11.仮面ライダーハルト
お久しぶりです。私用でかなり間が開きました。
あれから俺は終業のチャイムを聞いた事で急激に頭が冷え、正気に戻った。でもやけに頭の中はスッキリしていた。月見と目を合わせると言葉は要らないとばかりに優しく微笑んでくれる。聖母のような笑みに心が刈り取られそうになったが、何とか踏みとどまった俺を誰か褒めてほしい。
「それじゃあまぁ......帰るか」
急に気恥ずかしさが全身に襲いかかる。それを誤魔化すために頬を掻きながら歩き出し、そのまま俺達は学校を出た。気まずいに近いかもしれないが、悪くはない雰囲気に包まれていた。
そんな空気を察してか、そうではないのかもよく分からなかったが、二人共ただの一言も話さなかった。たまにちらりとこっちを向いてにこりと微笑む月見は、お母さんがいたらこんな感じなのかな、と自嘲気味に思えるほど暖かかった。
家に帰って玄関の扉を閉めると、靴を脱ぐ事もなく立ち塞いで思考に沈んだ。今までは、家で1人考え込むのは好きではなかった。悪い思い出が頭にフラッシュバックするから。
「俺も、変わらなきゃな」
でも、いつまでもこのままじゃダメなんだと何となくそう感じた。1歩踏み出してみようと、そう決めた。こんな所にも自分の変化を感じずには居られなかった。
「本当にいいんですか?」
「はい。バッサリ、行っちゃって下さい」
自分から逃げるために自ら閉じ込めた視界もクリアにする。あぁ、世界ってこんなに眩しかったっけなぁ。瞳に差し込む鋭い光にそう感じた。床を黒く染めた髪の量に驚きながら、鏡に映る自分の顔に挨拶する。
「......久しぶりだな」
自分なんだけど、自分じゃないようなそんな感覚。数年ぶりに見た顔は、少し大人びていた。今までも何度も自分の姿を見ることはあったが、本当の意味で見ようとはしていなかったのだろう。
「お兄さん、めちゃくちゃイケメンじゃないですか......」
「ははっ、ありがとうございます」
ありがちな美容師さんのお世辞を聞き流し、お礼を伝える。身の丈にあっていないイメチェンをしたからか、周りの視線が痛いな。
代金を支払い店を出ると、太陽がキラキラと足元を照らし、眩しさから思わず右手で目元を隠してしまう。広々とした視界に、いつもの帰り道が特別なように思えた。
そして明くる日の朝。カーテンの隙間から差し込む一筋の朝日が自然と俺の目を覚まさせた。髪を切っただけなのに目覚めの良さが雲泥の差だ。
朝食を済ませた後、適当に髪型を水で濡らして整えただけの簡易的なスタイルで家を出る。これこそがギリギリまで夜更かしをし、ギリギリまで夢の世界を満喫するコツなのだ。どこまでも見た目に無頓着だからなぁ、俺。
そうして変わり映えしない通学路を歩き続けると、一際大きい風が吹き制服を膨らませたため、少し目を細めて体に力を入れる。風が止み前に目をやると、何かが道路に落ちている。あれは......生徒手帳だろうか。少しかがんで手に取り、恐らくそれを落としたであろう2人組の女子校生に声をかける。
「あの......落としましたよ」
「あぁ、ありがとうございま......す!?」
「はわぁっ!?」
女の子達はまず俺の手にある生徒手帳に目をやり、それから目線を上げた途端、顔を真っ赤にして逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
「えっ、ちょっ!?」
(逃げる程気持ち悪いのか俺......涙出そうだわ。育毛剤のプールに頭から突っ込んで髪生やそうかな)
生徒手帳を渡すために差し出した右手は彼女達に置き去りにされたまま宙ぶらりだった。
自分で傷心を癒しながらしばらく歩くと、学校が見え始めた。もう何度も登校しているはずなのに、いつもと違った格好で入る学校はまるで4度目の入学式を迎えるかのようにも感じた。
「誰あれ......俳優さんかな?」
「超かっこいいんだけど作り物!?」
「やばいやばいぃ!」
校門をくぐり抜けるとやけにざわついている。皆が何の事を話しているのかはつい分からなかったが、自分には関係ないだろうとそそくさと室内に入った。
(それにしても、俺めっちゃ目線集めてないか?陰キャのイメチェン(笑)キモすぎってか?)
廊下を歩いている時も朝の女子校生の事もあって必要以上にビクビクしていた。そして自分のクラスの教室の近くまで来た時、不意に話しかけられる。
「あ、あの!転校生ですか!?」
「......委員長?何言ってるんだ?新手のいじめかよ」
「え......なんで私の事知って......」
少し頬を染めて話しかけてきたのはクラスメイトの望月さんだ。ちなみに委員長なんて役職はこの学校に存在しないが、クラスのまとめ役的な、委員長的なポジションなので皆から委員長と呼ばれている。
「むしろなんでいつも一緒のクラスにいて知らないと思ったんだよ。ほら、教室入るぞ」
ふいと委員長から目線を逸らし扉を開ける。騒々しかった学校の中が、この教室の中だけ静寂に包まれる。なんだこの息ぴったりぶりは。団結しすぎだろ。
「......え、誰?」
そんな静けさを破ったのはおバカ担当大和だ。本当にきょとんとしたような顔で俺の方を見てる。
「お前まで何バカな事言ってんだ。流石にいつも一緒にいる友達の顔忘れる程バカだとは思って無かったぞ」
口を開けたまま目線だけ動かし俺を追うクラスメイトを尻目に、とりあえず荷物を自分の座席に置く。登校するだけでこんなに精神的に疲れたのは初めてだ。席について一息ついたそのとき、爆発のような轟音が響いた。
「はぁっ!?あれ暁!?マジイケメンじゃねぇか!」
「はぁ.....もうダメ......尊い」
「俳優だとか言うレベルじゃねぇぞ!」
「......はっ!おにぎり落とした!」
あまりのうるささについ耳を塞いだが、何故かクラス総出で俺の事を褒めてるらしい。髪を切る事さえも身の程に合わないと判断されて遠回しに皮肉を言われてるのか!?なんて怖い場所なんだ学校......!んでもって最後のやつ!拾い食いすんなおい!
「あ、暁君、だよね?すっごい格好良くなっててびっくりしちゃった!」
「ホントホント!なんで今まであんなだったのか不思議って感じ!」
「いや失礼でしょそれ」
「......まぁ間違ってないからいいんだけどな」
怒涛の勢いで絡んでくるクラスカーストで言えば中の上くらいの2人組。良くも悪くも裏表のない性格で、前の俺にも普通に接してくれていた数少ない女子だろう。名前は......川添と雪村だったかな。
「なんだかっこいいとかイケメンとか......皮肉なのか?そうなのか?」
「いやいやいや!暁君良い意味で鏡見たことある?」
「良い意味で」
良い意味でって付ければ何でも褒められてるように感じちゃう七不思議のうちの一つ。2人は両手で口を押さえながら集団の中へ消えていった。
「おはよう、陽斗。......久しぶりだね?」
「おはよう......」
最後に控えめな笑顔で迎えてくれたのは我が校が誇る美男美女、透と月見だった。こんな時でも変わらず出迎えてくれる2人が今はなんとも心地良かった。いいなぁ。俺もあんな感じで月見とお似合いな男になりたいな。軽く嫉妬まで覚えるわ。......すまん透。
「おはよう二人共。久しぶりって言うか......お待たせ?」
「ふふっ、そうかもね」
「もう......折れないで」
なんだろう......俺達が話してる周りの半径2メートル以内に誰も入ってこないんだが......おい女子諸君そんなに俺を見るな!場違いだみたいなかわいそうな目で俺を見るな!
......それと、こんな空気の所めっちゃ申し訳ないんだがどうしても気になるから一つだけ聞かせてくれ。
「ところでなんだが、今日俺めちゃくちゃ視線集めてる自覚はあるんだけど、そんなに素の俺って見苦しい?」
メドゥーサに出会ったかのようにクラス全体が固まる。皆が仲が良い人同士で目を見合わせ、また俺の方を見る。そんな微妙に気まずい一瞬を経て、透と月見が口を開く。
「何と言うか......1度死んだ方がいいんじゃない?」
「以下同文......」
2人しか口に出さなかったが、全員が仕方の無い子供を見るような目で俺を見ていた。クラスの結束が固まるってこう言う事なんだなと思いました。まる。
午前中落ち着かない視線を浴び続けてようやく時は昼休みに。たまらず透と大和を連れて学食へ飛び出した。本当は購買でパンでも買って食べようと思ってたのだが、今人混みに入るのはキツいものがあったので学食へ行く事にした。
「おばちゃん、これお願いします」
この学校の学食のシステムは券売機で好きな物の券を買ってそれを係の人に渡す感じ。3人分の食券をまとめてお願いする。
俺達は基本弁当を持ってきていないので学食には結構な頻度でお世話になっている。だから親しみを込めた意味でいつからか用務員さんを「学食のおばちゃん」と呼ぶようになった。明るくてはつらつとしていて、とてもいい人だ。
「やだやだ、この学校にこんなイケメンいたの!?おばちゃん唐揚げ人数分、サービスしてあげる!」
お盆の上に小皿に乗った揚げたての唐揚げが3つ、追加で乗せられる。3人とも唐揚げなんて頼んでいないんだが......まぁおばちゃんだしな、って事でありがたくもらっておいた。
「透様に感謝だなぁ」
「それだけじゃないと思うけどな......」
「むしろそれ以外の方が強いよ......」
そこそこの広さを誇る食堂の1席に腰を下ろすと様々な種類の食べ物の匂いが嗅覚をくすぐる。不思議とこういう匂いって苦じゃないよな。
「あっ!噂の子ってあの子じゃないの?」
そう言って駆けてきた人は、雰囲気や態度的に先輩だろう。慣れない絡まれ方にたじたじとする俺を意にも介さず距離を詰めてくる。
「ほぇ〜......本当に綺麗だね」
「その綺麗さ半分分けてよ!」
「めっちゃまつ毛長い......」
最早美術品を観賞するかのような目線で俺の事を見ている。もう見られ続けて今日は疲れたんだけどな.......しばらく俺の前できゃいきゃいと騒ぐ先輩達を透と大和は何やら和んでいた。なんだあいつら。
「ね、ねぇ!連絡先とか.......」
先輩がそう言いかけた時だった。俺の座っている席の隣の机が重く鈍い音がしたのだ。恐る恐る音のした方を向いてみると、いつの間に来たのか恐ろしく暗い目をした月見が水筒を叩きつけていた。
「お、おい、月見......」
「私の......なので......」
口調は一応先輩に向けてのものになってるが、目線と圧がもの凄い。漫画家の方がハイライト入れ忘れたみたいな瞳してんぞ。先輩なのに後輩みたいに縮こまって去っていったぞ。オラワクワクすっぞ。
去り際に先輩方が彼女持ちかぁ、的な事言ってたけど全然違うからね!?変な勘違いするなよ!?
そんな月見は俺の横に腰を落ちつける。しばらくの間、場を静寂が支配していた。
読んでいただきありがとうございます。