覚醒
『…神癒奈が、やられてしまったわ』
『そんな…あの子だけが頼りだったのに』
『ふん、人間と妖を繋ぐと言う戯言を言っていた狐の末路じゃ、その結果がこれなら仕方がなかろう』
『そんな事ない! 神癒奈お姉ちゃんはいつだってみんなのために頑張ってきた!』
『だが彼女は死んだ、もうこの一族も終わりなんだ、彼女の帰りをずっと待ってた、けど結局無駄だった』
『本当に終わりなの? まだ何か、できる事はないの?』
死者達の声が聞こえる。死んでしまったせいだろうか、自分が声を上げようとしても全然声が出ない、なのに話だけが進んでいく。
『彼女の抱く夢なんて所詮は夢想に過ぎやしなかった。その結果があの都だ、人と妖の均衡が壊れ、滅ぼうとしている』
『人と妖を繋ぐ事など不可能だ、現に我々は、人の手で滅ぼされたではないか』
『焔月の奇跡と呼ばれた子であっても、所詮はただの狐、何者にもなれやしない』
自分を否定する声が聞こえる。いつか誰かに語った夢を否定され、ここまで戦ってきた意味を否定され、未来を変える希望を否定される。
ずっと、否定され続けるのかな、そう思った時だった。
『いいえ、いいえ、そんな事はないわ。まだ彼女は死なせない』
ずっと聞きたかった誰かの声が聞こえた。優しい声で話す誰かは、自分の言う道を照らすように言葉を紡ぐ。
『この子は、私たち全員が殺されても、それでも生きようと決意した。辛くて、苦しくて、逃げ出したくなっても、この子は決して逃げやしなかった。その歩んだ道が、どれだけ辛い道であったとしても』
その言葉と共に、目の前に青白い光が現れた。石のように硬くなった手を動かす。身体が重くて全然動かない。でも、その先にある光をつかみたい、そう願った。
『この子はどんな時でも諦めなかった。この子はどんな辛いことがあっても私達のことを想っていた。だから私達も答えるべきよ、この子の大切な家族として』
『うん! 神癒奈お姉ちゃんを助けようよ!』
『この子を、まだ死なせたりはしない』
その言葉で、周囲に赤黒い光が現れたかと思うと、それぞれが青白い光へと変わっていく。眩く光るその青白い光が、自分の体に組み付いた岩を砕き、力を与えていく。もう一度手を伸ばす。
今度は、光に手が届いた。光をつかんだ瞬間、多くの光が自分を包み込み、自分の中にあるものを目覚めさせる。
『起きて、神癒奈、貴方にはまだ、帰る場所がある、戦いなさい、あなたが望む夢の為に、私たちが果たせなかった悲願の為に!』
その瞬間…岩のように重かった彼女の体は、完全に砕け、内側から力が溢れ出した。
ーーー
「けひゃひゃひゃひゃ! あーっひゃひゃひゃひゃ! ひゃ…?」
「柄田様! この土地の殺生石から、とてつもない光が!」
神癒奈の持っていた青白い心臓を手に入れ、歓喜の声をあげていた柄田だが、その時、追憶の石回廊にあった全ての殺生石が、青白い光を放った。
「なんだ⁉︎ 何事が起きている⁉︎」
「わかりません! ですが! 全ての殺生石から力が溢れ出し、一箇所に集中しております! まるで、この場所に全てを集めているかのように!」
「なんだと⁉︎」
全ての殺生石が光ると、石になった神癒奈に向けて光が集中していく。それは、これまで殺生石が溜めてきた…否、焔月のそれぞれの狐達が残してきた力だった。その力が神癒奈に集まり、彼女の中にある神格を、目覚めさせる。
その時、青白い光と共に爆発が起きた。冷たく覆われていた殺生石の岩の殻が砕け、傷を負った彼女を再生し、覚醒させた。
「…うん、分かりました、お母さん」
光と共に現れたのは、伝説の大妖怪の子孫ではない、焔月の最後の継承者…全能の力を持つ神が目覚めた。
九本の尻尾をゆらりと揺らし、人ならざる三角の耳を持ち、青白い瞳を持つ彼女は、彼女を殺した筈の柄田達を見下ろす。
「馬鹿な…バカなバカなバカな⁉︎ 今度は霊核となる心臓を奪ったんだぞ! なんで、石から元の姿に戻ってるんだ⁉︎ あり得ない…そんな事は、もしあり得るとしたら……神の誕生としか…! お、お前ら! あの女狐を殺せ!!」
柄田は彼女の姿に恐れをなし、周囲の妖怪達をぶつけようとする。だがどの妖怪も、彼女に挑む気が起きなかった。何故ならば、彼女が立つ覇気だけで、低級の妖怪は失神するほどの力を出していたからだ。
空中から一歩ずつ歩いて彼女は地面に降りる。そして、指をさすと、彼女は口を開いた。
「…退きなさい!!!」
その一言で、妖怪達の大半が遠くへ吹き飛ばされる。柄田は恐怖した。同じ言葉を放っていても、以前戦った時のような次元ではない、完全に神として覚醒し、その力を、存分に振るっている。溢れ出すその力の差は歴然だった。
「私の家族のいる場所を、これ以上荒らさせはしない、貴方はここで、倒します」
「そんな脅しに、乗ってたまるかぁああああっ!」
妖怪達が怯える中、柄田だけは神癒奈に挑む。剣を両手に彼女に斬りかかったが、片方の剣を振り下ろした瞬間、彼女の手の甲で弾かれた。その瞬間、彼の持っていた片方の剣はバラバラに砕け散る。
「なっ…何ぃっ⁉︎」
「……来て」
柄田が驚くのを見て、神癒奈は自分の武器を得ようと手をかざした。すると、物置にあった武器の中から、一本の刀が飛び出てきた。先ほど見た時はボロボロの刀だったが、神癒奈が手にした途端、かつての輝きを取り戻し、魔を断つ妖刀となる。
「妖刀"夜廻桜"…私と共に、魔を断ち切って!」
ふっと刀が振られると、柄田の握っていたもう片方の剣が真っ二つになる。
「ひぃいいいいいっ! ば、化け物ぉおおおっ!」
それを見た柄田は全力で逃げようとするがもう遅い、そこは、彼女の射程だった。
「焔月式抜刀術、壱式…」
するりと刀を構えると、神癒奈はふっとその場から消えた。そして気がつけば、柄田の前に立ち、刀を鞘に納めていた。
「ぁ……あぇ?」
柄田は何が起こったのか分からなくなるが、次の瞬間彼の体は兄と同様バラバラになった。そして、それを見た妖怪達は一目散に逃げ、死んだ柄田の体の中から、二つの殺生石が出てくる。
「……」
彼女がその石を持ち上げると、炎で燃やし、自らの力にした。その瞬間、殺生石になった家族の声が、彼女の脳裏に横切る。
「……負けませんよ、私は。この世界に抗っていきます」
そう言うと、神癒奈は、いつもの優しい表情に戻り、ふふっと笑った。
ーーー
「さてと…もう行かなくちゃ」
神としての覚醒を終え、神癒奈は自分の暮らしていた場所を後にすることになる。もうここには用事はないし、残る理由もない。家族は全員殺生石に変わり、もう二度と蘇る事はない。
そう思うと、神癒奈は、永戸達の所へ戻ろうとした。その時だった。
「神癒奈」
背後から桜が舞い吹雪いてきて、大切な人の声が聞こえた。蘇ることなんてない、ただの幻聴か、そう思うが、つい彼女は振り返った。その時見えたのは、彼女にとって、ひとときの奇跡だった。
「お母さん!」
桜吹雪が舞う景色の中、そこには、神癒奈の家族全員が、愛した母がそこにいたのだ。神癒奈は転げそうになりながらも、近づいて母親に抱きつく。幽霊ではあるかもしれない、けど実体はあった。とても暖かい感触だ。
「……よく、私の言うことを聞いてくれたわね。辛かったでしょう? ここまで来るのに」
「うん…! うん…!」
優しく頭を撫でられて、神癒奈は涙を流す。他の家族も見てみると、神癒奈に肯定的な家族も、批判的な家族も、みんな揃って、優しい顔で迎えてくれていた。
「貴方に寂しい思いをさせてしまったわね…そして、これからも、そんな思いをさせてしまうことを、許してちょうだい」
「いいんですよ…だって私、大事な仲間達に出会えましたから!」
母親の八尾乃は悲しい顔をするも、神癒奈は笑顔で返した。それを見た彼女は、安心したように同じく笑顔になる。
これがどう言う現象か、神癒奈には理解できない、けれど一つ思ったのは、この現象は、絶望の中でもがいて戦ってきた彼女にとって、奇跡のような出来事だと思った。
「良かった。貴方は、大切な仲間に恵まれたのね…。私達はここから出られないけれど、いつでもここで待っているから、だから、寂しくなったらまた戻ってきて」
「はい!」
そう言うと神癒奈は八尾乃をもう一度抱きしめる。強く母親の感触を確かめると。離れて振り返った。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、神癒奈」
『行ってらっしゃーい!』
暖かな声援と共に神癒奈は見送られる。炎で全てが燃えた夜とは違う、彼女の新たな旅立ちの時は、暖かな風と桜吹雪と、そして、大切な家族全員で見送られた。
「あのバカ娘がどれだけのことをやってのけるか見てみたくなったね」
「神癒奈お姉ちゃんならきっとできるよ、人と妖を繋ぐ、すっごい神様にきっとなれる!」
「彼女なら、焔月の呪いを変えて、奇跡にすることだってできるかもしれないわ、ねぇ、八尾乃」
「えぇ、そうね」
家族達にそう言われ、八尾乃は空を見上げる。その空は晴れ渡っていて、神癒奈を励ますように、澄み渡っていた。
「神癒奈なら、必ずやり遂げるわ、私達にできなかった焔月の悲願を、種を超えた共存を…きっとね」
そう言うと、狐の家族達は、光の中に消えていった。




