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赤錆の剣を手に笑う  作者: 十十世
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この世界での傭兵団の仕事の殆どは依頼主の希望する品を納入するものが主になる。他にも護衛やら配達やら果てには店番にガキのお守りまであるので、印象としては雑多の一言につきる。


まぁ、良くある異世界ものでは冒険者といえば通りがいいかもしれない。


違うのは傭兵団はいくつかあり、国ごとにシマがあったり、いがみ合ったりでいざこざが多発していたりする奴等がいるから注意が必要だったりするくらいだ。


俺が所属するのは神聖ハリア王国を中心に南側に勢力を伸ばす、郡狼の遠吠えである。上役が王国と繋がっているとも噂されており、軍狼とも揶揄されていたりする。


「また煙草ですか? 体壊す人も多いんですから、ほどほどにしないと死にますよ?」

「俺のは煙草じゃなくて薬筒だ。縁起でもねぇこというんじゃねぇよ」


どう見ても日本人で、名前もカオリなんてのがギルドで受付嬢をしてるあたり軍狼ってのもあながち間違いでもないんだろうなぁなんて内心思いつつも、三年間の荒くれ生活でだいぶ荒んできた口調で言い返す。


「ったく、最近じゃあ王国も押されぎみで国境の辺りも荒れてやがるしよ。山賊やら野盗やらのせいでこっちの商売もやりずれぇったらねぇよ」

「普通は山賊の類いは討伐報奨が出るので稼ぎ時なんじゃないですか?」


どうやら国の仕事から下ろされてきた口らしい。傭兵団の職員とそれなりに飲みに行くが、その会話のなかで受付ってのはかなり花方職らしく簡単にはなることが出来ないものだと聞いていた。これを聞いて理解できないのは傭兵初心者かこいつのように天下ってきたような"にわか"だけだろう。

まあ、ものを知らないやつに教えてやるってのは気分がいいから先輩風を吹かせてやるのもいいだろう。


「いいか? 討伐報奨が出るようになるのはそいつらが被害を出しまくってお上の方の目に止まった奴等ばかりだ。つまり、手練れが多いか頭の切れる頭がついてるってことになる」


そしてそんなやつらは敗残兵でもしっかり訓練をした剣や槍で飯を食ってきた武家の出か、この世界でしっかり勉強してきたような貴族連中が殆ど。食うに困った農民や村民は早々に討たれて報奨もかけられることもなく死んでいく。

基本的に人を殺して金を得ようってのは儲からないし、そもそも人間同士で殺し合おうってのは嫌な話だった。


「専門のやつらならともかく、ソロで小金稼いでる俺の出る幕じゃあないね」

「はぁ、難しいんですね」


打てど響かぬ相手との会話はつまらないものだと思い知らせながらも、本来の目的を思い出して気を取り直す。


なにも先輩風を吹かせに来たのでも受付嬢を口説きに来たのでもないのだ。薬筒はどこでも吸えるし、受付嬢は花方職で普通の腕では本来相手にもされない。


「これを頼む。報奨は知らなくても、判子は押せるだろ?」

「失礼ですね。これでも仕事できるからここに座ってるんですから!」


何度も何度も表面を削って使い回されるせいで薄くなった羊皮紙を手渡しながら談笑する。羊皮紙にはゴブリンの駆除の文字。


「でもこんな簡単なのでいいんですか? 普段はもっと難しい依頼を受けてるんでしょう?」

「おや、俺のこと知ってんのかい? 受付には来たばっかりだと思ってたんだが」

「名鑑に乗ってますよ、珍しいソロだって」


あぁ、と納得する。

こっちに来て一年経つかどうかという頃、広場で傭兵のパーティーの組みかたで画期的な方法を思い付いただかで報奨を得てドヤ顔かましてた城仕えになった同郷がいたのを思い出す。あれで割りを食った連中もかなりいるのだが、死亡率は下がったのでそれに乗っ取ったパーティーを組むやつが増えたのは事実だ。


前世界のRPGのパーティー編成の二番煎じなのは言うまでもない。


「分け前が減るんでね、俺くらい腕がいいと一人の方が儲かるのさ」

「……ゴブリンなんてのを狩るのに?」


うるせぇよ、命のやり取りしたこともねぇくせに。と、喉元まで出かかったものを飲み込む。

代わりに口を出るのはもっともらしい理由だ。口がうまければおいしい思いをする機会を多少は増やせる。


「ついでさ、前線の様子見のな。前金をくれ」

「はい、ではお気をつけて」


ふむ、やはりしけてるな。

幾度と聞いた受付の定型文を背中に受けて、金の入った袋を手で転がしながら外に出た。


この世界でのゴブリンは雑魚だ。が、油断していい相手ではない。こちらが殺意をもって相手すれば彼らだって死に物狂いで抵抗する。


という訳で準備だ。それを怠り痛い目を見たやつらを腐るほど見てきた。


最初に鍛冶屋に行く。何軒かあるが、今回は最も大きい店に行く。これが難しい依頼であればもっとも腕のいい職人がいる店に行くが、ゴブリン程度であればそれなりの職人が何人かいる店の方が都合がいい。

理由は貸し出し用の刀剣を複数所持しているから。職人が多く、暇してる人間がいなければこうしたものの用意は難しい。オーダーメイドが主体の職人一人が経営する店ではこうはいかない。


「研ぎと貸し出しを頼みたい。貸し出しはショートソードで頼む」


同時に左右の腰に三つずつ下げたダガーもカウンターにおく。数が多いのでそれなりに掛かるだろうが、貸し出し用の何本もの剣が置いてある部屋で選り分けをしていれば時間なんてあっという間に過ぎる。


結果、最後の二本にまで絞ったところで声がかかったので少し重めの方を選んで店を出た。ショートソードは腰の後ろに横にして据える。外套が不格好になるが仕方がない。侍のように腰に据えるにもダガーがぶら下がってるせいで難しいのだ。


次は馴染みの肉屋の裏口から入る。作業場は濃密な血の臭いがした。


「おーい、まだ朝方だ。いるだろ」

「だから勝手に入ってくんじゃねぇって言ってんだろーが!」


奥から出てきたのは繋ぎを所々血で汚したがたいのいい男。手に持つ斧にも似た包丁にも血がベッタリと付着していて迫力満点だ。


「仕入れにきた。血と臓物があればいいな」

「図々しいじゃねぇか、恩も忘れて嘆かわしいこったな」

「おいおい、恩の清算は終わって俺に恩を作ってる最中の間違いだろ?」


軽口を叩きながらも血の入った袋と臓物に満たされた桶を用意してくれる。繰り返したやり取りだ、お互いに慣れている。


「奥さんに言われたくなきゃこれからも寄越してくれよ。どうせ捨てるもんだ、損はねぇだろ」

「まぁな、ただこの会話を聞かれる度に家内にせっつかれるのがいけねぇ」

「情けないなぁ、おい」

「所帯持てば嫌でもわかるさ、悪漢気取りの糞ガキにもな」


酷い言われように多少むかっ腹が立ったので奥にも聞こえる声で弱みを暴露してやることにする。


「おいおい! また酒場でねーちゃん口説いきたいだって! すみに置けないなぁ、あんな美人の奥さんがいるってのによお!」

「わー! 馬鹿、馬鹿が! やめろって!」


奥から、今夜は覚えときなよ! と奥さんの声が聞こえた。しっかり届いたらしい。


「けっ、おっさんが説教なんて似合わねぇことするからだぜ」

「おまっ、覚えてろよ! 仕事終わったら奢らせてやるかんな」


銅貨を投げつてから両手に血と臓物が入った桶をもって出る。飲みに行くのは楽しいので覚えておくことにする。奢るなんてことはないが。


最後に向かうのは馬車の貸し出しを行う御者の組合。組合員でなくとも金さえ出せば馬も台車も借りることが出来るが、初めは紹介が必要だったり結構面倒だったりするせいか利用は少ない。


「馬と台車を借りにきた。台車はボロでいいが馬はまともなのを頼む」

「はいはい、いつもの子が空いてるからね、可愛がっておやりなさいよ」


代金を払えば年老いた店主が小僧を呼び、馬までの案内と台車の手配をやってくれる。見た目では萎びたジジイでもやはり組合の支部をまかせられたほどの人物で、小僧の躾も行き届いている。


「兄ちゃんは丁寧に乗るから俺達も後が楽でいいんだよ。ところでさ、馬に乗るのがうまいと夜もうまいって聞いたんだけど兄ちゃんはどうなのさ」


一言余計だが。


「いつもこっち来ると預けに来る行商のおっさんはすごいって自慢してたぜ。そのわりに馬は疲れてること多いんだけど、兄ちゃんはどうなのかな!」


しつこい。



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