絶望
なり損ないを倒し、召喚魔法も止めた四課の者達。そのメンバーの目の前に、黒い影が浮いていた。
「なんだ…あれは…⁉︎」
ユリウスですら知らない存在が、目の前にいる。それを知ると、全員は身構える。
「そう怖がらないでくれよ、何、お話がてら来たまでだからさ」
黒い影ははははと笑うと、姿を現した。
「えっ……」
「そんな……何故」
その時各々は違う姿の何かを見た。神癒奈は自身の母親である八尾乃を、フィアネリスはかつて友達であった者を、他のメンバーも、自分の大切だった者が目の前に現れた。
「あぁ、僕はね、キミたちが想っていた人の姿をとることができるんだ。親友、家族、親戚、恋人、あらゆる者の姿をね」
「…お前は…何者だ」
ユリウスが重い口を開いて聞く。すると、その存在はニタリと悪魔のような笑みをするとこう答えた。
「"絶望"だよ」
絶望と答えられ、全員は呆気に取られた。それを見ると絶望と名乗る者はまたニタリと笑う。
「あぁ、低脳なキミたちにはこの名前だとわかんないか、そうだなぁ、ではこう呼ぶとしよう、僕はアズウル、世界が抱える絶望そのものだ」
そう言うとアズウルは綺麗にお辞儀した。
「いやぁ、そこの王女様は愉快な人だったなぁ、勇者が欲しいと願っていたものだから、試しに召喚魔法を教えてあげたら、その勇者を戦争に使おうとしたのだから」
「………この王国が勇者召喚を始めたきっかけは、あんただったんすか?」
桐枝がアズウルに向けて静かに問いかける。その手は震えていて、全身から怒りが込み上げていた。
「…そうだと言ったら?」
「……殺す!!!」
「待て、桐枝君!」
勇者召喚が始めたきっかけがアズウルだと分かった瞬間、桐枝はユリウスの静止を聞かずに切り掛かった。
「頭が高いんだよ、人間」
だが次の瞬間、桐枝はアズウルが指をふるだけで、黒いモヤに押し潰され、地面に叩きつけられてしまった。
「…っ!」
光の能力でなんとか無事に収まるが、桐枝はそのまま力尽きて倒れてしまう。
「…? 今の子、世界を救う力を持っていたね? 何故この子が持ってるか分からないけど」
「桐枝さん…!」
足で小突かれる桐枝に、神癒奈が叫ぶ。
「どうして、どうしてこんなことにしたんですか!」
「どうしてって?」
「勇者召喚を使って、多くの人を不幸にして、どうして!」
神癒奈がアズウルに対してまた問いかける。だがアズウルは当たり前のような態度を取ると、鼻で笑ってこう言った。
「そんなの、見てて楽しいからに決まってるじゃないか、僕はね、人間同士の醜い争いや、滅んでいく文明を見ていくのが大好きなんだ」
「なんで…!」
「質問ばかりだなぁ、こう答えるしかないだろう。だって僕は、絶望だから」
アズウルがそう言うと、黒いモヤが空間中に広がり、中から黒い影に覆われた獣が出てくる。
「これは…なり損ないなどと言う次元ではない……」
ユリウスはその危険度を察知すると、四課のメンバーにこう言った。
「彼は本物の"絶望"だ! 逃げるんだ! ここから、今すぐに!」
「もう遅い、キミたちは僕のおもちゃ決定だ」
直後、黒い影の獣たちが一斉に暴れ出し、四課のメンバーは全員壁を突き破り外へ放り出された
「神癒奈さん! マスター!」
「課長…! 桐枝さん…! コリーさん…! ライ先輩
…!」
フィアネリスとエイルがそれぞれ仲間を回収するとそれぞれ飛んで、糸を使ってうまく地面に着地する。
「一体…何が……あぁっ…!」
王城の方を見て、全員は呆気に取られることになる王城の方から、すごい勢いで黒い影が溢れ出していた。それは巨大な波のように広がり始め、全てを飲み込んでいく。
「四課から一課へ、緊急事態が発生した! 世界が滅ぶ存在が…現れた!」
ユリウスが無線で一課に連絡を取る。すると遠くで戦っていた一課は逃げ出した。
「逃げるんだ! これは我々でも勝てる相手ではない! 飲み込まれれば命はないと思え!」
ユリウスの命令を聞いて全員逃げ出した。後方からは黒い影が四課の者達を飲み込もうと迫り来る。
「あっははは! そら、もっと走れ、逃げまくれ、飲み込まれたら終わりだぞ! ほらほら!」
上空からアズウルが逃げ出す者たちの様子を眺める。
「くぅっ!」
「止まりなさい!」
エイルがサブマシンガンを、フィアネリスが波動砲を放つが、黒い影に効いている様子はなかった。
「もうすぐ王都の外だ!」
「街の人は⁉︎」
「諦めるんだ! もうこの街にまともな人間は残っていない!」
王都の外に出て、振り返ってみれば、王都の中は黒い影で覆い尽くされ、生き物が生息できる領域ではなくなった。
「そんな…街が…!」
「ああ、いい顔をしてるね、キミ」
「ひっ!」
いきなり目の前にアズウルが現れ、神癒奈は反射的に刀を振るが、するりと攻撃が抜けてしまう。
「おっと、やだなぁ、絶望で歪んでいい顔してると思ったら急に斬りかかるなんて……ねぇ、カミサマ」
ニタリと笑うアズウルを見て、神癒奈は原始的な恐怖を覚える。
「逃げられないよ、もうキミたちは」
辺りにはアズウルが次々と現れ、それぞれが黒い剣を持って佇んでいた。
「…さぁ、絶望しろ、心の底から絶望して、蟻のように潰されて死んでいけ」
空が暗闇に覆われ、王都の外の野原中におびただしい数の黒い影が解き放たれる。遠くに見える山からは巨大な影が睨みを聴かせ、地面からはドロドロとした黒い泥人形が引き摺り込もうと溢れ出す。草木は全て魔物へと変わり、花すらも枯れ、世界から光が失われる。
《敵の数、計測不能!! この数…無理だ、世界の終わりだぁ!!!》
一課の方でも同じことにあったのか、イストリアのメンバーは全員が敵に囲まれていた。
「この数……いくらなんでも…我々の手では」
あまりの敵の数に、フィアネリスは持っていた武器を落とし、地面にガックリと膝をつく。
「…無理だ……転移魔法も使えない。私達は、完全に追い込まれた」
ライが転移魔法を使おうとするも、魔法自体が使えなくなっているのか、転移魔法が作動しない、道具による脱出もできなくなっていた。
「嫌…嫌…こんなの、嫌ぁああああ!」
コリーは恐怖に支配されて周りに向けて銃を撃つも、すぐに弾を切らし、戦えなくなる。
「…あぁ、ここまでなのですか。ここまで足掻いて生きたのに、私はここで、苦しんで終わるのですね…辛いです」
エイルは諦めるように体を下ろすと、頭を抱えて震え出す。
「もう…どうにもならないのか……! 何故、何故このような存在が異世界に存在した!」
現状が超常的すぎて理解できないのか、ユリウスは疑問を浮かべるばかりだった。
「勝てるはずがない…」
「ここまでなのか…!」
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
「死にたくない…」
「世界の終わりだ…」
全員が現状に絶望し、戦うことを諦めていた時だった。
アズウルのうちの一人を、誰かが切り裂いた。
「まだです…まだ、終わってない!」
それは、刀を握り、焔を宿した神癒奈だった。アズウルにダメージこそ入らないが、彼女は諦めずに、アズウルとその影に向けて次々と攻撃を加えていく。
「神癒奈さん! もう無理です! 私達はもう…ここで終わりなのです!」
「あぁ、終わりだ、キミたちは詰んだんだよ!
「終わりなんかじゃない!」
フィアネリスの嗚咽の混ざった声を、アズウルの闇の底から絶望に陥れるような声を、神癒奈が遮った。
「まだ私達はここにいます! まだ私達は生きています! まだ私達は戦える! だから、まだ諦めちゃダメです!」
周囲の影を斬ろうとするが、ダメージは全然入らない。自分達が闇にどんどん覆われつつもある。だがそれでも、神癒奈は諦めずに、刀を握り、戦い続けた。
「そうです! どんな状況でも! どんなに苦しくても! 戦う事を、諦めないで!」
次の瞬間、神癒奈から光が溢れ出し、周囲の影を吹き飛ばした。それは、神としての力だけじゃない、彼女自身の心の中にある希望が答えたのだ。まだ諦めないと言う強い意志が、彼女に力を与えた。
その希望は彼女から溢れる光となって、彼女を突き動かす原動力となって、絶望を払う力となる。
「まだ諦めない気でいるんだ、だったら僕が直々に終わらせてやる!」
そう言うとアズウルは、彼女に向かって大量の影を襲わせた。
「っ!」
神癒奈は影に覆われ、身体中を食いつかれ、光を失いそうになる。
「まだ、諦めない!」
だがそれでも諦めずに、彼女は刀を握り、振り払おうとした。
「諦めろ! ここでキミたちは終わるんだ!」
更に多くの影が神癒奈を覆い尽くす。そして、神癒奈の身体中に影がまとわりつき、動けなくなった。
「神癒奈さん!」
フィアネリスが悲痛な声を上げる。
(まだ終わりたくない! まだ死にたくない! まだ…まだ!!)
「まだ……諦めたくない!」
その次の瞬間、神癒奈を覆う影に向けて、誰かが入り込んだ。そして、中で力を行使すると、影が全て消し飛んだ。
再び眩い光が解き放たれ、絶望しかけた四課のメンバーはそこを見る。そこには……。
「あぁ、諦めるな!」
そこには、片腕を失って尚、剣を持って戦う永戸の姿があった。




