程の戦闘で、数発ほどしか攻撃は受けてないが、怪物のあの膂力と聖剣から放たれる一撃だ、相当効いたようで、村長と会話したときの表情から、痩せ我慢だと一発でわかった。


(聞きたいこと、色々ありますからね)


 どこか辛そうな彼の後ろ姿を見てられなくなった彼女は、村人の視線を気にせず、村を出て男を追いかけた。


 ーーーーー


 月明かりが照らす夜更け、男は一人森の中を歩いていた。村を出て時間が少し時間が経ち、人の気配も無くなり、ここまで来ればもう追ってこないだろうと思うと、傷を我慢するのが限界になったのか、おもむろに木にもたれかかった。


「けほっ! こりゃあ……骨、行ったかな……無理もしすぎたし」


 血を吐き捨てると、彼は痛みに耐えながら、ポケットから回復薬を取り出し、蓋を開けてそのまま飲んだ。これで火傷や切り傷は少し治るが、同時に疲労も彼に襲いかかり、ふらっと倒れかけるが、今度はこらえきれず、膝からガクンと崩れ落ちてしまう。


「やっぱり怪我してた」


 地に膝をつけながら、怪我を癒していた男に、突然後ろからそんな声が聞こえた、はっと振り返ってみれば、そこには先ほどまで共に戦っていた狐の少女……神癒奈が立っていた。


「どうやってつけてきた」


 ふらりとしながら立ち上がって、男は神癒奈に聞く。村から距離をあけた筈なのに、何故ここにいると分かったのか、男は疑問に思った。


「貴方と、その服から出る血の匂い、ずっとたどってきました。あんなあからさまな嘘、私には通用しませんから」


 自分の鼻を指さしながら、神癒奈は怒るように言う。それを聞くと、男はそういえばコイツは人間ではなかったと思い、やれやれと呆れる。


「それで、俺に何をしにきた?」

「貴方に、聞きたい事があったから、ここまできました」

「昼会った時といい戦った時といい、口を開けば質問ばかりだな、お前は。……あぁ、まぁいい、助けられた恩もある、ある程度は聞いてやろう」


 そう言うと男は少し落ち着いた顔をして、神癒奈の質問を聞くことにした。対して、質問をしてもいいと言われた神癒奈は、何か思う事があるのか、申し訳なさそうにおずおずと口を開く。


「どうして、狐の私を見て、恐怖も何も思わないんですか?」


 どこか深刻そうに、神癒奈は質問する。神癒奈にとって、狐である事がバレると、人間から憎しみを向けられる事が常識だと感じていた。先程も、村人から神癒奈の本来の姿を見られたとき、そう言った感情を向けられかけた。だが、男は違った、戦闘中、彼女の姿を見ても驚愕も何もせず、ごく当たり前のように接していた、その事が神癒奈にとって疑問になっていた。


「……それは、お前みたいなやつをこれまで何人も見てきたから。人間じゃない奴を見るのにはもう慣れている」

「私みたいなのが……?」

「あぁ、人間じゃないこと隠してた奴なんて、いくらでも居た。それに、最初からお前が人間ではない事は気付いてたさ」


 "こういうのには慣れてる"、そう男は答え、それを聞いた神癒奈は自分が憎まれる事はないと気分がすっきりしたのか、肩の荷をおろし、今度は男に対しての質問をする。


「じゃあ……貴方はいつも、あんな戦いをしてるのですか?」


 そう聞くと男は、目を伏せて黙り込んだ。これは言っていい事なのだろうかと。だが、今日のことを見られてしまったなら仕方ないと、彼は静かに口を開いた。


「…………そうだ、俺は、勇者や、英雄と呼ばれていた奴に対して、あんな戦いをしている。世界をまわりまわって、欲や闇に飲まれたあいつらを処刑するのが、俺の仕事だ」


 まっすぐ自分を見ながら言う男に、神癒奈は静かに理解した。この男は、本当に"英雄殺し"と呼ばれる存在なのだと。正義か悪か語りはしないが、彼のまっすぐな姿は、神癒奈からすれば、先程の勇者よりいさぎよく見えた。


「それが……貴方の本当の仕事なんですね……」

「質問は終わりか? これ以上用がないなら、俺はもう行くぞ」


 そう言うと男は振り返り、武器を入れるケースを抱えて先に行く準備をする。正直、まだまだしたい質問はある。が、ここで、今の二つの質問を聞いて、彼女の中で、ある思いが芽生えた。


(この人は、いろんな世界を見て、向き合ってきたんだ……この人と行けば、私も、何故ここに来たか、"何故あんな事が起こった"かわかるかもしれません…!)


 彼と一緒に行けば、自分の探している色々な物が見つかるかもしれない、そう思うと、神癒奈は居ても立っても居られず、男を呼び止めた。


「……あの! 貴方の旅に、私もついて行ってもいいですか?」

「何?」


 予想外だったのか、男が目を丸くする。


「私、貴方の仕事を見てみたいです。どんな事をして、どんな世界を見ているのか、私も知りたい!」

「………お前、英雄を夢見てるんだろ、今日と同じ事を俺はまたやるぞ、人殺しを平然とやる、それをお前は許容できるのか?」


 また今日のような事になっても知らないと男は神癒奈を突き放した。


「構いません、それに、貴方についていけば、私も、見つけたいものを見つけられる気がするんです!」

「……この先で絶望を見るかもしれない、お前の夢見る英雄とやらの理想が壊れるかもしれないぞ、やめておいた方がいい」


 もう一度、今度ははっきりと突き放す。

 何故ここまで突き放すのか、それは、男にとって神癒奈が、ついてくるのが邪魔だからというのではなく、彼女が辛い現実を見て絶望させたくないと思っただからだ。男の仕事は誇れるものではない、人殺しだってするし、今日のような人間には何度だって会う、それに彼女が耐えれるとは思えないのだ。

 だが、そんな思いは、次の瞬間消えることとなる。


「それでもいいです! 私は、今この世界でどんな事が起きてるのか知りたい! 自分の理想を目指すために! それに、今日みたいに、心ない誰かのせいで、誰かが苦しむのを見ていられません!」


 突き放そうとしても食い下がる神癒奈を見て、男は驚愕した。彼女のその瞳は決意に満ちた目をしていて、どんなことでも受け入れようと覚悟を決めたように見えたからだ。ここまで言うんだ、仮に断ったとしても、何を言っても聞かないだろうと男は思うと、諦めたように口を開く。


永戸ながとだ」

「えっ?」

陽宮かげみや 永戸ながと、それが俺の名前だ。名前を覚えないと何かと不便だろう?」


 共に旅をするのだ、名前を教えないわけにはいかないだろうと、赤いコートの男、永戸がそう言う。


「陽宮……永戸……永戸、さん」


 赤ん坊が言葉を覚えるように、何度も名前を繰り返す。昼間教えてくれなかった名前を教えてくれたのが嬉しいのか、尻尾をブンブンと揺らしている。


「永戸さん!」

「そう何度も呼ぶな、照れる」


 近づいて、彼の顔を見つめながら、神癒奈は永戸と言う名前をしっかりと発音する。それに対して、名前を連呼されるのがどこか照れ臭いのか、永戸は明後日の方向を向いた。


「これからよろしくお願いしますね!」

「あぁ、旅は厳しいが、ついてこいよ」

「はい!」


 えへへと笑顔で頷くと、神癒奈は永戸の隣に立つ。それに対して永戸はふっと笑うと二人で歩き出した。

 これから大変な事にはなりそうだが、きっとそれに見合った旅になるだろうと二人はそれぞれ思うと、月が照らす夜道を歩く。

これにて、主人公二人の出会いとなる部分は終了になります。こんな感じで、異世界で起きる一つ一つの事件を解決する、オムニバス形式で話を進めていきます。

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