閉じた瞳は世界を見据え
神は私に証と力だけを与えて道を示さずに消えていった。ならば私は何をすれば良いか、それを示すものなどどこにもない。世界を変える力を与えられても、その責を負うことなど矮小なる私には出来用もなく。ならば私は代行者となろう。自らの善など棄て、与えられた善を全うする代行者となろう。わかっている、それは偽善であり投棄である。自らの責を棄てたどり着く英雄という民意の奴隷だ。それでいい、そうあるべきなのだ。そうあればこそ、私は、私だけは私を許すことが出来る。誰かの為に成し、尽くす、それならば私は私を認めることができる。例え、その全てが全てにとって偽善だとしても。
かつて焦がれた英雄の力は思っていたよりも簡単に手に入り、それは思ってたよりも重く心に響いてくる。それが故に、それが私の結論だ。そうであるが故に、そうであってはならない。英雄とは奴隷たるべきではないのだ。誰か私を殺して欲しい、やがて私が違えて世界を殺す前に。何時であれ英雄になり得る今だからこそ願う、願わくば私は凡人でありたかった。
「止まれ! 何者だ!?」
英雄足りうる力を持ち、しかし何もなしていない私は何者なのだろう。とりあえず、私は慣例に基づいてこう名乗ることにしよう。
「勇者……とでも名乗りましょうか。」
そう、名乗ろうとも私の本質は逆である。勇むこともできず思考を放棄した者。これは私自身へと向けられた皮肉の刃だ。
「失礼を、今取次ぎますので少々お待ちください。」
そしてそれは同時に、私がその運命から逃れられぬよう自らを閉じ込める檻だ。そしてそれはまるで、鉄の処女のようだ。内側に刃の突き出した檻などそれしか思い浮かばない。
「お待たせしました勇者様。騎士長ヴィルヘルムです。お話は中で伺いましょう。」
恐ろしい、まるで深淵に飲まれるかのようだ。一度潜れば私が私でなくなってしまう、狂気の門が開け放たれ、その奥へと誘う先導が私に手招きをしているかのようにも見える。
それは違う、なにかがおかしい。彼は狂気へなど誘っていない。私を狂気へ導くのは他ならぬ私自身だ。彼は、私の言うがまま。そう彼は、もはや狂気に呑まれているのだ。たった今は、私の意思の代行者、そして、それが終われば彼は法の代行者となる。騎士団という余りにも大きな力を与えられ、それは身にあまり、それが故に彼は騎士という偶像となった。故に単純だ、同じ事を死ぬまで繰り返せばいい。与えられて、従うことを繰り返す、それは狂人の行いではないだろうか。
「国王様! お喜びください勇者が現れました。」