機械の翼
子供の誘拐事件で救えた子供は、結局は手術台に乗せられていた一人だけだった。
ライが手厚く介抱したその子は、しっかりと元の親に届けられたものの、それ以外の子は肉体が完全に別の物に変化していて、救うことが出来ないと判断され、調査チームによって処分された。
四課のメンバーも傷を負い、特にフィアネリスは、片腕を失ってしまった。そうだったのだが…。
「ただいま戻りました♪ 皆様お疲れ様です」
「うむ、致命的な怪我でなくて良かったよ」
調査を終えた翌日、けろっとした顔で出勤してきた。どうやら壊れた部位を取り替えてもらったらしく、機械がはだけていた傷跡は元通り、片腕もちゃんとついて帰ってきた。
「え…あの、フィアネリスさん、怪我は…?」
「言ったでしょう? 私は機械の天使だと、あの程度のダメージ、怪我のうちにも入りません、パーツを取り替えるだけですぐに治るので」
そう言ってフィアネリスは自分の席に座ってレポートを書き始める。機械の天使…その言葉を聞いた神癒奈は、昨日の調査の直後にあったことを思い出した。
ーーー
昨日の調査の直後、ダメージを受けたフィアネリスはイストリアの技術部門で修理を受けることとなった。
「おや、心配で見にきてくれるとは、優しいのですね」
「それは…! 心配になりますよ! だって…」
神癒奈は不安になってそれについてきた。だが、技術部門の人達がフィアネリスの身体を開いてはパーツを変えていく様を見て、何も言えなくなった。
実は生身ではなく機械の体だったなんてと衝撃を受けたからと、無言になる理由もフィアネリスも分かってはいた。実際この姿を見せられて、皆驚愕したからだ。
「言わなくても分かりますよ、こんな身体でも怪我は怪我でありますからね」
人工皮膚と外部装甲が取り外され、胸部の中があらわになる。そこにあったのは、心臓ではなく青白い光を放つコアだった。
「…なんで…そんな身体をしているんですか?」
フィアネリスの身体を見て、神癒奈は思った。何故機械の体なのかと、自分たちの生身と体とは違う姿をとっていることに疑問を持っていた。
「…それが、私にもわからないのです。他の天使は皆普通の肉体を持っていて、私だけが、機械の体なのです」
「じゃあ、あなたは特別ってことなんですか?」
「特別…いいえ、そんなことはありません」
そう言うと、フィアネリスはため息を吐いて、自分の過去を話し始めた。
「私は昔、神々や天使達が集う天界で、守護天使として働いていたのです。ですが…」
ーーー
フィアネリスは、物心ついた時から優秀な天使であった。アカデミーでの成績も優秀で、熾天使になるほどの逸材だった。それなのに…。
「何故…どうして…!」
ある時、天界に人間が攻め込んできた。フィアネリスはその時、天界にある楽園、エデンの園の警護にあたっていて、そこで戦闘が起きた。
エデンの園にいたもの達はパニックを起こした、フィアネリス自身も、そのパニックに飲み込まれつつあった。だが…。
「フィーネ、私が守るから、だから助けを呼んで!」
フィアネリスの友人となる者が、大勢の人間と戦っていたのだ。本来人間との交戦は天界では許可無しでは禁じられていた。だが彼女の友人はその掟を無視して戦ったのだ。だが、大勢で襲い来る人を前に、友人は力尽き、倒れてしまった。
「ーーーーー! どうして貴方は戦ったのですか!」
「だって…フィーネが大切にしているこの場所を、守りたかったから」
フィアネリスの友人は倒れて血を流した状態で彼女に手を差し伸べた。フィアネリスの頬を触る。どこかの攻撃で擦り切れたのか、彼女の頬や身体からは、白い血液が流れ、中の機械が見えていた。
フィアネリスにとって、このエデンの園の楽園はとても大事な場所だった。愛していたのだ。この場所を。
「そっか…フィーネの身体、機械でできてたんだ、でも、そんなの関係ない、だってフィーネは、こんなにも綺麗で、どこまでも飛んでいけそうな翼を持ってるんだから」
一目でわかる異常さ、だがそれを、友人は気にせず、友としてフィアネリスを大事そうに眺めた。
「私が…機械の体で、出来ていた? そんな…」
友人に言われ、フィアネリスは初めて、自分の体の異常に気づく。彼女にとって怪我は、これまでしたことなく、丈夫な体だった。だがこの戦闘に巻き込まれ、怪我を負って、自分の体が機械でできていると判明してしまった。
「フィーネ……身体は違っても、君は同じ天使だよ、そんな、絶望したような顔をしないで」
「でも……あなたの傷が…!」
「ううん、いいの、私達は守護天使、守る物の為なら命を賭すのが使命だから」
「そんなことを言わないでください! 今傷を塞ぎますから!」
フィアネリスは魔法を使うが、それを阻害する傷が付けられたのか、怪我が全然治らない。
「フィーネ、もういいんだよ、私の事はいいから、もうすぐ守護天使の本隊が来るから、だからフィーネは、逃げて?」
「出来ません! 貴方を残して逃げるなど!」
そう言うとフィアネリスは、友人の握っていた対艦槍と盾を持ち、迫り来る人間相手に戦い始めた。無駄な事だと分かっていた、でも、心が拒絶したのだ。
機械の体から溢れるエネルギーから放つ攻撃が、大量の人間を薙ぎ払い、倒していく。
全ての人を薙ぎ倒し、もう一度友人のところに戻って来たら、友人はもう虫の息だった。
「私を…守らなくてもいいのに…フィーネは、優しいんだね」
「しかし私は…勇敢に戦う貴方を、見る事しかできなかった! 貴方が倒れてから、ようやく戦う事になった、私は…臆病者です!」
「ううん、臆病者じゃないよ、フィーネは」
フィアネリスは友人の天使を抱きしめる。体が端からどんどん冷たくなっていくのが分かった。友人が死んでいくのを目の当たりにして、彼女はぼろぼろと涙をこぼす。
「私の為に、泣いてくれてるの? ……フィーネは、やっぱり同じ天使だね、機械の体をしてても、ちゃんと笑ったり、泣いたりしてくれるから」
「もう、何も、言わないで…!」
「フィーネ、お願いがあるの……私の代わりに……」
願いを聞こうとした瞬間、友人は力尽きてしまった。最後の願いを聞く事が出来ず…フィアネリスは、涙を流し、慟哭した。
ーーー
昔のことを思い返し、フィアネリスはふぅっとため息をつく。
「それから、私は天界で許可なく人と戦った罪に問われ、結果、"大戦"に送り込まれたってわけですよ」
「大戦?」
「あぁ、知らないならどうでもいい事です、要は、その後、天界から追放されて、マスターと出会ったって事です」
大戦とは何かと神癒奈は思ったが、フィアネリスが話す事がないので気にしない事にした。
「じゃあ、フィアネリスさんは機械の体の理由を知らなくて、知らないまま永戸さんと一緒に戦って来たって事ですか?」
「まぁ、そんなところです」
話をしていくうちにフィアネリスの方は胸部のコアを覆う外装や接合部が取り替えられ、新しい腕そのものの骨格が取り付けられていった。
「…この身体でも不便な事はありませんよ、食事はあっても生理的行為は一切ありませんし、寝ずに働く事だって楽に出来ます。普通な天使が扱えないような強力な武器を全身に取り付けてもそのまま戦うことができます」
話を聞いて黙り込む神癒奈を見てフィアネリスは笑ってみせる。
「…もう夜が遅いですし、神癒奈さんも帰ってお休みになられた方がいいと思います」
「そうですね、帰ってゆっくり休みます」
技術部門の部屋から出る時、神癒奈さんはもう一度フィアネリスを見ようと振り返る、だがフィアネリスは心配なさそうににっこりと笑って見せた。
そのやり取りを最後に、二人はしばしのお別れをしたつもりだった…。
ーーー
そうして話は翌日の出勤時に戻る
「ほ…本当に便利な身体ですね?」
「ええ、コアと頭部さえやられなければ交換で戦線復帰が容易いですからね、それに…」
「それに?」
神癒奈が聞くと、彼女は満面の笑みでこう答えた。
「身体は機械でも、私は、立派な命を持った天使でありますから」
友人の言葉を思い出し、彼女は笑った。




