拝啓、お母さん。僕、自分の守護霊になりました。
倉庫で埃被っていたので投稿
「わあ、やっぱりコレを喰いたくはないなぁ…。」
人はいざ目前に置かれると、やはり尻込みしてしまう生き物らしい。僕は波打つ黄金の血が通う黒き心臓を持ち上げ、口にあてがう。
「うえ........、喰うんだ........!コレしか、みんなが助かる方法が、ないんだッッ!!」
泣きそうになる情けない自分を叱責し、『荒神』の心臓に歯を沈める。これは、禁術の類い、許されざる狂気の業である。『荒神』とはすなわち、人の業により昇華された『生きた呪い』。
つまり、これを食することで僕は呪いを抱えた爆弾になることができる。発動条件は、僕の死。神の呪いを身に宿すことで、僕は死ぬ際、権能に匹敵する力を駆使できる。
だからこそ、僕は悍ましき感触を耐える。さあ、笑うんだ、グラス・ラビット。これしきの苦しみ、家族の喪失と比べれば何でもないッ!耐えろッ!
床に崩れ落ち、この世のありとあらゆる激痛に藻掻き苦しむ。絶叫しそうになる口に右手を突っ込み、強く噛み締める。余りの強さに手の骨が砕けるけど、構うものか!
みんなを、守るんだ!最弱の僕にできる最善は、きっと、コレしかないから。
何時しか痛みが治まり、僕はふらつく脚に鞭を打って立ち上がる。日光が眩しい。個人テントに立てかけてある手鏡を取って、僕は自分の酷い顔に苦笑した。
僕の顔立ち自体は評判の美少年らしく、白と黒のシマシマな髪をまとめたポニーテールがチャーミングらしい。だが、今日はどうにも死人の顔以外に見えない。
僕は二ッと口元を吊り上げ、普段の悪戯っぽい顔を演出する。そう、これでいいんだ。心配させてはいけないからね。黒の皮手袋を付け、治療した傷口を万が一にも悟らせぬよう、用心することも忘れない。
みんな感がイイからね。出し抜く僕の身にもなってくれよ。何をするにも一苦労さ。そう自分を茶化す。大丈夫、今日もいつも通り。みんな大好き、陽気なグラス・ラビットさ!
テントを出れば、もうみんなは朝食の準備を終えていた。これも計画通り。さあ、始めよう。
「えへへ、みんなゴメン。ちょっと緊張して眠れなくて、そのまま寝過ごしちゃったみたいなんだ。」
クリスさんは太陽のような金眼を優しく細めると、ニッコリと温かく微笑んだ。真紅が混じる金の髪に、聖なる金の鎧、そして聖剣。まさしく、救世主そのもの。僕の憧れの一人だ。
「いいよ、気にしないで。ハイ、どうぞ。僕らの小さき勇者に沢山食べてもらわないとね。」
予想通り、最初のお椀をクリスさんは僕に手渡す。僕は、ありがたく彼よりお椀を受け取る。渡す場所は、決まって鍋の真上。そう、何も不審なことはない。
だからこそ、コレに誰も気づけないのだ。透明で無味無臭な睡眠毒が、僕の袖から噴射された事に。
この中で、僕は間違いなく最弱だ。だけど、最弱だからこそ出来る搦め手がある。僕が用心に用心を重ね、細心の注意を込めて創った、搦め手の集大成。
ヴォイド・カメレオンのスローさんを袖の内に召喚し、『ヒュプノスの涙』を口から噴射してもらったのだ。ヴォイド・カメレオンとは、空間の狭間に住む透明なトカゲである。
彼らは毒が効かず、存在感自体が無い。故に、決して見つかることもない。彼らは空間の狭間に潜むため、事象を捉える『千里眼』をすら欺けるんだ。
まあ、弱点は彼ら自身の動きが非常にのっそりとしていて、戦闘力が皆無な事だけどね。特技と言えば、口内にふくんだモノを誰にも気づかれないように短距離噴射することのみ。
だからこそ、僕は成功した。うん、『ヒュプノスの涙』は龍をも眠らせる秘薬だけど、背に腹は代えられないからね。残念だけど、仕方ない。どうせ、僕にとってはもう必要のないモノだ。
「ガラス、ゆっくり食べなさい。スチューは逃げませんよ。」
ヴィクトリアさんは美味しそうにスチューを平らげる僕は見つめ、上品に笑った。黒きドレス状の鎧に身を包み、銀の流れる髪を束ねた巫女様。彼女の瞳は月の輝きを秘め、僕はその輝きに救いを幾度も与えられ、導かれた。
僕はすっかり定着してしまった不名誉なあだ名に憤るかのように、プンプンと怒りながら反論する。
「ガラスじゃないですッ、グラスですッ!もぐもぐ。」
スプーンを動かす手を止めぬ事も忘れない。そう、いつものように。
僕の反論を、ギルさんは豪快に笑い返す。
「クハハハハ!!小僧も言うようになったじゃねえか!いいぜ、繊細な腕でこの俺と勝負でもすっか?景気づけになァ!!」
真紅の軽い鎧に蒼き外套を雑に被せた、筋肉隆々の武術狂い。そんな彼だが、快活な笑い声と蒼き瞳、燃えるような赤の髪は不思議と人を引き寄せる。
まるで大空のような彼に、崖から蹴落とされー、もとい、背中を突き飛ばされた事は数知れず。剣術は主にクリスさんより教わったけど、その他の武術全般はギルさんだ。鬼だった。
「やめなさい、労力の無駄でしょ。ただでさえ面倒な仕事が待ち受けているというのに。よしなさいな。」
窘めるような、凛と透き通った声が響く。何処か気品のあるローブを重ね着し、魔術書をめくる手を止めないエキゾチックな美女。艶やかな黒髪を顔の横に垂らし、その黒目は全てを見抜く程に深い。
割と召喚術の応用法とかでお世話になったため、最も頭の上がらない人かもしれない。
『絶対にみんなで生きて帰る』。そんな誓いを立てた、僕の大好きな、かけがえのない家族。なんとしてでも守りたい、大切な人達。
........と、感慨にふけっている場合じゃないね。うんうん、そろそろ効く頃合いかな。
バタバタ、とみんなが次々と倒れる。倒れる時にみんなが浮かべたのは、驚愕、理解、そして『恐怖』。僕が何をするつもりかを理解したからこそ、生ずる恐怖だ。
「い...く、な。いっちゃ........ダメ、だ。ひ、と、り、じゃ........!!」
最後までクリスさんは懸命に口を動かし、僕に届かぬ想いを叩きつける。
嗚呼、僕は今、ちゃんと笑えているのだろうか。きっと、不細工な笑みだろうなあ。はは、みんなの顔が滲んで、ハッキリと見れないや。
「みんな、またね。」
灰色の外套を被り、僕はみんなへと背を向け、歩みだす。
みんなは、知らないんだ。大いなる神が、どれ程バケモノじみた存在かということを。いや、おそらく。生けるモノと心を通わせる僕じゃなきゃ、理解すらできないだろう。
すぐそこに見える、時空間の断裂へと歩み寄る。
この先に続くは絶望。この先を満たすは狂気。最強の存在たる彼らだからこそ、倒せぬモノがある。
これは心と生命、意志と想いの戦いであり、狂想曲でもある。
これより先へと進めば、決して後戻りは出来ぬ。でも、でも。それでも!
「この選択は、間違ってなどいない!」
今の僕は、この言葉を誇りに思えるのだ。一歩先へ。
刹那、視界は虚無に包まれた。
上も下も分からぬ。ただ、やるべきことは分かる。
深淵を覗けば、すなわち深淵も己を覗き返す。故に、人は『理解』する行為を『狂気』と呼ぶのかもしれない。
無数の眼が僕を見つめる。恐ろしく、悍ましい。一刻の間にも正気は削られ、『僕』が喰われていく。
いいだろう。はなっから武力では勝てぬと理解している。そんなに『人』を欲しがるのならばー
ブスッと右手のダガーで胸を刺す。人の呪いが、呪詛が溢れかえる。それらは澱み、固まり、万象織りなす想いと化す。
ーそら、存分に喰らうがいいッ!!これが、グラス・ラビットのー
『ヨイ。オモシロイ。ヨコセ。ウマイ。ヨイ。』
ー僕の生き様だァッッ!!!
『イイ。オマエ。モット。ミセロ。マダ。マダ。マダマダマダマダマダマダマダマダマダマダマダマダマダ』
『 タ リ ヌ 』
その声を最後に、僕は闇に融け消えた。
........ハズだった。
目の前に広がる珍妙にして奇怪な光景に、僕はただただ唖然とする。
『へ、なんで?なんで精霊化、って守護霊になってるの!?というか、アレ僕じゃね!?赤ちゃんの僕じゃね!!?』
よく見知った女性が部屋に入り、突如泣き出した赤ちゃんをあやし始めた。間違いが無い!
...................。
拝啓、お母さん。
絶対に生きて帰るんだと約束したら、過去の自分の守護霊になった件について。




