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ヒトとキツネの異世界黙示録  作者: 遊戯九尾
第一章 絶望を知るヒトと希望を夢見るキツネ
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狂気に濡れる者、狂気をまとう者

 突然剣を振られ、神癒奈は慌てて刀の鞘で防ぐ。

 なんとか防いだが相手は勇者、力の差は歴然で押し切られ、そのまま押し切られた。


「くぅっ!」


 空中で体勢を整えて、隙を晒すのを防いだが、まだ甘い、勇者の仲間の戦士が斧を振りかざす。


「死ねぇっ!」


 大振りに振り落とされる斧を慌てて横へ転げて避けるが、今度は僧侶が魔法で風で攻撃をしてきた。


「塵芥になりなさい!」


 風切り音が耳元を掠め、流石にこればかりはかわしきれず、神癒奈は来ていた皮の鎧を切り刻まれてしまう。

 だが、魔法としては威力不足だったのか、体には多少の切り傷で済んだ。


「ほう、中位風魔法を簡単に耐えるとはね」


 服をビリビリと破け、そこから切り傷を曝け出す神癒奈の姿を見て、勇者カインは称賛する。もう使い物にならないと皮の鎧を脱いで身軽になった神癒奈は、距離をとると、村人を背に守る。


「あぁ……あ、あの…」

「逃げてください! 他の人にこの異常を伝えて、早く!」


 カインが村人ごと神癒奈を殺そうと切りかかってきたが、それを防いで、彼女は村人を逃した。

 そして、先ほどから思っていた疑問をもう一度投げつける。


「どうして、村人を殺したんですか!!」


 何度も何度も問いかけながら、勇者の剣戟をいなす。

 すると、カインは攻撃をやめ、答えを返してきた。


「どうしてって、それは、僕が勇者だからだろう?」

「えっ?」


 返された答えは、神癒奈を再び唖然とさせる答えだった。勇者だから、という理由に、神癒奈は思わず目を丸くする。その一言だけとはいえ、カインのもつ思想が全くもって理解ができなかった。


「勇者は敬われるべき存在なんだよ? なのに、この男ときたら、酔っ払った格好でさ、ただちょっと僕の方が優れてるからだからって羨ましいだの、妬ましいだのぶつぶつほざくから」

「……そんな理由で、こんな事を……?」


 男の死体を見てみると、何度も切り刻まれた跡があり、左の手首から先が切断されている。よほど苦しみながら死んだのだろう。顔も苦しそうにして倒れている。


「勇者は讃えられねばならない、敬われなければならない、なのにこいつらは、僕をちっとも敬おうとしない、だから殺した」

「なんで……どうして⁉︎」


 あまりにも狂気に満ちた答えに疑問に疑問を返すことしかできなくなった。犯行の動機があまりにも幼稚で、まるで子供の駄々をこねるようで、とても真っ当な人間のする事じゃない。そう思うと、神癒奈はその場で立ちすくみ、黙り込んでしまう。


「あぁ、キミもそんな顔をするんだ、僕をまた悪者みたいに扱って」

「また……?」


 "また悪者みたいに"と不思議な単語が聞こえて、神癒奈の疑問がより深まるが、考えていたことが失敗だった。カインが剣を振るい、衝撃波が地を伝って放たれると、神癒奈は壁まで吹き飛ばされる。


「っっ!」


 木に叩きつけられ、そのままずり落ちて倒れそうになる神癒奈。殺されるという恐怖もあったが、勇者カインの歪な思想を聞いて、狂気に怯え、まともに動くことができなかった。


「まともに動くことすらやめたか、まぁいい、僕の邪魔をするなら仕方ない、死体すら残らず焼いてやれ」


 彼女の唖然とした顔を見て、カインは興味を失った顔をすると、僧侶に指示をし、魔法を唱えさせ始める


「君の羨望の眼差しには気がついてたんだけどな、期待していたんだけど、ガッカリだよ」

「……」


 目の前で詠唱され、大きくなっていく炎の球に、神癒奈は静かに黙り込む。

 それは、理解できないが故の沈黙なのか、或いは、現状の狂気を受け入れ難いがための思考の放棄なのか、自らが死ぬかもしれないという恐怖を前に、武器を下ろしていた。


「思考を放棄したか、君は僕が勇者である事を認めてくれると思ったんだけどな…………じゃあ、死ね」


 カインが合図をすると僧侶の魔法が唱え終わり、火球が放たれる。

 その火球は神癒奈を全身から燃やし、木ごと纏めて燃やす。炎の中で、神癒奈は何も言えず、その場でもがくことすらせず、ただただ焼かれ続ける


「熱く身を焦がし、そのまま死に行くがい……っ⁉︎」


 ふとここで、勇者一行はあることに気づく、"神癒奈が燃えていない"。いやそれどころか、まるで炎を纏うようにして、傷が癒えていく事に気づく。


「そうか……だから」


 炎の中から凛とした声がする。カインは焦った。本来ならまともに呼吸ができず、喉を灼かれ、そのままもがき苦しんで死ぬはずなのに、彼女の透き通った声が、炎の中からそのまま聞こえて来る事に。


「最初から、信用してはいけなかった」

「こいつ、"炎を受けても生きている!"」


 そう神癒奈の声が聞こえると、先ほどまで彼女を焼いていた炎が爆炎として放たれ、勇者一行を襲った。

 カインと僧侶は間一髪で避けたが、避けおくれた戦士の男はその炎をまともに受けてしまい、一瞬で全身を業火で焼かれ、そのまま倒れてしまった。


「昼の戦いの時の動きの良さから薄々感づいてはいたけど、やはり、キミは……」


 地面から慌てて立ち上がり、剣を構えるカインと、魔法を唱えて構える僧侶。それに対して、神癒奈はまだ炎の中だが、なんと彼女は、"炎を纏っていた。"


「キミは、人間じゃない!」


 そう言ってカインは彼女に恐れを感じ、戦士の死体から斧を取って剣と一緒に両手で構える。

 初めてあの男が恐怖した、そう感じた神癒奈は、炎をはらい、衣として纏いながら彼の前に再び立ち塞がる。


「然り、私は人間ではありません」


 そう言って炎を纏う彼女には、気がつくとピンと立った一対の耳と、9本の尻尾が生えていた。月明かりに照らされて黄金に輝く髪と尻尾を揺らすその姿は、古来、東の国で言い伝えられてきた存在、『九尾の狐』と一致していた。


「見ての通り、私は、白面金毛九尾の狐、致し方ありませんが、"この姿を見られたからには、やらねばなりません"」


 凛とした表情をして堂々とゆっくり二人に近づく彼女は、皮肉げに先ほど勇者カインが言っていた言葉をそっくりそのまま返し、刀を抜く。

 対してカインは、伊達に勇者はやってないらしく、煽られても冷静に構えるが、そばにいた僧侶は憤った。


「化け物が……勇者様に楯突くとは!」

「一体、どちらが化け物と!」


 怒りのままに僧侶は手に持つロッドから再び風魔法を放つが、神癒奈が手を振るうと、纏った炎が飛び出して壁が生まれ、風の勢いが消されて彼女まで届かなくなる。


「今度はこちらの番です。『狐火!』」


 彼女の手が再び振るわれると、炎が狐の形となり、地をかけ、二人を襲った。


「あ"ぁああああああっ!!??」

「熱い! こんなので⁉︎」


 二人に対して放たれた狐火は、避けようとしてもすぐ追従して食らいつき、そして、悲鳴が響き渡った。

 カインと僧侶はその狐の炎に飲み込まれ、身を焦すほどの業火に焼かれるが、カインはすぐさま回復するが、どうやら僧侶の方も、この手の物に対して耐性があるらしく、簡単には焼け死ぬ感じがなかった。


「ならば、身も心も死ぬまで焼き払うまで!」


 そうして彼女が指を鳴らすと、先ほど彼女が攻撃された時に出た火の玉がいくつもでて、また指を鳴らすと彼らを襲った。

 再び聞こえる悲鳴、カインは再び回復して耐えるが、僧侶の方はあまりの威力に身体が耐えきれず、炭化して立ったまま死んだ。

 炭になった死体を見て、神癒奈は少し憐れむが、だが、同時に焦りもする。


「ふっ……ふふふふふ、僕の仲間をよくもやってくれたじゃあないか」


 炎の中でカインはそう呟く、神癒奈と比べて体を燃やされる激痛に晒されている中なのに、それでも耐えているとは、やはり腐っても勇者らしい。

 そして、剣を振って炎を払ったかとおもうと、カインは神癒奈へ向けて剣を向けた。


「だが、そのままじゃあ僕は殺すことは出来ないなぁ、残念だけど、君は僕には勝てない」

「む……」


 そう、カインの回復能力が異常なのだ。

 勇者としての力、神癒奈の身も心も焦がす業火に晒されてもすぐさま回復をするほどだ、このまま互いに打ち合ってはこちらに勝ち目がない。


「この勝負! 僕の勝ちだね!」


 神癒奈に向かって切りかかってくるカイン。それに対して神癒奈は刀を鞘にしまうと、構えだした。風よりも早く迫り来るカインに対して、動かず、待つ神癒奈。

 そして、神癒奈の目の前に迫り、カインは剣を振りかざした。


「ならば、この刀で切り捨てるのみです」


 指で刀の鍔を弾くと、同時に刀身に火が点火、鞘から爆速で刀が抜き放たれ、カインの剣が腕ごと吹き飛ばされる。


「がっあぁああっ! 腕が! 僕の腕がぁ!」

「焔月式抜刀術……壱式。これなら、流石にあなたも…」


 炎を纏い、音速で抜き放たれた刀、それはカインの腕を確実に捉え、傷口を焼きながら見事に斬り飛ばした。これには流石に彼もたまらず膝をつき、もがき苦しんだ。

 両腕を焼きながら切断した、これなら回復しても腕まではいかない、戦う気も削げるだろう、神癒奈はそう思い、刀を鞘に入れるが、次の瞬間、彼女の顔の横を"光が通過する"。


「っっ⁉︎ 今のは……」


 まさかと思い振り返ると、そこには、傷口を焼かれたにもかかわらず、両腕が再び生え、光の放つ何かを構えるカインがいた。

 再び来た攻撃に、神癒奈は刀で防ごうとするが、先程の光から嫌な予感がしたのか、剣戟を慌てて回避する。すると光が先ほどまで彼女がいたところを焼き、その先にあっあ木を雷に打たれたかのように真っ二つに砕いた。


「あっははは! 防御したら危なかったろう! キミもああなってたかもしれないからね!」

「それは……何⁉︎」

「これかい、これは神より賜りし聖剣さ! 最も、普段は強すぎて使っちゃいけないから封印してるんだけどね!」


 ひたすら避け続ける神癒奈に対し、余裕の表情で勇者はしゃべる。"聖剣"、これまた、勇者伝説でありがちな物だと神癒奈は気付くが、いざそれを目の前にすると、とんでもなく危険だと思わされる。


(反則ですよあんなの⁉︎ あんなのを刀でいなそうとしたら……)


 アレを刀でいなそうとしたら、刀ごと彼女はあの光に灼かれ、真っ二つに両断されていただろう。だから、避けるしかないのだが、勇者の神速の剣戟、避けるだけでも精一杯だった。


「っ! しまった⁉︎」

「これでチェックメイトだ、死ねぇえええ!」


 しかし、回避し続けるにも限界が来る、神癒奈は建物の壁に追い込まれ、逃げることもできなくなった。このまま切られると、背後の建物ごと切られ、中に住んでいる人が大変な事になってしまう、だが、攻撃を防ぐことも、避けることもできない。


(もう、ダメ……!)


 万事休すと神癒奈は刀を受け流すように構え、目を瞑って諦める。だが、ガンっと金属音が聞こえたかと思えば、自分は切られてない事に気づく。自分の刀でもいなしてないしと思って目を開けると、そこには誰かがあの強力な攻撃を防いでいた。


「なんだ、お前は……⁉︎ 聖剣の攻撃を防ぐだなんて⁉︎」

「おいおい、勇者ともあろうお方が、人の住む家ごと巻き込んでまで鬱陶しい奴を殺すってのか⁉︎」


 そこには、昼間に出会ったあの男が立っていた。

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