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異世界転生審問官の苦悩  作者: おがた
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0.異世界転生審問官の苦悩

 「この世界」の魂を振り分け始めてもうそれなりに長いが、最近ここを訪れる者の心持ちが急激に変化しているように感じる。

 それなりや最近といった言葉を使ってはみたが、それらは諸君が想像しているよりも遥かに大きな尺度の話である。


 諸君にも分かるように例えて説明する。まずクスノキを想像してほしい。大きな大きな奴だ。分からないなら今すぐ別のタブでGoogleを使って調べるとよい。良い時代だな。そしてこの世界――宇宙の浮かぶ次元をまるごとひっくるめて――はそのクスノキの葉っぱ1枚に乗っかっている。かつて「大いなる意志」が苗から育て始めたクスノキは、大いなる理を幹として、可能性の数だけ枝を分け、世界の数だけ葉を茂らせた。


 しばらくの間は「大いなる意志」自らがその成長を手助けしていたが、あまりにも巨大になりすぎたため、葉の一枚一枚を見るには手が足りなくなってしまった。そこで「大いなる意志」は自らの一部をちぎり取り、葉を剪定したり、表皮の状態を保全する存在をいくつも作り出した。諸君らの定義する数字では収まりきらないほどの数を。そしてそのうちの1つが私である。


 私の役目は葉の栄養となる魂の行く末を振り分けることである。良き魂にはその世界の可能性を拡げ、葉の成長を促す力がある。そうでない魂は葉を萎れさせ、枯れて散る一因となってしまう。その配分を見極めて適材適所、良き魂は生まれたての若葉の元へ送り、その力を発揮してもらう。悪しき魂は比較的安定している葉に潜り込ませて、均衡を取るようにしている。


 もともとはこんな役割などは必要なく、魂が自ら求めるままの流れに任せていた。しかしこの数千年で大きく事情が変わってしまった。どの「葉」においても言えることだが、生命が知能を進歩させて「言葉」を使い始めるあたりから、いつも成長が滞り始める。欲望や郷愁といった感情が魂の可能性を妨げ、同じ葉ばかりに固執して離れようとしない。

 「祖国のためにもう一度戦いたい」と吠える2500年前の青年。

 「愛したあの人とまた一緒になりたい」と泣く先日の老婆。

 それではね、こちらとしても困るんですよ。と諭して折衷案を探る。大抵の場合は少しの妥協の後に、無事進むべき「葉」へと笑顔で旅立ってくれる。

 そんなやり取りをしているうちに、私自身もヒトの感情の機微が分かるようになり、この世界の事情に詳しくなり、なんとなくヒトそのものに近づきつつある気さえする。これもまた「大いなる意志」と「木」の進化とも言えるのではないか。


 しかし、ここ数年は本当に事情がおかしい。

「これが噂の転生ですか」「あなたが転生審問官ですね」

 などとのたまう連中がいやに多いのだ。まるで我々の存在を知っていたかのような者が多すぎる。漫画のキャラクターが紙面から読み手をうかがうことができないように、彼らもまた上位の存在である我々のことを感知することなどできないはずなのだ。


 不審に思って葉の中の世界――下界――の様子を見てみると、驚いたことに我々の仕事を模倣したような文学作品が山のように書き上げられ、しかもそれが支持を得ているというのだ。馬鹿馬鹿しい。諸君らに一言言っておく。剣と魔法の世界は存在する。そこで多くの人々を救い、英雄として崇められるような存在だっている。だがしかし甘えるな。今その命を有意義に使えていないものが次の命で何か大業を成すことなどは甚だ難しいのだ。


 私はここに諸君らの言う「転生」の実情を記すことにする。ここへ来た者がどんな人生を送り、どんな次の命を望み、そして結果どこへ旅立っていくのか、その全てを諸君らに教える。おそらくそれは読んでいても気持ちの良いものではないかもしれない。諸君らが望むような「転生」ではないかもしれない。

それならばそれで、今あるその命を力の限り生きてほしいのだ。それが諸君らの魂をより良いものに変える手段だ。


 次回からは、実際のエピソードを交えて報告する。今回はこのあたりで。

 しかし私に名前が無いのは便宜上困る。せっかくだから以前来た彼の言葉を借りて「転生審問官」と名乗ることにする。


 ちなみにこの名前をくれた青年はまた同じ世界で牡蠣になった。そろそろ食べ頃を迎えるのではないだろうか。


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