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十六話 油断と狙い

『ヴァンパイアの賢族だと?』


 私の声が響き渡る。


「ちっ。ばれちまったか」


 キングが呟く。


「なんだそれは?」

 

 ルードが問いかける。

 ヴァンパイアという魔人自体は広く知られた存在だ。

 御伽噺などに登場する上級魔人は大抵がこれだ。

 恐らく人間にとっては最も身近な上級魔人と言えるだろう。

 だがその特徴は意外と知られてはいない。

 上級魔人と呼ばれる存在自体が圧倒的に少ないからだ。

 その特徴を挙げるとするならば。


 紅の瞳と白銀の髪を持つ。

 日没後から日の出までの時間は再生能力が増す。

 空を自由自在に動き回る。

 対魔人金属以外で負った傷は瞬く間に回復する。

 対魔人金属の中でもミスリル銀は特に大きな効果を発揮する。

 人間の血を吸う事で体力や傷をを回復させる事が出来る。

 血を吸われた人間を自分の賢族として自在に操る事が出来る。

 賢族なった人間は身体能力が増す。

 賢族となった者の目は真っ赤に染まり瞳孔も変型する。


 ヴァンパイアとはこういった特徴を持った魔人だ。


 そしてキングの目はそのヴァンパイアの賢族となった者の目で間違いない。

 そういった類の事をルードに簡単に説明をする。

 その間、何故かキングは一切動かなかった。


「詳しいなぁ。おい。流石は神獣ってか」

 

 何だと?

 この男は今何といった?

 私が神獣だという事を知っている者はこの場ではルードだけの筈だ。

 それを何故この男が知っている?

 

「おっと、そんな怖い目で睨むんじゃねぇよ。

 S級ハンターの特権ってやつでな。

 ギルドからそれなりに情報も入って来るんだよ。

 まぁ、安心しな。お前さんの事は魔人共には知らせちゃいない」


 相変わらず軽い口調で言い放つキング。

 ギルドだと?

 ギルドの情報網は確実に世界一だ。

 私が神獣であるという事を把握していたとしても可笑しくはない。

 だがしかし。

 キングの言葉を鵜呑みにする訳にはいかない。

 通常はヴァンパイアの賢族となってしまったものは主であるヴァンパイアに絶対の忠誠を誓う。

 となれば魔人共にとっては仇敵である私の存在は真っ先に主であるヴァンパイアに報告している筈だ。

 しかしキングの言葉はヴァンパイアに対する忠誠があるようには感じられない。

 

『本当にヴァンパイアの賢族なのか?

 私が良く知る賢族とお前はいささか雰囲気が違って見えるのだが』

「お前さんの質問に対する答えはイエスだ」


 キングはあっさりと賢族である事を認めた。


「さて、血塗れの狂獣(ブラッディビースト)よぅ。

 見ての通りお前さんの目の前にいる男は魔人の手先に成り下がったクソ野郎ってな訳だ。

 そしてヴァンパイアとやらの為に、幾ら死んでも問題にならんハンター共をヴァンパイアの餌にする為にかき集めては献上していたって訳だ。

 ちっとは殺る気は出たかい?」


 ルードを挑発するかのように言い放つキング。

 

「そうだな。魔人の手先になってヘラヘラと笑って居られる様な奴なら、何の気兼ねもなくやれそうだ」


 キングの言葉に応じるルード。

 ふむ。

 キングの主であるヴァンパイアの為に所属するクランメンバーを、食料として定期的に差し出していたと。

 確かに大手クランに加入したがる駆け出しハンターやチンピラ崩れは多い。

 更にそういった者達の死亡率はハンターの中でも飛びぬけて高いし、死んだとしてもその死因を怪しむ者も少ないだろう。

 そしてバクストン達がキングを殺そうとしているのも頷ける。

 となるとキングの話は一応は筋が通っているのか?

 いや、確かならず者達をハンターとして招き入れていたのはディミトリアスだった筈だ。

 だがこの話も所詮はバクストンから聞いただけに過ぎない。

 キングの話が嘘であるとの証明にはならないし、真実であるという証明にもならないのだ。

 キングの言葉には何処か違和感がある。

 キングに聞きたい事は山ほどあるが、あの様子からして素直に答えるとは思えない。

 今ある情報で考えてみても答えは出せない様だ。


 ここは少しシンプルに考えてみるとしようか。


 キングは賢族化している。

 あの目を見る限りこれは間違いないだろう。

 ならばどうするか。

 決まっている。

 滅ぼすのだ。

 少なくともルードとはそういう男だ。

 ルードは既にキングへと向かって走り出していた。


 ルードは黒き疾風と化しキングへと襲いかかる。

 対するキングも襲い来るルードへとハルバートを振るって応戦をする。

 キングのハルバートがルードを捉える事はなくなった。

 ルードの斬撃も尽くキングの鎧に弾かれる。

 ルードの渾身の斬撃はキングの身を守る鎧にほんの僅かな傷を付ける事しか出来ていない。

 隙を見て繰り出されるルードの斬撃ではあるが、狙える部分は兜を失った頭部しかない。

 狙われている場所が特定出来ていればキング程の使い手ならばそこを守りきる事はそれ程難しい事でもないのだろう。 


「ハッハァ! やるじゃねぇか!」


 ルードと互角に戦いつつも未だに軽口を叩く余裕を見せるキング。

 再び膠着状態に陥ったというのに、その口調はどこか楽しげですらある。

 そんなキングとは対照的に戦いのみに徹底するルード。

 バクストン、ディミトリアスといった強者との連戦によって体力を激しく消耗している。

 だがそれを言い訳にしない。

 高潔だという訳ではない。

 いざとなったら逃げたりもするだろうし、卑怯だと言われる手段を取る事にも躊躇いはない。

 

 そのルードがこの場に踏みとどまっている以上、キングに負ける気はないのだろう。

 

 ルードの剣がキングの鎧に弾かれる音だけが甲高く響き渡っている。

 どれ程の時間が経っただろうか。

 五分だろうか。

 それとも既に十分は経ったのだろうか。

 拮抗していた戦況に変化が訪れ始めた。

 キングがハルバートを振るう度に僅かに赤い滴が舞い散る様になってきたのだ。

 ルードの血だ。

 徐々にキングのハルバートがルードの体を捉え始めた様だ。

 まずいな。ルードの体力も限界が近いのかも知れない。

 なりふり構わずにルードの援護をするべきか?

 しかし気を失っているとは言えシャロンやディミトリアス達から完全に目を離す事に、私がリスクを感じているという事も事実だ。

 どうする?

 いっその事この二人を始末してしまうか?

 私がそれを選択したとしてもルードは責める事はないだろう。

 シャロンはともかく、ディミトリアスとは遂先程まで命のやり取りをしていたのだから。

 だが私のその選択をルードが喜ぶかどうかは別問題だ。

 ルードはシャロンの事は間違いなく気に入っているし、ディミトリアスはそのシャロンの実兄だ。

 どうするべきなのだ?

 そんな私の内心の焦燥を嘲笑うかのように二人の戦闘は激化していく。

 ルードの斬撃は尽くがキングの鎧に弾かれ、キングの攻撃にてルードの血飛沫が舞う。

 

『ルード!』


 私は遂に我慢しきれなくなり声を上げた。

 だがルードは私の声など聞こえていないかの様に剣を振るい続ける。

 ルードはその表情に笑みすら浮かべている。 

 笑みだと?

 笑みなど浮かべられる様な状況では―――――


 そこで私は気付く。

 その身を削られている筈のルードが笑い、ルードの身体を削っている筈のキングの表情からは笑みが消えているという事に。

 そうか。そういう事だったのか。

 私はようやく状況を理解した。

 ルードはより鋭い一撃を叩きこむ為に紙一重どころではなく皮膚一枚掠める程にギリギリで回避している

のだ。

 一歩間違えればどころか数mmでも読み違えれば、キングのハルバートはルードの皮膚だけではなく筋組織までも傷つける筈だ。

 そうなればルードの動きは瞬く間に精彩を欠く事となり形勢は一気にキングの元へと傾くだろう。

 ルードの行動はとても正気とは思えない常軌を逸したものだ。

 だがルードはそれ程のリスクを背負ったお陰で、ようやくキングの顔に浮かんでいた笑みを消しさる事が出来た。


 防御に意識を多く割く事になったキングの攻撃の手は自然と緩む事となる。

 その分更にルードの攻撃は更に苛烈さを増す。

 攻撃は最高の防御という言葉をルードはその身を以て体現していた。

 もはやキングからは軽口を叩く程の余裕は感じられない。

 それ程までに戦いの流れはルードの元へと傾いている。

 だがそれは常に細い綱の上を歩み続けるに等しい危うさの上で成り立っているに過ぎない。

 ほんの僅かな油断やミスでもしたら瞬く間にルードの優位はキングに覆されてしまうだろう。

 そんな事はわざわざ私が言うまでもなくルードも承知している。

 一見すると獣の様な笑みを浮かべ戦うルードは、己が身を削るクレイジーな戦いをしている様に見える。

 ほんの少しでも状況を見誤れば。

 ほんの少しでも攻撃を避けるタイミングが遅れれば。

 ほんのでも少し剣を振るうのが遅ければ。

 ルードは呆気なく屍となり果てる。

 だがそれらを何一つ誤る事なく戦いを運ぶルードは実にクレバーだ。

 その姿は幾多の魔人との戦いを越えてきた神獣である私ですら見惚れてしまう。

 しかし相手のキングも伊達に大陸屈指のハンタークランのクランマスターをしている訳ではない。

 分が悪いと判断するなり即座に防御に重きを置き戦いに持久戦に切り替えて、ルードの猛攻をよく凌いでいる。

 相変わらずルードの斬撃はキングの鎧を切裂く事は出来ていない。

 精々僅かな傷が付く程度だ。

 キングはルードの斬撃から頭部さえ守れば良い。

 連戦による疲労とじわじわと失われていく血液がルードの体力を確実に奪い続けている。

 つまりキングはルードが力尽きるのを根気よく待つだけで良い。

 そんな戦い振りだ。


 それがキングの油断であり――――

 

 そしてそれこそがルードの狙いでもあった。


 キングの鎧が今回もルードの斬撃を弾き返し金属音が響き渡る。 

 そして反撃の為にハルバートに力を込めようとした瞬間の事だった。

 約束事のようにキングの攻撃を身を削りながら凌ぐ筈のルードが、片手を剣から手放し懐に延ばす。

 懐から取り出したのは――――

 

 銃だ。


 ルードは銃をキングへと向けると一切の淀みなくその引き金を引く。


 響き渡る炸裂音。

 辺りに硝煙の臭いが立ち込め、鮮血が舞う。 

 

「が!? ああああああ!」


 後方に吹き飛び顔面を押さえてのたうち回るキング。

 既に振りまわし始めていたハルバートはその手から離れ壁へと突き刺さる。

 キングの指の隙間からは夥しい血液が噴きだしていた。

 ミスリル製の弾丸はキングの右目を抉り脳をも抉り取り後頭部を貫通したのだ。

 並みの人間ならば即死であろう状況だった。

 だがヴァンパイアの賢族でもあるキングは死んではいない。


「チッ。仕留めきれなかったか」


 不満そうにルードが吐き捨てる。

 

 銃とは火薬を使って金属の弾を撃ち出す兵器の事だ。

 旧文明の科学の粋を極めた兵器や遺産がアーティファクトならば、銃は旧文明時代には既に骨董品(アンティーク)とも言える兵器であった。

 だがこの時代においては強力な兵器だ。

 その割には銃は普及しているとは言い難い。

 銃は基本的に専門の職人のハンドメイドで製作される。

 弾丸は魔人にも有効な対魔人金属でもあるミスリル銀が使われている上に火薬の製法を一部の者達が、具体的に言うならばハンターギルドが秘匿し独占している。

 それら二つの理由から使用コストが非常に高い。

 一発辺り五百ガル、報奨金で言えばゴブリン十匹分に、安宿ならば十日前後宿泊出来る程に高価なのだ。

 銃を持っている者は一部の権力者か大商人が護身用に身に付けている位だろう。

 それ故にルードの奥の手とも言える秘密兵器。

 それが銃だ。

 その奥の手を使っても尚、キングを殺しきれなかったとなればルードが不満を露わにするのも仕方ない事かも知れない。

 だが、既に優劣は決したと言って良い。

 ヴァンパイアとその賢族に特に有効なミスリル銀製の弾丸が致命傷を与えている。

 キングの命の灯が消えるのは時間の問題だ。

 勿論油断はするべきではないがルードはその事をよく心得ている。

 しばらく撃ち抜かれた顔を押さえ呻き声を上げていたキング。

 やがて脱力し顔を押さえる事もやめ、仰向けに寝転がった。


「がっ…… 本当にこの俺がっ負け…… るとはな……」


 悔しそうに呟くキング。

 脳を破壊されても尚、まだ喋れるとは。


「死にたがってた奴が何言っている。お前が望んだ事だろうが」


 そう言い放つルードの呼吸は酷く荒い。

 その様子からもルードが本当にギリギリのところで戦っていたのだと分かる。

  

「ああ…… そうだ。 …… そうだったなぁ……」


 キングは思い出したかのように呟く。

 その瞳にはまだルードは映っているのだろうか。


「でも…… やっぱり悔しいもん…… だなぁ……」 

「だろうな」


 キングの言葉に相槌を打つルード。

 ルードの瞳にはキングが呟いた悔しいという感情への理解の色が浮かんでいた。

 

「へぇ……? 血塗れの狂獣(ブラッディビースト)でも

 負…… た経験があるか……」

「ガキの頃の話だがな」


 ルードの瞳ほんの一瞬だけ郷愁にも似た感情が宿る。

 私としてもルードの少年時代には興味はあるが、今はそのような話をしている場合ではないだろう。


『キングよ。そんな事よりも話すべき事があるのではないか?』


 そう、何故キングがヴァンパイアの賢族となり果てる羽目になったのか、その主たるヴァンパイアの目的や今どこにいるか等を問いたださなければなるまい。


「ああ…… そうだな…… 何から話した…… もんかなぁ……」


 キングは私の問いに答える気はある様だ。

 だが、キングの意識は混濁し始めている。

 無理もない。

 キングの脳は既に破壊されているのだから。

 むしろ会話が成立している事自体がおかしい位なのだ。

 私はキングの命が全ての事を語りきるまで持つとは思っていない。

 それでもヴァンパイアの影がチラついている以上は、少しでも多くの情報を聞きださなければならない。 


そんな時だった。


「な、なんで?」


 ぽつりと少女の声が響いた。

 

 

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