12.最後の一人
しん、とした空気がこの場を支配してどれくらい経ったのか、透と大和が早くなんとかしろよと顔を動かさずに机の下でちょっかいを掛け合っていた。そして月見がつい重い口を開いた。
「......何で置いてったの」
「え......?」
「おひるごはん.......案の定絡まれてる」
当人はちょっとだけ怒りを滲ませた表情でため息を吐いている。おかしいなー、少し前まではこんな子だなんて思ってなかったんだけどなー(震え声)
「ちょっと人目に疲れちゃってな.......」
「そういう事なら.......むぅ......」
難しい顔をして唸る月見。ここ数週間だけで今までは絶対見ることのなかった色々な表情を見せてくれている。美少女の喜怒哀楽ってそれだけで芸術だったりするんだな。そんな風にしみじみと思っていると、月見の影からひょっこりもう1人、ぷんすかと怒っている影が現れた。
「ちょっと、私もいるんだからね!?」
「あ、水瀬。いたのかよ空気かと思ったわ」
「暁君に襲われたって触れ回るよ?」
「ようし!何が望みだ?なんでも好きなものを買ってやろうじゃないか!」
学園の3大美女にだけ許される切り札。効果は生徒1人の信用を地球の裏側くらいまで失墜させることができる。そして退学を余儀なくされる。
「じゃあ、今からおひるいっしょしてくれたら、不問!」
「なんで俺らが許される側みたいになってんだ......それくらいならいいけども」
「陽斗もそれくらいの基準がおかしくなってるね」
「お昼一緒に食べるだけでもファンからしたら垂涎物って事に気づいてないぞこいつ」
ふんっ!と言わんばかりに無い胸を張ろうとしている......なんて考えようとした瞬間に隣からこの世のものとは思えない殺気が飛んできた。何とは言わないけどひゅんってなった。何とは言わないけど。
「陽斗、きっと月見さんにわたしの、って言われてた事忘れてるんだろうな」
「結構な爆弾発言だったよな......」
「それが暁クオリティだな」
「だね」
そんなこんなで昼食を食べ終わり皆で教室のドアをくぐると、本日何度目かもわからない目線を頂く。もはや気分すら悪くなって来た気がした。ただその目線は、今までのものとは理由が違った事を幼馴染の怒号と共に知る事になる。
「あー!ちょっとハル、ずるい!私も月見さんとか水瀬さんとお昼ごはん食べたかったー!」
「俺が呼びつけて一緒に食べた訳じゃない」
「それでもなの!ずーるーいー!」
「んなめちゃくちゃな......」
男子諸君がそうだそうだと言わんばかりにこちらを見ている。飛び込んで来る楓の頭を優しく押さえながら言い訳(?)をすると、ぴょんぴょんと跳ねながらむくれている。我が幼馴染ながらなんてキュートなんだ......
「本当に桜庭さんは陽斗の事が好きなんだね」
「はぇっ!?べ、別にそんなんじゃないよ!?」
よくある透のいきなり爆弾投下のコーナー。ほら楓......めっちゃ慌ててそんな事言うから本当は主人公の事大好きなヒロインみたいになってるじゃねぇか。別に目線のきついかっこいい系の女の人がタイプなM男じゃないからこれ以上男子の闘志に火を注がないでくれ......
あくまでも幼馴染だからありえない、という意思表示をするために援護射撃を入れることにする。そうでもしないと殺されかねんからな。
「そうだぞ透、何言ってんだお前。楓と俺がとか色々とありえないだろ」
「......」
「おい、痛てぇ、何だ楓!?」
不意に脇腹に鈍い痛みが走る。楓が不服そうな顔をしてつねっていたのだ。「別にー?」とか言いながら少しも力を弱めてくれなかったので少し赤く腫れてしまったないか。......うん。全部大和のせいだな。
「俺は関係ねえだろ!」
「なんだお前エスパータイプか」
俺はミュウ〇ー。
その日の放課後。くたくたに疲れ切っていた俺はチャイムと同時に爆速で帰ろうと目論んでいた。しかし、それをさせまいとスピーカーから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「2年の暁、2年の暁。至急、生徒会室まで来るように。繰り返します。2年の暁、生徒会室まで来るように」
げっ。今日に限ってあの人に呼ばれるなんて災難だなぁ.......
「おいマジかよ陽斗。生徒会室に呼ばれるとかお前何したんだ?」
「きっときっついお仕置きが待ってるんじゃないのー?」
二人揃って軽快かつ滑稽なステップを踏みながら不気味に近寄ってくる大和と水瀬。あまりにもイラッときたので大和の頭を手に持っていたファイルではたき、水瀬の頬をつねっておいた。赤くなっているところを抑えてうがー、と言わんばかりに怒っている水瀬に数人の男子がノックダウンしていた。ご愁傷様。
「特段何かやらかしたって感じは無いんだけどな。まぁとりあえず行ってくるから、先帰ってて」
「ほーい、りょかい」
「また明日ね、陽斗」
友達2人に別れを告げて、足早に生徒会室に向かった。あまり......というか全然気が進まないが。でもきっと生徒会室って事はあの人が呼んでるんだろうな。行かなきゃ死が待ってるか。
「失礼しまーす」
少し古い横開きの扉がぎしりと音を立てて開く。中は少しだけ薄暗く、1人の女子が椅子に座り黙々と書類に何かを書き記し続けていた。邪魔したら悪いかなと思い、それから10分、15分と部屋の端に置いてある椅子に腰掛けその人の方を見続けていた。そして仕事のキリがついたのか、ペンを机に置きようやく俺に気づいたかのように言葉を発する。
「あぁ、もう来てたのか。声をかけてくれたらよかったのに」
「邪魔したら悪いかな、と」
「そんなことを気にするような間柄でもないだろう?」
俺を呼び出したこのニヒルな笑いを浮かべている人物はこの学校の生徒会長かつ、三大美女のうちの最後の一人。月城 凛さんだ。月見とは正反対の魅力で美人、クールといった綺麗系の印象を与える。そして何よりッ!そこそこ大きいッ!すまん月見!
生徒会長を任されているだけあってそれだけの器量も持ち合わせ、生徒や先生方からはまさに完璧超人、とまで呼ばれている。
ただし。俺が知っている凛さんは全くそんなことは無い。
この人も「昔の僕」を知っている人の内の一人で、ことある事に俺を甘やかそうとしてきていた。そしてその度に何かボロを出すのだ。頼れるお姉さんみたいな感じに思って欲しい!と本人は言っていたが、普段の行動がそれを出来なくさせているのに気づいていないのだろう。
俺の仕事をやってあげようとしてミスが発覚し、仕事量が倍になった事もあるし、ピーマンが食べられなくて泣きながら食べて、と頼んできたこともあった。しかもなんと中学1年の時だ。今では頼れるお姉さん、と言うよりは可愛い妹みたいなイメージを持ってしまっている。皆の前ではちゃんと頼れるお姉さんしてるんだけどなぁ。
「髪、切ったんだな?」
「まぁ、うん。色々あってさ」
「これで私とも気軽に絡んでこれるな?というか来い。私は寂しいんだ」
「そんなことできる訳ないだろ。凛さんは全校の憧れと言っても間違いではないんだぞ。俺以外」
久しぶりに会った昔馴染みのようの空気感で話すと、凛さんのこめかみに青筋が浮かんでいる。笑顔だけど笑顔じゃない。
「だから......私の事は凛姉ちゃんと呼べって言ってるだろっ!今の私は優しくないぞ!?月見や水瀬と仲良くいちゃいちゃして......羨ましい!」
「無理だわ!誰が凛姉ちゃんなんて呼ぶか!大体凛さんはお姉さんって感じしないだろ!そんでいちゃいちゃなんて一切してない!いやできない!」
「何だと!?この私がこんなにかわいがって育ててあげたというのに......!」
「それは否定しないけど!」
凛さんの胸元に引き寄せられて頭をグリグリとされる。優しくないという言葉通りめちゃくちゃ痛かった。んでもって柔らけぇ。痛みの中に小さな幸せ。
「私も陽斗と一緒にいたい......甘やかしたい!お姉ちゃんと呼んで欲しい!それと書類仕事手伝ってくれ!」
「姉ちゃんって呼ばれたいなら仕事くらいちゃんとしろ!」
俺はそう言って席について適当に仕事をこなす。もちろん割合は俺が7割、凛さんが3割だ。
凛さんはかなり仕事が遅い。いわゆる努力型の人間で、弛まぬ努力の末に今の姿がある。そんな所に俺は支えられてるし俺も彼女を支えて行く気になる。口ではああ言っていても実際の所俺は凛さんのことをかなり尊敬しているし信頼している。口が裂けても本人には言わないけど。
「んで、実際の所月見と水瀬と......桜庭だったか。どれが本命なんだ?」
「黙って仕事しろ」
「むぅ......お姉ちゃんに話してみろよ」
......嘘。ちょっと尊敬薄れたわ。それにそんな事言ったらあいつら3人に失礼だしな。そしてひたすら凛さんと話しつつペンを走らせ続けて1時間弱が経った。
斜めに差し込む夕日から彼女を隠すように立ち、まとめ上がった書類の束を手渡す。
「はい、こんだけ終わったぞ」
「相変わらず早いな......よくスラスラと書いていけるものだ。ほら、そこに置いてあるお菓子食べていいぞ」
「もう食ってる」
「おい」
そこに食べてと訴えるお菓子がいたもんだから......人助け、いや菓子助けをしたって事よ。そして書類と難しい顔をしてにらめっこをしている凛さんを少し手助けして、全ての仕事を終わらせた。
辺りは暗くなってきている、程ではないがもう昼時とは言えないような時間帯になっていた。俺はいそいそと鞄を持って帰ろうとする。
「どんな気持ちの変化があったのかは知らないが、私は陽斗から離れる事は無いし、味方でいるから。いつでも頼りにしろよ?」
「それなら俺にとって頼れるような人になってくれな」
そんな言葉とは裏腹に自然な笑みがつい零れる。嬉しく思っていることに凛さんも気づいているのだろう。それ以上突っ込んでは来なかった。
生徒会室を出ようとすると、凛さんは俺の頭に手を置いて、優しく送ってくれる。
「ありがとな、陽斗。また生徒会室にお昼ご飯とか食べに来てもいいんだぞ」
「嫌だよ。それにずっとここにいるって訳でもないだろ」
「なら私がそっちの教室まで行ってやろう」
絶対やめてくれ、と嫌な顔をして言いながら頭に乗せられた掌を払うと、生徒会室を後にする。旧知の仲である友達と会った時のような、どこか清々しい気持ちになれた。今日1日、ひどい疲れに襲われたが不思議と悪い気持ちにはならなかった。
ちなみに凛さんの家は俺の家から徒歩5分くらいだ。絶対行かないけど。
3大美女兼ヒロインがようやく集合です。
読んでいただき、ありがとうございます。