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2.思わぬ出会い

本日2話目の投稿。

 その日の授業をすべて終えた俺は、透と大和に別れを告げて学校を後にする。学校から出た俺はそこから10分くらいの最寄り駅に足を運んだ。暖かい春風が頬を撫で、長い黒髪を揺らしていった。


 学校帰りの学生がまばらに乗り込んだ電車に腰を下ろし、緩やかな揺れに身を任せて2つ駅を乗り継ぐ。隣町の風景は二つ駅を乗り継いだだけなのになぜか変わって見えた。そしてそれからまた10分くらい歩いた先に、一つの建物が見える。海沿いに建っている木造の建物は俺が中学生だったころから通っていた喫茶店。長年営業しているのか、最近の店には見られないようなレトロな雰囲気が店を包んでいて、どこか落ち着きを感じさせる。


 ドアを開けるとカランカランとなる鈴の音が店員に来客を伝える。すると店の奥から中年の優しいオーラを持った男性が俺を迎えるため、姿を現す。


「おぉ、陽斗。いらっしゃい」

「こんにちはマスター。相変わらず客足は伸びてないですねぇ」


と、口の端を持ち上げながら笑い交じりに返すと、その男性は「余計なお世話だ」と鼻を鳴らしながら微笑む。この男性の名前は新田にった 真司しんじ。このカフェを奥さんの麻里まりさんと二人で経営している店主だ。俺は真司さんのことをマスターと呼んでいる。


「今日もいつものコーヒーでいいか?」


 偶然立ち寄ったこの店のコーヒーの味に惚れて以来、もう2,3年ほど通い続けているので俺が頼むものは把握されているのだろう。カウンター席に座った俺が頷いて返したのを見てマスターは店の裏にコーヒーを淹れに行った。BGMのクラシックを聴いている間にコーヒーが出されたので、マスクを外してコーヒーに口を付ける。


「学校でもマスク外してその鬱陶しい前髪切っちまえば少しはモテるんじゃないのか?」


 俺はこのカフェにいる時だけ、マスクを外してマスターと話している。学校では昼食は基本的に透と大和と屋上でとっているので、俺の素顔を知っている人は数少ないのだ。


「お世辞を言っても俺からは何も出ませんよ。俺なんかがそれくらいで変わるわけないですよ」

「昔の人間の俺から見ても陽斗は結構イケメンだと思うんだがなぁ……」


 陽斗は一緒にいるイケメンのせいもあってか、自分の顔を平均以下だと思っているが、実は顔を出せば透にも負け劣らないほどの美形なのだ。身長もそこそこあるし、少し丸みを帯びた薄い二重の目が優しさを感じさせる。曇りのない笑顔を見せるだけでそこそこの数の女子が陽斗に興味を持つだろう。


そのことは透や大和、マスターからよく言われているのだが、肝心の本人は全く気付いていないし、むしろ自己評価は最悪の一言。軽く流されたマスターは「うーん……やっぱり最近の若者とは感覚が違うのかな……」とつぶやきながら頬をかいている。そんな日常と化している会話を紡いでいると、珍しく来客を伝える鈴の音が再び鳴った。


「おっ、客か。いらっしゃい」

「よかったですね、マスター。世にも珍しい客です……よ……」


 マスターをからかおうと入口の方に目線を向けた俺はその来客を見て途中まで出た言葉を失った。


「こんにちは……」


なんと控えめな挨拶をして店内に入ってきた人は今日の話題の中心だった月見だったのだ。その歩き姿さえ美しい風貌につい数秒の間目を奪われてしまう。


「真司さん……コーヒーお願いします……」

「好春ちゃんか、コーヒーね。了解」


 俺が初めて聞いたかもしれない満月のような奇跡を感じさせる声は、その心を奪うには十分の破壊力だった。俺が座っている席からから二つ間を開けたカウンター席に腰を下ろした彼女は心なしか微笑んでいるように見えた。


 それからマスターがコーヒーを淹れに行ったので居心地が悪くなった俺は、ポケットからスマホとイヤホンを取り出して一つの音楽を聴き始めた。その音楽はネットで大反響を得ているいわば歌い手と言われる存在のカバー動画だ。中学の時に徹から紹介してもらって、一夜にしてドハマりしてしまった。


俺はしばらく集中して音楽に心を落ちつけていたが、あることに気付いて集中を切らす。隣の美少女からちらちらと視線を感じるのだ。気になって隣に視線を向けてみると、月見の視線は俺ではなく俺のスマホに向けられているようだ。すると自分の方を向いたことに気付いたであろう月見が声を発した。


「……暁君、歌い手……好きなの?」

「ん?……あぁ、結構好きだぞ。月見も好きなのか?」

「……すっごく好き」


 俺と話すのに慣れてないでろう月見が出した鈴を転がすような声につまりながらも何とか言葉を返す。同じ趣味を持つ同級生を見つけたのが嬉しかったのかニコニコしながら話を続ける月見に、俺も共通の話題を持っているため難なく返していく。マスターが月見の前にコーヒーを出した後も、俺と月見のゆっくりとした会話は途切れることは無かった。


「今の暁君……学校で見る暁君と全然印象違うね……?」

「そうか?俺としてはいつもと同じように話しているつもりなんだが……」

「……そうじゃない。見た目の話」


……そうだ、今気づいた。今の俺は素顔を晒している。素顔は気持ち悪いんだねとか思われてないか急に怖くなってきた。そんなことを考えた俺は思考の末に月見から目をそらしてしまう。


「……学校でもマスク、外した方がいい……」


 そのあとに続けるようにして月見がつぶやく。なんだか今日はよくお世辞を言われる日だな、なんて思った。俺は気を遣ってくれてありがとう、とだけ返しておいた。そうして話しているうちに熱かったコーヒーも人肌くらいの温度まで温くなっていた。


「月見もここのコーヒーが好きで通っているのか?」

「うん。どこのコーヒーよりここのコーヒーが美味しい」

「いやぁ、うれしい事言ってくれるねぇ」


 いつの間にか戻ってきていたマスターがにやけ顔で照れている。おっさんの照れ顔とか誰得だよ。その後マスターの提案で月見と連絡先を交換することになった。マスターありがとう、おっさんだなんて言ってごめんね!


 その後もいつも通り店内には人気が少なかったが、今日に限ってはその人の少なさが少し心地よかった。


「男子と話すことは少ないけど……暁君と話すのは楽しい。またここで一緒にコーヒー……飲んでくれる?」

「お、おう。もちろんだ。俺も楽しかったぞ」


 あんたって子は……なんていい子なんだい!これからこのカフェに来るのが楽しみになったぜ。もちろん恋人になれるなんて勘違いはしていない。あくまで友達に近い存在になっただけで自分の立場はわきまえているつもりだ。


「まぁ分かっているとは思うが学校では俺から話しかけないようにするぞ」

「…………なんで?」

「いやだって……俺なんかと友達と思われるのは嫌だろ?」

「……いやじゃないよ?」


月見が嫌じゃなくても俺がダメなんだよなぁ……水瀬との仲もいろいろと言われている中で月見とまで話していることがばれたらきっと俺は五体満足ではいられないだろう。だが月見の混じりっ気のないまっすぐな瞳に射止められれば、俺はそれ以上何も言うことができなかった。


「暁君って、想像より話しやすい人……」


 そんな風に控えめな笑顔を向けられてしまっては、月見の方を直視できなくなってしまう。俺はテレを隠したかったのか、背中を向けて否定することしかできない。三大美女との初めてのひと時は思いのほか悪いものではなかった。


 それから月見と別れて、カフェからすぐ近くの自宅に帰る。心なしかいつもより帰り道の時間が短く感じられた。女子の友達と言える友達になりそうな人は月見が初めてかもしれないと思ったからだ。





「……ただいま」


 自宅にはいる時に癖になっている挨拶をつぶやきながらドアを開けるが、その声も虚しく部屋にこだまする。返事が返ってくることは無いのだ。俺の母親は俺が小さなころに病気で亡くなってしまったし、父親なんてものは生まれてこの方顔も見たことは無かった。すっかり広く感じられる2階建ての家で、一人腰を下ろす。


 さっきまでの楽しい時間と反して、一人の単調な時間が刻々と過ぎていく。風呂に入って、夕食を食べて、その日の課題を終わらせて。誰との関わりもない、置き去りにされたような感覚に襲われる。


 不意に、胸がズキリと痛む。何に傷つけられているのかは全く分からない。意識の外から切りつけられたような、そんな感覚。


 しかしその感覚が消え去ることになるのは、時計の短針が2度目の9を打つ頃の事だった。スマホからメッセージアプリ特有の電子音が鳴る。ディスプレイを確認してみると、「このは」の文字が表示されている。月見が早速連絡をくれたのだろう。


「こんばんは、暁君。今日は楽しかったです!ありがとうございます」


 同級生の女子から連絡をもらうなんて生まれて初めての経験で、さらにその相手が絶世の美少女と来た。テンションが上がらないのも男としてどうかしているだろう。俺は「こちらこそありがとう。また今度があるかわからないけど、楽しみにしておく」と無難な返しをしておいた。それにしても、メッセージアプリ上では敬語なんだな。


「また今度の機会ですが、3日後にまたカフェに来ていただけませんか?」


 帰ってきた返事を目にして俺は固まった。月見の方からお誘いが来るなんて思ってもなかったのだ。俺みたいな陰キャを誘うなんて一体何の狙いがあるんだ……?透と仲良くなりたいから俺を仲介役にしようとしてるのか……?


「ええっと、透と一緒に行けばいいのか?」

「? 入谷君ですか?」

「違うのか?」


 狙いが透じゃないんだったら何が狙いなんだ……まさか大和だなんてことは無いだろうしな。


「あぁ、そういうことですか…… 私が来てほしいのは暁君です!」


 俺に来てほしい……?更にどういうことか分からん。やっぱり月見も男子の友達が少ないから大事にしようってことなのか?だったら俺じゃなくてももっと相応しい人がいると思うんだがな……なんだか怖くなってきたぞ。


「まぁそういうことなら……3日後でいいんだな」

「はい!ありがとうございます!」


 そのメッセージの後にはパンダが頭を下げているかわいらしいスタンプが送られてきた。10分程の短いやり取りだったが、それ以前に感じていた孤独感のようなものは綺麗に消え去っていた。まぁその代わりに大きな疑問が残ったけど。


 そうしてアイス棒が当たった時のような小さな満足感に浸りながら、日課であるゲームを始めようとプラグを接続していると、俺は確かに家の2階にいるはずなのに、部屋の窓を叩く音が聞こえた。










 

読んでいただきありがとうございます。少しでも面白い、続きが読みたいと感じたら、ブックマークや評価の方お願いします!

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