三話 異変
アイアンキングダムというクランはキングという男が作ったクランであるらしい。
キングは腕っ節も強く面倒見が良かった為に他のハンター達にも慕われる人物だったようだ。
幼い頃に両親をなくしてしまたシャロンの事も何かと気に掛けてくれたという。
当時のキングを物語るエピソードにこんな話があるという。
数年ほど前の事だ。
街が中級魔人の一種であるナーガの群れに襲われた事があったという。
シャロンの両親や妹もその時に亡くなってしまったようだ。
甚大な被害は出たもののキング達アイアンキングダムの活躍もあって何とか撃退に成功したらしい。
これはアイアンキングダムが相当優秀なクランであるという証明だといえる。
ナーガは中級魔人の中でも手強い存在だ。
人と同等の知性があり上半身は人の姿を持ち下半身は蛇の姿を持つ。
そしてその大きさは上半身部分だけで二m以上もあり、全長に至っては十mを超えるだろう。
何よりも恐ろしいのは尾だ。
叩きつければ大木をなぎ倒し、捉えて締め上げればあらゆる生物の骨を砕く。
ナーガ一体の報酬金が一万ガル、ゴブリンの二百倍という事から鑑みてもその危険度は一目瞭然だ。
無事にナーガを撃退した所までは良かった。
だがその防衛の最中でシャロンを含めた多くの子供達がナーガに攫われてしまったのだ。
それを知ったキングはクランメンバーの制止を振り切って単身ナーガの巣に乗り込みナーガを殲滅し、攫われた子供達を救出したらしい。
その生き様は正に英雄そのものであった。
そんな男であったので当然クランの規模は拡大し、街での影響力は大きくなっていった。
だがしばらく前からキングは人が変わってしまったようだ。
手に入れた権力が彼を変えてしまったのか、それとも今までが猫を被っていただけなのかは分からない。 次第に人前からは姿を消し、クランメンバーにもならず者達が増え始めた。
現在アイアンキングダムのメンバーは三百人程で主に二つの派閥が存在しているようだ。古くからキングに従ってきた古参の者達の派閥と新たに増えた主にならず者達で構成される新派閥だ。
悪い噂のほとんどはならず者達の新派閥によるものであるという事らしい。
そしてシャロンは古参派、そしてゴブリンに殺された者達は新派閥に属する者だったという事のようだ。
容姿の良いシャロンはならず者達にとって格好の獲物に映ったようだ。
ならず者達は狩りに誘うと見せかけてシャロンを慰み者しようとしていた。
そしてシャロンはその企みを逆手にとって誘い出しその者達を始末しようとしていたのだが、想定を遥かに超えるゴブリンの群れに襲われてしまって窮地に陥ってしまった所に私達が出くわしたらしい。
シャロンが仲間の死に対してドライな反応だったのは、何という事はない、元々仲間だと思っていなかったからという事が真相だったようだ。
シャロンの話を詰まらなさそうに聞いていたルード。
唯一キングの単身ナーガの巣に乗り込んだ時のエピソードにピクリと反応したくらいだが、私には分かる。ルードはキングという男の強さに興味を持ったのだ。
何とも単純な思考の男であるがそれ故に強い。
そんな男だからこそ私はルードの存在に強く惹かれているのだと思う。
「これが今のウェストールの街とアイアンキングダムの現状です。
ウェストールに着いてもなるべく早く他の街に移動した方が良いと思います」
一通りの説明を終え少しだけ悲しそうな笑みを浮かべるシャロン。
「アイアンキングダムを見限って他の街に移ろうとは思わないのか?」
そんなシャロンにルードは己の疑問を問いかける。
「思いません。
自分でもルインザードさんの言う通り他の街に移った方が良いという事は分かってるんです。
でも私の瞼にはあの日助けに来てくれたキングの姿が焼き付いてるの。
だから私は……
どんなに変わってしまったとしても決してキングの事は裏切れない」
シャロンの言葉は強い意志に満ちていた。
シャロンは恐らく一人の女としてキングを愛しているのだ。
私はそれはとても悲しい意志だと思った。
そして愚かな女だとも思う。
だが私には彼女を笑う事は出来ない。
私も彼女と同類なのだ。
ルードの進む道は決して正しいとは言えない。
それでも私はルードと共にありたいのだ。
シャロンもきっとそうなのだろう。
そんなシャロンの様子をみてルードは一言だけ口を開く。
「そうか」
ルードは人の思いを無暗に踏みにじる男ではない。
だが私には分かる。
その声色にはほんの少しの苛立ちが含まれていた事が。
ルードとはそういう男なのだ。
その後何となく会話が途切れ沈黙に包まれ暫くたった頃。
ルードが足を止め口を開く。
「今度はオークの群れか」
どうやら下級魔人のオークを見つけたらしい。
ルードはいつも神獣である私よりも魔人を早く発見する。
これはかなり異常な事だ。
一度その事について聞いてみた事があるのだがルード自身も理屈はよく分かっていないらしい。
強いていうなら勘だそうだ。
「オークですか?」
シャロンは若干不安そうな声でルードに問いかける。
オークとはずんぐりむっくりな体躯をした魔人でゴブリンよりもスピードは劣るが体力とパワーに優れた魔人だ。
ゴブリンよりも厄介でC級のシャロンでは一度に相対出来るのは精々一匹か二匹ずつだろう。
私やルードであれば群れであろうとも問題はない。
更に火竜になった私ならば数千規模の大群ですら一掃出来る。
「丁度良い。ちょっと暴れたい気分だったところだ!」
シャロンの問いかけに答えもせずに言い放つと、ルードは無邪気な笑みを浮かべ一人走り出す。
私やシャロンが置き去りなのは、もし別の魔人に襲われたのだとしても私が居れば大丈夫だと信頼してくれているから…… だと思いたい。
ふむ。折角の獲物をルードの一人占めにされるのも面白くないな。
我々も向かうとしようか。
私はシャロンの前に立ち彼女を促す。
「え、あ、はい!」
どうやらシャロンに私の意図は伝わったようだ。
本当は私は思念を操作する事によって人と意志の疎通を行う事が可能だ。
だが会話が出来るドラゴンというものはあまり一般的に知られてはいないらしい。
正直な話、余計な事になる場合が多い。
半狂乱になって逃げ出したり。
魔人の一種だと思いこみ殺そうとしてきたり。
奇異な目で見てきたり。
捕まえて売り飛ばそうとしたりという者も居た。
不要ないざこざを避ける為に私はルード以外の者とは意志の疎通は控え目にしている。
我々もルードの元へと向かう。
だがルードとは違って走るなどという事はしない。
私だけならばともかく、この場にはシャロンもいるからだ。
しっかりと周囲に警戒しながら進む。
進行方向からは既にオークの共の断末魔が途切れることなく聞こえてくる。
ルードはどれだけ暴れているのだろうか。
だがこれならば道に迷う事もないだろう。
私達がルードに遅れる事数分。
その場に着いた時にはルードによってかなりの数のオークが物言わぬ屍と化していた。
思わず息を息を呑むシャロン。
息を呑んだのはルードの戦い振りにではない。
押し寄せるオークの数にだ。
多い、多過ぎる。
先程倒したゴブリン共よりも多いのではないだろうか。
シャロンは囲まれないように大木を背に剣を抜いた。
ふむ。思ったよりもシャロンの実力は高いようだな。
だが、だからといってシャロンから目を離すのは危険だろう。
ここで死なれてしまったら折角救ったというのに無駄になってしまう。
ならば私はルードが討ち漏らしたオークを狩りつつ彼女をフォローする方向で動くとしようか。
などと、考えている間にシャロンはオーク共と斬り結び始めた。
オークの力任せな攻撃をヒラリと避けては的確に斬りつけていく。
己に一撃で仕留めるパワーがない事を承知しておりコツコツとダメージを積み重ねるスタイルのようだ。巧みに位置を取りオーク共に囲ませない。
決して無理はせず堅実な戦い振りで確実にオークを傷つけている。
この様子ならばシャロンは問題あるまい。
一息つきルードに視線を向けてみれば相変わらず大暴れしている。
そんな中で、一匹のオークがルードを叩き潰そうと棍棒を振るう。
オークの膂力で振るわれる棍棒は絶大な破壊力を持つ。
常人ならば剣で受ける事など不可能だ。
もしそんな事をすれば剣を圧し折られ、呆気なく肉塊に変わり果てるだろう。
だがルードは違う。
両手で振るわれるオークの棍棒に対して片手で剣を振るい武器を打ち付け合いオークを棍棒ごと一気に両断してのける。
人間の中には、稀に驚異的な身体能力を誇る者がいる。
古代の魔人との戦争時に投入された神獣達は人類との交配が可能だった。
そういった神獣の子孫達が稀に先祖返りを起こすのだ。
生まれつき強靭な身体能力を持つ者も居れば、ふとした切っ掛けで目覚める者もいる。一口に先祖返りと言ってもその実力はピンからキリまであり、ルードのような桁違いの戦闘力を持つものもいれば常人に毛が生えた程度の者もいる。
先祖返りした者の事を現在は能力が覚醒した者という意味で覚醒者と呼ぶ。
基本的にB級以上の者は覚醒者だという認識で問題ない。
ルードは生まれつきの覚醒者であるらしい。
シャロンはよく鍛えているとは思うが覚醒者と言い切れる程ではなさそうだ。
ルードは人間離れした身体能力と無尽蔵なスタミナでオーク共を肉塊に変えていく。
私とシャロンとで十匹程狩った頃にはルードがそれ以外のオークを全て狩り尽くしていた。
「大丈夫か?」
「はい。何とか……
イグニスのフォローがなかったら多分死んでましたけど。
本当に頭の良いドラゴンなんですね」
いや、大したものだと思う。
どうやらシャロンは小回りの利くゴブリンよりもオークの方が与し易いようだな。
「まぁ、コイツはトカゲにしては賢いからな」
この男は…… たまには素直に私の事を褒めても良いのではないだろうか。
そんな私の心境を知らないシャロンは仄かに頬を染め嬉しそうに微笑む。
単純なルードならば勘違いして夜這でも仕掛けかねない笑みだ。
そう思ってルードに目を向けてみれば何やら考え込んでいる様だった。
しかし凄まじく大きな群れだった。
正確な数は分からないが恐らく合計で百匹近くは居たのではないだろうか。
「…… 妙だな」
不意にルードが呟く。
どうやらルードも同じ事を考えていた様だ。
確かにこの状況は違和感がある。
「何がですか?」
どうやらシャロンは特に違和感を感じてはいないらしい。
通常下級魔人は十匹程度の群れで行動をする。
これには理由がある。
基本的に奴等は群れからはぐれた生物や少数で行動する生物を狩るのだ。
つまり狩りで手に入る食料は多くない。
必然的に群れを維持出来る程度の数で行動するようになる。
それが十匹といったところなのだ。
大抵の場合二十匹を超えると二つの群れに別れるか食料が足りずに共食いを始めるのだ。
極稀に大きな群れの報告もあったりするのだが何故そういった現象が起きるのかという正確な理由は解明されていない。
この短時間に立て続けに通常の数倍もの魔人の群れに遭遇するなどという事は絶対にないとまでは言わないがやはり不自然であると言わざるを得ないだろう。 といった事を簡潔にシャロンに説明する。
シャロンも改めて説明をされてみれば私達の違和感に納得した様子だ。
「なぁ、シャロン。この辺ではこういう事は良くあるのか?」
ルードがシャロンに問いかける。
確かにこの地域の魔人が独自の習性を発達させてないとも限らない。
地元の人間であるシャロンに聞くのは悪くない判断だ。
だがさり気なく胸元に視線を這わせるのは止めた方が良いぞ。
人と会話をする時はしっかりと視線を合わせてするべきだ。
「この辺りは魔人が多いらしいんですけど百匹もの群れは聞いた事がありませんね。
でも古参の人達が言うには徐々に魔人の数が増え続けているらしいです」
ふむ。やはりこれ程の大群は異常事態だったか。
まぁ、これが通常だったならばシャロンもそんな少人数で行動などする訳ないか。
異常事態だったからこそ、彼女も絶対絶命の危機に陥ってた訳だろうからな。
しかし魔人の数が増え続けているという話は気になる。
魔人共が増え続けているからこそハンターが集まる。
それらのハンターをターゲットとした商いが成立する事によって更に街が発展する。
更には増えたハンター達に対抗するべく下級魔人共もより大きな群れを作り行動し始める。
ということか? いや、しかしそれでは群れを維持出来る程の食料が確保出来まい。
ふむ。現状では情報が足りなさ過ぎるか。
答えの見つからない連鎖に陥ってしまったようだ。
だが幾ら下級魔人共の繁殖力が凄まじいからといっても数百人のハンター達が魔人を狩るペースを上回る程の繁殖力はないと思うのだが。
まだ答えを出すには情報が足りないか。
アイアンキングダムの成長とキングの豹変、更には魔人共の異変。
何か異常な事態が起きていると考えた方が良いのかも知れない。