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一話 血塗れの狂獣

 大陸西部のとある鬱蒼とした森の中を人影が歩く。

 

 良く言えば鋭い眼光の、悪く言えば眼つきの悪い黒髪黒目の全身黒づくめの二十代半ばの男。

 男の名はルインザード=ドラゴンハート。

 A級のハンターとしてそれなりに名の売れている男だ。

 不意にルインザードが立ち止る。


「血の匂いがする」


 そう言うなりルインザードは走り出す。

 ふむ。確かに風に乗って僅かに血の匂いが流れてきている。

 これは薄汚い下級魔人ゴブリンの血の匂いか。

 いや、それらに混じって人の血の匂いもするか。


『助けるのか?』

「ハッ! 冗談だろ?

 一匹五百ガルぽっちの報酬とは言え奴等はかなりの数らしい。

 俺は少しばかり小遣い稼ぎに勤しむ!

 助けたいならお前が助けてやれよ!」


 人命よりも仕事優先とは熱心な事だ。

 助ける気が全くないのであれば急いで向かう必要もないというのに。

 全くもって素直ではない奴だ。

 そこがルード(ルインザードの愛称)の可愛いところでもあるのだが。


 視界と足場の悪い森の中をルードに遅れる事なく移動する事数分。

 森の中で少しだけ開けた広場のような場所でハンターらしき装備に身を固めた者がゴブリン共に襲われていた。

 ゴブリン共の数はおよそ五十匹だ。

 見た所無事なのは一名だけといったところか。

 他にも五名の男がゴブリンの爪に引き裂かれて血の海に沈んでいる。

 恐らく彼等はもう生きてはいないだろう。

 生き残っていたのは少女だった。

 多くの種類の魔人共はおぞましい事ではあるが人類との交配が可能だ。

 彼女だけが生きていると言う事は恐らくそういう事なのだろう。

 十代後半といった位の少女が必死に戦っている。

 華奢な体の割に腕は悪くない。

 ゴブリンの十匹や二十匹そこらなら切り抜けられるかも知れない

 だがこのままでは恐らく少女は生け捕られる事になる。

 そして死ぬまで犯され続けゴブリンの子を産み続ける事になるのだ。


 しかし私達が間に合った以上はそうはならない。


 ルードが、いや、私達がそれを許さない。


 少女を囲むゴブリンの群れに黒き疾風が吹き荒れる。

 数瞬後、吹き荒れた疾風が止むとそこには肉厚の片刃剣を肩に担いだ男が現れる。

 ほんの僅かの間に数匹のゴブリンが無残な死体になり果てていた。

 A級の実力を持つルードにとってゴブリンを蹂躙する事など造作もない事だ。


「ギャギャ!?」


 あっという間に仲間を蹴散らしたルードに思わずゴブリン共は後ずさる。


「薄汚いゴブリン共が!

 俺の酒代になれる幸せを噛み締めながら死にやがれ!」


 何とも格好のつかない台詞を吐くルード。

 獣の様な笑みを浮かべ蹂躙を再開する。

 もう少し気の利いた台詞でも出てくればヒーローにもなれるだろうに。

 残念な男だ。


 少女の方といえば突然現れゴブリンを蹂躙し始めたルードに呆気にとられているようだ。

 こんな場面で呆けるとはこの少女は死にたいのだろうか。

 少女は驚いたように私を見つめ、そして自分の失態に思い至ったらしく慌てて、周囲を警戒し始める。

 ふむ。私やルードにも注意を払い始めた辺りそれなりに経験を積んでいるようだな。

 この世界では人の命は非常に軽くそして儚い。

 敵は魔人だけではない。

 野生動物や盗賊といった類の輩も多く存在するのだ。

 見ず知らずの他人を無条件に信じるなど馬鹿者だとしか言いようがない。


 などと考えている間にもルードによる蹂躙は続いていく。

 ゴブリン共も無い知恵を振り絞ってルードを取り囲もうとしているが無駄な事だ。

 ルードの戦闘は人間という種の変異体とも言える驚異的な身体能力を駆使した超高速戦闘だ。

 そして得物は重さと加工の難しさに難があるものの硬度で特に優れると言われるアダマンタイト鋼で作られた片刃剣。

 そんな片刃剣をルードは小枝の様に軽々と振り回す。

 超高速から繰り出される一撃は圧倒的な破壊力を持って敵を叩っ斬る。


 それに対してゴブリンの戦いはその鋭い爪かハンター達から奪った武器が主な攻撃手段となる。

 ゴブリンも下級とは言え魔人である。

 その膂力は侮る事は出来ない。

 生半可な皮鎧などでは気休め程度にしかならない。

 その辺に転がっている男達の死体が身を持って実証していると言えよう。

 しかし爪はおろかその辺の三流ハンターが扱っていたような安物の武器ではルードの剣を受ける事など出来はしない。

 受けた武器ごと叩っ斬られて終わるだけだ。


 要するにゴブリン共の運命はルードに発見された時点で決っしていたという事だ。

 それを証明するかのようにゴブリン共は散々に包囲を突破され、勝ち目がないと悟ると逃げ出す個体が現れ始めた。


「逃がさねぇよ!」


 ルードはそう叫ぶと足元にあった小石を蹴り飛ばす。

 無造作に蹴ったように見えた小石は正確にゴブリンの後頭部に直撃し破壊、派手に脳漿をぶちまける。



「ギギャギャギャ!」 


 どうやらルードからこちらに狙いを切り替えたゴブリン共がいるようだ。

 頭の悪いゴブリン共でも凶暴なルードを相手にするよりつい先刻まで追いつめていた少女を狙った方が良いと思った輩もいたようだ。


 ゴブリン共に再び狙いを定められた事に気がついた少女は身構える。


 ふむ。少女の疲労も濃いようであるしここは一つ私が手を貸してやる事としようか。

 そう決意すると私は、徐に少女に近づくゴブリンに背後から炎を浴びせ掛ける。


「え!?」


 少女は驚いたように声を上げる。

 不意に炎を浴びせ掛けられたゴブリンは瞬く間に炎に包まれ動かなくなった。

 周囲は森だとはいえこの辺りは充分に水分も充分にある。

 この様子なら延焼が広がると言う事もないだろう。

 

 少女の視線が私の戦い振りに釘付けになっているのが分かる。

 戦闘中に何度も気を抜くとは何とも愚かな事だ。

 だが、私の華麗な戦闘に見惚れるのは仕方ないだろう。

 構わずに続けて二度、三度とゴブリンに炎を振舞う。

 たったそれだけで私達に向かって来ていたゴブリン共は全て命の灯ごと焼き尽くされて崩れ落ちる。


 ふん。他愛もない。ゴブリンなどこんな物か。

 少女はようやく私の戦いに魅入られていた事に気がついたようだ。

 ほんのりと頬を染め興奮した面持ちで私に熱い視線を送って来ている。


 どうやらルードの方も終わったようだ。

 思わぬ臨時収入に機嫌も良くこちらにルードが歩いて来ていた。


 ふむ。どうやら全て片付いたようだな。


「ログカードを確認したら全部で六十七匹も居やがった。

これでしばらくは金の心配しなくて済むな」


 なるほどゴブリン一匹で五百ガルの報酬が出る。

 五百ガルと言えば安宿に一泊泊まれる位の金額だ。

 つまり二カ月以上もの宿代が確保出来たとなればルードの機嫌も良くなるのも分かる。

 となると私と少女達が倒した分と合わせると百匹以上のゴブリンの大群だったような。 


「ま、仲間の事は残念だったな。

 命が助かっただけでも儲けものとでも思っておけよ」


 そう言い放つルードの言葉には全く残念そうな声色はない。

 むしろ臨時収入に機嫌が良さそうな位だ。


「い、いえ!

 確かに残念ですけど、ハンターをやっていればこういう事も仕方ないです。

 それより助けてくれてありがとうございます!」


 確かにハンター稼業は常に死と隣合わせの職業だ。

 親しい者との永遠の別れなどありふれた話だ。

 少しばかり割り切りが早過ぎるようにも思えるがこんなものなのかも知れない。

 少女はルードにペコリと頭を下げる。


「ふん。助けたのはついでだ。

 俺は酒代を稼ぎたかっただけだ」


 突き放すような口調のルードに少女は呆気にとられる。


 本当に素直ではない奴だ。

 照れているのだ。

 本当は少女が襲われているのに気が付いた時点で急いで駆けだした癖に。


「それでもお礼は言わせてください。

 あなた方のお陰で私は死なずに済みました」


 ルードの不器用な態度にクスリと笑顔を浮かべ再び頭を下げる少女。

 ほう。落ちついてよく見てみれば中々整った顔立ちをしており笑顔が何とも可愛らしいではないか。

 そんな少女の様子にルードも必要以上に悪ぶるのを諦めたのか大げさに溜息を吐きながら口を開く。


「それは良かったな」


 ふん。相変わらず美女やら美少女には甘い男だ。

 さり気なく彼女のスラリとした手足や華奢な割には発育の良い胸に視線を這わせているのがばれないとでも思っているのか?

 でれでれと鼻の下をのばしよって。

 このスケベが。


「お前はこの付近の街のハンターなのか?」


 ルードは少女へと問いかけると少女も慌てた様子で口を開く。 


「はい! あ、命の恩人に名乗りもせずにごめんなさい。

 私はウェストールの街でC級ハンターをしているシャロンと言います。」

 

 ほう。C級とは大したものだ。

 私は思わず感心する。

 ハンターを志す者の三割が三か月以内に死ぬと言われている。

 そしてハンターの約七割がE級とD級だ。

 C級以上にまで上がれるものは三割程度しかいない。

 それ程ハンターを生業とするのは厳しい世界なのだ。


 ここでハンターという職業とこの世界について少しばかり語る事としよう。

 

 その昔、人類と魔人との間で起きた世界の覇権を賭けた戦いは、神獣と呼ばれる生物兵器の活躍もあって辛うじて人類側の勝利で終わった。

 だが魔人との戦いに疲弊した人類は文明を満足に維持する事もままならなかった。

 過去の文明の遺産等を活用、または発掘して利用して生きているというのが現状だ。

 

 更にそれ程の犠牲を積み重ねても魔人を滅ぼすには至らなかった。

 ゴブリンやオークといった下級の魔人は知性こそ無いに等しいがその半面、繁殖能力は凄まじく、放っておけば、あっという間に増殖し街や旅人を襲う。 

 脅威は下級の魔人ばかりではない。

 人類の生活圏から少し離れ辺境へと足を踏み入れれば、中級以上の高い知性を持った魔人共も存在するし、上級魔人のような単体でも国家規模での脅威となるものもたびたび歴史に登場した。


 そこで生まれたのがハンターギルドと報酬金システムだ。

 ハンターギルドとは魔人の根絶を目標にあらゆる国家の枠組みを超えて設立された。

 簡単に言えば魔人を倒せばハンターギルドから報酬金を貰えるというものだ。

 報酬金の支払いはログシステムという現在では失われてしまった魔人との戦争時代の文明の遺産を用いられて所謂電子マネーといった形で支払われる。

 詳しい仕組みは分からないが個人情報を登録する事によって正確に討伐情報を記録出来るらしい。

 個人情報を登録したものにはログカードと言われる端末が支給される。

 このログカードに電子マネーや討伐した魔人の情報などがデータとして記録される仕組みだ。

 重たく嵩張る硬貨を持ち運びしなくて良い電子マネーでの金銭のやり取りは便利だ。

 ハンターのみならず商人や一般人での間でもログシステムを利用している者が多いようだ。

 

 ハンターにはログシステムによって記録された実績による階級が存在する。

 S級を最上にABCDEと合計六階級が存在する。

 

 つまりA級のルードは上から二番目の階級となりC級のシャロンは四番目の階級と言う事になる。




 さて、場面を元に戻す事にしよう。


「へぇ…… C級とはやるな」


 シャロンの階級に素直に感心した様子を見せるルード。

 常に己の命を懸ける生業のハンター達の間において確かな実績を証明する手段である階級に対する信頼は極めて高く、高位の階級の者はそれだけで一目置かれる対象になる。

 それはルードにしても例外ではない。


「俺も一応自己紹介しとくか。

 俺の名はルインザード。

 ルインザード=ドラゴンハートだ」


 ぶっきらぼうに言い放つルード。

 そんなルードの雑な自己紹介にシャロンは息を呑んだ。


血塗れの狂獣(ブラッディビースト)……」


 シャロンがルードの二つ名を呟く。

 戦いぶりから名づけられたルードの二つ名は大陸西部にも知れ渡っているようだ。

 あまりその二つ名をあまり好きではないルードは顔をしかめている。


「そしてコイツが俺の相棒、イグニスだ」


 燃えるような真紅の体に同色の瞳、見る者に高貴な印象を与える姿。

 ルインザード=ドラゴンハートの肩に止まっている小型のドラゴン。

 そして遥か昔に起こった魔人共との戦いにおいて最も多くの魔人共を焼き尽くした神獣。

 火竜イグニス。

 それが私だ。

 

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