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走-④
「……なに、この、部屋」
薄闇のなか、鈴花は部屋の奥へと足を踏み入れる。明度の差に目が追いつかず、鈴花は足元に転がった何かに気が付かないまま、その場で派手に転んでしまう。
「痛!」
ぶわ、と埃が舞う。
「あっ、あなた!」
鈴花の足下には、黒いベールの女が縮こまって座っていた。女は鈴花をちらりと見ると、特に悪びれもせずにベールから覗かせた瞳をぱちぱちとさせる。
女は長い睫毛をしていた。薄闇の中、その奥にひろがる瞳の宇宙はトパーズを粉々にしたような黄金色をしていて、鈴花は思わず女の顔に見惚れてしまう。
「え、えーと、あの」
「……」
「と、時計を返していただけませんか」
女は何も答えない。
その代わり、薄闇の奥からギイ、という古い扉の開くような音がした。