8.心の傷
今回少し短めです。
しんと静まる教室に、背中から滝のように吹き出す嫌な汗。これはまずい。非常にまずい。そして思考の果てに俺がとった行動は、
「おい皆、急にどうしたんだよ?」
「え、いやさっき月見さんの事.......?」
「月見がどうしたんだ?」
「いや......」
「あぁ!早く食べないと昼休み終わっちまうぞ!食べろ食べろ!」
......何もなかったことにする。名付けてロロノア・ゾロ作戦(伝わらない方ごめんね!)だ。大和も何かを察したのかそれ以上追求してくることは無かった。周囲の野次馬も、そんなに俺が3大美女と仲がいいわけがないという思い込み、というか願望から聞き間違いかと流して再びざわつき始めた。
(危ねええぇぇぇ!学校での居場所無くすところだったああぁぁ!!)
内心冷や汗ダラッダラの俺は無言でお昼ご飯のパンにかぶりつく。今の俺はきっと目の焦点が合っていないことであろう。
結局好春に何故不機嫌そうな顔をしているのか聞くことは無かったが、いつの間にかニコニコ笑っていて機嫌が良さそうになっていたので、良しとした。女心は秋の空とはよく言ったものだ。
皆が弁当を食べ終え、大和と好春が自分の席に戻って行った昼休みの終わり間際。俺は透と水瀬の美コンビに席を囲まれていた。
「ねぇ、陽斗?他の皆は騙せても......」
「私達は、騙せないよ?」
イケメンと美女が息ピッタリで問い詰めてくるのだ。怖いにも程があるぞ、特に水瀬。そしてにたっと悪役のような笑みを貼り付けて.......
「「説明、してくれるよね?」」
「はい......」
あの日あった事を、名前呼びに関係のない所まで根掘り葉掘り聞き出された。俺が話す度に透は上機嫌になり、水瀬の頬は膨らんでいく。なんだこの温度差カップルおもしれぇな。
「......春が来たね?」
「そんな勘違い死んでもするかよ。初めて出来た男友達ってだけのやつのために、大した奴だよなぁ」
「本当に陽斗って拗らせてるよね......」
俺はただ、同じカフェが好きで同じ趣味を持っていた。それだけの存在なはず。それが俺でなければ月見の興味の対象だって俺じゃなかっただろう。
......そう割り切っているはずなのにいざそれを飲み込もうとすると心の奥に大きなしこりが残ったような、そんな思いが俺自身を蝕んでいく。たった数日、一緒に過ごしただけなのにそんな思いが芽生えている自分に嫌気がさす。
「俺って、チョロいのかもな」
「陽斗ほど面倒くさい人もいないと思うけどね」
そうかもしれないな、と微笑んで返す。そしてもう1人の美形は未だ頬をぷくーっと膨らませて女子お得意のジト目で見つめてきている。だからなんでそうキュンとくるような仕草ばかりするんだ......
「二人の世界に入らないでよ......こんな扱いされたの初めてだよ?」
「仕方ないだろ、水瀬は俺のハンバーグ担当であって正妻じゃないんだから」
「何を言ってんのよ!今に私を捨てたこと後悔させてあげるんだから!」
これがマンガだったら「むんっ!」という効果音が描写されていそうな怒り方をしている。水瀬は友達として付き合うには1番気楽な女友達かもしれないな。
「どうするの?月見さんが大幅リードしちゃってるように見えるけど......」
「は、はぁ!?別にそんなんじゃないからね!?」
まーた2人で仲良くひそひそやっちゃって。二人の世界に入ってるのはどっちだよ。まぁ透なら絶対幸せにしてくれるから安心して見ていられるが。
「......俺は応援してるぞ」
「何を勘違いしてるのか知らないけどそれだけは絶対ないからね?」
まぁ透、結構腹黒いからなぁ。多分こいつの本性知ってしまったらファンの奴らも幻滅するだろうな。
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくるなり黒板に文字を描き始めた。担任の近藤先生は今日出張に行っているため、別のクラスの担任が急遽こちらのクラスに来ていた。
「体育祭 実行委員決め」
少し場の空気がざわつく。それを皮切りにつらつらと説明書きが書かれ、申し訳程度の説明がなされる。毎年男女1人ずつ、各クラスから選出されるらしい。簡易的な書類の作成や当日の会場の設置など、聞くところによると体のいい雑用のような扱いだろう。
「実行委員の立候補者、いないか?......できれば自分から出てきて欲しいんだが」
皆もそれは分かっているようで、誰一人手をあげようとする素振りすら見せない。周りに視線を送り、全員が誰か手を挙げてくれないかと待つ。
「いないか。......まぁ、そうだろうと思ったが。私は自分のクラスに戻らなければならない。決め方は任せるから自分達で決めておいてくれ」
終わったら帰っていいぞ、とそう言って他のクラスの事情なんて知った事じゃないと言わんばかりに踵を返して行った。いや放任主義にも程があるだろと。
そのまま挙手が無いまま5分か、それくらいの時間が経った時誰かが痺れを切らして吠え始めた。
「あーもう誰かやれや!マジで早く帰らせろよ!」
いかにもヤンチャしてますよ、みたいな感じの男子だ。名前は確か......いやまた間違えるといかんから辞めておこう。
早く帰りたければ自分がやればいいのに、と的はずれなことを考えながら窓の外を見て鼻で笑っていた時。
「は?お前何笑ってんだよ」
こんな硬直状態の時に笑ってるって勇気のあるやつもいるんだなぁ。
「おい、お前だよお前」
あのチンピラの指先が向いている方向は、俺。どうやらバレていたようだ。
「自分は関係ありませんみたいな面しやがって......お前がやれば早いだろ。やれよ」
「......は?何で俺が?」
「お前帰宅部だしどうせ暇だろ。ったくだりぃ」
納得するような同意の視線が教室中から集まる。こういうときだけ仲間意識を芽生えさせて1人に集中攻撃仕掛けるのは、褒められたことでは無いがよくある事だ。他人を見下す事で自らのプライドを守る。その場で生き抜くために、必死に藻掻く。
「いっつも澄ましたような顔しやがって......」
「別にそんなつもりは無かったんだが.......不快にさせたなら謝る」
「そういう態度がイラつくんだよ!」
憎悪は、他人の協力を経て増幅していく。そして積もり積もったそれは人を傷つけ、時には死に追いやる。言葉は発しないが、賛成するような視線を送る人もぱらぱらと。
そうだ......思い出した。この、侮蔑と悪意に満ちた視線。そう言えば、あの時もついこんな感じの視線だったな......
記憶が、蓋をしていた記憶がせり上がってくる。許容範囲を超えた器は中身が零れ落ちるのを待つばかり。虚無に勝るものは、無い。
「お前のその......澄ました顔が大嫌いだ!」
どくりと、心臓が跳ねる。それからの1時間程の記憶は、残っていない。
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