十三話 依頼
「キングを殺して欲しい」
それがバクストンの依頼内容だった。
バクストンの口から放たれた驚愕の依頼にルードの表情が険しくなる。
それも当然だ。
キングは大陸中にその名を轟かすハンタークラン、アイアンキングダムのクランマスターだ。
そしてバクストンはそのクランの№2だ。
それにも関わらずクランマスターの殺害を依頼するという事は実質的にクーデターを画策しているという事に等しい。
「バクストンさん!
キングを裏切るって言うんですか!」
間髪入れずにシャロンの怒号が響き渡る。
シャロンにとってキングは子供の頃に命を救ってくれた文字通り命の恩人だ。
そんな恩人を裏切る発言は、彼女には到底看過出来ないのだろう。
「裏切る? そうか。
お前がそう見えるのならそうなのかも知れんな」
バクストンは自嘲するように呟く。
「他の皆さんもバクストンさんと同じ考えなんですか!?
あなた達はクラン結成時から、キングと共に過ごしてきた仲間だったんじゃないんですか!?」
シャロンは他の幹部達をも非難する。
その声は必死だ。
それはそうだろう。
この場にいる者達は恐らくキングにとって、側近中の側近と言っても良い連中だ。
「仲間…… だからこそだ。
仲間だからこそ!
殺してやるべきなんだ。
だが俺達にはキングを殺してやれる力がないんだ。
……だからと言ってその男ならキングを殺れるとも言えんがな」
双子の片割れもバクストンと同様に自嘲気味に答えた。
その姿は演技には見えない。
彼らなりに苦悩して得た結論だったのだろう。
その目には様々な感情こそ入り混じっていたが真っ直ぐシャロンを見つめていた。
何故彼等がそんな結論に至ったのか真実は分からない。
最近のアイアンキングダムの悪評や、ディミトリアス派の連中の件が関係しているのだろうという事は、想像に難くない。だがそれですら想像に過ぎない。
結局彼等が何故キングを殺さなければならないと決意したのかは私達には分からないのだ。
「知るか。殺りたきゃ自分でやれ」
ルードはあっさりと言い放つ。
それが出来るならバクストン達もわざわざルードに依頼などしないだろうに。
だが、シャロンは明らかにホッとした様子を見せた。
立場的にルードとキングが殺し合う可能性はあるだろう。
いや、かなり高いと言っても良い。
しかし、ルードは今の所、故意にキングを殺す気はないと言ったに等しい。
訪れるだろう結末に、実際にどれだけの差があるのかは分からない。
だが今のシャロンにとってはそれでも希望になるらしい。
命の恩人のキングとこれまた命の恩人と言えるルード。
その二人が命のやり取りをして欲しくないのだろう。
しかし別にシャロンはキングがルードに負けるとは思ってなさそうではあるが。
「そうか。そりゃ残念だ。
それじゃ代わりと言っちゃなんだが、
出来ればディミトリアスの奴は殺さないでやってくれるか?」
それこそ無理な話というものだろう。
キングを殺す云々は結果として果たされる可能性もあるかも知れない。
だがディミトリアスを殺さないというルードの選択肢には存在していないだろう。
ディミトリアスとの決着を付けるべく私達は行動をしているのだから。
「話にならんな」
無碍もなくルードは斬り捨てる。
ディミトリアス自身とは何の面識もないがその配下は散々こちらに手を出してきているのだ。
ルードは首魁である奴自身の命をもって償わせるつもりだ。
だがバクストンはそんなルードの反応は織り込み済みだと言わんばかりに言葉を続けた。
「奴がシャロンの兄だとしてもか?」
その言葉にシャロンの体がビクリと震えた。
なんだと?
シャロンとディミトリアスが兄妹だと?
シャロンに視線を向けてみればその顔は俯いていた。
シャロンが、ならず者に等しいディミトリアス派の連中を恐れていなかったという事も、派閥の長であるディミトリアスが兄であるのらば、納得出来ない話ではない。
更にはシャロンが、この場にディミトリアスとは派閥が違うバクストン達を引きつれて現れた事も、兄であるディミトリアスを守る為だと言えるかも知れない。
「おっと、勘違いするなよ?
ディミトリアスを殺すなって言った理由はシャロンと兄妹だって事だけじゃないからな?」
『ならば何故殺すなどというのだ。
お前達にとってディミトリアスという男はシャロンの兄という事以外は、
クランの評判を下げるだけの存在ではないのか?』
「それだけならアイツをぶっ殺して話は終わりだろうが。
アイツもシャロンと同じくキングに助けられた口でな。
やってる事は問題があるがキングの為に動いている事は間違いない。
だから出来れば殺さないでやってくれっていうお願いに過ぎんよ。
シャロンと兄妹だってバラした理由に関しては、お前等とシャロンは結構仲良くなってそうだったからな。
兄妹だと教えたら多少対応を温くしてくれるんじゃねぇかと期待したってところだな」
双子の片割れの方が理由を言った。
しかしこの双子は正直なところ私にはまるで見分けがつかないな。
彼等がどこまで本当の事を言っているのかは分からないが、言っている事は理解出来なくもないか。
まぁ、ルードがそういった手心を加える姿はあまり想像出来ないが、実際に戦ったバクストンを殺さずにいる以上、ディミトリアスを生かす可能性はないとは言い切れないかも知れない。
「…… 約束は出来ん」
感情を押し殺した表情でルードは言った。
これがルードに出来る精一杯の譲歩なのだろう。
「ああ。それで構わんさ。
明日の日が昇る迄はこの先には何人たりとも進ませんから焦らずに行って来い」
バクストンは言った。
他の連中も何も言わない。
分かっているのだ。
容易く確約など出来る話ではないという事を。
「ルード! 私も一緒に行きます」
「本気か」
「私は知りたいんです!
何故キングが、そして兄が、何故豹変してしまったのかを!」
そう言ったシャロンの目は決意を秘めていた。
確かにそれも本心ではあるのだろう。
だがシャロンの本当の決意はそれではない。
こんななりではあるが私も女であるからか分かってしまったのだ。
彼女の本当の決意を。
「好きにしろ」
ルードならばそう言うだろうな。
もしも邪魔するつもりならば、その時は斬れば良いと考えているのだろう。
『シャロン。私は君の事は嫌いではない。
むしろ好ましく思っている。
だから君がその心に秘めた決意を行動に起こさない事を願っている』
「え、ええ。そうですね。そうならないように私も願っています」
私はシャロンに突き付ける。
君の本心は分かっているぞと。
恐らくシャロンに私の意図は伝わっただろう。
もしもシャロンがキングを守る為にルードに牙を剥くのであれば、その時は私がシャロンの喉笛を咬み切ってやるのだ。
そして私達は歩き出す。
ディミトリアス、そしてキングが居るであろうアイアンキングダムの本拠地へと。
それは巨大な建物だった。
城と呼ぶには優雅さの欠片もなく、あまりに無骨だ。
石造りの頑強な建物は要塞と表現した方がしっくりくるかも知れない。
鉄の王国の本拠地が石の要塞だとは中々皮肉が効いているではないか。
まぁ、この時代において金属という物は、希少価値も高く加工も難しい。
そんな物で建物を建てる位ならば、武器や防具を作った方が良いだろう。
そういった意味では石材で作った事は合理的だとも言える。
入口にはアイアンキングダムのハンターが数人ほど見張りに就いていた。
「止まれ! ここから先はアイアンキングダムのクラン私有地だ」
その内の一人が強い警戒感を滲ませながらもこちらに言い放つ。
昨日今日とこの街で散々に暴れまわったルードの情報は知っている筈だ。
ルードに散々痛い目に遭わされているディミトリアス派の者が、今更この程度の人数で待ち受けるとは思えない。
かと言って、バクストンの息が掛かった者が、この状況で配備されてはいないだろう。
となると、純粋にキングについている者達という可能性がある。
「どけ。俺はディミトリアスに用がある。
邪魔をするなら殺してでも押し通る」
殺気を孕んだルードの言葉に見張りの者達は無意識にだろうが僅かに後ずさる。
それでもその場を放棄する事無く踏みとどまる。
私の見た所彼等は精鋭と言える程の実力は持っている様に見える。
しかしバクストン達と比べれば明らかに実力は劣る。
「はいそうですかと道を空ける訳にはいかないんだよ!」
だが見張りの男達は引く様子はなく言い放つ。
見張りの者のその言葉に僅かに眉間に皺を寄せるルード。
やはり強行突破を謀るしかないのかと思ったその時。
「と、言いたいところだが通りたきゃ通れよ」
そう言って見張り達はあっさりと道を空ける。
どういう事だ?
通すと見せかけて背後から襲うつもりなのだろうか。
ルードも呆気なく道を開けられた事が疑問だったらしい。
疑うような眼差しを見張り達に送る。
「罠を疑ってんのか?
中にはディミトリアスの奴が待ち構えているから罠って言えば罠なのかもしれんな。
それで罠だったらどうだって言うんだ?
尻尾巻いて逃げるのか?」
見張りの男は茶化す様に言う。
ルードが逃げる訳がない。
もしここで逃げる様な男であったのならば私は未だに行動を共に等していないし、最初からこの場にも来はしないだろう。
「おっと、俺達はお前等の邪魔はしてないぜ。
邪魔したら殺して通るんだろ?
それとも邪魔しなくても殺して通るってか?
血塗れの狂獣の異名は伊達じゃないな!」
よく口の回る男だ。
ルードとは致命的な程に相性が悪い。
確かに見張りの男はルードの行く手を遮る気はなさそうだ。
ルードは邪魔するなら殺すと言ったが邪魔しないものは殺さないとは一言も言ってはいない。
だが男はその事を強調する事によってルードが手を出し辛い状況に持っていったのだ。
ルードはお世辞にも賢いとは言い難い男だからかなり有効ではある。
その証拠にルードの手は剣に手を掛けようかと言う所で止まっている。
まぁ、ルードの思考は極めて短絡的な部分もある。
次の瞬間には剣を抜いて男に斬りかかる可能性も大いにあるのだが。
「何故ですか? 何故道を譲るのですか?」
見張りの男達の行動に疑問を投げかけるシャロン。
確かに見張りの男達が無条件に余所者に道を譲っていたらわざわざ見張る意味がない。
何よりこのような場を任されているという事は、それなりにアイアンキングダムという組織に愛着を持っている者達の筈だ。
「何故って? そりゃ答えは簡単だ。これはキングの命令だからだ」
「キングの……」
見張りの男の言葉に押し黙るシャロン。
ルードを敢えて懐に呼び込もうとするキングの意図を計りかねているのだろう。
この場におけるシャロンの立ち位置は非常に微妙だ。
アイアンキングダムに与する者からすれば裏切り者に見られても仕方のない状況なのだ。
それなのに見張りの男達はそんなシャロンの事など気に掛ける様子すらない。
何故だ?
一体キングは何を考えているのか。
そんな私達の内心を読み取ったかの様に見張りの男は口を開く。
「キングは護衛が必要な男か?」
男達の言葉にようやくシャロンの瞳に理解の色が灯る。
つまり男達はキングはルードに死ぬなどと欠片程も思っていないのだ。
そういった意味では見張りの男達はシャロンとは別の意味でキングに入れ込んでいる者達だ。
ディミトリアスの事をどう思っているかは知れないが、少なくともキングとルードがぶつかったのならばキングが勝つ事を微塵も疑っていない。
だからこそアイアンキングダムの敵とも言えるルードを通せという理不尽な命令も躊躇う事無く聞き入れる事が出来るのだろう。
「後悔するなよ」
男達に対してルードが言い放つ。
キングが勝つ事を前提にされていて少しばかり気分が悪いのだろう。
もしキングがルードと刃を交えて死んだとしても、後悔するなと言っているのだ。
まぁ、苦し紛れの負け惜しみにも聞こえるが。
「その時はその時で考えるさ。
良いからさっさと行けよ。
俺達の気が変わらんうちにな」
男達はルードの言葉を特に気にした様子もなく言い放つ。
しかしルードはこういったやり取りには徹底的に向いていない。
ルード自身もその事は承知しているのだろう。
それ以上に言葉を重ねる事もなく、石造りの要塞の中へと足を踏み入れたのだった。