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覆らぬ終末論《エスカトロジー》

その日、総てが終わりを迎えた。


失落の空に、私達は光を見た。

奈落の底から空間の殻を破り、堕ちて羽化した混沌光(カオスレイ)はその存在を世界に知らしめるかの様に発せられ、何も知らぬ善良な民衆は己が死を受け入れられぬまま絶望と狂気に陥れられながら絶命していった。

人だけでは無い。万物総てがその光に呑まれ、同じ末路を辿っていった。

村が呑まれた。街が呑まれた。国が呑まれ、大陸が呑まれた。

空が呑まれ、海洋が呑まれ、ほんの刹那に総てが死滅した。

自然が死んだ。星が死んだ。もはや胎動は聞こえない。何も産まれず、可能性の芽は潰えた。

それでもなお酷く濁りきった黄金の光は世界を、宇宙を蝕んで止まらない。


私たちができることは、死にゆく世界を諦観するだけだ。


どうあがいたって戦況を巻き返すことはできないし、そもそもこれは戦いだなんて高尚なものなんかじゃない。

ただ奪われるだけ、私たちの全てなんかソレが奪っていくものの一部にしか過ぎない。

その事実が、どれだけ私たちが矮小で価値のないものだったのかということを痛感させた。

ああ、何て悲劇なんだろう。二度とそこに物語は生まれない。枯れた焦土に花は咲かない。

もう終わりだ、もしあの光が私たちに気づいてしまったのなら、きっと刹那の余地もなく抹殺されてしまうだろう。

その瞬間がとてつもなく恐ろしくて、怖くて、気付けは震えてしまっていた。

助けて、助けて、怖くて苦しくて逃げ出したい。逃げ場なんてないのは理解しているけど、本能がそう叫んでいた。


そんな私の手を、温かさが包んでくれた。


「大丈夫だ。俺が絶対守ってやる。」


ーーーーそうだ。恐怖で独りよがりになっていた。

私にはこんなにも心強い勇者が傍に居てくれているんだ。

こんな絶望的な状況にも挫けず立ち向かえる、私の大好きな英雄が守ってくれているんだ。

だったら、何も怖いものなんてない。


「そうだね、ファウストくん。君となら、きっと上手くいく。」

「…ああ、クラウディア。君が居てくれて本当に良かった。」

「え…?」

「いや、気にしないでくれ。そんなことよりもーーー」


そう、アレから気を逸らしてはいけない。

今なお増長して止まらぬ邪なる神。法則世界の頂点にして新世界の創造を可能とする神造特異点、総枢球(メルカヴァー)の六代目であり歴代最強にして最恐の厄災。魔戒論(デモスロヴァ)を司る曼荼羅の王ーーーマハーデーヴァ。

混沌光の根源であり、信仰を喰らう救済ならざるもの。

嘗て、そんな神を信仰し崇め奉った教団が存在したらしい。どれほど狂い切った思考回路を持ってすればあのような邪神を信仰できるのか到底検討もつかないが、それにカリスマや救いを感じてしまえば人は簡単に信者になれてしまうらしい。

その末路がこの結果なのだから、彼らには責任を重々感じていただきたいものだ。

救済を求める相手を誤ってしまえばこうなるということをどうして早く気がつかなかったのか、行き先のない怨情が胸に疼いた。


「厄介なのはこの光だ。規則性が無い。追尾性がある…というわけでも無さそうだな。物体にまるで興味を示していない。迂闊に動けば捕食は逃れられないな。」

神経を張り巡らし、最大の警戒を怠らずにファウストくんは戦略を立てていた。

いくら私たちでもこの光に直撃してしまえばその瞬間消し炭になってしまうだろう。今の私たちには宿神達の加護が無い。ロストホープ様やコトゥース様がいたときなら、多少この光が被弾しようとそこまでの厄介はなかったに違いない。

それでも今の私たちは生身同然。借り物の力が無ければ何も出来ない矮小な一人類だ。

だからと言って全ての加護が消失したわけではない。ファウストくんにはロストホープ様の伝承技の【月穿殲閃】が、そして私にはコトゥース様直伝のあの技が根幹に刻まれている。そう、今の私たちにはそれだけしかない。

それでもあるとないとでは全く違う。この負け戦に一筋の勝機が見出せるのはこれがあるからで、それだけでも立ち向かう理由が出来上がる。

「私が突破口を切り開く。1秒にも満たないかもしれないけど、それくらいなら隙が作れると思う。」

「!!…それだけあれば充分だ…でも、君が危険に晒されるのは避けたい。」

こんな危機的状況で、彼は今も私の身の安全が最優先らしい。

本当に、君はとことん私に甘いなぁ。

「当然、危険なのは百も承知。でもね、ファウストくん。私は君とこうやって並べるくらいには強いんだよ?ファウストくんは優しいし、カッコいい自分で私を第一に考えてくれる。それはもちろん嬉しい。だからこそ、もう少し私を信じて欲しいの。君がいてくれるから私は頑張れる。だからお手伝いさせてほしいの。君がもっとカッコいい、私の英雄になるお手伝い。」

「…」

ちょっと恥ずかしい物言いだけど、それがファウストくんの力になるんだったら私はいくらだって君に想いを伝えられる。

私だって、君の英雄になりたいからーーー

「ああ、でもこれだけは守ってくれ。絶対に無茶だけはしないで、危険を感じたらすぐ引き返してくれ。」

「わかった。」

「なら5秒後に作戦決行だ。準備はいいか?」

早まる鼓動、焦りは致命的なミスを生むから、そっと深呼吸をした。

「うん。いつでも。」

「5…4…3…」

カウントダウンが始まった。これが、この世全ての邪悪との正真正銘の最終決戦。

総ての神経を研ぎ澄まし、隙のない混沌の光に風穴をあける用意を開始した。

「2…」

言うと同時に、ファウストくんが疾走しだしたその瞬間ーーー


「ーーーァ?」


邪神が、マハーデーヴァが私たちの存在に気づいた。

視線だけでもかかる負荷は凄まじく、心臓が何回もプレスされたかのような衝撃を覚えた。

それでも彼は止まらない。己の限界を遥かに超えた速度で空を駆ける。

「1…ッッ!!!」

「ッッ…ッアアアアアア!!!」

怯える私に激励をかけるかのような合図に、私は正気を取り戻した。

自分の喉が裂けるほどの叫びで恐怖心を搔き消し、マハーデーヴァに向かい力強く手を翳す。

ファウストくんと同じタイミングだった。以心伝心しているという事実がさらに私の想いを強固なものにさせてくれる。

今の私たちに、一体何が立ちはだかれると言うのだろうか。


「「権限実攻ッッ!!」」


それは今では懐かしさすら覚える、私たちの物語を共に紡いでくれた大好きな神様が最後に残してくれた心強い想いのカタチであり、私たちが誇る最強の武器。彼らの威信にかけても絶対に負けられない。

故に紡ごう。彼らの神話を、空に君臨するあの禍々しい光とかけ離れた高貴な光の逸話の具現を、高らかに。


「その矢は不可能を超越する、原初の偉業ーーーッッ!」

「美々しき刹那よ永遠に、其は不変の理想郷ーーー。」


ファウストくんの前方に大規模の術式陣が出現し、その刹那に全てが彼の右手に収束した。

右手から溢れる光の粒子が形を成し、何もなかったそこに一本の矢を顕現させた。

更に彼は出現させたそれを同じく右手に内包し、まさしく光の速さで敵陣へと乗り込む。

彼は準備万端、なら今度は私が頑張る番だ。


「再誕せよ。主が名は絶氷(コトゥス)。停滞の(そら)に新世代を築くものーーー。」

夥しい程の光が私を目掛け直行する。それがどうした、あなた達はもう詰んでいる。


永劫凍結 (コトゥス フェーズノ)絶氷神雄譚(アンデピゼシー)


刹那ーーー光が、汚濁の混ざる輝きを保ちながら静止した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

俺はきっと、英雄失格だ。

世界を救うなんて大言壮語は吐いたつもりはない。それでも俺は世界を、人類を救わなければいけない人間だった。

ご都合主義に愛されていたとは思わないし、なんなら嫌われていたのだろう。現に俺はこれでもかと言うほどの凄絶な仕打ちを食らっているのがその証明だ。

もし俺が神様から愛された特別な人間だったなら、こんな大惨事になる前に巨悪の根源を根絶し、今頃大団円の中でクラウディアと抱き合いながら勝利に打ちひしがれていただろう。

しかしそれは妄想でしかない。どれほど願っても訪れぬ儚き夢の悪戯。いつだってこいつは不都合だ。

そう、俺は不都合に生きていた。いつだって都合の良い覚醒は起こらなかったし、無くしたくない仲間が当たり前のように死んでいく。守りたかった故郷は知らぬ間に滅んでいて、俺たちを鼓舞してくれた人々は栄誉のかけらもないあっけない死を迎えた。

結局は無力だ、英雄なき活劇は陳腐極まりない。強大な力を前になすすべなく蹂躙されるだけの胸糞悪い醜劇。それを俺たちは演じさせられている。

生き抜くことはとうに諦めた。どうあがこうが死ぬと言う事実からは逃れられない。

みんな俺に託してくれた。最後の力を振り絞って突破口を切り開いて、わずかな隙間に俺たちを投げ入れてくれた。

アルケイデスもスレイブも尊も、俺を信じて戦ってくれた。

ロストホープだってこの日を到来を予期してか俺にこんな大層な技まで遺してくれた。

そして今、クラウディアもーーーー

ーーー

ーー


どうして俺なんだ?どうして皆、俺に英雄になれと、巨大な業を背負わせるんだ?

俺が何をした?どうしてこんなにも中途半端なんだ。何も救えない、何も守れない。大いなる責任を与えるならそれ相応の対価を寄越せよ。こんなのじゃ、あんまりじゃないか。

あいつらが今の俺を見たらきっと醜い、なんて意地汚いやつだと嗤うだろうか。いいや、嗤わないだろう。あいつらは出来た人間だから、俺みたいに偏屈な人間じゃないから、彼奴らは、英雄だから。

俺ができるのはせいぜい真似事くらいだ。彼奴らみたいに、勇敢で立派な英雄を演じることだ。せめて、クラウディアの前ではーーーーー最高の男でありたい。

邪な光が、俺を目掛けて飛んでくる。ああ、眩しいし怖い。


ーーーー刹那、光の軌道が停止する。

このわずかな時間はクラウディアが与えてくれたものだ。ーーーーーだったら、俺もやり切るしかない!!!


『曰く、照るる月光の試練を越えよ。現人なれば因果変則を成せぬゆえ。神在らせる汝なればと矢を与えんーーー』


右手に宿った魔法陣を、最恐最悪の邪神に向けてーーーー

さあ、悔いて消えろ。お前はもう詰んでいる。

クラウディア、ありがとう。君がいたからこそ俺は英雄で居られる。


月穿殲閃(つきうがつせんせん)ッッッッ!!!』


数億にも及ぶ円環が今、矢となり具現する。

数多の物体を強度関係なく貫くその神の矢は、絶速の域を越えマハーデーヴァへと放たれた。


ーーーーーーーーーーーーー


【くだらん】

【こんなもので、何が変わるというのだ。】

【所詮、塵ほどの価値のない雑魚が残した塵滓だろう。】

【ほとほと呆れ尽くした。何が英雄だ。何が神だ。お前ら、皆すべからく塵だ。】

【此の世には俺と、俺を崇め仕る塵さえ在れば良い。あれらは特別だ。俺の欲を満たしてくれる。】

【だがお前らは?何もなし得ぬだろう?】

【なら要らぬよな。ああ要らぬとも。】

【暇つぶしにもならぬ茶番を良くもこの俺に見せやがったな?万死に値する侮辱だ。】

【さて、コイツらを壊したら。俺の信者でも探しにいくか。】

【だが何故だろうな、それらしきものがここに存在して居ない。】

【…糞が、役に立たぬ塵共だ。総て消えて無くなってしまえよ。】



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ーーーーー。」

総ての想いをぶつけた。

渾身の一撃だった。

確かに、届いたはずだった。


「ーーーーーーぇ。」

眼前に広がる光景は、彼の心を壊すのに十分過ぎたのだ。

全くの無意味。なんの変化も起こっていない。18歳の青年が背負うにはあまりにも重すぎる現実。

存在の否定。完全なる敗北。英雄なんていなかった、最初からーーーー。


「ぁ…ぁあああ…ぁあああああああああああああああああぁあぁあああぁああ!!!!!!!」

光がまた動き始める、あらゆる総てを侵食し壊し喰ら蹂躙する。

そんな中で彼が咄嗟にとった行動は、クラウディアの生存確認。

自分の安否すらままならない状況で、彼は唯一の救いを探し出したのだ。

いない。いない。どこだ。どこにいるんだ。

懸命に探すも見当たらない。まさかーーーーー

「ーーーーー。」

居た。自分と同様に、心を壊したクラウディアがいる。

せめて君だけでも、君を守ったという口実だけでも…?


なんだよそれ、口実って、なんなんだよ!!!!

屑のような考えが頭を過る。人間とは、窮地に陥ればこんなにも自分勝手になれるのか。

ふざけてる。これすらもお前の思う壺なのか。マハーデーヴァ!!!

必死に抗う。嫌だ、このままじゃ終われない。

君と、俺とで生き残るんだ。

こんな地獄すら、君とだったら生きていけるから。

全速力で降下する。一瞬でも早く、君の手を取るんだ。

早く、速く、疾くーーーーーー。

俺たちさえ生きていれば、それは敗北なんかじゃない。

だからこそーーーーーー掴んだっ!

「クラウディアッッっ!!!」

「っ…ふぇ…?」

彼女の目に光が戻る。大丈夫、まだ修復できるんだ。

「一旦ここは引こうっ!まだ、光はあるから!」

「っっ…うんっ!」

彼女の了承を得て、全速力で地を駆ける。光に呑まれないほど遠くへ、遠くへーーーーー。


ーーー。

「…ファウ…スト…くん…?」


ーーー。

「…ねぇ…!ファウストくんってば!」


ーーやっちゃった…なぁ。

「ぅううううあああああああああ!!!!!!!」


ーなんで、なんでこんなにも恵まれないんだよ。

「ーーー!ーー!ーーーーーーー!」


ごめんな。クラウディア。最後まで守ってやれなくてーーーーーーー。































虚無の底に落ちた。

此処には何も無い。色、温度、声、匂い、感覚ーーー総てが存在しない。

じゃあ何で俺は自分を認識できているのかって…?わからない。俺は…誰だっけ。

何か凄く怖い夢の中にいた気がする。いや、わからない…。

なにもかも…わからない…。


でも…


クラウディア…この名前だけは大切なものだと…理解しているんだ…。


…もう一度、目覚めなければ。

あの悪夢へ、目を覚まさねば。

自分が誰であろうと、なにも思い出せなくても。

必ず、クラウディアを、今度こそは守り通したい。

クラウディア…次こそは君をーーーーー。


《お困りのようだな、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎・◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎》


…なんだこれは、声では無い何かが、俺に語りかけてきた。


《そんなことはどうでもいいことだ、情報の取捨選択を誤るな。》



《お前にチャンスをやる。あの忌々しい邪悪に、一矢報いるチャンスだ。》


忌々しい邪悪…?


《そんなことも忘れたのか。なら言い方を変えよう。クラウディアを救う権利をやる。》


…!!頼む!俺にその権利をくれ!何でもするから!頼む!!


《…何でも…ね。わかった。お前の直向きさに免じて権利を与えよう。ただし。》


…ただし?


《お前に頼みがある。もし、お前が満足いく結末を迎えられたなら。そのときはーーーー。》



《何方が紡いだ神雄譚の方が優れているか、測らせてもらおう。》


…?

なにを言っているのかさっぱりだったが、クラウディアを救えるならどんなことだってしたやるさ。



《いいだろう。ならば来るがいい。お前は旧世界を超える試練を乗り越え、新たなる神雄譚を書き連ねるのだ。》


ーーーーーーその言葉を最後に、虚無の空間は泡沫と消え、俺の意識もまた、光の先へと消えていった。


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