八話 職人グラッド
結局シャロンの家に厄介になる事に決めた私達。
数日はゆっくりと過ごすとは言ってもやる事は多い。
消耗品などを補充してやる必要があるし、装備の手入れも必要になる。
情報収集も必要だ。
私達はシャロンの案内の元、ウェストールの街を買い出しがてら観光する事になった。
辛気臭い街だとは言ってもウェストールは規模の大きい街だという事に変わりはない。
アイアンキングダムの連中を相手に商売をする者も多く品揃えも充実している事だろう。
問題は街を牛耳っているディミトリアス派の連中の圧力の所為で余所者のハンターは満足に買い物や装備の手入れが出来ないという事だ。
その問題に関してはディミトリアス派にとって目上のタンコブであるバクストン派に属するシャロンの存在は有難いものだった。
これから腕の良い武器職人も紹介して貰う予定だ。
「ほら、あそこですよ!」
どうやら件の職人の居る店に着いたらしい。
シャロンの指差す先には今にも朽ち果てて潰れそうな……
いや、長い歴史を感じさせる工房があった。
一応金属製の看板はあるのだが長期間風雨に曝されていた為か何と書いてあったのか伺い知る事は出来そうにない。
シャロンの愛用している剣は中々の物であるので信用出来る腕の持ち主だとは思うだが、工房の金属製の看板がボロボロだというのは如何なものとかと思う。
大抵の事は気にしないルードですら少しばかり不安そうだ。
ハンターにとって己の武器はまさに命綱と言っても過言ではない。
だからルードのこの反応はハンターとしては至極真っ当なものなのだ。
そんな私達の不安などどこ吹く風といった態度で工房の中に入って行くシャロン。
シャロンの後に着いて入ると、中は清潔に保たれており、この工房で鍛えられたと思われる武具等が整然と並べられていた。
おいルード。
勝手に商品を触るんじゃない。
子供かお前は。
怒られても知らないぞ。
ルードの子供っぽさに呆れながらも店の者を探してみるがそれらしい人物は見当たらない。
ミスリル銀やアダマンタイトといった対魔人金属で造られた貴重な武器がおいてあるというのに。
本当に大丈夫なのかこの店は。
ちなみに対魔人金属という物は文字通り魔人に対して効率よくダメージを与える事が出来る希少金属の事だ。
下級魔人などは普通の武器でも問題なく殺せるのだが、中級以上の魔人は傷の再生能力が高くなり上級の魔人に至っては通常の武器では即座に回復されてしまうのだ。
そこで旧文明の科学の髄を込めて造られたのが対魔人金属なのだ。対魔人金属には魔人の再生能力を一時的に減少させる効果があるウイルスが組み込まれている。
それでもヴァンパイア等の一部の上級魔人は凄まじい再生速度を誇る。
「グラッドさーん! お客さん連れて来ましたよー!」
シャロンは大きな声で主らしきものの名を叫ぶが誰も出て来る様子はない。
『シャロン。本当にここで大丈夫なのだろうか。
少しだけ不安になって来たのだが』
「この工房のグラッドさんはウェストールで一番の武器職人なのですっごく忙しいんですよ。
多分奥で仕事してますからちょっと見て来ますね。お二人はここで待っていて下さい」
そう言うとシャロンは慣れた足取りで主の名を呼びながら奥へと向かって行く。
シャロンの声がどんどん遠ざかって行く。
……
どこまで行くつもりだ。
幾らなんでも奥行きが広過ぎではないか?
もうほとんどシャロンの声が聞こえなくなってしまったぞ?
そんな疑問を抱いた時だった。
「うるせぇぞ! 小娘がキャンキャン喚くんじゃねぇ!」
シャロンの声が小声に感じてしまう程の大声が響き渡る。
どうやらこの声の主がこの工房主の様だ。
それにしても凄まじい程の声量だ。
ルードに至っては驚きの余りに思わず剣を抜いて身構えてしまっている。
だがルードよ。
驚いたのは分かるが売り物の剣を勝手に使うんじゃない。
というか、普通こういう時は使いなれた愛剣を抜き放つべきだろうに。
どんな得物でも戦う事が出来るのは素晴らしいとは思うが、ルードの腰にぶら下がっている業物が不憫すぎるぞ。
そして売り物の剣はキチンと元の場所に戻しておけ。
工房主らしき人物の怒声が聞こえてから五分程経った頃だろうか。
ようやく工房主が店舗の方にやってきた。
眼光は鋭く、鍛え上げられたがっしりと体型をしている。
下手な駆け出しハンターよりも工房主の方が強そうだ。
年の頃は六十前後といったところだろうか。
「小娘に客だと聞いて来てみれば、何でぃ、まだ若造じゃねぇか」
ふむ。口は悪いが悪意は感じられない。
どうやら工房主は典型的な職人らしい職人であるようだ。
一つだけ気になる点があるとすれば、私は少なくとも工房主の五十倍以上は生きているので若造には当たらないだろうという事くらいだろうか。
まぁ、私とて女性である事には変わりはない。
若く見られると言う事は嬉しい事であるし、実年齢を教えた所で信じて貰えるとも思えないので特に訂正するつもりもない。
「若造だなんて言ったら失礼ですよ! こう見えてもルードはA級のハンターなんですよ!」
「ほう。それなりにやるとは思ったが大したもんだな」
シャロンの言葉を聞き特に驚く様子もなく感心した素振りを見せる工房主。
一流は一流に通ず。
工房主はルードの実力を見抜いていた様だ。
しかしシャロンよ。
こう見えて呼ばわりされた男が地味に落ち込んでしまっているのだが。
ルードめ。私には平然と暴言を吐き掛ける癖にシャロンには甘過ぎではないか?
下心が透けて見えるぞ。
このスケベめ。
「俺の名はルインザードという。店の武器は勝手に見させて貰った。良い腕だ。俺の剣の調整を頼めるか?」
気を取り直したルードが工房主に依頼をする。
それと同時にルードは愛剣をグラッドへと差し出す。
グラッドはアダマンタイト製である剣を片手で軽々と受け取ると抜き放つ。
その目は真剣そのものだ。
グラッドは数十秒程の間剣を見定めた後、再び剣を納める。
そしてこちらに向き直ると口を開いた。
「ああ。いいぜ」
グラッドは何の気負いもなく言い放った。
驚くほどにあっさりと受けて貰えてしまった。
シャロンの言を信じるならばこの街でもっとも優れた武器職人のグラッドは物凄く忙しい筈だ。
大陸屈指の規模を誇るクランが存在するこの街で一番と言われている職人がこうまでほいほいと安請け合いするものだろうか。
「良いのか? 俺達は余所者だ。ディミトリアス派の連中から目を着けられるかも知れないんだぞ?」
「デミグラスとかいう若造の事なんざ知った事か。俺は武器屋だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ。
勿論料金はお前等からがっつりぼったくってやる。
この街で一番の武器屋、ぼったくりのグラッドとは俺の事だ!」
グラッドはそう言い放つと無骨な笑みを浮かべる。
何という正々堂々とした割増し請求宣言だろうか。
まぁ、ディミトリアス派の連中の妨害が予想される現状では多少高かったとしてもここで調整して貰うしかないのだが。
だがきっとこのグラッドと言う男は正当な請求しかしない気がする。
何故なら並べられている様々な武具にはかなりの高値が付けられている。
だが私の目にはそれらの武具はその値段に見合うだけの価値がある確かな逸品に見える。
見る者が見れば正当な金額の請求であっても見る目がなければ法外な請求に映ってしまうのだろう。
ぼったくり、そんな不名誉な二つ名でさえも笑い飛ばす気骨のあるもの、己の仕事に適正な価値を見出してくれる者さえいればそれで良い。
それがグラッドという職人であるらしい。
「頼む」
「任せとけ。見た所それ程ガタは来ちゃいない。今夜中には終わらせておく。明日の昼以降に取りに来い」
ルードは言葉少なに店主へと告げ、店主は満足そうに応じると一振りの剣をルードに投げて寄こす。
それはルードの愛剣と比較的近い重量の剣だった。
「ほれ、これを貸してやる持ってけ」
「いいのか?」
「ああ。ハンターが丸腰ってもの落ちつかねぇだろ?
お前さんにゃ、それが必須って事はないだろうが、あればあったで役に立つぞ?」
流石にグラッドはルードと比べて人生経験に一日の長がある。
ルードの自尊心を上手く刺激しつつもさり気なく自分の作品のアピールまでしている。
こんな言い方をされたら単純なルードでは成す術がないだろう。
ルードは貸し出された剣を軽く振るう。
ひゅんっと小気味良い風切り音が鳴る。
一つ頷くと滑らかな動きで再び剣を鞘に納めるルード。
「済まん。借りとく」
私の予想通りにルードはグラッドに対し言葉短に謝辞を述べる。
見事なまでに単純な奴だ。
ルードは扱いさえ心得れば意外と素直で可愛い面もあったりするのだ。
保護者的な立ち位置である筈の私に対しては生意気な態度ばかり取るが。
まぁ、私に対しては少しばかり遅めの反抗期なのだろう。
「おう! 見たとこ、お前さんは力任せになる傾向があるからな。丁寧に扱えよ!」
「……気を付ける」
グラッドの言に僅かに顔を顰ませたものの素直に応じるルード。
噛みつかずに素直に応じた理由は言わずもがな。
この熟練の職人に掛かれば問題児である筈のルードも完全に子供扱いだ。
普段からこれ位私の話を聞いて欲しいものだ。
「預けた武器は明日にでも受け取りにくるとしてだ。シャロン、傷薬などの消耗品を取り扱っている店も案内して貰えるか?」
「あ、はい。分かりました。それではグラッドさんまた明日来ますね」
「昼以降なら何時でも来い」
ルードの要求に素直に応じたシャロンはグラッドに軽く会釈をし、グラッドも鷹揚に返事を寄越す。
どうでも良い事かも知れないが、シャロンは明日も着いて来るつもりなのだろうか?
今日は店の場所と顔繋ぎの意味もあったからシャロンの存在は必須だったが、明日はシャロンは別に居なくても良いのではないだろうか。
等と思ったが敢えて口に出す程の事でもないの黙っておくとする。
ルードも特に気にはなっていない様であるし、触れる必要もあるまい。
こうして私達はグラッドの店を後にした。
その後はシャロンの案内の下、傷薬を値切ってみたり購入してみたりと有意義な時を過ごす。
だがそんな有意義な時間も直ぐに終わりを告げる事となる。
元々シャロンの家を出た時から私達を尾行する者は何名か居たのだがその数が徐々に増えている。
尾行して来る者達はこちらに対する険悪な、いや、憎悪と言っても良い気配を隠し切れていない。
この様子から察するに昨日始末したディミトリアス派の連中の報復といったところか。
ルードは全く気にした様子を見せていないが間違いなく気がついているだろう。
気が付いているのにその素振りすら見せない理由は極めて単純だ。
それは尾行して来る者達の力量が大した事はないという点と、ルードの自分自身対する絶対的な自信だ。
私やシャロンの事は置いとくとしてだ。
自分だけは絶対に死なないという自信がルードにはあるのだ。
これが護衛の仕事を受けている最中であったならばまた違った反応を示したのだろうが、シャロンはともかくとして私はルードに守られなければならない程に弱くはない。
この程度の連中ならば私にとっても大した障害にはなり得ない。
つまり私がシャロンの事さえ気に掛けておけば後は全てルードが片付けてくれそうだ。
そんな事を考えている間にも私達を尾行している者達の数は増え続けた。
「あ、あの、ルード?」
流石にシャロンですらも周囲の違和感に気が付いたようだ。
シャロンの声にはかなりの緊張感が込められていた。
それも当然と言えば当然の反応だと言える。
既にその時には周囲は昨日殺した数の倍以上のハンターがいたのだから。
それと同時に私達の前方を塞ぐような形で人影が現れた。
私達に感づかれた以上は隠れるもう必要がないと言う事か、私達を相手取るには既に充分に戦力を集めたというところか。
前方を塞いだ連中の中でリーダー格と思われる男が口を開く。
「てめぇら昨日うちの連中をぶっ殺してくれた余所者だろう?
生意気にもアイアンキングダムを相手に派手に喧嘩を売ったんだ。
覚悟は出来てんだろうなぁ?」
まるでこちらを威嚇するかのような怒鳴り声で喚き立てる男の声。
どうやらディミトリアス派の連中の報復と言う事で間違いないようだな。
シャロンの体が思わず強張るのが分かる。
この男がディミトリアスだろうか。
いや、恐らくは違うだろう。
私とてそれなりに相手の実力は感じ取る事が出来る。
あのバクストンが一目置く程の男がこの程度という事はあるまい。
シャロンの緊張は単純にこの状況に寄って引き起こされたものであろう。
「へぇ…… お前等みたいな生ゴミを片付けるのに、
覚悟なんて大層な物が必要だったとは知らなかったな」
ルードは男達に向かって面倒臭そうに言い捨てる。
だがその声色とは打って変わりルードの表情には好戦的な笑みが浮かんでいる。
そんなルードの態度に周囲を囲む者達の殺意は加速的に膨れ上がって行く。
そして殺意に比例するようにシャロンの緊張も高まってしまっているようだ。
ある程度の緊張ならば問題はないと思うのだがこれ程の過度の緊張は返って動きを悪くするだろう。
まぁ、相手が魔人ならともかく、派閥が違うとは言え仮にも同じクランに所属する者にこれ程の憎悪や殺意を向けられてしまっては致し方ない事かも知れない。
ふむ。
これは想定したよりももう少しだけ余分にシャロンの事を気に掛けてやる必要があるかも知れない。
これはこれで意外と油断は出来ない戦いになりそうだ。
そんな事を考えながらいつ攻撃をを受けても対応出来る様に周囲への警戒を続ける私なのであった。