神に至れる素質
「…ぁ」
暗い部屋の中で、永戸は目を覚ます。なぜ眠っていたのかを考えて、ハッとした。粉々に潰された両腕を見ると、ちゃんと腕は動いていて、足の方も全然問題がなかった。だが問題はそれだけじゃない。
「神癒奈っ!」
キョロキョロと周りを見渡すが、神癒奈はいない。彼女も怪我をした…いや、死んだ筈だった。そんな彼女はどこへいったのだとあたりを見渡す。あったものと言えば神癒奈の刀があったくらいだった。
少しすると足音が聞こえてきて、扉が開いた。
「あ、永戸さん起きました?」
いつもの姿で神癒奈はやってきた。彼女のお腹の方を見ると、風穴が開いていた筈のお腹は綺麗に治っていた。
「おまえ、動いて大丈夫なのか?」
「ん? んー…あぁ、なんか大丈夫みたい、です」
神癒奈も怪我のことを察しているのか、お腹をさする。しばらくすると、波婆さんがやってきた。
「お前さん達、よく無事だったねぇ…あの破獄の使いである地獄兄弟を引かせるだなんて」
「それが……いまいち覚えていないんです」
「俺も、気絶してたんで、神癒奈がやったことくらいしか…」
そう二人は言うと、波婆さんはふむ…と首を傾げた。
「ただ、気絶する直前、神癒奈から不思議な力が溢れていたのを感じたんだ」
「私から、ですか? でも私、あの二人を倒したなんて記憶とか全然ありませんよ?」
どうやら神癒奈は本気で覚えていないらしい、永戸の四肢を治したことも、体から不思議な力を出していたことも。すると、波婆さんはこう話してきた。
「…それは、神癒奈ちゃんが神としての姿を一瞬だけあらわにしたのかもしれないねぇ」
「私が…神? 一体どう言うことですか?」
神癒奈は、自分が神という存在だということに疑問を覚える。
「神癒奈ちゃん、これはお前さんのお母さんが話されていたことなんじゃがね…」
「お母さんから?」
「お前さんは、神と妖狐との間に生まれた、神に至ることができる奇跡の子なのじゃよ」
「…え?」
そう聞いた時、神癒奈は一瞬ぽかんとした。自分が神様の子供だなんてと。だがその時、ある記憶がフラッシュバックした。
【神癒奈、貴方は神様に愛された子供よ】
【どうして私は神様に愛されてるんですか?】
それは、時々見る夢だった。だが、いつも見る夢より、景色は鮮明で、そして、自身が幼かった頃のことだったと思い出す。
【それはね……】
ーーー貴方が、神様の娘であり、焔月の呪いから外れた、誰よりも凄い神様になれる子だからーーー
幼い頃、優しい声と共に温もりを与えられた記憶を彼女は思い出した。
「私が…神様の娘?」
「うむ、お前さんの母、焔月 八尾乃は、ある偶然から神との間に子をなした。そしてその子は、焔月の呪いである殺生石の呪いに打ち勝つ神の力を持つ奇跡の子として産まれた。それが…焔月 神癒奈、お前さんじゃ」
真実を告げられ、神癒奈は手を見る。自分にそんな力があっただなんて、彼女はとてもそうには思えなかった。
「でも私、神様って言われたって、そんな力を見せたことありませんよ?」
「いいや、ある、お前さん、自分や仲間を守りたい時に、不思議な力を行使したことはあるか?」
「そう言えば…」
この前のグレゴリーとの戦いで、神癒奈はバリアのような物を使用し、永戸を守った。あれは咄嗟に出した物で、実を言うと自分でもどんな力が理解していなかった。
幼い頃からそうだった、自身や知人に危機が迫った時、何故だかわからないが、バリアを発生させたり、普通ではありえないような奇跡を起こすことができた。
それが、自身の神としての力なのかと神癒奈は思う。
「お前さんは知らず知らずのうちに神として成長しておったのじゃよ。じゃが、今のお前さんは、まだ神として覚醒は完全にはしとらん。そこでじゃ、お前さんにはある場所に向かって欲しい」
「ある場所? それってどこですか?」
それを聞くと、波婆さんはまっすぐと神癒奈の目を見て、こう答えた。
「焔月家の屋敷があった跡地、今は人どころか妖ですら立ち寄ることが危険とされる死の領域…"追憶の石回廊"じゃよ」
「…私の家のあった場所、そこで何をすれば良いのですか?」
「それは、自ずと分かることじゃ…よいか、都を救い、魔殺楼を打ち倒したくば、神として覚醒するしかない」
波婆さんがそう言うと、神癒奈は静かに頷いた。
「人が立ち寄ることが危険…だとするなら、俺は行けない感じか?」
「うむ、あそこは、今は大量の殺生石がある場所じゃ、人間が下手に立ち寄れば瞬く間に生命を吸われてしまう神聖な場所、あそこに入れるのは、神癒奈ちゃんしかおらん」
「…じゃあ仕方ないか、俺はここで留守番か、神癒奈、その…なんだ、里帰りを、してこい」
「分かりました」
どこかバツが悪そうに言う永戸と拳を合わせると、神癒奈は出発の準備をする。それもそうだ、あの日、燃えて滅ぼされた自分の家に、もう一度帰れと言うのだから。
追憶の石回廊、自分のかつての家のあった場所へ、神癒奈は帰ることになった。
ーーー
「…帰ってきましたね」
荷物を持った神癒奈は、追憶の石回廊の入り口に立つ。この時点でも分かる。濃厚な死の空気が、奥から漂ってくるのがわかった。
「ここは、何度も通った道です。帰り方は分かります」
そう言って神癒奈は道を歩いていく。石回廊の名の通り、この場所には、以前暮らしていた時と比べて、何故か道すがらに人くらいのサイズの大きな赤黒い石がぽつぽつと置かれていた。
「これは、殺生石? なんでこんなところにたくさんあるんでしょうか」
焔月の秘宝である殺生石、それが何故、こんなにも大量にあるのか、神癒奈には不思議に思えた。波婆さんの話から聞いてこそいたが、量が多すぎる。それに、不思議に思ったのは、一族が持っていた殺生石の数は数個しかなかったからだ。
「…あれ?」
ちゃんとした道を通っているにも関わらず、屋敷跡に近づいている気配が全然しなかった。それどころか、どんどん霧が立ち込めて、道がわからなくなり始めた。
「困りました…」
"石回廊"と呼ばれる理由がわかった気がする。彼方此方に置かれた殺生石が、命を奪う力と同時に霧を発生させ、侵入者を拒んでいるのだ。
だが、何故だろう、この所々にある殺生石から、暖かな気配を感じる。それどころか、自分が迎え入れられているような、そんな気を感じた。
その時、殺生石が淡く光った。同時に、彼女の首につけていた鈴がシャリンとなり、小さく光る。神癒奈は淡い光を見てなんだろうと思うが、鈴がシャリンと鳴ると、今度はその先にある殺生石が淡く光った。
「…こっちに来い…って言ってるんでしょうか?」
導かれるまま、神癒奈は殺生石の光を辿って進んでいく。
所々、巧妙に隠された殺生石もあったが、それを見つけては次は次へと進んでいった。
そして、最後の殺生石を進めば…。
「…ついた」
そこに広がっていたのは、美しい花が咲き誇る屋敷の跡だった。燃えてかつての姿が失われた屋敷と、沢山の殺生石が、神癒奈を迎えるようにそこにあった。




