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この世界のゴブリンは猿に近い。よくあるファンタジーものに多い緑の肌をした小鬼ではなく、女冒険者を拉致って孕ませたりもしない。
身長は大体が150に満たない位で、前傾姿勢のため更に低く見える。人に比べて腕が異常に長いため間合いの取り方に注意が必要である他、石器のような武器を使用する。毛は黒く、肌は茶に近い。
ひとまずこの世界のゴブリンはそんなやつらで、イメージともっとも違ったのは食えるということ。大体のファンタジーでは酷く不味かったりで食べるという選択肢は見られないものだが、夜営なんかでは殺してそのまま焼いて食べたりする。皮を剥ぐのが面倒な手とかは火にそのまま突っ込み、毛やら皮やらを焦がして剥がし中身を食べる。
昔は酷く恐ろしいというか、倫理的にヤバいことをしているように見えたが人間は慣れる。そもそも全世界ではゴリラやサルは乱獲されて保護すべきものだったが、こちらでは数がいる上に害獣だ。その上兎や鹿と比べて楽に狩れるし、量も確保しやすいしで抵抗が無くなるのも早かった。いや、抵抗を感じる余裕など無かっただけかも知れないが。
「なぁ、お前もうちょい急げない?」
そんなわけでいつでもゴブリンが彷徨いている近辺に行くためにガタガタと立て付けの悪い車輪に揺られながら目的地を目指す。
が、しかしいつも乗る馬だが急ぐ気配がない。あまり鞭を打ちたくないので、御者台に座って鞭で馬を突っつくもちらりと振り返りヒヒンと一声鳴くのみ。
「はぁ、ゆっくり行きますか」
外套のフードを被り直して、ナイフを磨きながらため息をつく。腰の前側、腹に据える特別な一本は、磨く鈍い黒色の刀身で鋭く日光を照り返した。
太陽がてっぺんに登り、半ばまで降りてきた頃に目的の村にたどり着いた。この村に一旦馬を置き、程近いところにある林で狩りをすることになる。
「どうも、また馬を預かってほしいのですが」
ものを頼むときには口調も直す。下手に出ることで待遇が少しでも良くなるのなら、しない手はない。
「おお、よく来たね。いいよ村長の家に行きな。場所はわかるだろ」
「ありがとう、今晩一泊するから夜にまた話そう」
「この前の行商からは酒を多めに買ったんだ。たんまり飲めるぜ」
門番の若者と別れて中に入れば、一番大きな建物に馬を向ける。
懇意にしている村であればほとんど顔パスで入ってしまえるし、一晩位の宿と食事代だったら無償で提供してもらえる。行商で辺境を回る商人はこれを頼りにすることも多いと聞いてからは何度も世話になっている。
夜営は神経を磨り減らすし、ゆっくりと休息を取ることも難しい。一日二日であれば問題はないが、避けられるのであればできるだけ避けたいところだ。
村長宅の前に馬を止めると中から娘さんが出てくる。前世界のように車が通ってるわけでもなければ人が多いわけでもない辺境では、ガラガラ音のなる馬車を止めれば家の中にいてもすぐに聞こえる。
「どうも、一晩宿を借りたいんだが……村長はいらっしゃるかな」
「はい! 中にいるのですぐに呼んできますね、待っててください!」
元気いっぱいの娘さんは確か次女で、長女は他の村に輿入れしたらしく、現在は末っ子と村長夫妻とで四人暮らしの筈だ。年は十三か四で、こちらでは十二が成人であるからもう大人の扱いになる。
「どうもご無沙汰しております。馬はうちのに任せてさあ、中にお入りください」
すぐに出てきた村長は白髪が目立ち始めた位のまだまだ壮年の男性で、村一つをまとめているためか若々しく衰え等は感じさせない。
言われた通りに馬の手綱を受け取りにきた娘さんに馬車は頼み、招かれた村長宅に向かった。
「さて、今回はどういったご用向きで?」
茶を出しながら向かいに座ると村長がそう訪ねてくる。
娘さんからも用向きは伝えられている筈だし、そもそも何度も世話になっているのでそんなことはわかりきっている。しかし、何度もこの問答を繰り返すのだ。
「ゴブリンの駆除とその肉の回収に、ギルドからこの村からの依頼として受注し来た次第です。しかし、ゴブリン程度であっても夜は彼らの時間であり、油断ならぬ相手となります。そのためにこの村で一泊することを許していただきたい」
「分かりました。ギルドから派遣された傭兵として認め、村をあげて歓迎しましょう」
ここまでを行うのがギルドが定める依頼主と傭兵との契約で、依頼完了のおりには、依頼主の直筆での証明書を受け取りギルドに提出して初めて正式な依頼完了となる。
回りくどいように思えるが、アナログで不正を減らそうとした結果こうなったらしい。
「さて、話も終わったことですし娘に外の話でもしてやってください。私どもはもう少しばかり畑に仕事を残しておりますので」
座る姿勢を崩した村長がそんなことをのたまう。どうも娘さんと俺をくっつけたいのか手を出させたいのか、いちいち二人にさせようとしてくるのだ。
今まで家のなかにいたのは娘さんから聞いている。大方今年の芋の収穫量でも記載していたのだろうが、畑に仕事を残してきただなんて片腹痛い。
「いやいや、お構い無く。それよりも行商からは酒を多く買ったと聞きました。今年は行商の値が落ち込みでもしたんですか?」
「今年は雨も多く実りが豊富で村にも余裕があっただけですよ」
それだけ言うと外に出て娘さんを呼んで外に出ていってしまった。
「雨が多かった、ねぇ」
そんな印象は無かったが、さて。
「今回も外のお話を聞かせてくれるって、父さんが! 楽しみなんですよ、行商の人は忙しそうにしてすぐに行ってしまうから全然町のことがわからなくって」
そんな思考もやたらにテンションの高い娘さんによって断ち切られる。いつもいつもこんな零細傭兵の話では面白いことなど一つも無いだが、どうしたものかと、そんなことへと思考はシフトしていく。
悩んだ末に南の小国郡のその一つ、酪農が盛んな国での狼追いが狼に追われることになった話をすることにする。
仲間が半分以上帰ってこなくなったところはカットし、たまたま一緒になった有名な傭兵をピックアップすればハラハラドキドキの冒険譚に早変わりだ。