勇気
ライン
通知を知らせる音が鳴る。
彼から送られてくるいつものライン。
『おはよう』
毎朝送られてくるから嬉しいよ。
嬉しいけど、いつも同じ言葉が一文だけ、わがままなのかな…
送ってくれるだけでも嬉しいけど、物足りなさを感じてしまう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…
『いつも一緒の言葉だね…』
パッパパパパパパ
ピッ、ピッ、ピッ
『おはよ』
ピッ、ピッ、ピッ…
『今日もお仕事頑張って』
私は自分の気持ちを隠してただ返事をするだけ。
♢♢♢
僕は朝起きたら彼女にラインを送る。
『おはよう』
たった一言。
僕は口下手だから気の利いたことも言えない。
仕事の支度をしているといつものように彼女からの返信が送られてきた。
ピコピコ、ピコピコ
『おはよ』
『今日もお仕事頑張って』
こんなやりとりを始めてから何年たっただろうか……
最近、彼女の考えてることが分からない時がある。
♢♢♢
会社に入って3年。
やっと仕事にも慣れてきて、部下も出来て、面白くなってきたけど、その分悩みも抱えている。
私が入った会社は冠婚葬祭、所謂ウェディングプランナーと呼ばれる職業。
この職業は、すごく大変だけど、結婚という、人生最大のイベントと呼べる場に立ち会える。
お客様と仲間たちみんなで作り上げるモノは、とても感動する。
今日もお客様と打ち合わせをしている。
「こちらの花束などいかがですか?」
「ん〜。ねぇ智、どぉ思う?」
「ん?いいんじゃないか?」
「だよね!私も良いって思ってたんだ!」
「では実物が奥にありますので」
「わかりました!ちょっと行ってくるね!」
今日、担当しているのは20代後半のカップルだ。
智と呼ばれた彼の方は見るからに乗り気ではなく、何を思っているのかわからない。
彼と重なった……
「はぁ…疲れる…」
そんなお客様は彼女が離れた途端、ぽろっと愚痴をこぼした。
気になって思わず目を向けるとバッチリ目が合ってしまった。
「あ、すみません。その、なんて言うか、夏帆が喜んでくれるのは嬉しいんですけど、結婚式を挙げることがここまで大変だとは思わなくて……」
「大丈夫ですよ。結構そういう男性の方多いですから……」
聞こうかと思ってしまった。
(それでもちゃんと好きなんですよね?)って。
でも、結婚を決めた方にそれを聞くのは野暮というもの。
だから心の中で祈っておく、『あなたはちゃんと言葉にしてあげてください』と。
♢♢♢
会社に入って2年。
初めての部下も出来たけど、まだまだ下っ端で、さらに部下のミスで僕まで怒られる。
それでも初めての部下は可愛いと思う。
「先輩、ここなんですけど、どうすれば良いですかね?」
「ん?どれどれ……あーここは、こうするだよ」
「あ、ならほど!ありがとうございます!」
部下は分からないことは素直に聞いてきてくれて、こっちとしても教えやすくてありがたい。
彼女は、僕といると楽しそうに笑ってくれるけど、どこか影があって、「どうしたの?」「何かあったの?」って聞ければ良いんだけど、拒絶されるのが怖くて勇気が出ない。
彼女も何も言ってこないから、って自分の中で言い訳して勝手に折り合いをつけてしまっている。
「先輩、飯いきましょ!」
「ん?あぁ、もうそんな時間か」
「あー腹減った!今日何にします?」
「そうだなぁーーー」
僕の臆病さがいけないんだろうか……
彼女は僕といて本当に楽しいんだろうか……
ダメだ。考えるほどネガティブになってしまう。
今は食事のことでも考えよう。
♢♢♢
「ただいまぁ」
部屋には自分の声だけが響く、一人暮らしなんだから当然だけど、返事は返ってこない。
部屋着に着替えて、チューハイを開けてソファの下に座って寛ぐ。
ピッ、ピッ、ピッ…
『今帰宅したよ』
ピッ、ピッ、ピッ…
『電話したいな…』
彼は仕事終わったかな?
薄暗い部屋でちょびちょびとチューハイを飲みながらテレビをつけて思う。
すると……
ライン、ライン
『ごめん、今電車』
『家ついたら電話するわ』
ピッ、ピッ、ピッ…
『そっか電車の中じゃ仕方ないね』
ピッ、ピッ、ピッ…
『わかった待ってるね』
彼からの電話を待ってる時間は永遠にも感じるほど長く感じる。
缶の中身が三分の一くらいになったところで彼から電話がかかってきた。
ティロロティロロティロロティロティン、ティロロティロロ
『もしもし?遅くなってごめんね』
『うんうん。私こそ。疲れてるのにごめんね』
『大丈夫。それでどうしたの?』
『ん。なんか声聞きたくなっちゃって』
『そっか。そうだ、今度の休みっていつ?』
『えっと明後日の木曜日』
『わかった。その日は早く上がれるように頑張るよ』
『うん……ねぇ雅樹……』
『ん?』
『うんうん。やっぱなんでもない。それより仕事は順調?』
(私のどこが好き?)口に出かけた言葉をぐっと飲み込んで会話を続ける。
そんなこと聞かれたら嫌だよね。
私も嫌だもん、なんか信じてないみたいで。
でもね、たまには口にしてほしい時もあるの。
〝好きって〟
たった一言、その一言が欲しくてたまらなくなる。
私ってわがままなのかな……
♢♢♢
帰宅ラッシュより少し遅かったからか、電車に乗るとたまたま席が空いていたから、そこに座って、カバンからスマホを取り出す。
彼女からのライン通知が2件
『今帰宅したよ』
『電話したいな……』
なんだろうか、いつも電話するか、本当に疲れ切ってる時でもラインをするから、『電話したいな』なんて言われなくとも電話するのに。
とりあえず、電車の中なのでそのことを伝えたら、『待ってるね』と返ってきた。
やっぱり何か悩みがあるのかもしれない。
彼女が打ち明けてくれるのなら、力になれるようにしっかりと聞いてあげよう。
帰宅して、ネクタイ、第1ボタンを緩めてリラックスした状態になってからビールを用意して、彼女に電話をかける。
……
『……ねぇ雅樹………』
『ん?』
『うんうん。なんでもないーーー』
彼女は何かを言おうとして、しかし止めた。
なんだろう、嫌な感じがする。
このままにしておくと何かが壊れてしまうような……
だけどその日の電話は他愛もない話で終わっていった。
もしも僕に勇気があれば……!!
あることを思いついて、親友の鷹に電話をかけた。
ティロロティロロティロロティロティン、ティロロ
『はい、もしもし?雅樹?こんな夜中にどうした?』
『あ、鷹?ちょっと頼みがあってーーー』
♢♢♢
今日は木曜日、仕事が休みだから、家の掃除とか普段やれないことを一気に片付ける。
色々とやってたら時間が昼を過ぎていた。
買い出しに行って、自分で昼食作って、彼の仕事が終わるまでダラダラと休日を満喫していた。
ライン、ライン
『ごめん。仕事でちょっとトラブルがあって今日会えなくなった』
『本当にごめん』
彼からのラインを見てがっかりした、でも、私も仕事でトラブって約束を破ったことはある。
そこは分かってるから、ちゃんと大丈夫ってラインを送ろう。
でも、いよいよ暇すぎる。
なっちゃんでも呼んで飲みに行こうかな。
そう思い至って、親友のなっちゃんに連絡を入れるとおっけーの返事が返ってきたので二人で待ち合わせして、居酒屋に向かった。
「ねぇ、聞いてよなっちゃん!雅樹がね!好きって言ってくれないの!ねぇ、どう思う?私嫌われたのかな?え、いや、雅樹ぃ、いやぁぁ、捨てないでぇ」
「はぁ…もう遥飲み過ぎ。雅樹くんは別にあんたのこと嫌いになったわけじゃないと思うわよ。ていうか直接聞きなさいよ。まどろっこしいわね」
「ぐすん。だって……聞いて、別れ話されたらって思うと怖くて…ぐすん」
「はぁ……」
お酒も進んでなっちゃんに愚痴っていると、机の上に置いてあったスマホから通知を知らせる音が鳴った。
ライン
『今なにやってる?』
噂をすれば、というやつで、彼からのラインだった。
「雅樹くん?」
「うん……」
「なんて?」
「今なにしてるか?って」
すぐに『なっちゃんと飲んでる』と返事をすると、すぐにラインと向こうからの返事が返ってきた。
『鷹のラジオって聴ける?』
鷹のラジオ。
彼の親友がやっている【ファルコンラジオ】とかいうやつだ。
昔アプリを取ったことがあったから今でも聴けるはずなので『聴けるよ。なんで?』と返事しておく。
「どうしたの?」
「なんか、ラジオ聴けって」
「え、それってなんかサプライズとかじゃない!?」
「サプライズって言われても今日、記念日とかじゃないし……」
「そっか…じゃあなんだろ?」
とりあえずアプリを開いてファルコンラジオに合わせる。
『さぁ、次のコーナーですね!次はお悩み相談コーナー!』
『て、おいおい鷹。そんなコーナーあったけ?』
『うん、なかったな!ちょっと頼まれてな!まぁいいじゃないの。ディレクターとかにも許可もらったし!』
『はぁ、まぁええか』
『それじゃあ早速!えーリスナーネーム雅樹さんからのお手紙。鷹、久しぶり。』
『久しぶり?ちょちょちょ、それ、お前の友達?』
『…鷹、久しぶり。久しぶり。実は今、彼女が何か悩んでいるみたいなんだけど、聞き出す勇気がでません。なので勇気が出るメッセージと曲をお願いします。ということです。んーそうだなあ。とりあえず、彼女が悩んでるんだったら当たって砕けろ!』
『無視ですか…。まぁいいや、てか砕けちゃダメじゃね?』
『あぁそっか。まぁいいや。とにかく頑張れ!』
『雑っ!』
『いや〜励ましの言葉って難しいな』
『まぁそうだな。まぁでも鷹の言った通り、動かなきゃ始まらないから勇気出して聞いてみてください!』
『ということで、勇気の出る曲、タイトルはーーー』
ライン
『僕口下手だし、頼りないかもだけど、悩みがあるなら相談してくれないかな?』
くすっ
思わず笑みがこぼれた。
たしかに悩みといえば悩みだったけど、まさか悩みの種の本人から悩みを聞かれるなんて。
「どうするの?遥?」
「うん。私も勇気出してみるよ」
「そ」
その日の居酒屋には、もともと流れていた曲に混ざって、とある席から別の曲が小さく流れていた。