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十二話 相棒

『その時は私が貴様等を皆殺しにするだけだの事だ』


 私の言葉が静かに響き渡る。

 同時に私から発せられた殺意が吹き抜ける。

 私の殺意に当てられたハンター達は息を呑む。

 だが私の殺意を浴びせられても尚、隙を見せる様子もない辺り、この男達も紛れもなく一流のハンターだ。


「おい! バクストン!

 こっちも洒落にならんぞ!

 そっちの男よりもこっち方のがやべぇんじゃないか!?」


 双子の片割れが叫ぶ。

 その声色には怯えこそ存在してはいないが先程までにはない緊張感を孕んでいる。 


「仮にも血塗れの狂獣(ブラッディビースト)と行動を共にしてんだ。

 ヤバくない訳がないだろうが!

 こっちも手一杯なんだ!

 そっちはそっちで何とかしろ!」 


 激闘を続けながらも叫ぶバクストン。

 あちらはあちらでバクストンの初撃以外は互いに攻撃をヒットさせられていないようだった。


「言ってくれるぜ。こりゃ、最悪何人か死ぬかもな」


 双子の片割れはバクストンの言葉にぼやく。

 こちらは相手が私の神獣としての能力の片鱗を感じ取ったらしく勝手に警戒してくれているが、この体長数十㎝姿のままでは些か部が悪い。

 この体は頑丈ではあるが攻撃力に欠ける。

 人型にでもなれば渡り合えるのだろうが。

 どうせこのまま睨みあっていても現状はジリ貧なのだ。

 ルードの傍らに居たいとは言っても肝心のルードが居なくなってしまっては意味はない。

 ならばいっその事、神獣形態となって全てをなぎ払ってしまうのも有り…… か?

 しかしそれでは最悪の場合、私の存在が知れ渡ってしまうかも知れない。

 それだけならばまだ良い。

 下手をすれば魔人共にまで知られてしまう可能性もある。

 そうなれば私の周囲は常に危険に曝される事となるだろう。

 ルードと共に生きる事は諦めなくてはならなくなるかも知れない。

 私は…… 私は一体どうすれば……


「馬鹿が」


 思考の迷路に迷い込み掛けていた私に耳馴染みのある声が、ルードの声が、浴びせ掛けられる。


「お前の相棒は誰だ?」


 ルード? 一体何を言い出すのだ。

 ルードに決まっているだろう。


「ルインザード=火竜の心を射止めし者(ドラゴンハート)だろうが!

 下らねぇ心配してるとぶっ殺すぞ!」


 非常にルードらしい直球と言えた。

 もし私が竜の姿ではなく人の姿であったのなら、だらしない笑みを浮かべてしまっていたかも知れないな。

 ふふふ。

 これだからこの男の傍らは面白い。

 お陰で迷いは晴れた。

 いや、冷静になれたと言うべきだろう。


『なあ。一つ提案がある』


 不意に私は対峙していた男達に話しかけた。


「なんだ? やっぱ引いてくれるってのなら有難いところだけどな」


 双子の片割れが応じてきた。

 やはりか。

 この反応で確信できた。


『我々の勝敗は、バクストンとルードの勝敗に委ねないか?

 バクストンが勝ったら大人しく街から出て行こう。

 逆にルードが勝ったらお前達には大人しく道を譲って貰おう』

「チッ。気付かれたか。本当に賢い生き物だな」


 そう、私は気が付いたのだ。

 いや、気が付かせられたと言うべきか。

 こいつ等は私達を殺す気はないという事に。

 思えばヒントはあったのだ。

 通常ならばこれ程者達が不意打ちを仕掛けるに、わざわざ声を出して教えるという愚行を犯す事などあり得ないのだ。

 となると、ここで戦う理由にも大よその察しはつく。

 私達、いや恐らくはルードか。

 ルードの実力を計っているのだろう。

 彼等の目的に利用できるのかといった事を見極めようとしているのだ。

 腕に自信のあるものならば見下されたと屈辱に身を焦がすかもしれない。

 だがそんなプライドなど持ち合わせていない私にはどうって事はない。

 


「良し。その話乗った。

 あれでもバクストンの奴はアイアンキングダムの№2だ。

 そのアイツが負けたのならその時は俺達全員の負けで良いぜ」


 驚いた事に誰も反対する様子はない。

 双子の片割れも、私の様子をじっと観察していた者も、シャロンの守りに回っていた男もだ。

 罠か?

 いや、違うな。

 これは信頼なのだろう。

 彼等のバクストンに対する信頼だ。

 あの男になら命すら賭けても良いという絶対的な信頼。


「ってな訳でバクストン! お前に全て任せた!」


 私と交渉を決めた双子の片割れがバクストンに向かって叫ぶ。


「くそ! お前等勝手に俺に命を預けるんじゃねぇよ!

 これじゃ、やるしかないじゃねぇか!

 お前達後で覚えておけよ!」

「ハハハ! 精々死なない様に頑張れよ!」


 バクストンと幹部達は軽口を叩きあう。


『という訳だ。ルード、後は任せた』

「ハッ! 元々俺一人で充分だっての!」

 

 私の言葉にルードも彼等の様に軽口で返す。

 相変わらず凄まじいまでの自信だ。

 いや、彼等のお互いに対する信頼の漲ったやり取りが羨ましかっただけかも知れない。

 何せ私と出会ってから私の他にルードに親しい友人らしい存在を見た事がないからな。

 強いて言うならばシャロンが一番親しくなった者なのだが、そのシャロンは直ぐそこで意識を刈り取られてひっくり返っている。


「それじゃ、仕切り直しと行くぞ!」


 バクストンが咆哮しルードへと突きを繰り出す。

 その動きは先程までよりも早い。

 だがルードもその攻撃をきっちりと避け―――――

 ――――た筈のルードの元へと更に追撃の突きが繰り出される。

 二連、三連、いや、五連撃か。

 受け流す事も出来ない重撃が紫電の如く繰り出される。

 貫く者(ペネレイター)の二つ名は伊達ではないという事か。

 絶対不可避に思えた程の苛烈な連撃。

 

「あれすらも凌ぐのか。つくづく化物だな」


 その声色にはほんの少しの呆れと感嘆が滲んでいた。 

 バクストンの視線の先には相変わらず楽しそうな笑みを浮かべるルードの姿があった。

 だが完全には避けきれなかったらしい。

 頬と脇腹に傷が増えていた。

 致命傷ではない。

 だがこのまま繰り返されればいつかルードは力尽きてしまうだろう。

 そういった未来を予想させるには充分な傷だ。


「ふん。化物はお互い様だろ。

 槍自体には触れてすらいないってのにこの有様だ」


 バクストンの突きが厄介な理由はここにある。

 例え紙一重で回避したとしても穂先が生み出す衝撃波が獲物を襲うのだ。

 それを避けるには大きく回避しなければいけなくなる。

 だが全てを大きく回避していてはバクストンに対して致命的な隙を作ってしまう。

 ルードの身体能力と戦闘技術をもってしても、二連、三連の攻撃なら何とか凌げても、五連撃まで来ると完全な対処は出来ないようだ。

 だからこそルードは傷を負うと分かっていても、最小限の動きで紙一重に回避するしかなかったのだ。


「そういう技だからな。

 俺と正面からやり合ってここまで持ったのはお前が初めてだ」

「へぇ? キングとはやり合った事はないのか?」

「あるぜ。まぁ、キングには一撃でねじ伏せられたけどな」


 懐かしそうに語るバクストン。

 これ程の男ですらキングの足元にも及ばないというのか。

 キングとは一体どれ程の化物なのだ。


「チッ。これ以上あんたに苦戦する訳にはいかなくなっちまったな」


 ルードは忌々しそうに言い捨てると愛剣を肩に担ぐような形で上段に構える。

 私にはその姿は体中の無駄な力を抜き、いつでも、どの瞬間にでも、全力で剣を振り降ろす事だけを考えた構えに見えた。

 しかもあれでは正面から迎え討つ事しか出来ない上に、射程の長い槍を扱うバクストンの方が有利に思える。

 ルードは勝負を捨てて自暴自棄になってしまったのか?

 敗北が確定するその時まで、いや、確定したとしても素直にそれを受け入れる様な男ではない。

 ルードがまだ勝負を諦めてないのだとすれば、それは――――


「誘ってやがるのか。

 良いだろう!

 その誘いに乗ってやるぜ!」


 バクストンもルードの意図に気が付き笑みを浮かべる。

 自信に満ちた、それでいてどこかで何かを期待するような笑み。

 そして場に静寂が訪れる。

 一人は槍を、もう一人は剣を構え動かない。

 双方ともこれが最後の攻防になると分かっているのだ。

 だからこそ動けない。

 相手に決定打を叩きこむ隙を得るまでこの膠着状態は続くのだろう。

 

 その膠着が崩れるのにはそれ程の時間は掛からなかった。


「バクストンさん!

 ルード!

 もう止めて下さい!」

 

 シャロンが目覚めたのだ。

 互いに対峙する二人を見つけ、悲鳴に近い叫び声を上げた。

 そしてルードに傷がある事を確認したシャロンは慌ててルードの元へと駆け寄ろうとしたのだ。

 だが、シャロンのその動きはすぐ傍にいた一人によって押さえられた。

 その瞬間、ほんの僅かにだが、ルードの視線がシャロンの元へと流れた。

 その隙を見逃すバクストンではなかった。


「貰ったぞ! 血塗れの狂獣(ブラッディビースト)!」


 バクストンの紫電の如き突きはルードの胸元を目指して突き進んでいく。

 それを迎え撃つべく動くルード。

 自身に向かって突き進んで来る槍に己の全霊を込めた一撃を叩きつける。

 その斬撃はバクストンの槍を叩き斬りその勢いのままに二人の足元の地面へと突き進むだ。


「だが甘い!」


 槍を叩き斬られたバクストンは即座に反応し、穂先が斬り飛ばされ短くなった柄の部分を短槍の様に操り、更に突きを繰り出す。

 バクストンの膂力を考慮すれば、穂先の付いていない棒でしかない槍であっても、その一撃は充分に致命傷たり得るだろう。


 だが。


 ルードが真に狙っていたのはバクストンの槍ではなかった。

 ルードの剣は槍を斬った勢いのままに足元に突き刺さった筈だった。

 しかし―――――


「おおおおおおおお!」


 雄たけびと共にルードの剣は止まる事無くルードの体を軸とする様に弧を描きながら足元の地面を斬り裂いた。

 その勢いを維持したままルードはクルリと体を一回転させ、そのまま剣を振るう。

 剣はほんの僅かにバクストンの繰り出す突きよりも早くバクストンに到達しその体を吹き飛ばした。

 ルードの渾身の一撃を受けたバクストンは周辺の建物の壁に叩きつけられた。

 その衝撃で呆気なく建物は崩れ、バクストンの姿は瓦礫に埋まって見えなくなった。

 

「バクストンさん!」


 シャロンの悲痛な叫びが響き渡る。

 慌ててバクストンの元へと向かうシャロン。

 今度は誰もシャロンを止めたりはしなかった。

 決着は付いたのだ。


「大袈裟に騒ぐな。死んじゃいない」


 瓦礫の中からふら付きながらもバクストンが現れる。

 あれを喰らってまだ動けるのか。

 この男もつくづく規格外だな。


「くそ。俺の負けだな。

 血塗れの狂獣(ブラッディビースト)お前の勝ちだ」

  

 バクストンはシャロンに支えられつつ己の敗北を宣言する。

 潔い男だ。

 今回の戦闘は非常に僅かな差が勝敗を分けたと言える。

 穂先を失い改めて一旦槍を引いて突きなおしたバクストンに対し、ルードの連撃がほんの僅かにバクストンを上回ったに過ぎない。

 だが、そういった僅かな差が生死を分ける程に大きな差になるのだ。

 それを知っているからこそバクストンも潔く敗北を認めたのだろう。


「ふん。俺を殺さない様に手加減していた相手に負けを認められても嬉しくはないけどな」

 

 連中に殺意がない事はルードも気が付いていたのか。

 やはりこと戦闘に関しての感覚はずば抜けているな。


「フハハハ! 加減したのはお前とて同じだろう?

 お前がその気だったら今頃俺は真っ二つだった筈だ」


 確かに最後の一撃は剣の腹での攻撃だった。

 あれが刃であったなら今頃バクストンは本人の言う通りにばっさりと真っ二つになっていただろう。


「ま、あんたが俺の勝ちだってのなら俺の勝ちで良いさ。

 負けるよりも百倍はマシだ」

「同感だな。十数年ぶりに負けたがやはり悔しいものだな」

「ふん。今更撤回しようたって遅いぞ」


 まぁ、ルードならそう言うだろうな。

 折角勝ったのだからもう少し勝者の余裕というものを見せつけられないのか。


「そこは俺の負けで良い。ただ、少しばかり依頼を頼みたい」


 バクストンは打って変わって真剣な表情になる。

 

『ふむ。私達の命を狙わなかった理由はそれか?』

「ああ。理由にはなるかもな」


 迂闊に私を殺してルードの好感度を下げてしまう事を避けたという所か。

 まぁ、手加減しても勝てる相手ならば、最初から論外だったという事もあったのだろうが。

 シャロンは何も聞かされていなかったのだろう。

 バクストンの唐突な依頼話に目を白黒させて驚いている。

 そんなシャロンを尻目にバクストンは真剣な表情のまま口を開く。


 そしてその口から驚愕な依頼内容が飛び出したのだ。

 その依頼内容とは―――――


「キングを殺して欲しい」


 というものだったのだ。



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