原因ともう一つの依頼
謎の死体の山の怪物を倒した二人は、生きていた調査員を集めて、事情聴取をすることにした。キャンプのあちこちで怪我をした調査員の傷をいやしては、壊されなかったテントに集めて、一人一人に聞いていく。
「解剖するはずだった死体が急に動き出したんです、生命活動が完全に停止してるはずなのに、それであんな化け物に…!」
聞くところ、調査員達は皆「獣に殺された死体が動き出して、集まって合体した」と口を揃えて言っていた。死体が動くとは信じられない話だが、永戸と神癒奈が戦ったあの獣も、ほぼ殺したはずなのにまだ動きを止めなかったことを考えると、否定することはできなかった。
「死体を動かすなんて、いったいどうやってやったんですかね……?」
神癒奈の疑問を聞いて、永戸は思う。何らかの魔法か、あるいは生体兵器か何かで、死体を操り、怪物へと変貌させていたのではないかと。すると、事情聴取中の調査員の一人が、唐突に声を上げた。
「そういえば、細胞検査の際、奇妙な物を見つけました」
「奇妙な物?」
奇妙な物と聞いて永戸は調査員に聞き返す。すると、調査員は、映像を記録していた端末を見せてきた。
「これです、動物の神経に、何か虫のような物が取り付いてるでしょう?」
端末に映った映像を二人は覗き込む、すらもそこにあった映像には、何やら寄生虫のようなものが、動物の神経に張り付いてるのが見えた。何やら神経を通して、動物の体に信号を送っているように見える。
「もしかすると、この寄生虫が、今回の異常の原因なのかもしれません。獣に殺された死体から、これと同じものが次々と出てきたのです。それに、お二方が倒した獣からは、こんなものが出てきました」
すると調査員は、腰からガラス瓶を取り出すと、二人に見せた。その中には、先ほど見せられた寄生虫とはまた違う、目に見えるほどの大きさの寄生虫が入っていた。これには思わず神癒奈も驚き、少し身を引いてしまう。
「この寄生虫、動物を凶暴化させて、その唾液や血液などを通して、自身の子を動物の死体に植え付けて繁殖をしていくようです。さらにその死体で生まれた寄生虫は、死体を操り、そしてまた同じように繁殖していきます。死体が妙に清潔だったのも、恐らくはこの寄生虫のせいでしょう」
調査員の話を聞きながら、ガラス瓶のなかの寄生虫を、永戸と神癒奈はいぶかしげに見つめ続ける。こんな寄生虫一匹に、大勢の獣が殺され、傀儡にされたのかと。
「ですが、このような寄生虫、我々は見たことも聞いたこともありません」
「データとかにも載ってないのか?」
「はい、恐らくは」
この場にいる誰も知らない、データにもない生物、そう聞いて永戸はより一層疑問に思う。“ではこの生物はどこから来たものか?"と。
「ですが、まず間違いなく言えるのは、これは人工的に作られた物だと思われます。このような生物、自然にあっていいわけがない」
仲間を殺された事も絡むのか、苦しそうに、調査員は言う。
人工的に作られた自然の摂理に反した物、そう聞くと動物を捕食もせず殺し回った事や、死体が集まって凶暴化した事などの説明に納得ができた。神癒奈も、戦った時の異常性を思い出して、恐怖で少しすくむ。
「待てよ? 人工……? もしかすると」
人の手で作られたモノと聞いて、ふと、何やらピンと思い付いたのか、永戸は鞄の中を漁り始めた
「ちょっと、まだ事情聴取中ですよ? 何を見てるんですか?」
「いや、この寄生虫、もしかすると出どころがわかるかもしれない」
鞄の中を探し、ある物を取り出す永戸。取り出したのは、任務の記された紙だった。今回の調査とは違う、もう一つの任務のようだが、紙を開いて、依頼任務の情報を目に通すと、永戸はやっぱりと呟いた。
「そうか、何となく繋がったぞ」
「繋がった…って何がですか?」
「今回の調査の原因、次の依頼に関係があるんだよ」
そうして永戸は神癒奈に任務の紙を見せた、するとそこには、こう描かれていた。
[異世界のある地にて、生物兵器の開発が行われている可能性あり、研究が行われている施設を調査し、場合によっては開発者と兵器ともども抹殺せよ]
「これは……?」
衝撃的な内容に、思わず何度も読み返す神癒奈。生物兵器、抹殺と、とてもマトモには見えない任務の内容に、目を丸くして永戸にどういうことか聞き返した。
「推測だが、この寄生虫は…この任務の施設からなんらかの理由で流れてきた物だと思う」
廃棄されたか、あるいは流出してしまったか、なんらかの形でここまで来た生物兵器ではないかと永戸は推測する。実際、動物を襲っていた獣が、数週間前にいきなり現れ、たった一匹でここまでの惨状を作り出したところを考えてみるに、自然の突然変異とは思えなかった。
「このサンプル、他にもまだあるなら預かってもいいか?」
「ええ、構いませんが、取り扱いには気をつけてください」
何かに使えるかとサンプルを貰うことにした永戸は、調査員から寄生虫の入った瓶をいただき、鞄の中に入れた。そして、立ち上がると、状況を飲み込めない神癒奈をよそに、出発の準備をし始めた。
「最後の任務へいくぞ、すぐに出る準備をしろ」
「行くって……まさか、この任務にですか⁉︎」
最後の任務と聞いて、神癒奈は先ほど紙で見た"抹殺"の文字を頭に思い浮かべる。生半可な事をしに行くわけじゃない、こういう旅になるとはわかっていた。だが、彼女には、これから善悪関係なく人を殺すと言う心の準備ができていなかった。
「あぁそうだ、これから俺は、人を殺しに行く。お前だってわかっててここまでついてきたんだろう? 嫌なら、ここにおいていくぞ」
だが、人を殺せないなんて甘い戯言を、彼は許してはくれなかった。戦えないならここでお別れ、そう言う彼に対して、神癒奈は焦る。
「でも、抹殺だなんて、まだ本当に悪いと決まったわけではないんですよ! いくらなんでも殺すのは……!」
「もう既に死人が出てるかもしれないんだぞ、そこの奴らの所業でな」
そう言って永戸は周りに目配せをする。神癒奈が見渡せば、そこには怪我をした調査員や、死んだ調査員達がいた。そうだ、その施設から流れてきた獣のせいで、こんな惨状になっているのかもしれないのだ。もし仮に違ったとしても、何かの間違いで今度はまた違う場所がこんな危険にあうかもしれない。
そう思っても、神癒奈にはまだ、覚悟を決められなかった。
「まさか、ここまでついてきてまだ『英雄になりたい』とか腑抜けた感情を抱いていないだろうな?」
「それは……」
永戸に詰め寄られて、神癒奈は目を背けてしまう。それを見た永戸は、情け容赦なく、さらに苦言を言い続ける。
「はっきりと言うぞ、そんな甘ったれたふざけた考えを抱いてると、いつか間違いを犯すぞ」
そう言われて、神癒奈は言葉に詰まった。
黙り込んだ神癒奈を見て、別にこの狐は人殺しはできなくはないと、最初の村で出会った時のことを永戸は思い出す。あの時、彼女は躊躇なく盗賊を、勇者のパーティを殺していた。だが、彼女はあくまで"己の正義に従って殺していた"だけなのだ。自分が正しいと思っていたから敵を殺せた。
勿論、正義の為なら殺す事にいとわなくてもいいのかと永戸は言いかけた。今の状態で戦いを続けたら、いつか、道を違えてしまうのではないかと心配ではあった。だが、それを追求すれば、彼女の中の何かが壊れてしまう気がして、彼には言うことができなかった。
「ここまでついてきたのは褒めてやる。だが、まだ甘っちょろい感情を持っているならここで捨てろ」
そして次の任務は、彼女には酷な"正義も何もない、ただの人殺し"となる。邪な感情を抱いて任務に行き、迷いを見せて任務を失敗するわけにはいかない。だからこそ、彼は彼女を突き放した。
「私は……」
彼に責められ、神癒奈は黙り込む。自身の中の正義という物のが揺らぎ、どうしたらいいのかわからなくなった。
「人を殺すのに善悪なんて関係ない。相手が誰であろうと、殺した時点で、もう戻れないんだ」
何か思うところがあるのか、永戸も目を伏せる。そんな永戸の表情を見て、神癒奈は彼が彼なりに気を使ってるんだと気づいた。確かに、善も悪も、色々な要因が絡んでいたとしても、人を殺したという事実を前にそれは関係ない。もう、殺せないとか甘いことは言えないのだ。そう考えると、神癒奈はどこかで割り切れたのか、覚悟が決まった。
「行きます」
静かに、彼に向けて言う。
「私も、ついていきます。例え人を殺す仕事だったとしても、やってみせます」
「……いいんだな? 正義も悪も関係ない戦いになるんだぞ?」
今度こそ、永戸は彼女に問いかける。"戦う覚悟はあるか?"と。
「はい、どんな事になろうとも、私はやってみせます」
心の準備ができたのか、神癒奈は永戸をまっすぐと見ながら答えた。それを見て、永戸は(律儀な奴め)とぼやき、優しい顔を見せた。
「そうか、なら、よろしくな」
手を出して、永戸は握手をしようとする。彼の意図を読んだ神癒奈は、不安ながらも、同じく優しい笑顔を見せて、彼の手を掴み、握手をした。
「行くぞ、辛いかもしれないが、ついてきてくれよ」
「はい!」
また、旅立つ準備ができた二人は調査団のキャンプに別れを告げ、歩き出した。今回の事件の裏で起きた暗躍を潰すために。




