3.突然の来訪者
初日なので更新3回目!
俺は音がした部屋の窓を思い切り開ける。すると、幅およそ60cm程先にある家の窓からよく見知った顔が見えた。俺は思わずその先にいた女子に声をかけてしまう。
「……何してんだ、楓」
「ハル!入れて!」
彼女の名前は桜庭 楓。焦げ茶色の軽くウェーブのかかったミディアムカットの髪を持っている。楓もまた結構な美貌の持ち主だが、同じクラスの例の二人の陰に隠れてしまっている。また、天真爛漫な性格の持ち主で、よく言えば自分の意見をはっきり言える。悪く言えば空気が読めない。そんな楓は俺の幼馴染で、小さなころからよく振り回されていた。だが二人とも高校生になってからは、こうしてお互いの家でしか一緒にいる時間が無くなってしまっていたのだ。
窓から入ってきた楓は開口一番俺に飲み物とお菓子を要求してきた。俺が出してくれると信じて疑っていない顔をしているので、仕方なく出すことにする。
「んん、ありがとっ!ハル大好き!」
小学生だったときはこんなことを言われても全く気にしていなかったが、高校生ともなるとそれなりに意識してしまうものである。俺は自然にお菓子にぱくつく楓から顔を逸らし、スマホに手を伸ばす。
「いつも言っているが俺以外の男子に軽々しく好きとか言うんじゃないぞ、確実に勘違いされるからな」
「いつも言っているけどハル以外の男子にそんなこと言ってないよ」
「ならいいんだけどな……てかどんだけ菓子食うんだよ」
俺が楓を見た時にはほとんどお菓子を食べていると思うんだが、なぜか女性として理想的な体型を維持し続けている。恐らく体質なのだろう。羨ましいやつめ。
「どうせハルの事だから今からゲームでもしようとしてたんでしょ?今日は私も一緒にしようかなって!」
「なんでバレてんだよ……まぁしょうがねぇから一緒にやるか。何やる?」
「私がしょうがないから一緒にしてあげるの!うーん......今日はマリカーしよ!」
そのまま流れで俺達は某国民的レースゲームをやることになった。プレイ中にコントローラーと一緒に体までレースしてしまう楓を見て、つい微笑みが漏れてしまった。なんだこのかわいらしい生き物。
「わああ!何で最後の最後に赤甲羅当ててくるの!?」
「1000匹の亀を股にかける甲羅マスターを舐めるなよ」
今の俺は浦島太郎よりも亀と心を通じ合わせているのだ。一般の小娘に負けるわけがなかろう。
その後も10種類のコースをプレイして俺が全勝。楓はゲームが大好きだがめちゃくちゃ弱いのだ。当然納得のいかない楓は再戦を申し出てくるが、俺は勝ち逃げすることにする。
「今日はもうおしまい。てかもうすぐテストだろ?お前この前のテストも散々だったし進級できないぞ」
「……テストなんていいの!大丈夫!もう一回だけだからぁ!」
「楓のもう一回はもう一回じゃないからダメ。勉強なら教えてやるから家から勉強道具もってこい」
「うぅぅ……ハルのケチ!」
そんな口を叩きながらも楓は素直に窓から勉強道具を取りに行く。入ってくる場所は全然素直じゃないけど。本人なりに進級できるか焦ってるのだろう。少しの間が空いた後、ガタンと窓を鳴らしてまた俺の部屋に飛び込んできた。楓はきっと玄関という言葉を知らないんだろうな。
「持ってきたよ!」
自慢げな顔をした楓が俺に差し出してきたノートは明日提出の課題だった。俺は本当に大丈夫なのかと楓の方を横目で見やると、当の本人は首をかしげている。本当に大丈夫なのかこいつ……
俺は深いため息をつきたくなる気持ちをぐっと我慢して、楓の課題を助けることにした。
「お前なぁ……あのまま俺とゲームしてたらいつこの課題やるつもりだったんだよ……」
「えへへ……楽しすぎてつい……」
気恥ずかしそうに頬をかく楓は、ゆっくりではあるが集中して問題を解いていく。この調子なら大丈夫かと俺も自分の勉強を進めていたが、ふと楓の方を向くと机に肘をついて何やら難しそうな顔をしている。少しの間ペンが動いてないのを見ると、行き詰っているのだろう。
「この問題が分からないのか?」
「うん……途中までは解けたはずなんだけど……」
長い前髪が邪魔で見にくかったので前髪をピンでとめてから楓の回答を見ると、もう7割近くまで解けていて後は最後の一押しをするだけだった。これだったら説明はすぐに終わるなと思い、俺は楓の隣に座り問題の解説を始めた。
「うん、もう後一歩のところまで来てるぞ。最後はこの前の授業で習ったこの考え方を応用して…………この式をこう変形すれば…………っておい、楓?」
俺がルーズリーフに解法を書きながら解説を進めていると、なぜか楓の反応が全くなくなったので楓の方をチラリと向くと、俺の目に耳たぶまで真っ赤に染めた楓の顔が映った。もしかして何かしてしまったのかと周囲に原因となるものを探すが、それらしきものは見つからない。
「は、ハル……そ、その、顔近い……」
「あっ……ご、ごめん」
よく見てみると俺が思っていたよりも近い30cm程の距離にお互いの顔があった。思わず楓に謝罪したが、そんなに顔を真っ赤にして怒るほど嫌だったのか……そんな反応されるとさすがのおじさんも傷ついちゃう。
「いやこのキャラはさすがに合わないな……」
「え……?」
「あ、いやいや何もない。そ、それは置いといて早く課題終わらせるぞ」
「あ、うん!えへへ……」
さっきまで頬を朱に染めて怒っていたであろう楓はなぜかニコニコしながら俺の解説を再び聞き始めた。てか、俺ってそんなに不細工な顔してるのかな……真面目に悩みそうになるな……
「だからここの答えはこうなるの?」
「そう、そういうことだ」
「やったー!終わったー!」
苦節1時間、ようやく課題を終わらせた楓はバフンという効果音と共に俺のベッドに飛び込んでいた。時計の短針はとっくの前に11を指し終えている。こんな所楓の両親に見つかったら間違えなく地獄を見ることになるな。そんなことを考えていると楓がベッドでゴロゴロしながら話し始めた。
「ハルは学校でもそんな風にしていればいいのに。もったいない」
……なんか既視感あるセリフだな。こいつら示し合わせて俺の事陥れようとしてんのか?そんなにモテないやつをいじめて楽しいのか。
「そんなことしたら俺の完璧なフェイスにみんな惚れちゃうじゃん?」
「はっ、そうか。じゃあやっぱりダメ!」
「いや、ツッコめよ」
幼馴染であるに楓だからこそ言える冗談。楓は本当に驚いたような顔をして手でバツを作っている。このままじゃ俺がただの変人になっちゃうじゃん。
「まぁこんな顔知ってるのは楓だけでいいだろ」
実際はだけではなくもう少しいるのだが。こんな中途半端な顔を見たがるのも楓ぐらいのものだろう。皮肉を込めた自嘲気味の笑みを楓に向けると、これまた爆発寸前の火山のように顔を真っ赤にしている。今日の楓は熱でもあるのか……?
「私だけ……ふふっ」
「なんでもいいけどお菓子まだ残ってるぞ」
「いただきますっ!」
おい。変わり身、おい。忍者もびっくりな変わり身の術が見えたわ。楓の胃の内容量どれだけなんだよ……もう太れ、それがいい。
「あー、美味しかった!……てゆーかハル先生教えるの上手い!また来るから勉強教えてよね」
「まぁ勉強ならいいぞ?いつにする?」
「うーん……明日と明後日は部活あるし……三日後は?」
「あー、すまん三日後はパスだ」
三日後は何があっても外せない先約があるからな……楓には申し訳ないけど断るしかない。
「えー、なんでー?」
「……」
……忘れてた。学校一の美少女のうちの一人とと喫茶店で二人でお茶します、なんて言えるはずがない。額に冷や汗がにじんでくる。俺が答えないのを見て楓の顔に近藤先生ばりの恐怖の笑顔が張り付けられていく。
「……なんで?」
「……」
「……あっ、こんなところにハルの黒歴史日記が……」
「すべて話させていただきます」
なんでその日記持ってんだよ。俺の厨二の記憶が全て詰まった……いや、もう何も思い出したくない。さっさと焼却処分しよう。そんなこんなで俺は結局楓に全てを話すことになってしまった。
「えええええぇ!月見さんとデート!?え、いや……なんで?」
「デートじゃねぇよ。何でかなんて俺が聞きたいわ」
「むぅ......じゃあ私ともデートしようよ!」
「そっちの方がなんでだよ」
興味津々な目でベッドから飛び降りて距離を詰めてくる。それにしても考えれば考えるほど騙されているようにしか思えなくなってくるな……
「ハルの事知ってる女子なんて私だけでいいんだけどね。最近水瀬さんとも仲良いみたいだし」
「楓、今結構恥ずかしい事言ってるって自覚ある?」
少し頬を膨らませて不服そうに睨んでくる楓は年相応のかわいさを持っていて、俺なんかにはもったいないほどのよくできた幼馴染だなと思った。少し潤んだその瞳からは一瞬、空を舞う彗星のような幻想を感じた。
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