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娘さんはよくも悪くも村育ちの世間知らず。なにを話しても反応が帰ってくるためついつい調子づいて話しすぎてしまい、話を終える頃には村の広場では宴の用意が終わっていた。
勧められるまま飲んだ葡萄酒は質が良いもので、うまかったというのもあるし、減ったと見ればどんどんジョッキに注がれるので飲みすぎてしまった。
「あぁー、酒臭くねぇかな? 大丈夫かよ」
一応は昨日から薬筒を吸うのはやめ、森に無い臭いは消そうとはしていたのだが、これでは意味がない。仕方ないので日がたって臭いがきつくなった血と臓物が臭い消しになってくれることを祈りながら森へと自分の足で歩く。
夜明けに村を出て、現在は太陽がてっぺんと地平線の真ん中位。前世界では大体九時くらいだろうか。
村は当然、魔物の被害が無いように住み処である森と距離を取って作るのだが、ここの村は15~20キロ位は離れていることになる。
「さてと、仕事をしますかね」
森を歩くというのはコツがいるもので、茂みをかき分け、木の根を越えるというのは思いの外難しい。それも人の手が入らない森となればなおのこと。しかし、最初は苦労した森での散策や戦闘も三年も過ぎれば慣れたものだ。
それなりに深くまで踏み込んでいき、木が比較的密集しておらず、ある程度自由に動けそうな場所を探して場を整える。邪魔になりそうな茂みを払い、少しでも有利な場所を作り出す。
「それで血とモツぶちまければ完成っと」
後は背の高めの木に登り、ゴブリンが来るのを待つだけである。
適当な木に登り、枝にバケツを引っかけて待つこと暫し。ギャーギャーやかましい鳴き声が聞こえてくる。
ゴブリンは基本的に木の実やら茸、虫などを食っているらしいが、やつらだって肉は食いたいらしい。こうして血の臭いがすれば大興奮でやって来る。
「ぅおぁー、ぎぁー」
「ぎゃー、きゃあぐー」
「がぁうあー、がうー」
なにを言ってるかは知らないが、取り敢えず興奮気味らしいことはわかる。大喜びで臓物にかぶりついていてこちらに気付く様子は皆無だ。目が落ち窪み、下顎が突き出し牙が覗く醜悪な猿顔を歪めている様子を見るに久方ぶりの肉なのだろう。
数は五匹。一つの群れとしては多い方だ。
腰裏のショートソードを枝に叩きつけて軽く食い込ませてから、左右の投げナイフを両手に持って両手を上げる。
「"クイック"」
主観的には両手を振り下ろしてナイフをリリースする。しかし、その動きは瞬き一つをするよりも早く終了し、尋常でない速度でナイフは射出される。
「一回」
当たったかどうかの確認をするより早く、目の前に持ち手が来るよう食い込ませておいた剣の柄を持ち、跨がっていた枝から滑り落ちるように飛び降り着地。そこで顔をあげて二本とも頭部に命中したことを確認する。鍔が無いためナイフは持ち手まで埋没し、ゴブリンの命を奪ったのがわかった。
「"クイック"」
ゴブリンまで三歩踏み込む。
「四回」
しかし、それも瞬時に終わり、目前にゴブリンが現れる。
「ぐぁぐ?」
仲間が殺られ、警戒しようと動いた途端に目の前に現れた人間に呆けた鳴き声をあげたゴブリンに剣を振り上げ、振り下ろす。
「"クイック"」
その剣の動きも即座に終わる。現れたと瞬間にすでにゴブリンの頭を割ったように見えただろう。
頭を両断され、鳴き声をあげる前に絶命する。
「六回、追加で一回」
三匹を殺してから残る二匹がようやっと動き出す。が、三匹目を割った時から確認をしている。首まで埋まっていた剣を引き抜き、反動で浮き上がった剣を近くにいたゴブリンに向け、そのまま振り下ろす。
「"クイック"」
軽いものだろうが、重いものだろうがクイックを使用した挙動は筋力に関係なく、恐ろしいまでに加速される。振り下ろせば常識外の威力に、踏み込めば達人並みの縮地に、隙になる動きも無かったことにできる。
結果、小さな投げナイフと同じように射出されたショートソードはゴブリンの頭を貫通し、木に磔のように突き刺さる。
「これで八回」
残る一匹、最後のゴブリンはようやくここで敵わないことを悟ったようで、手に持っていた刃などとうに欠けてなくなったナイフを放り投げて逃げ出す。
その背へと足を向け、投げナイフを投擲する。
「げぎゃ!」
狙いどうりに足に命中し、転倒したゴブリンは必死に投げナイフを引き抜こうと暴れているが、背後から突き刺さったナイフに難儀しているらしい。
逃げ出さないよう視線を向けつつも、磔になったゴブリンからショートソードを引き抜き、止めを刺して回る。
「ぎゃ、ぐげぁあ! がぁ!」
ナイフが当たり、逃げ出すことも出来ずにいるゴブリンは近寄ってきた捕食者に対して弱味は見せまいと必死に牙を剥く。
前世界なら、今までの自分なら怯んだかもしれないが、今はもう色々と慣れてしまった。
躊躇せずに喉に切っ先を突き込めば、気道が断ち切られ、脊椎が壊れて絶命する。最初に投げナイフが命中したものも、頭部に深く突き刺さっているから無いとは思うが確認していく。
「はー、終わった」
止めをさせばあとは回収するだけ、もうほとんど終わったようなものだ。血で汚れた武器を外套で雑に拭きつつ、息を吐いて脱力する。
ふと、血にまみれた手が目に留まった。
『クイック』
今回の戦いでも、いままでも、そしてこれからも世話になるだろう俺に与えられた"ギフト"。
前世界からこちらに呼び出された時に現れた特殊能力。それが俺の場合は"クイック"と名付けたあの能力だった。
わかっていることは多くない。
1日に合計18回まで使える。早く出来るのは振り下ろす、振り上げる、蹴る、一歩踏み出す等の一つの挙動で一回分を消費する。早くした動作は異常な加速がかかっているようで、これを利用した一撃の威力は恐ろしく高い。"クイック"を使う挙動を連結するすることも出来るが、追加で一回分を消費する。歩く動作には連結分として追加が発生しない。
現在わかっているのはこれだけで、なにに由来するものなのか、そもそもなんなのかもわからない。
ただこれが無くては、ぬくぬくと温室のような前世界で育った俺は生きていくことなど出来なかった。王国と袂を分かったが故に、軍との繋がりが疑われるギルドにばれないようにとソロを続けなくてはならなくなった弊害はあるものの、この能力には感謝している。
とはいえ、
「チートもらって、楽に生きたかったよな」
敵にしたら恐ろしい能力だろうと思う。けど、最強じゃない。無敵でもない。数で押されればすぐに死ぬし、加速で威力が出るったってナイフや剣を刺したところでどうにもならない怪物が平然といる世界だ。
――それに守れなかった。苦い思い出が、今も脳裏にこびりついて離れない。
「さて、馬を取りに戻るかね」
しかし、それもこれも過去の話。なにもないよりマシだし、起こったことは取り返せない。
性に合わない感傷に浸る真似をするよりも金を稼ぐために奔走する方がいい。少なくとも今はそんな人間だと自認していた。