終戦
長い戦争があった。
ある日突然、ある異世界ではじまったそれは、幾多の勢力と世界を巻き込み、はてしない戦火を生んだ。
当然沢山の犠牲がでた。
戦いの場となった世界は毎日戦火にさらされ、長くつづけばつづくほど犠牲は増え続けたが、誰もとめる事はできなかった。その戦争は、とどまることをしらずどこまでも激化し、最後には開戦の理由すらしらない者まで現れたとも言われている。
最初はごく当たり前の国の争いのような戦いが続いたが、戦線が疲弊するにつれ後になればなるほどなりふり構わずなり、ついにはクローンや生物兵器などの冒涜ともいえる技術の使用や、英雄という存在を求めて異世界から人を召喚してまきこんでまで、長く続けられたという。
その結果生まれたのはこの景色だ。
空は黒い雲におおわれ、地上には魔力で汚染された灰がふりそそぐ。防護装備が無ければまともに活動すらできないような死の大地。
この戦いのために沢山の者と資源がつぎこまれたが、結果は何も残らず、暗く、暗く、何処までも暗い景色と亡骸だけが残った。もうここでは何者も生きる事はできないだろう。
そんな場所に、ある一人の少年が立つ。
彼もまたそんな戦争に運命を狂わされた一人で、汚染された灰が吹き荒れる中、コートやマフラーを着込み、寒さに耐える彼は、虚しそうに空を見上げていた。
ふと何かを察したのか振り返る。
「ようやく、終戦が通達されました! ・・・・、これで……本当に戦いは終わったのですね」
どこから現れたのか、いつのまにか側にいた少女が、彼の名前を呼びながら通信機を片手に慌てた様子でそう告げる。
終戦……つまりは、戦争の終わり。ようやくこの長く悲しみの連鎖となった戦火に終止符が打たれるというのだ。
戦争の終結は誰もが願っていた事だろう。だが、聞きたかった言葉のはずなのに、なぜだろうか、少年には嬉しさが全く湧かなかった。
「喜ばないのですか?」
「……ははっ、もっと早く終わらせることはできなかったのかね……今は呆れるくらいしか答えは出ないさ」
自虐まじりに苦笑する少年の風貌は、あびた血で紅く濡れていて、激しい戦闘にさらされたのか服も体もボロボロで、ただの人間とはとても呼べる見た目ではなかった。
そんな彼のいうように少女が周りをみわたせば、広がるのは非現実的な景色だった。
緑青々としていたはずの大地は、強力な爆弾や魔法によって引き裂かれ、地表には時折濃厚な魔力や溶岩が噴き出ている。
「……ええ、そうですね、申し訳ありません。それに……この世界は、もうダメでしょう。じきに破棄が決定されるでしょうね」
彼のいうことを察し、少女は頭をさげて詫びる。
「ですが、犠牲は、これが最後になるはずです。もう、誰も、何も失うものはないのです」
訂正するように少女は言うが、彼にとっては気分の良いものではなかった。沢山の犠牲はあったが、戦いは終わりました。もう誰も死ぬことはないのです。聞こえはいいが、いざ犠牲になった者の数を数えるとなると喜ぶ事はできなかった。
それに彼もまた、人を大勢殺した。生き残る為にやるしかなかったとは言え、敵ならば老若男女問わずに手をかけ、時には味方さえも、罪もない人すら殺したかもしれない。
そして、実質最後の戦いとなった今日も、沢山の者を殺した。どれくらいの屍が積み上がったのだろうか。敵も味方も、種族さえも関係ない、ただ息絶えた者達が積まれた山が背後にある。
「っ……ーー」
ふと死体の山に、つい数日前まで下らない話をして語り合った知り合いがいるのを見つけた。最後まで辛かっただろう、痛みで苦しんだような表情を浮かべている。
帰る家がある、恋人がそこで待ってて、この戦いが終わったら結婚して子供を作って静かに暮らすんだ、なんてフラグ満載なこと言っていたが、終わるのは目の前だったと言うのに、彼は最後の最後であっさり死んだ。
「知り合いですか?」
死体を焼き払うべく松明に火をつけた少女が、ただ一人の死体だけを見つめる少年にそう聞く。
こんな事は日常茶飯事だった。少し前まで友だった奴が今では物言わぬ死体。この手のモノにはありきたりな話だろう。
昔見た映画で、主人公が死んだ友人を見てむせび泣くシーンがあったのを少年はよく覚えている。それをいざ現実で体感してみると、それがどんなに苦しいか痛いほどわかる。
フィクションでは主人公は大体それを乗り越え強くなるとよく言う。だが彼にとっては何度も経験したはずなのに、少女の問いに対して声を出すことすら上手くできなかった。
「…………そうだな」
俯いたまま松明を受け取ると、少女の問いに霞むような声で答え、静かに頷いた。
松明の炎が揺らめいているのを見つめていると、色々な疑問が浮かび上がってくる。
世界を救う英雄になると皆夢見た筈なのに、どこで間違えたのだろう?
どうして自分は生き残ったのだろう?
他の仲間は何を思って戦ったのだろうか?
そもそも、この戦いはなぜ始まってしまったのか?
疑問が疑問を呼び、彼の頭の中でただひたすらぐるぐると回り続ける。
ーーあぁ、クソッタレーー
"今はこんな事を考える暇はない、もう終わったんだ"その一言で抱いた疑問と虚しさを振り払い、少年は死体の山と向き合う。
ーー……終わったよ、全部な。だから、静かに眠ってくれーー
信頼した仲間も、憎み合った敵も、今は関係ない。この者達もまた、この争いの犠牲者なのだから。松明を翳しながら彼はそう思うと、英霊達を悼む為、炎を放つ。
この日、あらゆる異世界を巻き込んで続けられた長い戦争はようやく幕を閉じた。
だが、この争いの爪痕は大きく残り、彼らにとっての戦争は終わらず、まだまだ続くこととなる。
この度無事完結しました! もしこの小説を読んでいて続編を作って欲しいと感じたならば高評価や感想をください!