とある昼さがりの出逢い
少し強い日差しが刺す昼さがり、そんななか、ある草原をひとつの馬車が走る。
荷物をほぼ満載につみながら走る馬車、ガタゴトと揺れる狭い車内の隅に、少女がすわる。
今日は最高にいい天気で、雲ひとつない青い空を見ながら、少女は一人まったりとしていた。
「悪いなぁ嬢ちゃん、こんなちいさな馬車と村の為に護衛なんて引き受けてもらって、せまくて苦しいだろう?」
「いえいえ、大丈夫です。これも仕事の一環ですから!」
振り返って話しかけてきた御者に微笑み返す少女。荷物の隙間をのぞきながらの会話にはなるが、手持ち無沙汰な少女の心をみたすには十分だった。
「しかし、どうして村の護衛の依頼を? この一帯、そんなに危険な魔物がいるという話はあんまりきいてないはずなんですけど…」
「いやぁ、魔物は俺たちでもなんとかできるんだけども、ここ最近は物騒でなぁ、傭兵崩れの盗賊まで現れて、作物だけでなく女子供までさらってくんだ」
盗賊と聞いて少女は手の刀をぎゅっと握りしめる。
身の丈並みの刀を持つ彼女は旅人ではあるが、同時に傭兵で、旅をしながら魔物退治や警備の仕事などをして生計を立ててきた。
だが、誰かの血がながれる仕事は嫌なのか、彼女の心がざわめく。
「だが、あんたや勇者様がこの依頼にのってくれたおかげで俺は安心できそうだ」
「勇者? なんです? その人は」
「勇者」という言葉に少女は疑問をいだき、御者にききかえす。
「なんでも先の戦争かなんかで、不思議な力を使って戦ったどえらい強いお方なんだそうだ。それがウチの村に来るってんだからもう大変驚きだよ」
「はえぇ……不思議な力、ですか」
(勇者かぁ、どんな物か見てみたくなるなぁ)
幼いころから、少女は勇者や英雄というのには憧れていた。よく母親から童話や神話などの話をきかされた時、少女の心は夢踊らされた。
そんな勇者にもしかすると会えるかもしれないと考えると、胸がはずんだ。
「にしても、嬢ちゃんの顔、なかなか綺麗だなぁ、ここらではみない顔だけど、どこから来たんだい?」
「えっ? えへへ// ちょっと東洋から来たんですよ、ちょっとした旅で」
馬車をあやつる御者にほめられた少女の姿は年頃の少女にしては特徴的な見た目をしていた。
身の丈は18歳くらいの若い子で、透きとおるような蒼色の瞳に、光にてらされて黄金に輝くその髪。その特徴を例えるなら、"幻想的"と言えるだろう。
容姿をほめられて嬉しくなったのか、彼女は照れて顔をそらすが、反面、心につっかかるところはあった。
(にしても、人間の暮らしって大変なんですね……ようやく自然になってきたって感じです……)
彼女は人間ではない、厳密に言えば、魔物と同じ類の生き物なのだが、わけあって今はこうして人にまぎれて生きている。
ここに来てからかれこれ半年は経つが、"この世界"の常識を覚えるのには苦労した。服装は奇抜だと言われ、通貨や常識も暮らしていた場所と全く違い、今までいた所とは違う文化ばかり。
文化や生活に馴染む一環としてこうして雇われの仕事も始めたが、なれるまでは面倒だと思った。が、最近は目に見えた間違いなどはなく、ここ数日は自分で考えるような最悪な事態は何もなく過ごす事ができた。
(できることなら、このまま何事もなく依頼が終わればいいですね)
当初と比べての自身の成長を感じた少女は一人ほくそ笑むが、順風満帆にことが進んで気が緩んだのか、眠くなってきた。
空は雲一つない晴天で、日向ぼっこには絶好の一日だろう、このまま微睡んでいるならと少女は馬車の中ですやすやと寝息を立て始める。
しばらくは何事もなく道なりに進んだが、数十分したくらいだろうか、馬車が止まった。
(……? 目的地にはまだ早いはずですけども?)
何事かと目をさました少女は、魔物の襲撃の可能性にもそなえて、刀を片手に荷物のうえから前を覗き込み、御者にたずねてみる。
「どうしました?」
「いや、お客さんだよ、金は払うから村まで乗せてって欲しいとさ」
客と聞いて彼女は馬車の外を見てみると、見慣れない格好をした男が一人立っている。格好はかなり汚れたヨレヨレのマントに、背中には大きな灰色のケースを背負っていると異質なもので、顔立ちも、暗い黒の髪をしていて少しやさぐれたような顔をしていた。そのあまりにも不思議な格好に少女はすこし目を疑った。
「本当に村まででいいのかい?」
「あぁ、仕事で向かおうって決めててな、こうして会ったのも何かの縁だし、乗せてってもらえないだろうか?」
「あいよ、なんもねぇ村だけど、余所者は大歓迎さ」
そうして男はこちらに近づいてきて、後ろから馬車に乗る。馬車の中はもう荷物でいっぱいで一番後ろしかスペースがないので、必然的に男と少女は対面する形となった。
男が乗ったのを確認すると再び馬車は動き出す。
「あなたもこの先の村に用事があるんですか?」
「まぁな、仕事で行くんだ。おまえもか?」
「はい! 護衛の仕事で村に行くんですよ」
少女は男が抱える大きな箱へ目をやる。
「もしかしてその箱の中身が、仕事の道具なんです?」
「ああこれか? 中に楽器が入ってるんだよ、俺の仕事は吟遊詩人でね、こうして村を転々として旅をしながら、行った先でこの中の楽器を弾いて詩を歌うのさ、まぁ、うまく弾けないせいであんまり人気はないんだけどな」
ちょっと自虐気味にはははと笑う男。こういう楽器はあまり見たことは無いのか、少女は興味津々だ。
少女が箱をじーっと見つめていると、突然、ぐぅうううっと気の抜けるような音がお腹から聞こえてきた。
「あぅ……ごっごめんなさい!// 私今日お昼まだ何も食べてなくて!」
「……お腹が空いてるなら、これ食べるか?」
ちょっと困った顔をした男がポケットからだしたのはこれまた少女には見た事のないよくわからない四角い食べ物だった。見てもあまり食欲が湧かず、食べても美味しそうに見えない。
彼から手渡されると少女はものすごいしょんぼりした顔でそれを見て、一口食べると案の定不味く、口を抑えて手に持ってた物を外へ放り投げた。
「あー……ごめんな、これ俺も食べててまずいと思ったし、放り投げても仕方ないよな」
「大丈夫……です……うぷっ……」
「吐くほどまずいのも分かる。……ん、仕方ない、代わりにやるよこれ」
彼は袋をゴソゴソとあさると、中から綺麗なリンゴを取り出して、ナイフで半分に切ると、片方を少女に渡した。流石にリンゴは少女も見慣れてるので、普通にかじりつく。口の中に甘い果汁が広がり、美味しさに少女はむふーっと顔をゆるませる。
「ありがとうございます!」
「おうっ、これでお腹も満たされるといいが。えぇと……」
急に口をつぐむ男、どうしたのだろうとリンゴをかじる少女は、そう言えば名前を言ってなかったっけと察し、食べてる物を飲み込み答えた。
「私、焔月 神癒奈と言います! 貴方の名前は?」
「俺か? 俺は……悪いな、仕事上名前は言えないんだ、結構憎まれたり叩かれたりするから、そういうとこ見られると恥ずかしいからさ」
「むぅ……詩人のくせに名前を言えないなんて、変な人、もしかして人を騙す詐欺師かなにかですか?」
自虐気味にはははと笑う男を見た神癒奈という少女はすこし不機嫌になったのかムッとした顔でリンゴをかじり、彼を馬鹿にする。
「あぁ、そうだな……」
神癒奈は男を馬鹿にしたが、彼の表情をみた途端、首筋になにか嫌なモノがはしった。冗談まじりで言ったその時、一瞬だけ彼の表情がまるで冷徹なものになったからだ。
不安になって神癒奈は男の顔をもう一度見直すが、その頃にはまたさっきのへらへらとした崩れた表情に戻っている。
神癒奈は彼のことが怖くなった。一瞬だけ見せた表情にあった底知れない何かが、彼女の心をざわつかせる。
「……あなたは、何者なのですか?」
何か良くないことにふれてしまいそうで、神癒奈は怖くなったが、好奇心が勝ったのか、どうしても気になるので問いただしてみた。
「ただの吟遊詩人さ、ろくに楽器も弾けなくて、たいした詩も歌えない、至って普通の」
だが、帰ってくる答えはさっきと同じ、また自虐的に笑う彼の姿だった。
「……そうだ、私、こう見えて傭兵をやってるんです! 意外と刀の腕には自信があるんですよ!」
「だからそんなデカい刀持ってるのか、でもそれ、本当にふるえるのか?」
話題を変えようと神癒奈は自身についての話をしだす、だが男も男で神癒奈のそのなりが可笑しく感じたのか、またはははと笑った。
「ふるえますよ! 私、物語とかで描かれる英雄に憧れてて……人助けがしたくて、こうして傭兵の仕事をしながら旅をしてるんです!」
「英雄……か、まぁ、夢としては十分だな」
馬鹿にされても神癒奈は胸を張ると、男は不思議な反応をした。歯切れのわるいような……落ちつかない笑みを浮かべた顔を見て、神癒奈はさらなる疑問ををうかべる。
「むぅ、なんですか、私の夢、そんなにおかしいですか?」
「いや、別に、いい夢だとは思うよ」
自虐的に笑う男と、気ままに話す神癒奈。そんな会話がつづいて、そうこうしてるうちに目的の村がみえてきた。
「ついたぞ、おつかれさん、暫くは村でゆっくりしな」
「はーい」
そうして神癒奈はおりて荷物をまとめて歩き出す。男も遅れてケースを持っておりて、神癒奈においつくと、後ろから声をかけた。
「そうだ、傭兵業で仕事はこの先の護衛とかいってたっけ」
「そうですけど……それがどうしました?」
男の声に神癒奈が振り返ると、そこには、さっき見せた、冷徹な顔をした男がいた。
「…………あまり、英雄がいいものだと夢を見るな」
「えっ?」
男の表情と英雄というものに対する反応を見た神癒奈は、驚いてその場にたたずむ。
(あの人は、本当に……何者なんでしょう……?)
私は、何か恐ろしい人と出会ってしまったのではないかと神癒奈は先に村へ向かった男を見る。
そして、その反応は、のちに間違いではなかったと知るだろう。