余韻の後の真実
盗賊との戦いは無事勝利した。神癒奈と勇者カインの活躍により、数十人に及ぶ敵を倒すことができたからだ。
尚、カインの仲間である僧侶と戦士は別のところで戦っていたらしく、そちらも被害はなんとか抑えられたようだ。
「盗賊達はおいはらえたし、仕事は達成したことに、乾杯!」
「「乾杯!」」
そしてその夜、護衛の任務を終えた祝いにと村長が気を利かせ、酒場にて宴会を開くことになった。
カイン達勇者組はまとまって楽しそうに酒を飲んでいるが、神癒奈はその横で一人でジュースを飲みながら眺めていた。
別にお酒は飲めなくはないのに、と愚痴を垂れながらジュースを飲むが、気楽に酒を飲む勇者達を見てるとやはり昼間の力について考えてしまう。
「よう、昼間は大活躍だったそうじゃないか」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには自称吟遊詩人のあの男が立っていた。
「えへへ、それ程でもないです!」
唐突に褒められて嬉しくなるが、相手は英雄について忠告した男、どうしても警戒が取れない。
「避難した家の中から見ていたよ、なかなか凄かったぞ、お前の刀さばき」
テーブルの対面に座った男は水を片手に神癒奈と話す。昼間の戦いを見たせいか、馬車の時と比べて彼女に対して興味深そうに話してくる。
「あんな戦い方、あまり見たことがないな。獰猛な獣のようで、でも刀の振り方がとても綺麗で、美しかったよ」
「もうっ、褒めても何も出ませんよ//」
男があまりにも褒めまくるので、神癒奈は顔をほんのり赤くして照れてしまう。
馬車のやりとりからしてだが、そこまで褒めるほどか? と一瞬疑問に思ってしまった。
しかし、そんな微笑ましいやり取りも、男のある一言で終わる。
「で、どうだったか? 憧れの"英雄"とやらを初めて見た感想は?」
向こうの勇者をチラリとみて、男は静かに、威圧感のある表情で神癒奈に問いかけた。
勇者と英雄、言い方こそ違えど、あり方はある意味同じ存在、だが、昼間のあの戦いで見せた力は、どちらにしても恐るべき物だと神癒奈は思った。
そして、盗賊との戦闘の時にいだいたそんな恐怖を、男にみすかされてる感じがして、神癒奈は彼に目を向けられなくなる。
「正直に言えば……怖かったです、アレは、とても人間の動きじゃないです」
「"人間の動きじゃない"か……」
感想を聞いて、男は彼女を見つめた。含みのあるように言葉を返され、神癒奈は焦る。
まさか、この男は自分の正体に気付いているのではないかと。
だが、すぐに興味を失ったのか男は目を離して、また勇者達に目をやる。その反応に、彼女は少しほっとした
「ま、あの動きは確かに人間の範疇をこえてるな。怖いのもわかる。勇者や英雄というのは、響きこそいいが、実際はあんなふうに力の持ち方がとても危険に見えるんだ」
「ええ、でも……何故貴方はここに勇者が来ると、勇者がこんな力を持っていると知ってるんですか?」
水を片手に話す男に、神癒奈は素朴な疑問を投げつけた。馬車を降りた時から不思議と思っていた、何故男は勇者に対して後ろ向きな評価をしてるんだろうと。
「さて、何故だろうな、仕事柄の都合上、勇者というものを見てきたから、かな」
大きなケースを手でさすりながら答える男。だが、仮に男が幾多の物語に精通する吟遊詩人であったとしても、彼女にとっては言い訳にしかすぎないと思っていた。
「でも、あの人は悪いようには見えません! きっと、こんな大きな力を持っていたとしても、ちゃんと使い方を弁えてるはずです!」
「昼あったばかりの、それも大して会話を重ねていない初対面の男によくそんな信用できるな」
「っ⁉︎」
突然言い返されて神癒奈は驚いた。昼のくだりを見ていたのかと、まだすこししか話していないことも彼は知っているのかと。
確かにそれほど会話は重ねていない、だが、"勇者"という肩書きを持つ物は基本人に敬意をしめされる存在、悪い人間には見えないのだ。
「お前本当にあいつのことを知ってるのか?」
だが男は神癒奈に対して、何か本当の事を知っているかのように問い続ける。
だが、責めるように問うその姿に、神癒奈は我慢できなくなった。
「そんなこと言われても……もう、知りません!」
怒鳴って机から立つと、逃げるように神癒奈は酒場から出て行った。この男と話していると、自分の抱く英雄という存在への夢が壊されそうな感じがして、嫌になったからだ。涙混じりの声だった辺り、傷つけてしまったらしい
「……さて、どうなるかな」
怒りながら、泣きながら出て行く神癒奈を、男は何処か悲しそうな瞳で見送る。これから先起こりゆる事を見通して、彼女がそれに遭遇したら、どんな感情をだいてしまうか、男も考えていた。
そしてそのまま、勇者をチラリと見て、何かを確認したかと思うと、男もケースを片手に外へ出ていった。
ーーーーー
静かな夜更け、神癒奈は宿のベッドの上で寝転んで休んでいた。しかし、どうやら寝られないらしく、ずっとゴロゴロしている。
(……どうして、あんなふうに勇者を悪そうに言えるのかな)
そう、酒場での男の問いかけが忘れられず、寝れずにいた。"勇者がいいものとは限らない"その言葉がどうしても信じられなかった。忘れようとしても、あの男の冷たい顔を思い出すと、嘘だと思えなくなる。
そんな考えをしてるうちに時間もだいぶ経っていた
「厠……」
時間が経ったのもあり、催したので、用をたそうとベッドから下り、そのままトイレへと向かう。そして、気にしても無駄だしそのままとっとと寝ようとトイレから出て部屋へ戻ろうとするが、ここで、ある異常に気が付いた。
(……っ! 血の臭い!)
特徴的な鉄の匂い、そう、血の臭いだ。昼間の泥棒の死体から臭った物、にしては新しく感じる。
もしかして、外で誰かが襲われている……? と彼女はすぐに自分の部屋に行って服を着て武器を手にとる。
こんな夜更けに誰かが襲われるとは思ってもいなかった、盗賊が復讐をしにきたのだろうかと、宿から出て、恐る恐る臭いをたどる。
「ひっ……お願いします……! どうか、命だけは……」
恐怖の声が聞こえて、神癒奈は物陰から見つめる。血を流して倒れているのは男の村人と、もう一人、襲われたのを見てしまったのか、女性が命乞いをしていた。が、しかし、それ以外で異様な光景を見てしまった
「ダメだなぁ、見られたからには」
「えっ…⁉︎」
何故ならば、その襲っている人物があの勇者達だからだ。昼間は優しそうな応対をしていた勇者が、今、下卑た笑みを浮かべ、返り血に染まりながら立っている。
その光景に思わず絶句してしまい、動けなくなってしまう。
「酔っ払いに罵られたから、思わず殺しちゃったけど、キミも見ちゃったからね」
なんとも幼稚な原因、これに思わず神癒奈は、唖然とするしかなかった。
「何……してるんですか?」
思わず物陰から出て、勇者に問いかける。下手に刺激すれば危険なはずなのに、あまりのおかしさに脳が麻痺したのか、つい目の前へ出てしまう。
「キミは、ミユナ君だったっけ、今、村人が盗賊に襲われたたから、追い払っているところなんだ、キミは僕に気にせずその場から立ち去ってくれ」
「嘘です……どうして…こんなことをしたんですか!」
そんなありきたりな言い訳で嘘が通るわけがなかろうと心に思いながら神癒奈は勇者に問いかけると、彼は少し黙り込んだ。何か葛藤でもあるのだろうか、一瞬申し訳なさそうな表情を見せた。
それに対して神癒奈は少しほっとしたが…次の瞬間、そんな事を考えられなくなる。
「……仕方ないなぁ、キミには一応恩があるし、殺したくはなかったんだけど」
「っ⁉︎」
ゆっくりと神癒奈に近づいてきたかと思うと、突然、勇者が剣を抜き、斬りつけてきた。