英雄殺し
「なんなんだお前は⁉︎」
「その言葉そっくり返すぜ勇者様! 何してるんだお前は!」
神癒奈の前で、聖剣の攻撃を防いでいたのは昼間であったあの男だった。なんと、楽器を入れるはずのケースを盾にして、あの聖剣の光を防いでいるではないか。
「貴方は……⁉︎ でも、どうしてここに⁉︎」
「いいから離れろ! こいつを防ぐのは俺もキツい!」
そう言って男は神癒奈を手で押し倒し、そのまま攻撃を弾き返す。防御不可と思われた攻撃を防がれたせいか、カインは驚愕の表情を彼に向けた。
「有り得ない……聖剣の攻撃を、ただの箱で防ぐだなんて」
「有り得ないも何も、この箱は特注品だからな、そんなゲテモノ相手でも防げるほどのな!」
神癒奈を守るようにボロボロのマントをひるがえすと、腰に持っていた大型の拳銃を取り出して発砲する。リボルバー型で、拳銃にしては少し大きすぎるサイズのその拳銃は、カインを射線内に確かに捉えるが、聖剣で塞がれてしまう。
「そんな豆鉄砲で僕が倒せると思ったか!」
撃たれた反撃に彼は聖剣を男に向け、振りはなった。光の衝撃波が二人を襲うが、男は箱を盾にして上手く空へ打ち返した。
「危うい……少しでも弾くタイミングを間違えてたら、死んでたかもしれないな」
「は……はい」
冷や汗をかきながら男は神癒奈とともに少しずつ下がる。二人の中でカインという人物がどれほど危険かは、昼間と違い、一致しているようだ。
「キミは、酒場で彼女と話していた奴か、あの時、キミは彼女の気分を悪くさせてしまってたらしいけど、今一緒になってていいのかい?」
「別に、こんなハンパな狐、俺は知らない」
「んなっ⁉︎」
半端者と言われてガーンと神癒奈は落ち込む。が、ここで一つ疑問が生まれた、彼女は今狐としての姿を晒している。なのに一切驚かないのだ。普通ここは、勇者に対峙されそうな魔物という立ち位置に見えるだろう、なのにこの男は神癒奈に味方をしている。
「あの……どうして私の味方をするんですか?」
「状況的に、どう考えたってあいつが悪だろ、それに、俺はあいつを追ってここに来た、吟遊詩人なんてものも嘘っぱちさ」
「えっ……えっ⁉︎」
突然の嘘と新情報を次から次へと送られ、神癒奈の頭の中で思考がぐるぐると回り、思考が追いつかなくなる。
でも、狐なのに恐れたりしないのだろうかという質問は流石にここできいておきたかった。
「あの、じゃあ私のこの姿を見て驚いたりは…⁉︎」
「そういう話は後だ! 変に考え方するとこの変人クソサイコにぶっ殺されるぞ!」
自身の姿すらスルーされて神癒奈は呆然になるが、その疑問すらも忘れるように「変人……なんだって?」と唐突に言葉を投げかけられ、その場の空気が凍りつく。
「は、ははは……僕のことを変人……? クソだって? ふざけたことを言うなぁあああ!」
これに対して怒ったカインは聖剣を横に払う。また衝撃波が飛んできて、神癒奈と男を襲う。
「避けろ!」
「はっはいぃっ!」
二人して回避するが、ここで、男のマントに光が当たってしまい、燃えてしまう。だが、もともとじゃまだったのか、光で燃えたマントを男が腕で剥ぎ取ると、男の姿が露わになった。
「なんだ……その格好は」
「全身……血で汚れてる?」
その姿に、カインも神癒奈も驚いて立つことしかできなかった。全身血で汚れたような濃い紅のコートで、男も、まだ青年になるくらいの若い男であったからだ。
「赤いコート……まさか、有り得ない、嘘だ、嘘だ嘘だ……まさかお前が⁉︎」
すると、突然カインが取り乱し始める。彼の姿を見て何かを知ってるのか、力の差は圧倒的に見えるにもかかわらず、焦り始めた。
「そうだ、お前を殺すために地獄からやってきた死神だよ」
そう言うと男は箱の蓋を開け、中身にある物を取り出す。
(っ⁉︎ 何ですか……あれは)
その中に入っていたのは、綺麗な音を奏でる楽器ではなく、一本の鈍い銀色に輝く剣だった。
だがその剣は、剣にしては歪な形をしていた。柄から鍔にかけては、普通の剣のように見えるが、そこから、外付けで取り付けられたように、重厚な刃と、機械式の鉄針……俗に言う"パイルバンカー"がくっついていたからだ。
その形を例えるなら、まるで元の武器の剣を封じ込め、全く別の大剣にしたかのよう。
「その剣…そうかお前が! お前が! "英雄殺し"か!」
「英雄……殺し??」
聞き慣れない言葉に思わず神癒奈は目を丸くし、耳を疑いたくなった。
英雄殺し……そんな人間がこの世にいただなんて、神癒奈には信じられなかったからだ。
「ご名答!」
男は剣を構えると、そのままカインに斬りかかった。神癒奈では受けきれなかった聖剣を防ぎながら、そのまま男は凄い速度でカインと剣をぶつけ合う。
「ぐうぅ! なんて速さなんだ!」
圧倒的な勇者の力に追従する男の速度は神癒奈やカインの目で追える速度を超えていた。
だが少し奇妙な動きをしていた。地で速度が速いと言うよりは、まるで映像を早送りしてるかのような速さをしていたからだ。
「くそうっ! 英雄殺しがっ! 何で僕に!」
「それは、お前が今までこんなことをやっていたからに決まっているだろう!」
すると男は再び切り込み、聖剣と鍔迫り合いをしながら、口を開いた。
「カイン=ヘイルローズ、かつては魔王退治に闘志を燃やしていた勇者、聞こえはいい、理想の勇者だったらしいな!」
バチバチと剣がぶつかり合う中、男は淡々とカインの過去に関する話を続ける
「だがお前は、戦後、勇者の力を危惧した王族に殺されかけ、そのまま逃亡、そこで隠居しとけばいいものの、勇者という事をいいことに横暴を働いた。国の王族を殺したり、自分に批判的な人物達を消したり、随分と好きなようにやったようじゃないか」
話される勇者としての姿の過去に、カインは焦りを見せ、神癒奈は衝撃で目を丸くした。
過去に苦しめられたが故に今こうして、人々を苦しめている、外面はあれほどいい人間に見えたのに、実際はそんな過去のせいでこれほど人間性が崩れるなんて、神癒奈には信じられなかった。
「違う! 僕はそんな悪い事をやってない! 悪いのは、僕を捨てようとした奴らなんだ!」
「ああそうだな、一部同情してやる、だがお前のそれは、ヒトとして超えてはいけない領域を超えた!」
戦っている男の話を聞いてるうちに、神癒奈の中には、"復讐"という一文字が思い浮かんだ。きっとカインという男がこうして今、平然と人殺しをするようになったのは、過去のそう言った経験があったからだろうと。
「ならばそういうお前は何なんだ! 悪がいると言うのなら例え勇者でも全て殺してもいいって言うのか!」
「……」
カインの必死の反乱に、男はなにも言い返さない。
男も、"自分がやろうとしてるのは今殺そうとしてる人間と同じ"と分かっているのか、何も言わずに、剣を握る力を強くした。
「終わらせてやる」
男がそう冷酷に告げると、カインの聖剣を切り払って切先を彼に突き刺し柄に取り付けられたトリガーを引いた。
直後、轟音が聞こえ、剣に取り付けられた鉄針が放たれ、カインの胸元を貫き、地面に突き刺さった。
「あぁあああっ! なんだこれ、傷が、治らない⁉︎」
突き刺さった鉄針をカイルは抜こうとするが、何故かそれは抜けずに刺さり込み、血が噴水のように溢れだした。
「そいつは白銀という素材で作られた特注品の鉄針だ、お前みたいな異能の持ち主の力を封じ込み、"素の体に戻す"特別な力を持つ武器だよ」
ケースから予備の鉄針を取り出し、剣に装填しながら男は余裕げに話す。反面カインは、地面に突き刺さった鉄針のせいで動けず、血が噴き出してばかりで、瀕死の状態へ近づいていた。
「死にたくない! 僕は勇者なんだ! 僕は称賛されるべき人間で、ここで倒れるべきではないんだ!」
必死にカインは鉄針を抜こうとするが、先ほど男が言った通り"素の力に戻った"せいか、針は一向に抜ける気配がない。
「諦めろ、お前はここで死ぬ」
剣を掲げ、男は再び鉄針を刺そうとする。
だがしかし突然、カインの体から凄まじい勢いでエネルギーが溢れ出し、文字通り爆裂した。
それと同時にカインの至近距離にいた男は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「殺されて……たまるかぁあああっ!」
「何っ⁉︎」
火事場の馬鹿力か、或いは生命の危機を感じてのものか、突き刺さった白銀製の鉄針は粉々に砕け、再びカインは聖剣を握る。
「大型のパイルを喰らってもまだ戦えるか⁉︎」
これには男も想定外だったのか、叩きつけられた衝撃で地面に膝をついてカインを見つめる。
復活したカインは人間とは似て非なる姿へ変わっていた。全身がメキメキと音を立てながら変化し、大きな獣の如き姿となり、片手には聖剣が歪な形で握られている。
「……人間…ですか? あれは?」
それには思わず、神癒奈も人間か疑ってしまった。
カインだった物は、既に人間の倍以上の大きさになり、最早、"魔獣"と呼ばれてもおかしくない姿になっていたからだ。
「わからない、だが、人間の最後の力にしては……頭がおかしすぎるだろ」
男も、なんとか立ち上がって、神癒奈を守るように構えながらゆっくりと二人で下がる。
(流石に、こいつ相手は俺でもキツイな…)
冷や汗をかきながら、男はそう呟くと、獣を警戒しながら、神癒奈に顔を向ける。
せめて、この少女をなんとか逃がして、村人だけでも助けられないかと願ったが、同時にそれは無理だと悟った。
あの怪物の、カインだった物の勇者の力が暴走している今、男の力だけでは倒す事も、神癒奈を逃す事も怪しいと感じたからだ。それは神癒奈も同じだったらしく、逃げられないと思った神癒奈は男に目を向けた。
「……なぁ、お前は、まだ戦えるか?」
「はい。けど、どうすれば…?」
「俺がもう一度、白銀鉄針を奴に突き刺す、奴が弱体化したのを察知したら、全力で奴を焼き払え」
男の指示を聞いて、神癒奈は息を呑んで頷く。現状、力も、種族も、志も、何もかもチグハグな二人だが、この場を乗り切るには二人で力を合わせるしかないと神癒奈は感じ、男の隣に立って刀を抜く。
「行くぞ」
「はい!」
そうして二人は目の前の怪物へ走り出した。