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四話 誤解

 オーク共を一掃して三十分程歩いた頃だろうか。

 森が途切れて一気に視界が開けた。

 それと同時に目に飛び込んで来る堅牢そうな城塞都市。

 恐らくあれがウェストールの街なのだろう。

 街の外周をぐるりと囲む外壁と街の中心部を囲む内壁が二重に張り巡らされている。

 外壁と内壁の間には農作物や家畜が育てられており、人が住むのは内壁の更に内側だ。

 魔人共の危険にさらされるの防ぐために現代の街は大抵この形態であり、ウェストールの街も例外ではないようだ。 


「あれがウェストールの街か?」

「ええ。そしてあの中央に見える大きな建物がキングの居るアイアンキングダムの本拠地です」


 ルードの問いにシャロンが余計な事まで答える。


「へぇ……」


 ほら見ろ、ルードが反応したではないか。

 ルードの思考回路は単純そうな見た目の印象通り至ってシンプルだ。

 

『ルード、余計な事を考えるなよ。

 ウェストールに着いたら先ずは宿を確保だ』


 私は思念による会話でルードに忠告を入れる。


「ふん。分かってる。

 だが、宿を確保したら酒場に繰り出す。

 これだけは譲らん」


 ルードはかなりの酒好きだ。

 そして女好きでもある。

 だが決して隙を見せるような事はしない。

 命の軽いこの世界では、ほんの少しの気の緩みが生死に直結する事を本能で理解しているのだ。

 そうでなくては長生き出来はしないし、増してやA級ハンターに至る事などあり得ない。


『勿論その点においては異論はない。

 だが女の居る店は却下だ』

「ふざけるなよ。

 お前みたいな無愛想なトカゲと呑んで何が楽しいんだ。

 俺は心に潤いが欲しいんだよ」


 ルードがぼやく。

 失敬な男だ。

 確かに私は多少は愛想が悪いという欠点がある事は認める。

 だがその欠点を補ってあまりある程の美貌を備えている筈だ。

 燃える様な真紅の鱗、同色の瞳、見る者に高貴な印象を覚えさせずにはいられないこの肉体。

 その私と一緒に時を過ごして潤いがないなどという事はあり得ない。

 詰まらない戯言は程々にして欲しいものだ。


『ふん。金を使う事でしか女の気を引く事が出来ない男は哀れだな』


 ルードの生意気な態度につい私の言葉も辛辣なものになる。

 そして私の皮肉がルードの雰囲気を一瞬で剣呑なものへと変えさせる。


「…… 喧嘩売ってるのか」

『ふむ。私は別にルードの事だと言ったつもりはなかったのだがな。

 その反応を見る限りどうやら哀れな男の一人だったようだな』


 苛立ちをあらわにしたルードに追い打ちを掛けてやる。

 ちょっと煽れば直ぐにムキになりおって単純な奴め。

 私の思念が聞こえていないシャロンは不意に立ち込めた不穏な気配におろおろとしている。


「死にたいらしいな」


 剣に手を掛けるルード。


『見境なく暴れるしか脳のない狂獣め。

 この際どちらが飼い主か教えてやるとしよう』


 私も応じて戦闘態勢をとり呻りをあげる。


 私達は度々こうして他愛もない事でぶつかりあってきた。

 少々物騒ではあるがこれが私とルードのコミュニケーションの取り方の一つなのだ。

 私達の周囲に訪れる沈黙。

 

 正に状況は一触即発。


 ほんの些細な切っ掛けでこの沈黙は破られる事になるだろう。

 だがしかし―――――


「ル、ルインザードさん!

 急にどうしちゃったんですか。喧嘩はやめましょう?」


 沈黙を破ったのは私やルードではなくシャロンだった。

 

 これには驚いた。

 殺意こそ込められてはいないとはいえども私とルードの周囲はそれなりに濃密なプレッシャーで満ちていた筈だ。

 一般的なC級程度の実力しかないシャロンが割り込める程生温い状況ではない。

 だが彼女は割り込んできた。

 シャロンは恐怖を感じていた筈だ。

 それなのに私達の間に入り込めるとは大した胆力だ。

 その勇気は称賛に価する。

 ルードに視線を向けてみればルードの視線はシャロンへと注がれその表情にも僅かながらも驚きが表れていた。

 整った容姿といい意外な程の胆力といい中々魅力的な女ではないか。

 そしてルードと私の視線が合う。

 ふむ。どうやら考えている事は同じという事か。

 ならばさっさと話を纏めてウェストールへと向かう事としようではないか。


「シャロンがそこまで言うなら仕方ない。

 それじゃ、発言に責任を取って貰おう。

 一晩俺とイグニスに付き合ってくれ」

「へ? ひ、一晩付き合う!?

 そ、それって二人で…… その……」


 ルードの言葉を聞いたシャロンの表情が見る間に真っ赤になっていく。

 私も居るので二人ではなく三人なのだがな。


「シャロンは俺達に命を救われた。

 その恩を返すと思って付き合ってくれ。

 それで全てが丸く収まる」


 命を救った恩を盾に要求するのはいささか卑怯な気もするが、一晩酒に付き合う程度で済むのならば安いものだろう。と、思うのだがルードの言葉に対するシャロンの反応は芳しくはない。

 何か問題があるのだろうか。

 シャロンの先程までの様子から察するに彼女が私達に対して抱いている感情はそれ程悪いものではなかったと思うのだが、私の勘違いだったのだろうか。

 

「い、幾ら命の恩人だとは言ってもそれだけは無理です!

 わ、私には心に決めた人が!」


 シャロンは顔を真っ赤にしながらも毅然と言い放った。

 なるほど、確かにそう取られてもおかしくはない紛らわしい発言だったかも知れない。

 助けてやったんだから謝礼は体で支払え。

 そういった意味に聞こえてしまったのかも知れない。

 ふむ。ルードならばあり得る展開だな。

 初心そうな彼女にはさぞ衝撃的な発言に聞こえた事だろう。

 だがシャロンよ。

 私という存在の事が完全に忘れられているというのはどういう事なのだ?

 

「俺の言い方が悪かった。

 シャロンがいれば場が華やぐ。

 だから酒を呑むのに付き合って欲しい。

 心配は要らない。

 力ずくでどうこうするつもりはない」

 

 ルードは溜息交じりにシャロンへと説明した。

 ルードは例え初対面の女性であろうと平気で夜這を掛けるようなスケベな男だが、嫌がる相手に力づくで己の性欲を満たすような男ではない。

 その点は私も保障できる。

 これならばシャロンに誤解なく伝わるだろう。

 ルードが何やら苦虫を噛み潰したような顔をしているな。

 どうやら自分で言っててちょっと空しくなったらしい。


「ち、力づく!?」


 ルードの言葉にシャロンが無意識に自身の胸元を守ろうと手を動かす。

 そんなシャロンの動きを察知したルードの益々苦々しいものとなった。

 そんなルードを励ますべく私は定位置とも言えるルードの肩へと移動する。

 ちなみにルードの夜這を相手が受け入れた場合。

 もの凄く頑張ってしまうルードの可愛らしい一面を垣間見る事が出来る。

 あくまでも私の目を掻い潜って夜這に行く事が出来たならという前提ではあるが。

 まぁ、一生懸命に頑張ったところで卓越した戦闘力とは打って変わってあっちの方は人並みといった程度の評価しか出来ないのだがな。

 そんな私達の様子を見てシャロンはクスクスと笑いだす。


「なんだかんだと言っても結局お二人は仲良しなんですね。慌てて間に入る必要もなかったかも」

「その点に関しては肯定も否定しないけどな。だが、まぁ、その、気遣いは有難い」


 ルードはシャロンに感謝の意を伝える。

 不器用だがこういった気遣いが人と人との関係を円滑にするのだ。

 ルードは若干不機嫌そうに口を開く。 


「さっさとウェストールへと向かうぞ。

 のんびりしてたら日が暮れちまうからな」


 ルードはそれだけ言うと勝手にウェストールへと歩き出す。

 どうやら多少照れ臭いらしい。

 そんなルードの様子に私とシャロンは小さく笑う。

 そしてルードの後を追ってウェストールの街へと向かうのだった。

 


 私達は何とか日が沈む前にウェストールの入口に辿りついた。

 大抵の街の入口は国に所属している街ならばその国の兵士が、そうでない街の場合はその街と契約した大手クランのハンター達が警備に着いている。

 ウェストールの街の入口ははやりと言うべきか当然と言うべきか、アイアンキングダムのメンバーが警備しているようだ。

 私達の姿が見えた時には警戒の色を濃くしていた彼等だったがシャロンの姿を見つけると明らかにホッとした様子になったのが見て取れた。


「シャロン! 無事だったか! お前が奴等と連れだって街を出たと聞いて心配したんだぞ!」


 彼等の中でリーダー格と思われる男がシャロンに声を掛ける。

 その男は背が高くそれでいてどこかネコ科の猛獣を連想させる。

 見事な業物の槍を持ち、年の頃は三十代半ばといったところだ。

 

「バクストンさん! 心配させてごめんなさい」


 シャロンはリーダー格の男、バクストンに素直に頭を下げる。

 彼等に対して警戒する様子を見せないシャロンの様子から察するに入口を守っている男達はどうやらシャロンと同じ古参派に属する者のようだ。


「後でたっぷり説教してやるから覚悟をしておけよ。

 それで一緒にいる彼は何者だ?

 この街の者ではなさそうだが」


 シャロンに対してはまるで娘か年の離れた妹かのような愛情に満ちた態度のバクストン。

 だが私達に対しては一見リラックスしている様に見えてその実、一切の隙を見せていない。

 その所作だけでバクストンがかなり強者である事が否応なしに伝わってくる。

 間違いなく覚醒者だ。

 いや、バクストンだけではない。

 その取り巻きの男達も恐らく全員が覚醒者だろう。

 それぞれが油断なくこちらの様子を伺っている。

 私達が彼等の実力を見抜いたように彼等もまた私達の実力を見抜いているとみて良さそうだ。

 小さな街などは覚醒者が居ない場合も少なくないというのに。

 流石は大陸中にその名を轟かせるハンタークラン、アイアンキングダムといったところか。


「一緒に街を出た彼等はゴブリンの群れに襲われて死にました。

 私も危うい状態だったところを偶然に通り掛かった彼等に助けて貰ったんです」

「そうか、とりあえずお前が無事で良かった。

 俺はウェストールの警備責任者を務めているバクストンって者だ。

 どうやらうちの者が世話になったらしいな。礼を言わせてくれ」


 事情を聞いたバクストンが笑みを浮かべその手に持った槍を部下に預け手を差し出してくる。

 通常警備兵は、いや、ハンターは武器を己から放すなどという事はない。

 一流のハンターならば例えベッドの中で逢瀬を重ねている最中であっても即座に得物に手を掛けられるように心掛け、身近に置いているものだ。

 上級魔人の中には人と見分けのつかないものもいるからだ。

 だがバクストンはあえて武器を手放す事で私達に対して敵意はないと言う事を示している。

 それと同時に例え素手であったとしても魔人や人などに遅れは取らないという確固たる自信の表れでもあるのだろう。


「たまたま付近を通り掛かっただけだ。それに良い臨時収入にもなったし問題はない」


 相変わらず愛想の悪い男だ。

 やれやれ。何時まで経っても大人になりきれない男のお守というのも大変なのだな。


「そう言って貰えるとこちらとしても助かる。街に入るのならば名前を教えてくれないか。一応そういう規則なんでな」

「ルインザード。一応このトカゲはイグニスだ」

 

 ルードが名を告げた途端に一気にその場の空気が重くなる。

 毎度の事ながらルードの悪名の高さに辟易とさせられるな。


「ルインザードだと?

 ひょっとして血塗れの狂獣ブラッディビーストなのか?」

 

 バクストンが少しだけ意外そうに問いかけて来る。


「さぁな。仮にそうだとしたらどうだっていうんだ」


 バクストンの問いにルードは挑発的な笑みを浮かべる。

 そんなルードの様子にアイアンキングダムのメンバー達が俄かに殺気立つ。

 心底嬉しそうに笑うルード。  

 何故この男はここまで好戦的なのか。

 このままでは死人が出かねない。

 そんな緊張感をバクストンが容易く打ち破る。


「おい。お前等、不細工な殺気を撒き散らしてんじゃねぇ」


 そう言うなりバクストンは最も殺気だっていた部下の頭を軽く叩く。

 ルードの挑発を受け流し冷静さを失った部下を窘めるバクストン。

 そこでようやく部下達はルードの気配に呑まれてしまっていた事に気付いたようだ。


「うちの若いのがすまんな。

 だが出来れば安い挑発は控えてくれ。

 あんたが血塗れの狂獣ブラッディビーストだろうとそうでなかろうと問題ない。

 ようこそウェストールの街へ」


 そしてバスクトンは再びこちらに振り向くと男臭い笑みを浮かべて一礼する。

 バクストン本人は優雅に一礼したつもりらしいが余りにも様になっていない。

 むしろ滑稽ですらある。

 だがこの場ではそれが良い方向に働いたようだ。

 張り詰めていた空気が一気に弛緩し、殺気に満ちていたバクストンの部下達からも思わず笑いが零れ、気難しいルードですら毒気を抜かれて呆気にとられた間抜け面を晒してしまっていた。

 もしもバクストンが狙ってやったのだとしたら戦闘はともかく腹芸ではルードには太刀打ち出来なさそうだ。もっともルードに腹芸で勝てない者を探す方が大変なのだろうが。

 だがアイアンキングダムやウェストールの周辺が何やらキナ臭い状況にある以上は私がしっかりと気を引き締めなければならないだろう。

 そんな決意を秘めウェストールの門を潜ろうとしたしたその時。


「シャロンを救ってくれた礼に一つ忠告しておく。」


 バクストンが不意に私達に向かって口を開いた。 

 ルードは半身だけ胡乱げな表情で振り返る。


「シャロンが居れば問題ないと思うがディミトリアス派には気を付けろ。

 下っ端共は本物の屑共だが、ディミトリアスは結構やるぞ」


 そう言い放ったバクストンの表情からは男臭い笑みは消え、歴戦の強者のそれになっていた。

 ディミトリアスという者がならず者達の派閥のボスなのだろう。

 バクストンがディミトリアスという名を出した瞬間、ほんの僅かだがシャロンがピクリと反応したが何か因縁でもあったりするのだろうか。

 そしてバクストンの言葉を受けたルードは笑みを浮かべた。

 それは自分が死ぬ事等は欠片たりとも考えていない自信に満ちた笑みだ。


「ハッ! 俺の敵なら殺す。それだけの事だ」

 

 ルードはそれだけ言い放つと確かな足取りでウェストールの街へと再び歩み始める。

 遂に私達はウェストールの街へと足を踏み入れたのだった。


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