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十一話 貫く者

 翌日、私とルードはグラッドの店に顔を出す。

 本日はシャロンは同行してはいない。


「おう。来たか。ほれ、持って行け」


 今日は店に居たグラッドがルードの剣を手渡してくる。

 ルードは手渡された剣を抜き放つと具合を念入りに確認して行く。

 これはハンターとしては至極当然の行為だ。

 どれ程職人との間に強い信頼関係があったとしてもだ。

 己の命を守る為の武器を他人に触れさせたのならば己が納得行くまでチェックして当たり前なのだ。

 ハンターの命の責任はハンター自身しか持てないのだ。

 グラッドはそんな事は当然承知しており何も言わずにルードの様子をジッと見つめている。

 

「文句ない」


 どうやらルードはグラッドの仕事に納得したようだ。

 武器のメンテナンスにしては多めの金額を支払おうとする。


「おい。俺の仕事を評価してくれるのは嬉しいけどな。幾らなんでも多いぜ」


 そんなルードに対してグラッドは不機嫌そうに言う。

 

「足りないならまだしも多く貰って不満気だとは変なおっさんだな」

「ふん。俺は武器職人だ。

 職人に必要なのは己の仕事に関する正当な評価だ。

 過小な評価は職人の心根を腐らせる。

 過剰な評価は武器を装飾品か何かみたいに後生大事に飾り立てちまうばかりで使われねぇ。

 使われねぇ武器なんざ武器じゃねぇ。

 そんなもんを作るなんざ俺はごめんだ。

 俺が欲しいのは仕事以上の金でも仕事以下の金でもねぇ

 正当な評価と正当な報酬だ」


 グラッドは不機嫌そうに言い放つ。

 なるほど、確かに過小な評価をされ続ければその職人のやる気は失われてしまうだろう。

 逆に過剰な評価は折角鍛え上げた武器が宝飾品のように扱われる事となり武器として扱われなくなる事になる事が我慢ならないといったところか。

 つい昨日、街一番のぼったくりを自称していた男とは思えないな。

 やはりあれはグラッドなりの客とのコミュニケーションだったというところだったのだろう。

 結局グラッドは余計な報酬を受け取らなかった。

 ルードもグラッドの心を酌んだのか何も言わずに引き下がった。

 まぁ、想定より高くなったのならルードも引き下がりはしないのだろうが安い分には無理に拘る必要もないのだろう。

 安いと言ってもグラッドの言を借りるのならば適正な価格ではあるのだが。


「また武器が傷んだら来い」


 グラッドはぶっきらぼうに言う。

 他人の作った武器を扱うという事は職人としてはあまり良い気分ではないだろうに実に有難い言葉だ。


「その時は頼む」


 ルードも素直に感謝の言葉を述べてグラッドの工房を後にしたのだった。




 


 グラッドの工房を後にした私とルード。

 進行方向はウェストールの中心部だ。


『やはり行くのか?』

「ああ」


 私の質問に迷いなく答えるルード。

 これから向かう先はアイアンキングダムの本拠地だ。

 ルードの目的はディミトリアス派に対する報復だろう。

 本日シャロンを同行させていない理由でもある。

 流石に派閥が違うとはいえ同じクランに所属しているシャロンを同行させる訳にはいかない。

 ディミトリアス派だけでなくバクストン派や最悪の場合はキングと敵対する事だってあり得るのだ。

 そうなればキングに心酔しているシャロンとも敵対する事になる。

 ディミトリアス派の連中が我々にした事を考えればルードの行動自体は理解の範疇に納まる。

 むしろ当前の行動といえる。

 まぁ、たった二人で数百人規模のクランの本拠地に乗り込む事は当前の行動とは言えないが。


 この街の何処からでも見える巨大な建物を目指して進む。

 ルードと二人で進む。

 しばらくして違和感に気付く。

 街の中心部に向かっているというのに人の気配がないのだ。


 いや、厳密には人の気配はある。

 私達の直ぐ目の前に。

 そこには見事な業物の槍を担いだ男がいた。

 

「よう。血塗れの狂獣(ブラッディビースト)

 こんな所会うとは奇遇だな。

 だがこの先は関係者以外は立ち入り禁止なんだ」


 アイアンキングダムの幹部バクストンが気さくに声を掛けて来る。

 バクストンの周囲には完全武装しているハンターが五人程油断なく立っている。

 以前に街の入り口でバクストンと共に居た連中ではない。

 あの連中もかなりの手練だったがこの者達の実力は更に上に感じる。

 ハッキリ言って今まで戦ったディミトリアス派の有象無象とは格が違う。

 彼等は一人一人が確かな実力を持つ歴戦のハンターだ。

 彼等は理解しているのだろう。

 頭数だけ増やしても被害が大きくなるだけだと。

 彼らこそが十年前にキングと共に中級魔人ナーガの群れを撃退してのけた、ウェストールの英雄アイアンキングダムの幹部達なのだろう。

 その中に一人だけ明らかに実力の劣る者が居た。

 見知った顔だ。


「ルード、イグニス。やっぱり来ちゃいましたか」


 シャロンは複雑な表情を浮かべていた。

 ふむ。気付かれていたか。


「シャロン…… お前は殺したくない。引いてくれ」


 ルードはシャロンに向かって言った。

 私よりもやや前方にいるルードの表情は伺いしれない。

 だが強い意志の籠った言葉だという事は分かる。


「それは私の台詞です。

 今、ここで引いてくれればバクストンさん達もあなた方に手は出さないって約束してくれてます。

 だから引いて下さい」


 シャロンは懇願するように言う。

 

「それは出来ない。

 そこの男達には何の恨みもないが邪魔するってのなら…… 斬る。

 勿論シャロン、お前もだ」


 シャロンの懇願を前にしてもルードの意志は揺らがない。


「どうして!?

 勝てる訳ないですよ!

 この場にいるのは全員A級以上のハンターなんですよ!?

 私はあなた達に死んで欲しくないんです!」


 シャロンは叫ぶ。

 命の恩人である私とルードを死なせたくない。

 そんな思いがヒシヒシと伝わってくる。

 シャロンはその目に涙すら浮かべていた。


「なんで!? 死んじゃうんですよ?

 たった二人で勝てる訳ないのに!」


 そう叫ぶシャロンの顔は既に涙でぐしゃぐしゃになっている。


「シャロン。気持は有難く思う。

 だがこうなった以上は覚悟を決めろ。

 それが無理ならこの場から去れ」

「それが出来たら!

 それが…… 出来ないから!」

 

 ルードの警告に対しシャロンは悲痛に声を震わせる。

 確かにそう簡単に割り切れるものでもないか。

 幾らハンターだとは言え、まだ彼女は十代の少女に過ぎないのだから。

 そんなシャロンの背後にバクストンが立つ。


「これ以上は無駄だ。

 俺達は充分に譲歩した。

 それで奴等が引かないってのなら後は命のやり取りしかないだろ。

 だからシャロン、少し黙ってろ」

「!? バ……」


 バクストンはシャロンの首筋に手刀を落とす。

 たったそれだけでシャロンは力なく崩れ落ちる。

 そしてバクストンは仲間の一人にシャロンを預けるとこちらに向き直り口を開く。


「待たせてすまんな」

「気にするな。シャロンを死なせたくなかったのはお前達だけじゃないからな」

「それじゃ、始めようか! 俺が血塗れの狂獣(ブラッディビースト)とやる。お前等は手を出すなよ!」


 バクトンの指示が飛ぶ。

 ふむ。シャロンの守りに一人ついたか。

 となると私は三人を相手にしなければいけないのか。

 A級ハンター三人を相手にこの姿のままではやや厳しいがやるしかないか。


「いくぞ! 血塗れの狂獣(ブラッディビースト)!」


 叫ぶなりバクストンは一気にルードとの間合いを詰める。

 速い――――


 文字通り瞬く間にバクストンはルードに向かって突きを繰り出す。

 だがルードもその速度にキッチリ対応し、槍を払いのけるべく愛剣を用いる。

 ルードの剣とバクストンの槍。

 双方が交差した瞬間。

 バクストンの突きを受け流そうと構えていた筈のルードの剣が弾かれた。

 そしてルードの胸元へと槍の穂先は突き進む。

 だがルードも咄嗟に反応し、僅かに上体を捻りバクストンの一撃を避ける。


「チッ」


 ルードは忌々しそうに舌打ちを一つ打つ。

 その胸元はざっくりと抉られている。

 黒尽くめである故に分かりづらいが今、赤い液体が着衣を侵食している事だろう。

 バクストンの突きは単純に槍を突き出しただけではない。

 ほんの僅かに捻りが加わっていたのだ。

 その捻りが作り出した回転は突きの威力を増し、更には受け流そうとしたルードの剣をも弾き飛ばしたのだ。

 この一瞬の交差だけでもバクストンが身体能力のみに頼る事なく確かな技術をも兼ね備えた男だという事が伝わって来る。


「大抵の奴は今ので決まるんだがなぁ」


 軽い口調とは裏腹にバクストンは隙なく構えている。


「そうか、あんたが貫く者(ペネレイター)なのか」 


 胸元の傷を確認する事もせず、やや楽しそうに言い放つルード。

 

 貫く者(ペネレイター)

 それはS級に名を連ねる者の大半がフェンリルナイツに所属する中でフェンリルナイツに所属していない数少ないS級ハンターの二つ名だった筈だ。


「ああ。俺はあんま好きじゃないんだが、そんな風に呼ぶ奴もいるな」

 

 どうでも良さ気にバクストンは言う。

 となるとキングと合わせてアイアンキングダムには2人もS級ハンターが所属しているという事になるのか。大陸屈指のハンタークランは伊達ではないようだ。

 これはいよいよ厳しい状況か?

 そんな思考に囚われたその時だった。 


「おい。余所見してると死ぬぞ?」


 不意に私の背後から声が聞こえ、それと同時に強烈な斬撃が私の背後を襲う。

 私に生まれたほんの僅かな隙を奴等は見逃しはしなかったらしい。

 だが私もその攻撃を察知しており回避する。


「らっしゃい!」


 私が回避した先には既に別のハンターが私を待ち構え、追撃の剣を振るう。

 私は咄嗟に可触ホログラフィを起動し、不可視の壁を作り追撃を受ける。

 だがとっさに作りだした可触ホログラフィは分子構造の固定力が低い。

 追撃の剣は容易く可触ホログラフィを打ち砕いた。

 だがこの事態は織り込み済みだ。

 可触ホログラフィが砕かれる時のほんの一瞬の間。

 その間を利用して追撃を避ける。


「こっちのドラゴンもやっぱ並みじゃねぇな」

「そのようだな。気を付けろ。手応えが妙だった」


 最初に私に攻撃を仕掛けてきた男が言い、追撃を繰り出した男が相槌を打つ。

 見ればこの二人の容姿はよく似ている。

 双子といったところだろうか。

 そしてもう一人の男は観察に徹していたようだが致命的な隙があれば迷わずに私の命を狩り獲りに来るだろう。

 そんな緊張感の中、双子の片割れの方が口を開いた。


「なぁ、あんただけでもここで引いてくれたら見逃すぜ?」


 ふむ。ドラゴンの姿である私に普通に話し掛けてきた所をみるとシャロンから情報は流れているとみるべきなのだろうな。

 私を手強しとみての提案といったところか。

 残りの連中も特に異を唱えない所を見るに基本的に理性的な者達であるようだな。

 視界の片隅にバクストンと激しい攻防を繰り広げるルードの姿が映る。

 一進一退でどちらだ優勢なのかすら判断がつかない程に両者の戦いの天秤は拮抗している。

 だが、私の答えは決まっている。

 迷いなど欠片程もない。


『断る。私の居るべき場所は常にルインザード=ドラゴンハートの傍らだ』

 

 一瞬の淀みすらなく答えた私に双子だけではなく残りのハンター達すらも苦々しい表情になる。


「本当に喋るんだな。しかも惚気られるとはなぁ」 

『事実を告げただけだ。惚気たつもりはない』

血塗れの狂獣(ブラッディビースト)がここでバクストンの奴に負けるとは思わないのか?」

『思わないな。仮にルードが負けて死んだとしよう。その時は―――――』


 そこで私は一旦言葉を切る。

 想像してみる。

 ルードが失われてしまった世界の事を。

 私の正体を知っても尚、私を人として、いや、女として見てくれたのはルードだけだった。

 そのルードが失われてしまうだと?


 許せるのか? 


 否。


 許せない。


 許せる筈がない。


 実際にはまだ失われてないというにも関わらず心が煮えたぎる。


 止め処ない怒りが、そして憎悪が湧きあがる。


 もしルードが殺されてしまったら。


 その時は―――――



『―――――私が貴様等を皆殺しにするだけの事だ』


 私の声が静かに響き渡ったのだった。  

 

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