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最後まで、Yes。  作者: 上之下 皐月
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終章 十二月 最終話

リューリのデリバリーで試合はスタートする。

今大会では先攻は赤色のストーン、後攻は黄色のストーンと決まっていた。

第一エンドと第二エンド。

最終的な精度で相手チームが勝り連続で一点ずつスチールされてしまう。

後攻で思うように複数得点は取らせてもらえない。

さすがに強い。

第三エンド。

「このまま各エンドをスチールし続けてあげようか?でもそうすると僕らのパワープレーする機会がなくなってしまうねぇ」

夏彦先輩があからさまな挑発をしてくるけど、気にしない。

「気にしませんよぅだ」

挑発に乗って秋さんがあっかんべーしてるけどね。

…というか高校生であっかんべーってどうなんだろう。

現在のところ、ニ-0で僕達は負けている。

このままでは実際のところ、全てスチールされて終わりそうな勢いだった。

「わへいさん、一矢報いてやりましたよ」

「よしよし。よくやった」

秋さんの頭を撫でてやった。

…あっかんべーで一矢報いたのか…?

「さて、秋さん本当にこのエンドは狙っていくよ」

了解(りょーかい)!」

「それと、五番の(ストーン)は使わないでね。僕が最後に使うはずだから」

「ん、OKですぅ」

(あらかじ)め、この試合のポイントは第三エンドにあると秋さんには話していた。

「パワープレーお願いします」

ここで僕らはパワープレーを選択する。

「…ここでパワープレー?」

「ニ点スチールされて焦ってるんじゃないかい?」

「わへいはあなたと違ってそんなに()()()じゃないわ。何か狙ってるわね」

「…」

夏彦先輩にほんのちょっとだけ同情する。

あくまでほんのちょっとだけ、だけど。

ストーンの配置は僕らから向かって左側。

「パワープレーで真ん中に配置というのはどうかしら?」

パワープレーというのは真ん中が空くから意味があるのであって、真ん中に置いたら全く意味がない。

つまりは彼女の冗談なのだ。

「パワープレー選択して、真ん中置いても許されるんですかね?」

秋さんが真剣に答える。

「望めばOKなのかも?」

皆が笑い、場が和む。

パワープレーでサイドに寄せた僕らの(ストーン)をリューリがずらすショット(ウィッグ)で場所を変える。

本来であれば左側と右側にストーンを散らし両サイドで展開すべきところだけど。

僕はあえて左側での攻防を選択する。

即ちリューリ達がウィックしたストーンにヒットロールさせ、やはり左側のガードの裏へ展開させる。

中心に寄ったストーンがテイクされたらその石をヒットロールでさらに左側へ。

左側で攻防しながらも、徐々に徐々に中心に寄せていく。

夏彦先輩の投球の際に右側のラインを使わざるを得なくする。

そのラインはまだリューリ達が使用していないライン。

そこに僕の仕掛けた罠がある。

このEシートの特徴なのだが、ハウス手前にあるホッグラインを超えたところが全く曲がらなくなるのだ。

それまでは霜が降りておりアイスの状態は滑りにくい状態だが。

なぜか時間経過ともに右側のみ滑りやすい傾向になる。

これについての理由は僕にも説明がつかない。

入口が近いことによる温度変化のためか。

いずれにしろ、それまでの感覚でデリバリーするととんでもない事になる。

「当てて右側にロールさせて、No.1を取る。それでいいかな」

「そうね。相手に一点を取らせる展開でいこうかしら。この後は後攻でそろそろ複数得点が欲しいところね」

そんな会話が聞こえてきた。

「こちらのラインはまだ使っていないから…ちょっと早めかな?」

「そうね。当たりさえすればいいわ」

…夏彦先輩がデリバリーに入る。

そしてリリース。

「ウェイトはちょうどいいと思うよ」

「ラインはもう少し待ちたいわね。ホッグライン超えて曲がり始めるはず」

…いや、恐らく曲がらない。

「…曲がらない!?」

「イエス!中途半端な所に止まるわ!ハウスから出して!」

慌てて夏彦先輩がスイープする。

これはリューリの判断が的確だったと思う。

中途半端に中心の線(ティーライン)を越えてハウス内に留まれば次に僕がヒットロール(利用)してしまう。

それならばハウス外に出した方が良いと言うことだ。

ハウスの中心にある僕らのストーンを狙った夏彦先輩のストーンはそのままスイープされ、ハウス外に辛うじて出る。

「ウェイトは良かったはず。何か噛んだのか?全く曲がらなかったよ」

夏彦先輩がリューリに駆け寄る。

リューリは腕組みをして答えない。

…ちょっと怖い。

これでNo.1、2を僕らがもっている。

千載一遇のチャンスだ。

そして僕は予め残していた五番のシールが貼ってある(ストーン)を選択する。

この(ストーン)は曲がりすぎる傾向にある。

その事を僕は練習で把握していたのだった。

だからこそ僕らの縄張り(テリトリー)なのだ。

僕はかなり遅いウェイトでデリバリーする。

今度は満を持してハウスの右側、No.1の(ストーン)と平行に。

No.1の(ストーン)と平行に置いたのは、次のリューリのデリバリーでダブルテイクアウトをされないためだ。

真横に離れて並んだ(ストーン)をダブルテイクアウトする事は不可能に近い。

そして曲がりやすい五番の(ストーン)はこのアイスの状態でも右側のハウス内に平行に止まる。

これで僕らのNo.1、2、3。このまま行くと三点、下手したら四点のビッグエンドとなる。

「リューリ君すまない。これは…」

狼狽(うろた)えるんじゃないわ」

リューリがブラシを持って角度を測る。

なんとかダブルテイクアウト出来ないか探っているのだ。

「…残念だけどダメね。No.1を素直に出して少しでもNo.2の(ストーン)に近付けるしかないわ。角度厳しいけど。上手くすればまだ一点で抑えられる。問題はこのアイスの状態ね。こんな繊細なショットを初めてのライン、しかもこのアイスの状態で行うなんて。ジャッジ正確に、ね?」

「りょ…了解」

夏彦先輩が冷や汗をかいているのが分かってしまう。

リューリの最後の投球(ラストロック)

「ウェイト良いわ!」

「ライン待ちたい」

「ダメ!やっぱり曲がらない!せめてヒットステイで!」

「まずい!?右側に、当たるぞ!?」

リューリはなんとか僕らのNo.1をテイクアウトするが。

投げた石(シューター)はガードが全くない右側にロールしてしまう。

つまり丸裸の状態。

これをテイクアウトし、その場に留まる事が出来れば僕らの三点。

最後は秋さんに託された。

「秋さん、この(ストーン)に当たるようにドローウェイトで。曲がり幅はこれくらいかな。後は僕を信じて。僕が秋さんのショットを導くから。気楽に、気楽に」

「そんな事言うと、またリューリ先輩に睨まれますよ?」

「今は睨まれても良いさ」

「元々私、わへいさんを信用してますからね。それじゃ気楽に投げます」

秋さんのデリバリー。

僕は秋さんの横に付き添い(ストーン)と一緒に滑って行く。

秋さんのウェイトなら、曲がって当たる。

後は僕がスイープして、リューリ達のNo.1(ストーン)をハウス外まで運んで見せる。

秋さんの(ストーン)はNo.1に当たり、その場に留まる。

僕は中心の線(ティーライン)を越えたリューリ達の(ストーン)を猛スイープし、出す事に成功する。

三点のビッグエンド。

「やりましたよぅ!!わへいさん!」

秋さんが僕に飛び付きそうな勢いで駆け寄る。

「まだ三点取っただけだよ」

そう答えるが、僕も内心は嬉しかったのだ。

技量の劣る僕らが万が一にも勝つ事が出来るとすれば、地の理を活かす事だけ。

このシートで試合が出来たのは偶然だけど。

可能性は低くは無いと思っていた。

「やられたわ。わへい。これが試合でなかったら、今すぐあなたに噛みついた後で抱き締めてあげるところね」

「出来れば抱き締めるだけで勘弁して欲しいな」

たった一回の失投が大ピンチへと繋がる。

カーリングというのはこんなにも繊細なスポーツなのだ。


次の第四エンド。

このエンドから僕達は投球の順番を変える。

僕が最初と最後。秋さんが間の三投を。

そして、今度はリューリ達がパワープレーを選択する。

これで調子を崩してくれれば…なんて事を考えていたが。

そんな事はなく。

リューリが牙を剥く。

立て直しも…早い。

リューリ達はこの試合初めての後攻でニ点を奪う。

続いての第五エンドでは僕らが一点を取らされる展開。

第四エンドまでで四-三。

僕らの一点ビハインド。

この第五エンドで一点取って同点に追い付いても、最後の第六エンドではリューリ達の後攻。

リューリ達から一点スチールするのは文字通り至難の業だ。

僕はこのエンドブランクにする事を決心する。


そして四-三、一点ビハインドのまま迎えた最終エンド。

僕らの後攻。

何としてもこのエンドでニ点、最低でも一点は取らなければならない。

リューリ達は的確にNo.1、2を作り、隙あらばスチールしようとしてくる。

僕の最後の投球(ラストロック)

つまりこの試合の本当に最後の一投となる。

僕はタイムアウトを取り、野山先輩に相談をする。

「まず第三エンドは見事だった。本当によくやったな」

時間のない中で野山先輩が誉めてくれる。

「いつも言っているだろ?つまらない勝ちを拾うより、面白く負けろ」

「そう、ですね。最後の一投はダブルテイクアウトを狙ってみます。それが勝っても負けても悔いのない選択です」

「それがお前らしいな。角度はここ、正確にぶち抜け。でなければ…最悪相手の一点スチールでおわる。…やってみるんだな。…時間だ。忘れるなよ、わへい。お前の左腕には私が授けた聖剣(エクスカリバー)が宿っている事を」

「授かってません」

野山先輩のギャグを僕は笑いながらきっぱりと否定する。

野山先輩がこんな時にも、いや、こんな時だからこそ場を和まそうとしてくれるのが嬉しかった。

すーはーっと深呼吸し、集中する。

秋さんが指示を出すブラシがまた目の前に見える。

そして黄色い(ストーン)が辿る軌跡が、黄色いラインが見える。

頭の中で二つの相手の(ストーン)を弾くイメージが閃く。

…大丈夫だ。

自分に言い聞かせる。

この一投に今まで教わってきた全てを賭ける。

後ろに体重を乗せる。

“パワーショットは足で投げる”

松山が言っていた。

“引き絞った弓のように、豹のようにしなやかに”

初めて見た時から、僕の好きなリューリはいつもそのように美しかった。

“リリースは未練を残しながら”

初めて教わったリリースの仕方。

野山先輩の言葉。

僕のささやかな、でも、誰にも負けない、カーリングへの想い(ウェイト)を乗せて。

…行け!


「Yes!」

秋さんが叫ぶ。

僕はスイープを始める。

「Yes!!」

後ろのコーチ席から野山先輩の声。

「Yes!!!」

何処からか黒崎、友利、旭先輩の声。

「Yes!!!!」

きっとこの場にいたら松山も叫んでる。

「Yes!!!!!」

何故か、敵チームなのにリューリが叫ぶ。

つられて夏彦先輩も。

「Yes!!!!!!」

僕も叫ぶ。

Yes!(届け!)Yes!!(届け!!)|Yes!!!(勝ちたい!!)Yes!!!!(認められたい!!!!)Yes!!!!!(どんな理不尽だって!)Yes!!!!!(どんな壁だって!!)Yes!!!!!(ぶち破れ!!)Yes!!!!!(届け!!)Yes!!!!!(届け!!)Yes!!!!!(あの人に!!)Yes!!!!!(諦めるものか!!)Yes!!!!!(最後まで!!)Yes!!!!!(最後まで!!)Yes!!!!!(Yes!!!!!)


(ストーン)が当たる瞬間。

全てがスローモーションでゆっくりと見えた。

静寂の中、(ストーン)同士が当たるように音だけが響く。

一つの(ストーン)が弾かれていく。

僕の投げた(ストーン)と、リューリの投げた(ストーン)はほぼハウスの中心でそっと寄り添っていた。

この段階で僕らのニ点は無くなった。

ただし、僕の(ストーン)がNo.1なら、四-四で延長戦(エキストラエンド)

まだ可能性を残す事が出来る。

もしリューリの(ストーン)がNo.1なら、五-三で僕らは敗北する。


カーリングには審判はいない。

あくまでもセルフジャッジだ。

この場合もお互いが確認し、No.1を決める事になる。

すかさず僕もリューリもハウス内に駆け寄る。

No.1と思しき(ストーン)以外は片付け、じっくりと様子を見る。

…分からない。

角度に寄っては僕の(ストーン)がNo.1に見えるが、別の角度ではリューリの(ストーン)だ。

それ程に競っているのだ。

「メジャーをお願いします!」

リューリが叫ぶ。

大会の運営係が脇に置いてあるメジャーを持ってくる。

これはジャッジが難しい時に用いられ、どちらがよりハウスの中心に近いか測る道具だ。

ハウス中心にメジャーが置かれ、係の人がそれぞれのストーンを測る。


永遠とも思える、けれども短い時間が流れた。

「No.1は赤!赤の一点スチールです」

係の人が告げる。

「五-三で赤チームの勝ちです!」

誰かの声が響いた。

…そして僕らは敗北した。


リューリ達と握手を交わし、カーリングホールを後にする。

僕と、リューリ、野山先輩、秋さんは二階のラウンジに移動した。

…あと数センチ?数ミリ?

どうしていたら届いただろう?

でも、これが僕らの精一杯。

秋さんが涙ぐんでいた。

気にしないでよ。

秋さんは、本当によくやってくれたよ。

ありがとう。

…と言ったつもりだった。

野山先輩、本当にありがとうございました。

お陰で、みっともない試合はしなくてすみました。

一泡だけ、吹かせられました。

そう、感謝の言葉を発したつもりだった。

リューリ、やっぱり君達は強かったよ。

追い付いて、認められたかったな。

ごめんね。

そう、謝罪の言葉を言ったつもりだった。


…あれ、声が…出ないな。

視界が揺らぐ。

瞳が熱い。

…まずいぞ。

まさか僕は泣いてるんじゃないよな?

だめだ、格好悪いぞ。

カーリング、は、紳士のスポーツ…だか、ら。

負け、ても、泣くとか、あり得ない、だろ。

これ、以上、リューリに…格好悪いところ、は…。

見せたく…。


気が付くと柔らかな感触。

リューリが抱き締めてくれていて。

嬉しいけど、僕は照れて逃げようとする。

けれども背中に回された手がぐっと強くなり、僕を離さない。

皆の見てる前でこんな事するから、秋さん達の噂の格好の的になるんだよ。

分かってる?

「どう言われても良いわ。泣けるのは本気だった証拠でしょう?よく、頑張ったわ」

でも僕らが取れたのは三点だけだったね。

あの策がなければボロ負けだ。

「あれを見抜けなかった段階で、私達の負けよ。また私とペアを組む?」

いや、負けは負けだよ。

…僕はね。

今度こそ、強くなって圧倒的に君を負かすよ。

「生意気ね。でも、そうしなさい。その為に今は泣きなさい」

みっともなくないかな。

笑われてしまうよ。

「私が、笑わせない」

…ありがとう。

僕は彼女の胸に抱かれ、思い切り泣いた。













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