二話 出会い
私達はシャロンと共に現在ウェストールの街に向かって移動をしているところだ。
元々ウェストールの街には立ちよる予定であったし、シャロンを一人で放りだす訳にも行かなかったからだ。
シャロンには私が神獣であると言う事は教えてはいない。
神獣の名を親からつけられる人間は実は結構いる。
そして共に行動する動物に神獣の名を付けるものも結構いるのだ。
命が簡単に失われてしまう世界だ。
強く育って欲しいという想いが込められるのだろう。
つまりイグニスという名のドラゴンがいてもそんなにおかしな事ではない。
まぁ、ドラゴン自体が人に懐く事など滅多にないのだが。
ルードが伝説の神獣ですと主張した所で信じて貰えないどころか頭のおかしい奴としか思われないのが関の山だろう。
私が神獣であると知っているのは共に戦った神獣達とルードくらいのものだ。
ルードに関しては私の事を本当に神獣だと思っているのかは怪しいところではあるが。
ちなみにドラゴンとは簡単に説明するのならば旧文明が魔人との戦いの為の研究過程で生まれた生物だ。 その姿は今の私と酷似しているし火竜イグニスを生み出す過程で生まれた種でもあるので私にとっては賢族と言えなくもない。
知能も高く長く生きたドラゴンならば人と意志疎通する事も出来る様になる…… らしい。
「イグニスも凄く強いんですね。
私ドラゴンって初めて見ました。
こんなに小さいのに凄いです。
ゴブリンを倒した時の炎なんてまるで幻想みたいでした」
「まぁ、こんななりでもドラゴンだからな」
面倒臭そうに答えるルード。
「そ、そうですよね。私ったらつい興奮してしまって」
素直に謝るシャロン。
神獣である私は基本的に肉体のスペックは高い。
更に数千年も戦い続けていれば業もそこらの達人などとは比べるべくもない位に研鑽されている。
そんな私の洗練された姿にシャロンが惹きつけられるのは仕方がないと言えるかもしれない。
すぐ近くで「…… 本当は年増ババアだけどな」とか呟いている声が聞こえる。
私が以前に人型で居たらその年増ババアに欲情して襲いかかってきた癖にどの口がそんな事を言えるのだ。
ちなみに私が普段小型のドラゴンの姿を採っている理由と言えば、ズバリ節約の為だ。
神獣本来の姿は途轍もなく巨大だ。
ルードと行動を共にし始めた当初は行動のしやすい人型の姿で居たのだが、街に入るにも税が二人分になるし宿代も嵩む。そして私の食事量も、神獣>人型>小型の順になるので安く上がるのだ。
何よりもルードの金銭感覚は致命的なレベルで異常なのだ。
そういった理由から私が人型になる場合は専らルードと肌を重ねる時だけになりつつある。
「でも血塗れの狂獣って思ってたよりも優しい人でびっくりしちゃいました。
それにこんなパートナーもいるだなんて知りませんでしたよ!」
「その呼び方はやめてくれ。あまり好きじゃない」
シャロンは興奮した様子で喋っている。
だが二つ名の事をあまり気に入ってないらしいルードは少しげんなりした様子だ。
「ご、ごめんなさい!」
シャロンは少しだけ落ち込んだ様子を見せるがそれでも興奮を抑えるには至らないらしい。
ルードの二つ名の由来は敵の返り血を浴び、全身を真っ赤に染めながら狂ったように戦う様から付けられたものだ。
ルード自身は「俺は狂獣と呼ばれる程狂っちゃいない」と主張しているようだが凶悪な笑みを浮かべ敵を屠るその姿は血塗れの狂獣という二つ名がしっくりくる。
初めてルードの二つ名を知った時には誰が付けたのかは知らないが中々のネーミングセンスだと感心したものだ。
しかしシャロンは仲間が死んだ直後だと言うのにそんな素振りは全く見えない。
私達に気を使って気丈に振舞っているだけかも知れないが。
ふむ。それにしても私達が出会ってもう五年近く経つのか。
一部の大国を除いて情報伝達の主な手段は馬や伝書鳩だ。
噂話などの他愛もない話などは行き交うハンターや商人任せになる。
当然広まるにも相当な時間が掛かるし、確度も低い。
そんな情報の遅い現在では知られていなくて当然だと言える。
だが私はこの先どれほど長く生きようともルードとの出会いを忘れる事はないだろう。
ルードと初めて会った日の事を思い起こす。
◆◆◆◆
私は魔人共との戦争の後も歴史の表舞台から降りても一人で人知れず魔人を狩り続けてきた。
その日も私が下級魔人の一種であるオーガの群れと戦っていた時の事だった。
オーガとは下級魔人の中で最強と言われる体長十m程もある巨大な魔人だ。
人型で戦っても勝てない事はなかったと思う。
しかし一々相手にするのが面倒になった私は、周囲に人の気配がない事を確認するとオーガをも上回る程の巨大な火竜の姿になり一気にオーガを群れごと焼き払ったのだ。
例え下級魔人中最強と言われているオーガであろうとも火竜と化した私の炎の吐息の前では焼き尽くされるのみだ。
身の程を知らぬ愚か者共めが。
周辺一帯オーガ諸共全てを焦土に変え、人の姿に戻ろうとしたその時、何者かの視線が私に向けられていた事に気が付いた。
この私に何も気づかせずにここまで接近出来る者がいるとは…… 上位魔人か?
臨戦態勢を解かずに接近者に視線を向ける。
そこに居たのは黒髪黒目、おまけに全身黒ずくめの怪しい男だった。
闇夜の魔人と恐れられるヴァンパイアでもここまで黒に統一しないのではないか。
見た所人間の様に見えるが上位魔人の中には一見には人と見分けがつかないような者もいる。
油断は出来ないが長き時を神獣として魔人との戦いに費やした私の感が何故かこの男は魔人ではないと言っているような気がしたのだ。
「突然でかい炎が燃え上がるのが見えたから様子を見に来てみればでっかいトカゲの仕業とはな。
俺は夢でも見てんのか?」
今までに何度か人にこの姿を見られてしまった事はあったがこんな反応は初めてだった。
伝説の神獣だと大騒ぎするか魔人の仲間と思いこみ襲ってきたり逃げ出してしまうのだ。
私も随分と長い事生きてきたがトカゲ扱いされる日が来るとは思ってもみなかった。
そこは普通はドラゴンだろう。
今までなら目撃されても飛び去ってそれで終わりだった。
しかしこの奇妙な反応をする男に対する好奇心が沸き立ってしまったのだ。
『夢ではないぞ。
あと私はトカゲでもない。
火竜だ。
トカゲなんぞと一緒にしないでくれ』
「うお!?
トカゲが喋りやがるとは……
賢いトカゲもいるもんなんだな」
私の言葉を聞いたその男は心底驚いているようだった。
何故か私にはその時の男の反応が新鮮で、それでいて何処か懐かしく思えてしまった。
『だから火竜だと言っているだろう。
神獣の伝説くらいは聞いた事あるだろう?
私はその伝説に出て来る火竜イグニスだ』
「おとぎ話に出て来る火竜ってこんなデカかったのか」
『こんな話を信じるのか? 自分で言っておいてあれだが嘘だと思わないのか?』
「嘘なのか?」
『嘘ではないが…… 変わった男だな』
「ふん。お前が魔人でないならトカゲでも火竜でも何でも良いさ。じゃあな」
そういって男は立ち去っていく。
今度は私の方が驚く番だった。
まさかこの状況で私に特に興味を示さずに普通に去っていくとは思わなかった。
『ちょっと待ってくれ!
伝説の神獣と出会って反応がそれだけなのか?
もっと何かあるだろう!』
思わず男に向かって叫んでしまった。
考えるより先に言葉が出てしまった。
魔人との戦争において家族、友人、そして恋人を失い、数千年の時を感情が擦り切れてしまったかのように無感情に過ごしていた私は私自身の反応に驚いた。
こんなに感情が揺さぶられたのは魔人共との決戦以来初めてかも知れない。
「ひょっとして構って欲しいのか?」
男の心の底から面倒臭そうな声色が私の心に更に波を立てる。
『クッ…… ならばこれでどうだ!』
そして私は男の目の前で巨大な火竜の姿から人の姿になって見せた。
男は黙ってみるみる人の姿に変わっていく私を見つめている。
どうだ。驚いて声も出まい。
いや、私の美貌に見惚れてしまっているのかも知れない。
そして男は遂に口を開く。
「お前…… 何で全裸なんだ?
ひょっとして誘ってるのか?」
そうだった。
火竜から人に戻った時は裸になるのだった。
私とした事が動揺し過ぎてそんな当たり前の事を失念してしまった。
というか、火竜から人に姿が変わった事に反応してくれ。
だがここでうろたえてしまっては何かこの男に負けた気がする。
内心の動揺を隠しつつ私の体内に組み込まれている過去の人類の産みだした遺産の一つ可触ホログラフィを起動する。
詳しい原理は分からないが大気中の分子を操作して実体のあるホログラフィを作り出すらしい。
生み出せるホログラフィは予め登録してある物だけだが、不可視の刃や壁も作りだせるので汎用性も非常に高い。
この遺産は過去の人類にとってはありふれたものだ。
これにより魔人が出現する以前の人類は手軽にファッションを楽しんでいた。
神獣である私もこのァーティファクトは非常に重用してる。
強いて難点をあげるのならば衣服のデザインが数千年前のものなので今現在使用すると非常に浮いてしまうと言う事か。
「変な格好だな」
男は容赦なく言い放つ。
ああ、分かっているさ。この時代のファッションとは掛け離れていると言う事くらい。
どう言い繕ったところで数千年以上昔に流行した時代遅れのファッションなのだから。
だがな。
「全身黒づくめの男に言われたくはないな」
「俺は実用性重視だ。黒で揃えれば魔人の返り血を浴びても目立たない」
黒髪黒目な上に黒づくめという奇抜な出で立ちだからファッションに対して奇妙な拘りがあるのかと思ったのだがそんな理由だったのか。
「……で?」
更に男は言う。
で? とは一体何の事だ?
男の言葉の意味が分からず思わず男の顔を見つめてしまった。
こうして改めて良く見てみるとなんと目つきの悪い男なのだろうか。
何故こんな男の事が気になるのだろう。
「もう用がないなら行くぞ」
男は再び私に背を向け去ろうとする。
「よ、用ならある」
思わず叫んでしまった。
何故だか分からないが男とこのまま別れてはいけない気がしたのだ。
「なんだ? 手短に頼む」
男は胡乱気に振り向く。
「私もお前について行く」
「何故だ。理由はあるのか?」
「ある。お前が私の事をばらさないように見張る為だ」
く…… この女一体何を言ってるんだ? という表情をしている。
自分でも何を言ってるんだと思う。
思うのだがこの男の事が気になって仕方ないのだ。
「あのなぁ……
さっきまでのトカゲの姿ならまだしも今のお前の事を神獣だって言ったところで誰も信じない。
嘘つき呼ばわりされるのが関の山だ」
確かに男の言う通りだ。
しかし私はどうしてしまったというのだ。
この男の前だとどうにも感情が揺さぶられてしまう。
私はもっと理知的で冷静な性格だった筈だというのに。
「うるさい。ついて行くと言ったらついて行く」
「はぁ…… 好きにしろ」
男はあっさりと私の同行を認める。
私の言い分はかなり無茶苦茶なものだ。
得体のしれない者と行動を共にするなどリスクを高めるだけだろうに。
正直こんなにあっさりと承諾を得られるとは思わなかった。
「いいのか?」
「構わん。そのかわり自分の身は自分で守れ。死んでも知らん」
「それは問題ない。何せ私は神獣だからな。今更だが一つ聞いて良いか?」
「なんだ?」
「名を教えてくれないか」
「…… ルインザードだ」
「ルインザード…… ふむ。覚えた。私の名はイグニスだ。宜しく頼む」
男はぶっきらぼうに言い捨て歩き出す。
私の自己紹介も聞いているのか怪しいものだ。
この男と一緒に居れば魔人共への憎しみのみで生きてきた私の人生も変化が起きるのではないか。
失ってしまった様々な心を取り戻せるのではないか。
不思議とそんな思いが湧いてくる。
こうして私達は出会い行動を共にするようになったのだった。
◆◆◆◆
「ウェストールについて教えてくれ」
私が思い出に浸っている間にルードはこれから向かうウェストールの街についてシャロンに質問を繰り出していた。
この御時世だ。
街が安全であるという保証はないのだ。
情報はなるべく多い方が良い。
地元のシャロンから情報を引き出すというのはルードにしては悪くない判断だ。
「ウェストールについてですか……」
だが質問されたシャロンの表情に影がさす。
さっきまでの興奮した様子が嘘のようだ。
「無理に答える必要はないぞ」
彼女の表情を見る限り事前に仕入れていた噂もそれ程的外れではないという事か。
噂とはウェストールの街を本拠地とするハンタークラン、アイアンキングダムの事だ。
ハンタークランとはハンター同士が手を組んで活動する互助組織のようなものだ。
個人で魔人を狩るというのは非常にリスクが高い。
基本的に魔人は群れで行動するからだ。
まぁ、上級魔人まで行くと逆に単体で行動する事も多くなるのだがどちらにせよ、私やルード位の実力者ではないのならば一人で魔人共と相対するべきではない。
それ故にハンタークランというものが存在するのである。
仲間が増える程自分の危険が減る。
その分収入も減るように思えるかもしれないが多くのハンターの場合は狩る効率は上がるのでむしろ収入は多くなるらしい。
その為に有力なクランには強力なハンターが集まる。
そしてクランが本拠地を構える街の周辺は魔人の脅威が減少する為に、安全を求めて人が集まり栄えていくのだ。
つまり街とハンタークランとは切っても切れない関係にある場合が多い。
だが、ハンターという職業は腕っ節さえあれば誰でもなれるものだ。
中には増長し、暴力を振るい街で好き放題に振舞うものも少なくはない。
これから向かうウェストールの街に本拠を構えるアイアンキングダムもそういった悪い噂を持つハンタークランの一つなのだ。
シャロンもウェストールの街で生活している以上アイアンキングダムと無関係という事はあるまい。
自分の所属しているクランの情報を下手に他人に流したなどと知られれば彼女は粛清の対象になるかもしれない。
「いえ、隠しても仕方なさそうですね。
恐らくルインザードさんの予想している通り、私はアイアンキングダムのメンバーです。
あなたには命を救って頂いた恩があります。
少し長くなりますがお話しましょう」
そしてシャロンはアイアンキングダムの現状を私たちに語りだしたのだった。