5.お怒りでございます
思っていたよりたくさんの人に読んでいただいており嬉しいです!これからもよろしくお願いします!
あれから昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ってしまい、どうして月見が怒っていたのか聞くことは出来なかった。
それまでは届いていたメッセージアプリでの連絡も届かないまま、カフェでの約束の日が来てしまった。
(まだ怒ってるのかな......だとしたらなんで?)
数日前に10時集合ってメッセージが入ってたから一応来てみたけど、そもそも来てるのか......?
良くいえばレトロな、悪く言えば古びた建物の扉を開けると、今どきの飲食店ではあまり聞かないような鈴の音が響く。俺からしてみたら聞き慣れている音だが。
「おはようマスター、今日も客は俺一人?」
「おう陽斗。好春ちゃんもう来てるぞ」
もう言ったマスターの指先を見ると、カウンター席に姿勢よく座っている月見の背中が見えた。聞き慣れたBGM、見慣れた店内、慣れてしまった雰囲気の中に一つだけ慣れない要素。それが彼女だ。
マスターにコーヒーを1杯頼んだ後、一つ席を空けて座る事にした。
「お、おはよう月見」
「......おはよう」
月見がコーヒーに口をつけながら目も合わさずに言い放つ。やっぱり怒っていらっしゃる......。
コーヒーが届くまで手持ち無沙汰なのが仇となり、めちゃくちゃ空気が重い。
やっぱり俺が謝るべきなのか?というかまず理由を聞くのが先だよな。
「あの......前に言ってたひいき者ってどういう事なんだ......?」
「.......」
そう言うと月見は俺の方をちらりと見やり、そしてしばらく間を開けて細々と話し始めた。
「......私には話しかけないとか言ってたのに......可憐とは話してた......」
「......え?」
「それに......キスまでしようと......」
「いやいやいやいや!あれは目がぼやけてたから誰か確認しようとしただけで!そんな事しようとしてないぞ!」
私拗ねていますと言わんばかりに唇を突き出して俺に不満を投げかけてくる月見。というか一瞬可憐と言われて誰か分からなかったがそういえば水瀬の名前可憐だったな。何故か浮気がバレそうになっている亭主かのように月見に弁解しているが、そもそも教室でそんな事をする訳が無い。
「暁君は......私の事嫌いでひいきしてる......」
「いや嫌いじゃないって!それに俺から水瀬に絡んでる訳じゃなくて絡まれてる側だからな!?」
どんどん月見の顔のうつむき加減が増していく。なんで俺みたいな陰キャの事でそこまで悲しそうな表情ができるんだ!?俺以外の陰キャだったら180%勘違いに勘違いを重ねるぞ?
「今だって......席ひとつ開けてる......隣に座ってくれない.......」
「そ、それは月見が嫌がるかと......!分かった分かった!ほら隣に来たからな?」
慌てて月見の隣の席に移動する。頼むからその泣きそうな顔をするのを辞めてくれ!俺が悪い事をしたような気分が罪悪感を煽ってくる。月見は少し間を空けてから上目遣いで俺の目を見つめ、ぽそりと呟いた。
「......本当に私の事嫌ってない?」
「お、おう!嫌いな訳ないだろ?」
「なら......私にも可憐にした事できる......?」
「え......」
水瀬にした事って......顔近づけて誰か確認したあれか!?見えてなかったからあんな当たり前のようにしてしまったけど見えてる状態でするってどんな羞恥プレイだよ!冷静に考えたら水瀬にも悪いことしたな......そりゃあんな怒るわけだわ。
「やっぱりできない......」
「わ、分かった!本当にいいんだな?行くぞ?」
言葉に詰まっている俺を見て月見が顔を伏せる。俺の質問に対しこくりと頷いた月見を見て、俺は意を決し月見の顎をつまみ顔を寄せた。
「......っ」
まるでガラス細工かのような美形が俺の視界を埋め尽くす。すっと通った鼻筋に長く綺麗なまつ毛、少し紅に染まった頬に思わず息を呑んでしまった。少しずつ俺の顔も熱を帯びていくのを感じる。心臓が激しく波打つ。月見の肌に触れている指先が気恥ずかしい。
「やっぱり......暁君も綺麗な顔してる.....」
「......お世辞は好きじゃない」
月見の表情が今日初めてプラスの感情を見せたような気がした。至近距離の月見の薄い笑みは、俺の心を溶かすのに十分だった。
それからどれくらいそのままでいただろう。1分か、10分か、それとも1時間か。少なくとも俺にとっては永遠のような時間にも感じた。時間の経過が熱を冷まし、俺たちを正気に戻す。
「......俺達何してるんだ」
「......分からない」
そんなやり取りをきっかけに、俺と月見はどちらからともなく笑みを零した。数日前に感じていた月見の優しい雰囲気が戻ったようだ。
ひとしきり笑い、コーヒーのカップが空になった時の事。月見がふと口をついたように話し始めた。
「変な事言って困らせちゃって......ごめんね......?男の子でこんなに話せる人初めてで......」
「あぁ、いいよ。おかげで可愛いものも見られたし」
「.......っ」
何だか気が抜けて馬鹿みたいな笑いが出たかと思ったら月見さん真っ赤なんですけどまさかまた怒ってます?そうならもう土下座しかないわ。
「これからは......そんな勘違いされるような事......しちゃダメだよ?」
「今世紀最大級に反省致しましたよ」
「......私以外にはね」
「月見こそ勘違い要素しかない発言してんじゃねぇか」
不意の一撃に少し頬がさっきの熱を思い出す。月見の視線から逃げるように顔を逸らすと、控えめな笑い声が耳朶を叩いた。
「ふふっ。冗談」
「月見の頭に冗談なんて言葉あったんだな」
「いくらなんでも......酷い」
口を抑えて笑う月見に意識を刈り取られそうになる。この人は自分が超がつくほどの美少女だって事をもっと自覚したほうがいいよな......
「私達......もう友達だよね......?」
「例え月見に違うって言われても俺はそうだと思いたい」
「......今はまだ、ね」
「ん?何だって?」
「......良かったって言った」
友達なんて言葉は漠然とした基準だと思う。人それぞれその言葉の重みは違うだろう。相手との関係を結びつけるための鎖のような物だ。それでも確認したって事は少なくとも俺といることを嫌がってるわけじゃないんだろうな。
「明日一緒に登校出来るの......楽しみにしてるね」
「......途中までな」
少し照れくさい気持ちをひた隠して目を逸らして応える。しかし内心は全面に押し出されている月見のかわいさに耐える事でいっぱいいっぱいだった。
そうしていると、不意に熱くなった頬に触れられ、無理矢理首を回される。
「んっ!?」
「......すぐ目をそらすの禁止」
「いや、それは......」
「だめ」
襲い掛かる羞恥心から逃げ出すようにもう一度顔を逸らそうとしても、月見は逃がしてくれない。どこからそんな力が湧いてきてるのか。
「......さっきの仕返し」
「月見がしろって言ったんだからな!?」
しかし恥ずかしいのは俺だけではなかったようで、月見の紅く染まった頬が隠しきれていない。どうしてこの美少女は俺みたいな陰キャにここまで構おうとしてくるんだ......
それからしばらく他愛のない話をした後、俺達はカフェを後にした。控えめに手を振る月見に悶絶しそうになったが、我慢した俺を誰か褒めて欲しい。
何がとは言わないが温かいような、そんな時間に感じた。
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