第五話 お披露目
夜明け前。
緊張と興奮でティアナは目を覚ましてしまった。
ついに、ついにこの日が来た。
義母から疎まれ、父から無視され、周囲から嫌われて育ってきたティアナは、奇跡の魔女として人の役に立つことだけが自分の生きている意味だと思っていた。
もしも奇跡の魔女になれなかったのなら、なんの役にも立たず誰からも必要とされないただのガラクタだ。
一筋の涙が頬を伝う。
良かった。私はまだこの世界に必要とされている。
「首尾はどうだ」
「バッチリ」
メイナードの質問にキースはウィンク付きで応えてみせた。
「エリオット、最初はどんな話題から?」
「メイクやドレスを褒めるとこらから」
「彼女が失敗をしてしまったら?」
「可愛らしいと言って慰める」
「彼女が落ち込んでいたら?」
「黙って抱きしめる」
「どうかな? こんな感じなんですが」
キースはエリオットの特訓の成果をメイナードに披露して、期待に添えているか確認した。
「……」
タラシの方向に偏っていないか?
内心思ったが、それでも元の暴走するエリオットよりはだいぶマシに思えた。
「まぁよい。エリオットは特訓を忘れず、きちんと奇跡の魔女ーーティアナをエスコートすること」
「もちろんです。彼女に恥をかかせることがないように努めます」
エリオットは力強く頷いた。
その数時間後。
「本日はよろしくお願いします。ティアナ=マードックです」
ティアナは城の控えの間にいた。ティアナの前に立つのは、魔女の試練で世話になったエリオットだ。
「……よろしく」
その一言を言ったきり、エリオットは黙り込んだ。
その様子を少し遠くから眺めているメイナードとキースはこそこそと話し始めた。
「どうなっているんだ、あれは」
「緊張が高まってしまったんですかね。あれじゃあ練習した話題も無駄になっちゃうかも……」
「あ、あの!」
兄二人が心配している中、エリオットは上ずった声を出した。
大丈夫か、と心配するメイナードたちは、けれどひとまずことの成り行きを見守ることに決めた。
「あの……とても、綺麗だ」
「え……」
ティアナは困惑した表情でエリオットを見上げる。
そんな風に褒められたことのないティアナには、彼がいったい何を言っているのかすぐに理解するのは難しかった。
数瞬遅れて、ドレスのことだと理解する。
「ありがとうございます。このドレスはニコラーーもう一人の奇跡の魔女候補だった子が見たててくれたんです。彼女、本当に心から祝福してくれて……このドレスも数多くある中から時間をかけて選んでくれたんですよ」
勝負に敗れたニコラは悔しさを露わにしていたが、それでもティアナを祝福した。勝者であるティアナに敬意を欠くことなく、立派な態度を貫くニコラが友人であることは、ティアナにとって誇らしいことだった。
「……本当に、綺麗だ」
同じ綺麗と言う言葉だが今度はティアナ本人に向けられた言葉だった。
「はい、ありがとうございます」
しかしティアナは自分自身が褒められたとは夢にも思わない。今まで一度たりともティアナのことを褒めてくれた人などいないのだから。
ドレスを褒められていると思い込んでいるのに気づいたエリオットは、さらに念を押して褒める。
「ドレスも綺麗ですが、私はそのドレスを身にまとうティアナ様自身に見惚れているんです」
「……」
今まで言われたことのない褒め言葉に、思考が追いつかない。
この方は私のことを綺麗と言ってくださっているの?
信じられない気持ちでエリオット眺める。彼の態度がとてもぎこちなかった。
あーそういうこと、とティアナはエリオットの気持ちを理解した。エリオットはこの国の王子だ。女性と接する事は日常茶飯事なのだろう。だから褒めるところない女でも、褒め言葉をさらりと口にする方なのだ。事実、エリオットはとても言い辛そうに綺麗だと言っているのだから。
「ありがとうございます」
ティアナは穏やかに笑ってエリオットに顔を向けた。
社交辞令には社交辞令で返さなければならない。
エリオットが思ってもいない褒め言葉をティアナに向けたのだと思い、ティアナも相手の内心を理解しつつ恥をかかせないような返答をした。
「……」
ティアナの美しさに見とれたエリオットはぼう然と立ち尽くす。
しかし傍で見ていたメイナードとキースは、ティアナがエリオットの言葉を全く信用していないことに気づいていた。
「ティアナ嬢は手ごわそうだな」
キースは苦笑した。
「手強い方がちょうどいい。……両思いになったとしても報われるとは限らないのだから」
メイナードが不吉な予言めいたことを言う。
「え……?」
メイナードはそのまま踵を返してしまう。キースはその後を追った。
お披露目は、城から出て街の中央にある広場を経由して戻ってくるコースを取る。
広場までの移動中は馬車の中から顔を見せ、広場に着いたら馬車から降りて国民に挨拶を述べることになっている。戻る時も行きと同じく馬車から顔を見せながら城に戻ることになっていた。
街にはすごい人だかりができていた。誰もが奇跡の魔女をひと目見ようと道に出てきている。
「今回の奇跡の魔女様はどのような方なのでしょうか」
「確か男爵家の出身だと聞いているが」
「魔女様の能力は爵位で決まるわけじゃないからね」
「最近は魔獣が街に姿を見せることも増えているから、力の強い奇跡の魔女様だと良いのだけれど」
国民たちが口々に、思い思いの事をしゃべっていた。しかしその様子はどこかそわそわしていて、新しい奇跡の魔女の誕生を喜んでいるようだった。
「……」
ティアナは集まる国民を見つめていた。
こんなに多くの人に期待されているとは。
奇跡の魔女が尊い存在だと言う事はもちろん知っていたが、こうして国民の反応を見てみるとその偉大さが想像をはるかに超えているのだと実感する。
「大丈夫ですか?」
エリオットは緊張で震えるティアナに話しかけた。
「少し緊張していますが、これも私が奇跡の魔女になった重みだということで、全て受け止めてみせます」
なんて立派な態度なのだろう。エリオットは思った。
エリオットよりも三つほど年下だと聞いているが、その態度は上に立つ者として十分な資質を備えていた。
歓声に応えて、ティアナは笑顔で手を振った。
そのたびに歓声がひときわ大きくなる。
これが奇跡の魔女の魅力なのか……いや、違う。これは奇跡の魔女という肩書きの魅力ではなく、国民の期待に応えようとするティアナの意思が魅力的に映っているのだ。
こうして共にカプデビラ王国の発展に尽くしていけるのだと思うと、なんだか嬉しい。
ティアナが手を振り歓声が起こるを繰り返し、馬車は広場に到着した。
中央には周囲から見渡せるように一段高い舞台が設置されている。そこに向かって伸びた人の割れ目を、エリオットに手を引かれながらティアナはゆっくりと歩く。
「奇跡の魔女様!」
「きゃー、今こちらを向いて手を振ってくださったわ!」
馬車の中で受けたものよりも歓声が近い。耳を痛めてしまいそうだ。けれど喜びに満ちていて、ティアナは嬉しく思った。
舞台までの道を半ばまで来た時、近くを黒い陰が横切った。
「危ない! 下がって!」
「きゃ……」
エリオットはすごい早さで反応して、その陰の前に躍り出た。
「何者だ!」
柵から乗り出して手を伸ばす女性に剣を向けて問うた。しかし、答えたのはその女性ではなかった。
「お義母さま……」