十五話 激突
未だに納まりきらぬ砂埃の中で三人の者達が対峙する。
一人はルード。
もう一人はディミトリアス。
そして最後の一人は対魔人金属の一種であるオリハルコン製の全身鎧に身を包み、その手には旧文明の遺産、アースブレイカーと思われるハルバートを手にした戦士だ。
アースブレイカーとはその一撃は大地をも砕くと言われた程に破壊に特化した兵器で、その素材も対魔人金属であるオリハルコンだ。
先程の天井の崩落もアースブレイカーの仕業と見て間違いないだろうな。
その戦士から全身から発される覇気は並みではない。
オリハルコンとは強度、重量のバランスが良い上に魔人の治癒力を減退させる効果が対魔人金属の中で最も強く対魔人に特化した金属と言われている。
その一方で絶対量が少ない為にその希少価値は他の対魔人金属の追随を許さない。
そんな希少金属を武器としてだけではなく贅沢に全身に身に纏った者が、更には極一部しか現存していない旧文明の遺産までも手にしている者が、只者である筈がない。
「自分達だけお楽しみとは良い身分じゃねぇか! えぇ? 餓鬼共!」
全身鎧の男がディミトリアス達に声を掛ける。
その動きは全身を金属鎧で覆っているとは思えない程の滑らかさだ。
それはルードですら迂闊に動く事の出来ない身のこなし。
幾らオリハルコンが強度と重量にバランスの良い金属だからと言っても仮にも金属だ。
並みの者ではアースブレイカーを持ち運ぶだけでも一苦労するだろう。
「…… 何故ここに?」
ディミトリアスはルードの動きを警戒しながらも全身鎧の男に問いかけた。
ふむ。少なくともこの状況はディミトリアスの仕組んだものではないという事か?
「俺は何時も言ってたよなぁ? 血塗れの狂獣と会いたいってよぅ」
「ええ。そうですね。だからこそ私は、私達はこの場で戦っているのですよ」
ディミトリアスの言葉に全身鎧の男は周囲を見回す。
そこでようやく眠っているシャロンと私の存在に、そしてディミトリアスの仲間達の死体に気が付いた様だ。
「馬鹿野郎共が。折角拾ってやった命だってのに」
折角拾ってやった命だと?
男は顔まですっぽりと覆われているのでその表情までは分からない。
だがその声色には明らかに苛立ちが見て取れた。
「キング、あなたにとっては愚かで無意味に見えるのかも知れません。
しかし僕達にとっては命を賭すだけの価値と理由があったのですよ」
やはりこの男が、この男こそが、ディミトリアスが心酔し、バクストン達と共に、その名を大陸中に轟かせるハンタークラン鉄の王国を築き上げた男か。
「お前等に好きに生きろと言ったのは俺だしな。
お前等がどう生きてどう死ぬかに文句は言わん。
だから俺も好きに生きさせて貰うぜ。
ってな訳で、餓鬼はしばらく妹と一緒にオネンネしてな」
「が!? …… キ…… ン……」
キングは何時の間にかディミトリアスの背後を取りハルバートの柄の部分を叩きつけると、その意識を鮮やかに刈り取る。
勿論超重量の装備品を身に付けたままでだ。
「キング! 俺達はキングの為に!」
キングに昏倒させられたディミトリアスを見て弓使いは叫ぶ。
「ああ…… 分かってるよ。てめぇら餓鬼共が俺の為に命張ってたって事はな」
「だったら!」
それでも問答無用で弓使いをも昏倒させるキング。
「折角助けた命なんだ。
生きて欲しいじゃねぇか。
もっとも既に三人しか残ってねぇみたいだがな」
昏倒した弓使いに応える様にキングは呟く。
キングの声色はどこか寂しげだ。
キングが助けた命だと?
それも残り三人。
ああ
そういう事か。
シャロンとディミトリアス、そしてその仲間達。
思えば彼等は皆若かった。
彼等こそが中級魔人ナーガに攫われキングに救い出された子供達だったのか。
シャロンといい他の連中といい二十歳に届くかという年齢でC級相当の実力を持っていた。
覚醒者でもない者達にとっては限界点とも言える領域だ。
ディミトリアスに至っては間違いなくA級並みの実力だった。
彼等は本当に死に物狂いで鍛えたのだろう。
何故彼等がキングの意志を無視してまで動いたのかは分からない。
だが命を救って貰った恩を返す為に命懸けで戦っていたのだな。
「さーて、待たせちまったか?
血塗れの狂獣よぅ?」
キングは辛気臭いのはごめんだと言わんばかりに、気さくな口調のままルードへと語り掛ける。
「ああ。待ちくたびれたな」
減らず口だ。
ルードはキングとディミトリアスのやり取りが終わるのを待っていた訳ではない。
隙あらば何らかの行動を起こすべく伺っていた筈だ。
それらの思惑は結局実行される事はなかった。
何故なら目の前にいるキングという男の存在がそれを許さなかったからだ。
「そいつは悪かったな。
なぁ、血塗れの狂獣。
もしも上級魔人に出会ったらお前さんはどうする?」
「殺すに決まっている」
キングの問いかけに僅かな逡巡もなく答えるルード。
「へぇ…… 即答か。それじゃぁ、お前さんに頼みがあるんだが受けちゃくれないか?」
「鉄の王国のクランマスターが俺に依頼だと?」
ルードが訝しげに問いかける。
クランに所属するものがクラン外のハンターに依頼を出すと言う事は通常ならあり得ない。
それは己のクランでは手に負えないと認めているに等しいからだ。
だがクーデター宣言とも取れるキングの暗殺を頼んでくるバクストン達の件もある。
もしかしたらバクストン達の反逆に気が付いていたキングは逆にルードにバクストン達の暗殺を依頼するという可能性もあり得るか。
どちらにしてもクラン外のハンターに依頼する様な内容ではない筈だ。
ルードに何をさせようというのだろうか。
「ああ。依頼って言う程大層なものでもないんだけどな……
俺を殺してくれねぇか?」
キングは言った。
それもこちらが驚く程に気軽に。
「ハ?」
流石のルードも思わず間の抜けた返事を返す。
私とてこの展開は読めてなかったのだ。
あまり賢いとは言えないルードが間抜けな声を上げてしまったとしても仕方がないだろう。
「ちょっと言葉が足りなかったか。
誤解すんなよ。俺も全力で戦う。
その上で俺を殺して欲しいんだよ」
分からない。
いや、キングの言っている言葉の意味自体は分かる。
だが何故その言葉がキングの口から発せられたのかが私には理解出来ない。
敗北を知りたいとかそういった類の願望だろうか。
それとも病気だろうか。
もう既に手の施しようが無い程に病に冒されていて、それでも戦士として戦って死にたいと言うような事なのだろうか。
どちらにせよ私やルードには理解出来ない感情だと言わざるを得ない。
ルードの負けず嫌いは筋金入りであるし、例え病気となったとしても死が訪れるその時まで足掻く事を放棄しないだろう。
そして神獣である私はこの世で最も死から縁遠い存在だ。
「死にたければ勝手に死ねよ」
面倒くさそうに言い放つルード。
その態度はバクストン達に依頼された時を彷彿とさせた。
「それが出来れば、餓鬼共を死なせる事もなかったんだろうがなぁ。
大体お前さんは相棒から俺の殺害依頼を受けてこの場に来ているんじゃねぇのか?」
ふむ。相棒とはバクストンの事だろうな。
殺害依頼をキングは知っていたと言う事か。
いや、ルードに疑問形で問いかけているという事は知ってはいなかったが、予想はしていたといったところか。
「そんなのは俺の知った事じゃない。
俺は俺に手を出してきた奴を黙らせに来ただけだ」
そう言い放ちながら倒れ伏すディミトリアスに視線を向けるルード。
「目的は餓鬼共って訳か」
「そうだ。それ以外はどうでも良い」
「それじゃ仕方ねぇな。
俺もお前さんに手を出す事としようか!」
そう言い放つなりキングはあっという間にルードとの間合いを詰めハルバートを振るう。
キングの動向に最大限に警戒を払っていたルードも即座に反応し襲い来る攻撃を回避してのける。
「お前さんにはどうあっても俺と戦って貰うぜ。
この場に居るって事はお前さんの意志に関係なく相棒達の意志を託されているって事だろうからな」
確かにバクストン達はあの場でまだ戦う事も出来た筈だ。
彼等が臆病風に吹かれていた訳ではないと言う事は私にも分かる。
それにも関わらず私達を通したという事はバクストン達は何らかの希望をルードへと託していたという事になるのかも知れない。
だがそれはルードの意志を無視した勝手なものだ。
ルードがそれに応えなければいけないという義務もなければ義理もない。
「どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって。
良いだろう。そんなに死にたければ殺してやるよ」
ルードは苛立ちも露わにそう吐き捨てる。
そしてルードの体からは濃密な殺気が溢れだす。
やはりそうなるか。
私は眠らされているシャロンへと目を向ける。
もはや、ルードはシャロンのキングへの想いの事などは、頭の片隅から抜け落ちてしまっている事だろう。
いや、仮にルードが覚えていたとしても、この状況で躊躇う事など無いだろうが。
「ようやくやる気になってくれたか。
そうでなくっちゃ面白くねぇわな!」
キングもハルバートを構える。
声色だけで分かる。
キングのフェイスガードの下の顔には笑みが浮かんでいるという事が。
そして対峙するルードとキング。
先程のキングの動きを見る限り、オリハルコン製の全身鎧に身を固めたキングの機動力はディミトリアスには勝るが、バクストンより劣るといったところだった。
ルードの機動力はバクストンとほぼ互角。
となるとルードの方がやや有利に思える。
だがこの勝負はそう簡単な物でもない。
キングのオリハルコン製の全身鎧は見事としか言いようの無い程の逸品だ。
恐らくルードのアダマンタイト製の剣でも、斬る事は出来ないだろう。
バクストンを始めとする幹部連中がキングを殺せないと断言したのも、この鎧が理由なのかも知れない。
一定の距離を保ち対峙し続ける二人。
ルードはキングを攻めるタイミングを計り、一方のキングはルードを迎え撃つべくハルバートを構えている。
そして遂にルードが動く。
ルードは一気に加速しキングへと迫る。
その動きは連戦による疲労を一切感じさせない。
あと僅かでルードの剣の間合いに入ると思われた瞬間。
「がぁ!?」
ルードから呻き声が漏れる。
突如ルードの眼前にキングのアースブレイカーが現れたのだ。
そしてルードをゴム毬の様に弾き飛ばした。
キングは単に突っ込んで来るルードを迎え撃つようにアースブレイカーを振るったに過ぎない。
ただその速度が尋常ではなかったというだけの事だ。
この異常なまでの攻撃速度こそが旧文明の遺産アースブレイカーの能力だ。
使用者の意志に感応してハルバートの刃の背に当る部分から空気を噴出し爆発的な推進力をもって相手を粉砕するのだ。
だが、その驚異的な破壊力とは裏腹に使用者はアースブレイカーの発揮する推進力に耐えうる強靭な肉体を求められる。
使い手を選ぶ非常に扱いの難しい兵器なのだが、キングに特に無理をしている様子は見受けられない。
どうやらキングはアースブレイカーの繰り手に相応しい戦士であるらしい。
弾き飛ばされたルードは数m程後方で上手く体勢を整えて踏みとどまっていた。
どうやら咄嗟に剣でキングの攻撃を受け止めていた様だ。
ふう。焦らせてくれるじゃないか。
しかしもしもルードの剣がアダマンタイト製の逸品ではなかったとしたらその時点でルードは剣ごとその体を両断されていた事だろう。
これがバクストンをも一撃でねじ伏せたキングの実力だというところか。
『ルード。無事か?』
思わず私は問いかける。
「当たり前だ。余計な心配をしてんじゃねぇよ」
私の問いかけに面白く無さ気に応じるルード。
いや、普通はするだろう。
もう少し可愛げのある態度を取れないのかお前は。
だがこの様子ならまだルードは大丈夫そうだ。
『キングのあの武器は旧文明の遺産で間違いない様だ。
その能力は今見た通りだな』
「この馬鹿トカゲが! そういう事は先に言え!」
折角情報を伝えてやったというのにトカゲ扱いは酷くないか?
本当に可愛げのない奴め。
まぁ、情報が少し遅かったという点は、確かにルードのいう通りなのかもしれないが。
「へぇ。今のを凌ぐとはなぁ。
流石に相棒が実力を認めただけの事はあるな」
そう言い放つキングの声色にはまだまだ余裕が感じられた。
それはそうだろう。
何せキングはまだたった一合しかルードと斬り結んでいないのだ。
その一合も容易くルードを退けていると来ている。
「うるせぇよ。直ぐにその余裕綽々な態度を引っ込めさせてやる」
「おう。期待してるぞ。血塗れの狂獣!」
ルードの負け惜しみとも取れる言葉に心底嬉しそうにキングは応じる。
それにしてもルードは口では敵いそうにないな。
キングどころか幼い子供にも負けてしまう気がする。
この場を無事に乗り切る事が出来たなら少しは教育をした方が良いのかも知れない。
そしてルードは動き出す。
先程までの動きよりも更に速い。
だが先程と同じようにキングにあっさりと弾き飛ばされる。
それでもルードは直ぐに体勢を整えキングの元へと疾走を繰り返す。
何度ルードはキングに弾き飛ばされた事だろうか。
若干息も上がり始めている。
ルードの仕掛けを尽く弾き飛ばすキングの戦闘力は異常の一言に尽きる。
あのルードが剣で受ける事だけで精一杯なのだ。
高速戦闘を得意とするルードがだ。
これが鉄の王国のマスターにしてS級ハンター、キングの実力か。
「こりゃぁ、キリがねぇな」
延々と繰り返される攻防にキングが嘆息を吐く。
確かにルードを尽く弾き飛ばしているキングが優勢に見えるが、実際の状況は分からない。
より激しく動きまわっているルードの方が消耗していそうに見えるが、全身鎧とアースブレイカーという超重量装備を身に纏っているキングの方が消耗している可能性もあるからだ。
「キリならあるさ」
ルードがキングへと疾走しながら言う。
無駄にポジティブなルードの事だ。
その言葉には何の根拠もない可能性もある。
「そうかい。そりゃ楽しみだ…… な!?」
キングは幾度と繰り返してきた迎撃行動に移るが――――
その声に僅かに驚愕の響きが混じる。
遂にルードがキングの放った迎撃の一撃を完全に回避したのだ。
恐らくルードは何度となくキングの攻撃を受け続ける事によって体でキングの攻撃を、そしてタイミングを覚えて行ったのだろう。
次の瞬間。
キングのフェイスガード付きの兜が乾いた金属音と共に宙に舞う。
カラカラと乾いた音を響かせながら転がる兜。
「キリはあっただろう?」
ルードがようやく一矢報いて見せたと笑みを浮かべた。
まだ勝ったという訳でもないというのにどこか自慢げですらある。
「…… ああ」
ほんの少しの沈黙の後、キングは素直にルードの言葉を認めた。
ふむ。これでようやく私もキングの顔を拝む事が出来そうだ。
キングの顔に視線を送る。
『な…… んだと?』
私は私自身が見たものに激しく動揺してしまった。
「おい。どうしたイグニス」
思わず私が発してしまった声を不審に思ったルードが声を掛けてくる。
だがルードの声ですら今の私にはどこか遠くに感じる。
その顔立ち自体には特に取り立てて特筆するような特徴がある訳でもない。
堀の深い顔立ちに短く刈り上げられた金髪。
年の頃は三十代半ばから四十に届くかどうかといったところだ。
だがその瞳は白目の部分が真っ赤に染まっていた。
そして瞳孔もネコ科の動物の様に変異してしまっていたのだ。
遥か昔に。
私はこの瞳を見た事がある。
私はこの瞳を持つ者達を数え切れない程に殺してきたのだ。
どれだけの年月を経ようとも決して忘れる事はないだろう。
この瞳は……
そうだ。
この瞳は上級魔人の一種、闇夜の魔人と恐れられたヴァンパイア。
奴等に血を吸われその賢族となり果ててしまった者達。
『ヴァンパイアの賢族だと……』
彼等と同じ瞳だったのだ。