覚醒'
「……ここは?」
夢を見ていた。そこは、何もない真っ白な空間で、桐枝はそこにポツンと立っていた。
「ええと…もしかして、天国?」
そう言えば殺されたんだっけと思い出し、ここが天国なんじゃないかと疑う、だがそれは、直後に現れた存在に否定される。
ーチガウ…ココ…オマエ……ココロ…ナカー
そこに現れたのは、死ぬ前に戦った光の巨人だった。だが、大きさは人間サイズに縮小されて、桐枝と正面から向き合っている。
「あんたは……あの時の。私の心って、なんで二人一緒にいるんすか」
桐枝はどうして自分の心の中にこの者がいたのか問いかける。すると、その者はこう答えた。
ーオマエ…ボク……ヒトツ…ナッタ…オマエ…タスカルー
「助かるって」
そう言えばなんだか切られた時の痛みが全然感じられない、身体が元気で、内側から力が溢れてくるような感じがした。
「…まさか、きりちゃんを助けてくれたんすか?」
そう言うと、巨人だった者は頷いてくれた。
ーオマエ……ボク……タスケタ…ダカラ…ボク…オマエ…タスケター
「別に助ける必要も無かったのに、優しいんすね」
あの時他の勇者からこの存在を守ろうとしたのは自分の勝手で、別に付き合う必要性なんてなかった、それなのにこの存在は、桐枝を助けてくれたのだ。
桐枝はなんだか照れくさそうに笑う。
ーオマエ……マモル……ボク…チカラ…アゲルー
「力?」
力と聞いて、桐枝はどう言う事だと首を傾げる。この存在はどうやら桐枝に力を与えたらしい。それがこの内側から溢れるものなら、桐枝は再び立ち上がれる気がした。
ーボク…オマエ…ズット…イッショ…ズット…マモルー
そう言うと、その存在は光の中に消えていく。
「待って! まだ聞きたいことが!」
桐枝がその存在に手を伸ばした時だった。景色は一瞬にしてガラリと変わった。
「…あれ?」
ここはどこだろうと桐枝は辺りを見渡す。見たところ何かのテントの中のようだ。点滴を打たれ、心電図の確認をとられながら、桐枝はベッドに横たわっていた。
「目が覚めましたか?」
テントの外から声が聞こえてきた。桐枝は体を起こす。するとそこにやってきたのは、この前話した吟遊詩人の女性だった。だが、その姿に桐枝は違和感を感じた。
「意識が戻ってよかったです」
「あ、えっと…その……えぇ?」
なんと彼女の頭の上には二つの三角の狐の耳が、腰には九本の太い尻尾が生えていたのだ。服装も吟遊詩人の格好ではなく、日本の巫女服のような見た目をした格好だった。
「あぁ、もしかして、この姿に困惑してる感じですかね? そりゃそうですよね、一度会った相手がこんな格好してたら」
あははと笑うと女性は自己紹介をする。
「私の名前は焔月 神癒奈、異世界で神様をしています。以後、よろしくお願いしますね」
「神…はぁ?」
にっこりと笑顔で答える神癒奈に、桐枝は話についていけない。目の前でいきなり神様宣言されて、状況を理解しようにもできなかった。
「ええと…あんたは何者…?」
「今話した通りですけど…? ……んー、やっぱりこの自己紹介は初見の方だと理解が追いつかないんですかね」
困ったように俯く神癒奈に、桐枝は理解が追いつかないままだ。だが、気になるところはまだあった。
「ええと、ここは何処っすか?」
「私達の組織のキャンプの中です」
ぴろぴろとファイルを片手に神癒奈は情報を確認していく。
「門崎 桐枝、元の世界地球においてはごくごく普通に暮らしていた高校生、実家で剣道を嗜む、何処にでもいる本当にごく普通の女の子、それが貴方ですね?」
「え…えぇ、まぁ、そっすけど」
急に自分のプロフィールを話されて桐枝は困惑する。何故自分のことを彼女達は知っているのかと。
「一体あんた達は、何者なんすか、なんで私はここにいるんすか」
「落ち着いてください、1から説明しますので」
まぁまぁと神癒奈は桐枝をなだめると、説明を始めた。
「まず、貴方の情報から整理しますね。貴方は異世界に召喚され、ステイリア王国の命のもと、勇者として世界を守る為に数日前から活動を開始、学校の友達と旅立ったのはいいものの、魔物との戦闘でパーティーはほぼ全滅、他の人が戦死した中、唯一生き残った、ここまではいいですか?」
「まぁ…大体合ってるっす」
ここ数日あったことは大体こんな感じっすねと桐枝は頷く。それを確認した神癒奈は、ではと話を続けた。
「私達は異世界管理組織『イストリア』の者です。この世界へは、先ほど言った異世界召喚の監視の目的で来ました」
「監視…?」
監視と聞いて桐枝は嫌な予感を悟る。この世界に来てから感じていた違和感を。他の生徒達の倫理観の暴走、与えられた能力の差、そして、仲間同士での殺人。考えられることはたくさんあった。
「この異世界召喚に、何か問題でもあるんすか?」
「……はい」
神癒奈が重く頷くと、その資料を桐枝に見せた。そこに書かれていた内容はこうだった。
ーステイリア王国で行われた非合法の異世界召喚についての報告ー
【召喚時に特殊能力が与えられるが、与えられる能力に差があり、かつ能力が強力であればあるほど人格に悪影響を及ぼす危険性あり】
【召喚されたのは十数名の少年少女と一名の大人、監視数日の時点で多数の死傷者が出ている模様】
【人格に悪影響が出た者も複数出現、倫理観の欠如や殺人衝動などが見られる、今後も増える可能性あり】
【人格に悪影響が出た場合即刻保護し、記憶処理とメンタルチェックを行うこと、それができない場合処刑も想定に入れよ】
「こ…これは?」
「それが、この召喚の真実であり、今の貴方の仲間達の現状です」
資料を見て桐枝は息を呑む。この召喚が危険なものであったことを。そして、最後の項目を見た瞬間、彼女の中を絶望が支配した。
【この異世界召喚から、元の世界に帰れる可能性はない】
絶望的な真実を告げられた。王国のアーリア王女は元の世界に帰すと言っていた。なのに、この資料では帰ることは不可能と書かれている。
嘘の話を持ちかけられたのだ。この話と、すでにクラスメイトの多数が死んでいること、それを突きつけられると、彼女はふらりと倒れかけた。
「わっ…大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけ…ないっすよ…!」
身体を再び起こすと、桐枝は涙をこぼし始めた。
「私達は、ただ普通に暮らしてただけなのに、なんでこんなことになったんすか…!」
涙を流しながら、嗚咽を漏らす桐枝、神癒奈は何も言えなかった。
「勝手に召喚されて、勝手にランク付けされて、勝手に戦わされて、挙げ句の果てに仲間同士で殺し合いまでさせられて……こんなの、耐えられるわけないじゃないっすか!」
悔しさと辛さで桐枝は資料をぐしゃぐしゃに握りしめる。
こんな事がなければ今頃普通の学校生活を送っていたかもしれない。友達と笑い合って過ごして、放課後にはゲームセンターやカラオケで遊んで、家に帰って温かいご飯とお風呂と布団でゆったりしていたかもしれない。
それなのに、たった一度行われたこの異世界召喚で全てがぶち壊された。
「帰して! 私達を! 元の生活に!!」
桐枝は神癒奈の襟首を掴んで叫ぶ。この者に怒りを向けても仕方がない…けれど、怒りをぶつける場所が、何処にも無かった。だが神癒奈は、桐枝の手を取ると、頭の額と額を合わせた。
「残念ながら…私達にはそれを行うことはできません。貴方が暮らしていた日常に、返してあげることは…できません」
重く、彼女は告げる。もう二度と平穏な日常へは戻れないと。
ーーだが、それでもと彼女は言った。
「それでも、貴方が自分を守れる場所は作ってみせます。これを見てください」
そうして見せたのは、桐枝のカルテだった。
「貴方の精神状態は、他の能力者と比べて"極めて高い力"を持っているにも関わらず、正常を保っています。貴方は、まだ人間でいられてるんです!」
人間でいられてる…そう聞くと、桐枝はカルテを見た。そこには身体能力や体の状態のデータが書かれていた。その中でも1番気になったのは、特殊能力のところだった。そこには、持っている能力は身体能力強化だけのはずなのに、評価がSと書かれていた。
「極めて、高い力?」
「はい! 貴方の中には強力な力が宿っています。それでありながら、貴方は正常な精神を保っている。これは、この召喚で起きている奇跡の一つです!」
桐枝は自分の手を見る。自分の中に強力な力が宿っている。にわかにも信じられない話だが、次の瞬間、信じざるをえないことがおきた。
彼女の手から、眩い光が溢れ出したのだ。その光は温かく、自身を包み込むようで、なおかつ力強く、自分の中で脈動するように輝いていた。
「貴方の能力は"光の戦士"、対魔の光を扱える力です、その力は、あまりにも危険と判定こそされてますが、上手く使えば人を助ける事ができる強い力です!」
その言葉を聞いて、桐枝は光が出る手を握りしめる。光の戦士と聞いて、桐枝は少し前に起きた夢の中の出来事を思い出した。
ーオマエ……マモル……ボク…チカラ…アゲルー
この力は…恐らく、あの光る巨人から与えられた力だろう。あの存在から自分は救われ、そして力を与えられてここにいる。
「この力は強力すぎるゆえ、あなたはこれから組織の監視対象にはなるでしょう、でもそれでも、貴方が貴方らしくいられる場所を用意します!」
そう言うと、神癒奈は彼女の手を強く握りしめた。その手の温もりを感じ、桐枝は決意する。この異世界召喚で、まともな精神を保っているのは自分だけ、力を与えられた他の者達はどんどん暴走していく。ならばと桐枝は顔を上げた。
「この力を、上手く使えば人を助ける事ができるんすよね?」
「はい、この力は、使い方次第で人を救う事ができる。貴方だけが持てる唯一無二の力です」
「だったら、私を、そのイストリアとやらの仲間に入れてくださいよ、どうせ監視されるんなら組織の犬にでも何にでもなってやるっす、その組織で、私が私でいられるように、平凡な日常を取り戻せるように、戦わせてほしいっす!」
桐枝は神癒奈の手を握り返すと、彼女の目を見てそう言った。もうなりふりは構っていられない、彼女は、自分の日常を守る為に、戦う事を決意した。それを聞いた神癒奈は強く頷くと、こう言った。
「分かりました。共に、世界を守る為に戦いましょう!」




