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五話 S級殺し

 辛気臭い街だ。 

 それが私の城塞都市ウェストールに対する印象だ。

 妙にピリピリと張り詰めた雰囲気もある。

 人通りは少なく、何となく街から活力が感じられない。

 その割にシャロンに劣情の籠った汚らわしい視線を差し向けて来る下種な男達が其処彼処にたむろしている。

 奴等がシャロンの言っていたアイアンキングダムに所属するならず者達の派閥、ディミトリアス派に属する者達なのだろう。


「辛気臭い街だな」


 ルードが私と同じ感想を呟く。

 その言葉を聞いたシャロンが僅かに俯いた。

 デリカシーのない男だ。

 この後にシャロンも同席させて酒を呑もうとしてる癖に。

 あわよくばシャロンの貞操も狙っている癖に。

 その程度の配慮も出来ないのか。

 馬鹿者め。

 そんな私の視線に気が付いたルードは間違った事は言っちゃいないと言わんばかりの態度で明後日の方向を向きつつ口笛を吹く。

 何故にこの男は人の神経を逆なでするような行動ばかりとるのだ。

 何が腹立たしいって口笛の音が全く鳴らせていないところだ。

 そんな私達の険悪な雰囲気を感じ取ったシャロンは慌てて口を開く。


「ま、先ずは宿屋でしたね。あ、そうだ。狭くても良いのでしたら私の家に来ますか?」


 む。シャロンに配慮するどころか逆に配慮されてしまうとは。

 私とした事が何たる不覚。


「気を使わせたか。泊めて貰えるのなら助かる。だが良いのか?」


 良いのかとは、男を泊めても良いのかという意味だ。


「命の恩人ですから。でも流石に夜這はお断りですけど。

 部屋はイグニスと一緒でも良いですよね?」


 ルードの言わんとしている事を理解したシャロンがきっちり釘を刺す。

 シャロンの様子に面白くなさそうなルード。


 ふむ。私はルードと同じ部屋で構わない。

 ルードが余計な事をしないようにしっかりと私が見張っておかなければな。


 私はシャロンがなるべく安心して眠る事が出来る様に決意する。

 おいこらルードよ。何だその嫌そうな顔は? 

 私とて一応女なのだぞ。しかも人型になれば絶世の美女であるときている。

 ここは喜ぶところだろうが。

 む? 露骨に舌打ちするんじゃない。   

 何なのだ。子供か、お前は。

 

「それじゃぁ、先にハンターギルドに向かいますね」

「ああ。頼む」


 シャロンが再び空気を読んでくれたようだ。

 ふむ。私とルードはいつもこんな有様なのだがやはり周囲からはやはり険悪な雰囲気に見えてしまっているようだな。

 これは私も少しは反省すべきなのかも知れない―――――いや、私が改善したところでもう一人の当事者であるルードにその意志がない以上は無駄な努力になりそうだが。

 そんな事を考えつつもシャロンに案内されつつ街中を進んで行く。

 そうして進む間にもシャロンに下品な視線を向ける者達は居たがルードが一睨みするだけで慌てて目を背ける小物ばかりだった。

 私の見立てでは実力も恐らくシャロンの方が強い。

 とは言ってもそれは一対一での話であれば…… だ。

 数に任せて奇襲を仕掛けられた場合は流石にシャロンでは旗色が悪いだろう。

 それにも関わらずシャロンにはディミトリアス派を警戒する素振りを見せない。

 

「私がならず者達を恐れない理由ですか?

 理由は単純ですよ。

 彼等はバクストンさんを始めとする古参の人達を恐れているからです」


 なるほど理由を聞いてみれば本当に単純な理由だった。

 以前に古参派に属する女性ハンターに手を出した連中は古参派、いや、バクストン派とでも言った方分かり易いだろう。

 バクストン派に半殺しにされた揚句に手足を縛られゴブリン共が跋扈する森の中に捨てられるという事件があったらしい。

 その一件以来、表立ってディミトリアス派はバクストン派と敵対する事はなくなったらしい。

 だが、今の話はシャロンを慰み者にしようとしてゴブリンに殺された連中がいたという話と内容が矛盾するような気がする。

 更に詳しく話を聞いてみるとゴブリンに殺された連中はつい最近アイアンキングダムの噂を聞きつけて加入した者達だという事だった。

 アイアンキングダムにさえ加入すれば好き放題出来ると勘違いしていた連中なのだとシャロンは言う。

 だからこそシャロンが体を張って始末しようとした、という事らしい。

 ふむ。一応矛盾はしていない…… のか?

 しかしディミトリアス派の横暴はアイアンキングダム以外のハンターや一般の人々に対しては今も続いているようだ。

 これは街の入口の警備をバクストン派が請け負っている為に街の中の治安にまで中々手が回らないという理由の他にクランマスターであるキングがディミトリアス派の行動を黙認してしまっている為にバクストン派も迂闊に手を出す事が出来ない所為でもあるらしい。


 そんな話をシャロンから聞いている間に一際大きな建物の前に辿りつく。

 建物にはハンターギルドの象徴とも言える五芒星が刻まれておりこの建物こそが私達の目的地であるハンターギルドの支部である事を物語っていた。

 ちなみに五芒星は魔人との戦争で最も活躍した五体の神獣を表しているらしく、この五芒星を見る度に私はどこか気恥かしいむず痒い気持ちにさせらる。


 大抵のハンターギルドには報酬を支払ったりする為の換金所やハンターとして新規登録をする窓口の他にハンター達が情報交換をしたり出来る酒場と負傷したハンターを治療する為の医療施設が備えられている。

 ここウェストールのハンターギルドの中の構造も大陸中に存在する他のハンターギルドの支部と似たようなものだった。

 あくまで構造は、であるが。


 私達が入って行くとまだ昼間だというのに呑んだくれている連中が目に入ってくる。

 カードゲームでギャンブルに興じる者、呑み比べをしている者、女性を侍らせる者、嫌がる雰囲気を見せる女性をしつこく口説こうとしている者など様々な者がいた。

 だがこれはまだ良い。

 少しばかり品がない気もするがどこのハンターギルドでも見られる一般的な光景だからだ。

 しかし受付に人が居ない。

 これは絶対にあり得ない事だ。

 少なくとも街の閉門時間までは業務を続けていなければならない筈なのだ。

 そんな事を考えていると呑んだくれている連中の中から一人の女性が立ちあがりこちらに近づいてくる。

 フラフラと覚束ない足取りでこちらに向かって来るその女性はハンターギルドの制服を着ている。

 業務時間中だというのにハンター共と一緒に酒を呑んでいたという事か? 

 そうであるならば職務怠慢どころか職務放棄とすら言える暴挙だと言えるだろう。

 ハンターギルド本部の者達に知られれば最低でも首、下手すれば命すら危うい。

 ハンターギルドに所属している者ならば知らない筈もないだろうに。


「何か~御用で~しょうか~?」


 やはり彼女はこの支部の職員であるらしい。

 酔っている為か呂律の怪しくなった口調でこちらに問いかけてくる。

 酒臭い吐息にシャロンは不快そうに顔を歪めているが、ルードは特に気にした様子はない。

 ルードからしてみればハンターギルドの職員が業務時間中に酒を呑んでいようが報酬さえ換金出来ればそれで良いからだ。


「魔人討伐の報酬を受け取りたいんだが」


 ルードは端的に目的を告げる。

 そしてその手続きに必要なログカードを提示する。

 しかし受付嬢は手続きに入る素振りもせずに信じられない言葉を吐きだした。


「出来ませ~ん」

「何だと?」


 まさかの報酬の支払拒否にルードの声色が変わる。

 シャロンも受付嬢の言っている事が理解出来ないようで困惑した表情を浮かべている。


「ウェストールの街は~、アイアンキングダムと~、専属契約していますので~、アイアンキングダムのハンターさん以外には~、お支払い~出来ないんですよ~」


 そう言ってのけた受付嬢には悪びれた様子は全くない。

 ヘラヘラと悪意を感じさせる笑みを浮かべていた。

 

 この状況はまずい。

 どう考えてもこのままルードに任せるのは得策ではなさそうだが。


「ちょっと待って。専属契約だと?

 そんな話は聞いた事もない。

 ハンターは如何なる者であろうとも報酬を受け取る権利が保障されている筈だろ?」


 ルードはハンターとしての正当な権利を主張してみる。

 ハンターという職業は未だに魔人共が跋扈するこの世界にはなくてはならないものだ。

 それ故にハンターギルドは魔人討伐の報酬は如何なる者、例えば大国に指名手配されている賞金首にでも報酬を支払う事を保障しているのだ。

 このシステムを否定すると言う事はこの世界の在り様を根本から覆す事に等しい。

  

「余所の街では知りませんけど~

 ウェストールでは~

 そう決まってるんです~

 どうしても~

 報酬を~受け取りたいのなら~

 アイアンキングダムに入るか~

 余所の街に~行ってくださ~い」


 受付嬢は底意地の悪い笑みを浮かべ私達に向かって纏わりつく虫を追い払うかのように手を振るう。

 どうやらハンターギルドのウェストール支部はアイアンキングダムと完全に癒着してしまっているらしい。

 こうやってアイアンキングダム以外のハンターを街から締め出していき、ウェストールの街はアイアンキングダムに頼るしかない状況に持っていっていく。

 自分達の影響力を高める事によって実質的に街を支配してしまっているのだろう。


「しかし――――」

「ごちゃごちゃうるせーんだよ!」


 尚も言い募ろうとするルードに対して背後から怒声が浴びせ掛けられる。

 振り返って見てみれば数人の男達が酒場の方からこちらに向かってきていた。


「この街にゃ、この街のルールってもんがあんだよ!

 痛い目に遭わんうちにさっさと街から出て行くんだな!」


 真ん中の男がこちらを見下した表情で言い放つ。

 どうやらこの男がこの場にたむろすハンター共のリーダーであるようだ。

 見た所それなりに経験は積んでいるようだ。

 少なくとも駆け出しのE級ハンターという事はあるまい。

 ひょっとするとこの男がバクストンの言っていたディミトリアスなのだろうか。

 いや、それはないか。

 バクストン程の男がわざわざ忠告してくる者の放つプレッシャーがこの程度な筈はない。

 

「馬鹿が。街のルールの前に世界のルールを覚えとけよ」


 案の定ルードが男達を小馬鹿にした台詞を吐き捨てる。


「あ゛? てめーこの俺がアイアンキングダムのディミトリアス派の幹部ブロンゾ様と知ってもそんな口が叩けるのか?」


 やはりこの男はディミトリアスではなかったらしい。

 しかしこの場に居る連中はディミトリアス派と見て間違いないようだ。 

 ブロンゾとやらが凄んで来るが正直言って全く怖くはない。

 むしろどうやってリアクションをとれば良いのか困惑してしまうくらいだ。


「ブロンゾの兄貴! どうやらこいつ等ビビって声も出せなくなっちまってるようですぜ!」

「ギャハハハ! だらしねぇ!」

「お? 良く見りゃまだ青くせーが中々良い女じゃねーか!」

「本当だな! おい、姉ちゃん!

 そんな頼りねー男の事なんて見限って俺の女にならねーか?

 良い暮らしさせてやるぜ?

 ついでに気持ち良い事も出来ちゃうぞ!」

「あ~ん。ブロンゾ~浮気する気~?」


 私達が委縮してしまったと勘違いした連中は好き勝手な事をほざいている。

 仮にも同じクランのハンターであるシャロンの顔すら知らないとはな。

 更には受付嬢とブロンゾとやらは絡み合い濃密な口づけまで始める始末だ。

 背後の酒場にいる連中も下品な笑い声を恥ずかしげもなく上げている。

 何と品のない連中なのだろうか。

 全くもって不愉快この上ない。

 別に私もルードも彼等に怯えていた訳ではない。

 余りもの愚かさにあきれ果てていただけなのだ。


「ハァ…… もう一度だけ聞くぞ?

 報酬を支払う気はないんだな?」

 

 連中の様子を見ていたルードが溜息交じりに問いかける。


「しつけーぞ! 女の前だからって詰まらん虚勢張って――――」

「それじゃ、死ね」  


 ルードはブロンゾと絡み合う受付嬢諸共を一刀の元に斬り捨てた。 

 ブロンゾと受付嬢はその顔に笑みを浮かべたまま、上半身と下半身を両断され息絶える。

 二人とも自分達が死んだ事すら気が付かずに意識を消失させたかもしれない。


「な!?」

「兄貴!?」


 ようやく何が起きたのかを理解した取り巻き共が怒声を上げ、武器に手を伸ばす。

 だがその手が武器に触れる事はない。

 何故ならルードがそれよりも早く取り巻き共を斬り捨てたからだ。

 酒場で事の成り行きをニヤニヤと見守っていた連中も凍りついた表情でその光景を見つめている。


 お前達こそ誰を相手に喧嘩を売ったのか理解しているのか?

 その男の名はルインザード。

 いや、血塗れの狂獣ブラッディビーストと言った方がお前達には分かりやすいのかも知れないが。

 連中は未だに声も出せずに凍りついている。

 

「黒尽くめの凄腕ハンター…… まさか血塗れの狂獣ブラッディビースト!?」


 その言葉を聞いた者達は俄かに顔を青ざめさせる。


血塗れの狂獣ブラッディビースト…… って、S級殺しの事だろ!?  本物なら俺達に勝てる訳ねぇ!」


 S級殺し、それがルードのもう一つの異名だ。大陸最強と名高いハンタークラン、フェンリルナイツ。そのクランメンバーはA級以上のハンターのみで構成されており、九人いた幹部は全員がS級ハンターだった。私と出会う以前にルードはフェンリルナイツと敵対し、幹部二人を殺したらしい。S級殺しとはその事から付けられた異名だ。


 事ここに至って連中はようやく自分達が死の際にいる事を理解したようだ。

 相手がS級殺しかもしれない。

 ただそれだけの事でその場に居た者達の尽くが戦意を失う。

 既にこの場に居た者の中で最も強い筈の者が物言わぬ死体になり果てているのだ。

 そして無様に我先にと入口に殺到していく。

 だが既に手遅れだ。

 ルードに切り刻まれ誰一人として入口に辿りつく事は出来ない。

 そんな状況に入口を諦めて窓から逃げようとする者がいた。

 ルードは容赦なくその者の後頭部に酒瓶を投げつける。

 投げつけられた酒瓶は窓に向かっていた者の後頭部に酒瓶の底の部分が命中する。

 酒瓶は後頭部をグシャリと潰しその者を絶命させた。

 結局彼等には絶望と死が与えられる事になった。

 絶望と恐怖に顔を歪めながら殺されていく連中を見て、私は絶望する間もなく死ねたブロンゾと受付嬢の方が幸せだったかも知れない等とどうでも良い事を考えたのだった。

  

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