表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

十七話 弱さの代償

「な、なんで?」


 その声の元へと視線を向けてみれば、そこにはシャロンが青ざめた表情で立っていた。

 その視線の先にあるのは。

 明らかに致命傷を受け倒れているキングだ。


「ああああああああああああ!」 


 シャロンの悲鳴が響き渡る。

 完全にとり乱しながらキングの体へと縋りつくシャロン。

 まずいな。

 この状況で目を覚ましてしまうと何と厄介な。


「キング! キング!」


 シャロンの悲痛な叫びが木霊する。

 キングは力なく笑う。

 キングの命は既に失われる事が確定してしまっている。

 私には彼女に掛ける言葉が見当たらなかった。

 愛する人を今これから失なおうとしている彼女にはどんな慰めも無意味だろうから。

 ただ見守る事しか出来ない。

 キングの体に縋りつき涙を零すシャロン。


「…… ルードがやったの?」

  

 縋りついたままの状態でポツリとシャロンが問いかけた。


「ああ」


 ルードが答える。

 その声色には何の抑揚もない。


「なんで?」


 シャロンの問いかけが続く。

 確かにキングに直接手を掛けたのはルードと言える。

 だがそれは双方が納得した上での殺し合いだった筈だ。

 バンパイアの件もある。

 事情を説明するべきだろう。

 シャロンに事情を説明しても納得はしないかも知れない。

 だが理解はして貰えるかもしれない。

 しかしルードが上手く説明出来るとは思えない。

 何しろこういった事に関して致命的に不器用な男だから。

 ここは私の出番か。 

 しかし――――― 


「敵だからだ」


 無情に言い放たれたルードの言葉。

 く…… この馬鹿者が。

 ルードの言った事は嘘ではない。

 だが全てでもないというのに。


「ルードおおおおおおおお!」


 その言葉を聞くや否やシャロンは剣を手にルードへと飛びかかる。


 速い!


 明らかに身体能力が増している。

 キングの死が。

 そしてルードへの怒りが。

 彼女を覚醒者へと導いたのだろうか。

 だがそれでもまだルードの相手にはならない。

 例えそれが消耗しきったルードであってもだ。

 シャロンは呆気なくルードに弾き返される。


「ルード! いえ、ルインザード! 貴方だけは絶対に許さない!」


 怒りに身を任せてシャロンが叫ぶ。

 そんなシャロンに対してルードは淡々とした表情で口を開く。


「許さなければどうだって言うんだ?」

「な……!?」


 ルードの開き直りとも言える態度に二の句が継げなくなるシャロン。

 ルードとシャロンは根本的に違う。

 ルードも罪悪感は感じているのかも知れない。

 だが許されたいとは思っていないのだろう。

 当然だ。ルードは己の道を自力で切り開いたに過ぎない。

 一歩間違えば死んでいたのはルードだったのかもしれないのだから。


「俺を殺すとでも言うのか?

 その程度の実力で?

 止めておけ。

 今の打ち合いで殺さなかったのは俺がお前を殺したくはなかったからだ。

 だが次に俺を攻撃してきたら―――――殺す」

 

 ルードの迫力に気圧され、シャロンは押し黙る。

 シャロンの事は殺したくないというのは紛れもなくルードの本音だろう。

 しかし何度も殺意を向けられて黙っている男でもない。

 ルードが殺すと言ったからには殺すだろう。

 そんなシャロンに追い打ちを掛けるようにルードは口を開く。 


「キングが死ぬのは奴が弱かったからだ」

「は、はは。キツイ…… 事…… 言ってくれるぜ……」

「な!? あなたは侮辱までするというの!?」


 ルードの言葉にキングは苦笑し、シャロンは再び激高する。

 そんなシャロンに向かってルードは首を振る。

 そして再び口を開く。


「いや、キングだけじゃない。


 仲間が弱かったからだ。


 バクストンが弱かったからだ。


 ディミトリアスが弱かったからだ。


 アイアンキングダムが弱かったからだ。


 そして―――――


 シャロン。


 お前が弱かったからだ」


 ルードから無情に放たれる言葉。

 別にルードは強ければ何をしても良いと言っている訳ではない。

 弱いものは己の命すら守れない。

 本当に守りたいものがあるのならば他人を当てになどせず、強くなり己の手で守るしかないと伝えているのだ。

 その言葉にシャロンが顔を歪め、キングは力なく笑う。


 キングやバクストンを始めとするアイアンキングダムのメンバーがもっと強かったのならばバンパイアに付け入れられる事はなかっただろう。


 そしてシャロンが強かったのなら、肝心な時に眠りこけ、目覚めた時には既に手遅れという事にはならなかった筈だ。


 シャロンとてそんな事は充分に痛感していただろうに。

 誰よりも痛感しているだろうに。

 適当な言葉で誤魔化す事が出来ない。

 ルードとはそんな男なのだ。

 不器用な男だ。


「そんな事は! そんな事は分かってる! でも!」

「もう…… やめろ」

「キング! 喋らないでください!」

「シャロン。

 血塗れの狂獣(ブラッディビースト)を責めるな……

 しばらく前にしくじって…… な。

 俺は魔人の手下に…… 

 成り下がっちまったんだよ……

 この状況は俺自身が望んだ…… ものだ。

 むしろ感謝している位だ。お陰で心おきなく死ねるってな……」


 キングは笑う。

 キングの言葉のを聞きながらシャロンは縋りつき涙を零している。

 どうやらキングの言葉は多少はシャロンの心に届いたらしい。

 ふむ。これならルードがシャロンを殺すという場面を見なくて済むか?

 

 その時。

 


「主に逆らい続ける愚かな賢族が死に掛けていると様子を見に来てみれば、

 これは中々に愉快な状況になっているではないか」


 唐突に声が響いた。

 声の主はキングではない。

 ルードでもなければディミトリアスやシャロンでもない。

 勿論私でもない。


 日も沈み、その残滓が僅かに残る窓を背にそれはいた。

 仕立ての良い黒を基調とした衣服の上に、これまた仕立ての良さそうな黒のマントを羽織っている。

 どこぞの貴族の御曹司にも見える白銀の長髪を持つ優男。

 だがその体に染みついている人の血の匂いが、体から発せられる鬼気が、白銀の毛髪が、なにより紅の瞳が、そいつをヴァンパイアである事を私に確信させた。


「貴様がキングを賢族にしたとかいうヴァンパイアか?」


 ルードが殺気を孕んだ声色で問いかける。

 問いかけながらもルードは既に臨戦態勢に入っている。

 上級魔人が少しでも妙な挙動すればルードは即座に斬りかかるだろう。

 そんなルードの敵意をヴァンパイアは意に介する事もなく受け流す。


「我はキルレイン。偉大なる夜の王の血脈に連なる者である」

 

 キルレインと名乗ったヴァンパイアは傲慢に言い放った。

 


 夜の王。


 それは大戦時に旧文明の人間側勢力が最も恐れた魔人の内の一体だ。

 そして我々神獣とも幾多の死闘を繰り広げた正真正銘の化物だ。

 私とルードの前に現れたヴァンパイア。

 キルレインはその夜の王の血脈であると名乗った。

 恐らくはヴァンパイアの中でもかなり上位の実力を持っている事だろう。

 上級魔人の寿命は神獣である我々に匹敵する程に長い。

 大戦時から生きている魔人も間違いなく存在している。

 だがキルレインは私の姿を見ても何の反応も示さない。

 本当にキングから私の情報が流れてはいないようだな。

 もしもキルレインが大戦時から生きている古参の魔人であったならば、サイズこそ違えど私の姿を見て何の反応も示さない訳がない。

 という事はキルレインは、私を直に見た事のない大戦後に新たに生まれたヴァンパイアという事か。

 


 突如現れたキルレインと名乗るヴァンパイア。

 ふわりと舞うように移動し、既に死の際にあるキングを見下ろす。


「素直に我が支配を受けておれば、人間如きに遅れなど取らなかっただろうに。

 何だその様は。何とも無様なものよなぁ」


 キルレインは愉快そうな笑みを浮かべキングを罵る。


「悔い…… ねぇ……」


 シャロンの腕に抱かれながらも気丈に言い放つキング。

 しかしもはやその声は言葉にもなりきっていない。

 だがキルレインはそんなキングの態度が心底気に入らないのだろう。


「あくまでも主である我の意に逆らうか。

 家畜同然の分際で生意気な。ならば死ねぃ」


 キングに止めを刺すべくふわりと舞う様にキングの元へと移動するキルレイン。

 シャロンはキングを何とか守るべくその身を呈す。


「死ぬのはあなたの方です!」


 その言葉と共にキルレインの腹部から刃が飛び出した。

 それを成したのはディミトリアスだった。

 既に目覚めていたのか。

 私とした事がキルレインの存在に気を取られ過ぎていたようだ。


「ほぅ……」

 

 肉体を貫かれたキルレインは驚きの響きを含んだ声を上げる。

 そして腹部の傷に手を伸ばす。

 赤い液体がべったりとキルレインの手を染めていた。

  

「私はずっとこの時を待っていました!

 あなたを殺すこの時を!

 ヴァンパイアに特に有効とされるミスリル銀。

 存分に味わいなさい!」

 


 ディミトリアスは怨嗟に染まりきった声をキルレインに叩きつける。

 ルードと戦っていた最中ですら冷静に行動していたというのに、とても同一人物は思えない程に憎しみに満ちた声だった。

 だが崇拝に近い感情を抱くキングを賢族にされていたとなればその憎しみも納得出来る。

 そのままキルレインを貫いた剣を捻りながら引き抜くディミトリアス。

 ディミトリアスは既に勝ったつもりでいる様だ。

 確かに相手が並みの魔人ならば、これで勝負ありだったかも知れない。

 しかしディミトリアスのその判断は、ヴァンパイアを相手にしているというのにあまりにも早計だ。

 いや、敵が魔人だろうと人間だろうと、相手が確実に死を迎えるまでは勝負は終わっていないのだ。

 ディミトリアスのその憎しみの感情が。

 その経験の浅さが。

 正しい状況を把握出来なくさせてしまっているのだろう。

 

 現にキルレインは傷の事など気にした様子すらない。

 如何にミスリル銀の武器と言えども、一撃だけではバンパイアを滅ぼす事は出来ないのだ。

 奴等を滅ぼすのならば、その肉体に蓄えれた生命力が枯れて再生出来なくなるまで、徹底的にその肉体を破壊し続けるしかない。 


「馬鹿が。油断するな」


 警告の声と共に黒き疾風が駆ける。

 ルードだ。

 ルードが駆け抜け、その首を一気に刎ね飛ばす。

 

 刎ねられたキルレインの首は回転しながら宙を舞い、そしてそのまま空中にピタリと静止した。

 

「我に傷を負わせるとは人間風情の癖にやるではないか。誇るが良い」


 首の切断部や腹部、そして背中から大量の血を噴き出しながらも、尊大な態度を崩さないキルレインの姿がそこにあったのだった。


明日完結しまっす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ