エピローグ
今回の一件での傷や疲労を癒した私とルードは旅立つべくウェストールの街の乗り合い馬車の駅へとやって来ていた。
そこには今回の件で関わり合った連中の姿もあった。
どうやら旅立つ私達を見送りに来たらしい。
私達を見送りに来たのはバクストンだけではない。
アイアンキングダムの古参の者達、その中にはディミトリアス、そしてシャロンの姿もあった。
「世話になったな」
「嫌味かよ。世話になったのはうちの方だろう?」
ルードの言葉にバクストンが返す。
確かに私達は世話になったと言えなくもない。
何せあの日から今日までの衣食住は全てアイアンキングダム持ちだったのだから。
ヴァンパイアであったキルレインの報奨金と、更にバクストンからはキングの件で結構な金額の報酬まで受け取っている。
これでしばらくは宿や食事の心配はしなくて済む。
というか、普通の一般人ならば一生をかなり裕福に生活出来る程だ。
だが、あの馬鹿の金銭感覚は少々ずれているからな。
腹立たしい事であるが、既に何度か私の目を盗んでは、如何わしい店にてハッスルしている有様だ。
神獣たるこの私の目を盗んで消え失せる様は、キングやキルレインと戦って居た時よりも俊敏なのではないだろうか。
そう言った理由から恐らく近い将来に、金に困る事になる未来が訪れる事は間違いないだろう。
何と悩ましい問題なのだろうか。
しかしバクストンの言葉にも嘘はないと言える。
結果としてルードは上級魔人の魔の手からウェストールの街、そしてアイアンキングダムというクランを守ったのだから。
「それじゃ、貸しって事にしといてやる」
「チッ。嫌な奴にでっかい借りを作っちまったもんだ」
ルードの言葉を受けてバクストンは大袈裟に溜息をつく。
そんなやり取りを見ていた連中から笑いが漏れる。
まぁ、ルードは彼等に恩に着せるつもりはないだろう。
そんな中で、一組男女がルードの元へと歩み寄る。
それはディミトリアスとシャロンの兄妹だった。
「血塗れの狂獣。
いえ、ルインザード。
言いたい事。
そして言えない事。
山のようにありますが、両親の、そしてキングの仇を討ってくれた事には感謝しています」
ディミトリアスがルードへと頭を下げる。
その表情には邂逅時のに感じた不自然な笑みはない。
その表情は極めて複雑な感情に彩られているが。
恐らくディミトリアス自身も、まだ心の整理は出来てないのだろう。
ディミトリアスの親友とも言えた仲間のほとんどはルードに殺されたのだ。
ルードはキングを殺したとも言えるかも知れない。
しかしキングを救ったのも、またルードだ。
そしてキングや両親の仇でもあるキルレインを討ったのもルードなのだ。
「ふん。感謝はされといてやる」
素っ気ない返事を返すルードに、ディミトリアスは苦笑を浮かべる。
ディミトリアスのその手には、キングが愛用していたアースブレイカーが握られていた。
ほう。二刀流だったディミトリアスが、ハルバート型のアーティファクト、アースブレイカーを引き継ぐというのか。
一見無謀な選択に見えるが悪くない。
通常剣という物は両手で振るう。
二刀流は片手で骨をも断つ人並み外れた膂力が必要とされるからだ。
勿論戦闘スタイルは一変するし、一朝一夕で使いこなす事は出来ない筈だ。
だが、ディミトリアスは20才に届くかという年でA級並みの実力を持つ。
彼がアースブレイカーを使いこなす日が訪れるのは、そこまで遠い未来の事ではないのかも知れない。
そしてディミトリアスに代わって今度はシャロンが口を開く。
「ルード! 私は強くなります!
守りたいものを守れるようになる為に!
もう失わない為に!」
そう宣言したシャロンの瞳。
その瞳には並々ならぬ決意の色が見て取れた。
この決意は本物だろう。
何時の日か彼女の望む強さが、手に入れる事を願わずにはいられない。
出来ればあの様な慟哭は聞きたくないからな。
「そうか。まぁ、頑張れ」
「はい! 頑張りますよ!」
ルードの素っ気ない言葉に元気よく頷くシャロン。
予想以上のシャロンの気合いにルードの方が気圧されている様が面白い。
だが、シャロンはキチンと前を向けているようで良かった。
「そろそろ時間らしい。行くぞイグニス」
馬車へと向かって歩き出すルード。
乗客が私達だけならば私もルードと共に馬車の中へと乗り込むところたが、他の客の目もある今は流石にドラゴンの姿である私が馬車の中に乗りこむ訳にはいかない。
いや、普通なら乗りこまなくても小型とは言えドラゴンがこれ程の至近距離に居れば周囲は混乱の坩堝と化すのだろうが、それが有名なA級ハンター、ルインザードの相棒となれば、乗客達の瞳を彩る感情は純粋な恐怖ではなく畏怖となるのだから不思議なものだ。
ならば私は屋根の上にて翼を休める事としよう。
可触ホログラフィで私の周囲に防壁を作れば風雨も何の問題にもなりはしない。
むしろ客室よりも広々としている上に視界まで良好なのだ。
ふふふ。ルードめ。精々狭苦しく居心地の悪い客室に苦しむが良い。
そんな思いを巡らせルードへと視線を向けてみれば。
そこには明らかに困惑の表情を浮かべたルードの姿があった。
私も人型であったのならば、ルードと同じような表情を浮かべていたかも知れない。
何故なら、シャロンも同じ馬車に乗り込もうとしていたのだから。
「ちょっと待てシャロン。一体何をしてるんだ?」
「何って決まってますよ。私も馬車に乗るんです」
極自然な動作でついて来るシャロンへとルードが問いかければ、これまた極自然な声色で当然の様に馬車に乗り込ながら答えるシャロン。
その答えを聞いたルードの表情は見る間に苦々しく変化してく。
分かる。
今のルードの考えている事は手に取る様に分かる。
というか、恐らく私も同じ事を考えている。
「フフフ。驚いてますね。私はこの数日考えたんです。
強くなるにはどうすれば良いかを。
結論として、外に出て腕を鍛える事にしたんですよ。
所謂武者修行ってやつですね!」
やはりそういう事か。
強くなる為には実戦経験が重要だ。
生来のトラブルメーカーであるルードと共にあれば、その点に困る事はないだろう。
だが、それは同時に常に命の危険に曝されるという事でもある。
「許可した覚えはない」
「何でルードの許可が必要なんですか?
私は私の意志で行動しているだけですのでお気になさらずに。
その結果たまたまルードと同じ方向に向かう事になったりするかも知れませんね」
そう言って笑うシャロン。
完全に開き直った様子で言い放つシャロンに、ルードの奴は反論すら浮かばないらしい。
ふむ。
駄目だな。
これは。
やはりそうなるか。
諦めろルード。
お前では彼女の説得は不可能だ。
「好きにしろ」
そう言ってそっぽを向くルード。
どうやらルード自身もシャロンの説得は諦めたらしい。
シャロンも生きるも死ぬも自己責任のハンター稼業に身を置いているのだ。
あらゆる危険は覚悟の上での事である筈だ。
ルードの所為でシャロンの身に危機が訪れる事はあっても、シャロンの所為でルード自身に危険が及ぶという可能性は低いと言える。
当人がそれで良いというのならばその意志に口出しするというのは野暮というものだろう。
まぁ、シャロンにとっての最も大きな危険は、ルードの下半身である気もしなくもないが、その点に関しては私が目を光らせるしかあるまい。
勿論シャロンの為にではなく、私自身の為に。
そんな事を考えているうちに馬車は走り出す。
「あ。ルード! 出発したみたいですよ!」
「そんな事は分かる。
同行者じゃないって言い張るつもりなら話掛けて来るな」
「旅は道連れっていうじゃないですか?
ほら、風も気持ち良いですよ!」
げんなりとした様子のルードに笑って見せるシャロン。
まだキングを失った傷も癒えていないだろうに健気な事だ。
ルードもまたシャロンの空元気には気が付いているのだろう。
尚も騒ぐシャロンにそれ以上文句を言う事もなく押し黙る。
そんな二人の様子は馬車の屋根の上からでも手に取る様に伝わってくる。
ふむ。確かに風が心地よい。
一般人にとっては街の外での行動は命懸けと言える。
だが、私やルードにとっては街の中を移動するも、街の外を移動するも大差はない。
勿論油断する訳にはいかないが。
あのルードの事だ。
また直ぐに何らかのトラブルに顔を突っ込む事は間違いない。
今くらいは穏やかな時間を楽しんでも罰は当らないだろう。
遠ざかるウェストールの街並みや移りゆく景色。
束の間であろうこの穏やかな時間。
今は精一杯楽しむ事にしよう。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
如何でしたでしょうか?
コメディしか投稿して来なかった自分にとってはシリアスな物語は結構な挑戦でした。今後の参考の為に感想などを頂けましたら嬉しいでっす。
そして一段落着いた今の心境と言えば、終わってホッとしたような、続編を書いてみたいような、そんな感じの不思議な心持です。
ここまで読んで下さった皆様。
良い新年を迎えられます様にお祈り申し上げまする。
それではまたどこかでお会いいたしませう。