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葬-③
「……誰?」
突然現れたその女に対し、鈴花は眉をひそめた。
黒いベールを頭から足の爪先まですっぽりと被り、目元だけをのぞかせた女が、ベールの隙間から飛び出した手に腕時計を握っている。
真夏の気温におよそ似つかわしくないその姿に面食らうも、鈴花はすぐに血相を変えた。
「返して」
「……」
「返してったら!」
鈴花が掴みかかろうとすると、ベールの女はひらりと身をかわし、一目散に駆け出した。
黒い布がふわりとひるがえり、大きなゆらめく影のように鈴花の視界を覆う。女は逃げ出した様子だった。鈴花もすぐに後を追う。
「待ちなさいって!」
糸杉の並木を縫うように、ベールの女は走ってゆく。足が早く、鈴花が必死に後を追うも距離はなかなか縮まらない。
やがてベールの女は薄暗い路地へと身を滑り込ませる。鈴花は女を見失わないよう、走り慣れない足を必死に動かしながら「待て」と繰り返した。